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秋の実りを探しに

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秋の実りを探しに

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 アイリはたかたかと木立ちの中を走り、何の迷いもなく、低木の茂みの前に立った。
 「これ、これニャ! この実から、甘い、いい匂いがするのニャ。『ミスド』で使ってるジャムと、同じような匂いニャ」
 低木の枝には、黄色い、丸い小さな実がどっさりついている。
 「ちょっと、お味見してみるですか?」
 チェック柄のワンピースに、フリルのついた白いエプロンと、ワンピースと揃いの生地の三角巾をつけたヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は、実を摘み、口に入れようとしてふと手を止めた。
 「でも、つまみぐいしたら、怒られちゃうです?」
 「摘みながら食べてもいいわよって、ミス・スウェンソンは言ってたニャ。それに、お味見はつまみ食いとは違うのニャ。お味見しないものは、お客さまに出したらダメなのニャ」
 アイリはちょこんと首を傾げる。
 「では、遠慮なくいただきますです」
 ヴァーナーは手のひらのベリーをぽい、と口の中に放り込んで、両手で頬を押さえた。
 「おいしいですぅ! みなさんもたべてみてください、甘さとすっぱさのバランスがちょうどいいし、かおりもとってもいいですよ!」
 どれどれ、と生徒たちは実に手を伸ばす。
 「おーいしーい! ねえねえアイリ、美味しいのとそうでないのと、どうやって見分けるの?」
 沙幸がアイリに尋ねる。
 「僕は匂いで見分けているニャ。でも、生徒さんたちには多分無理ニャ……」
 「超感覚で嗅覚が鋭くなる奴ならいいんだろうけどなぁ」
 連れて来たペットのワタゲウサギ二匹を地面に下ろしながら、ヤジロが言った。
 「そうだニャ、こうしたらいいかもニャ」
 アイリは黄色いベリーがたくさんついた枝を一本引っ張って、根元に近い場所から順に、間隔をあけて何個か実を取った。
 「枝の先の方から甘くなるか、根元の方から甘くなるかは種類によってだいたい決まってるのニャ。だから、こうやって何個か食べれば、どのへんまでおいしい実かがわかるニャ。この木は枝の先の方が甘いから、枝の先から取って行って、途中でやめればいいニャ!」
 「アイリ、かしこいっ!」
 沙幸がアイリに抱きついた。
 「だから、独り占めはダメって言ってるでしょー!」
 アルメリアが横から沙幸を押しのける。
 「……ベリーが摘めないニャ……」
 アイリは途方にくれた様子で立ち尽くす。
 「あ、ああ、ごめんなさいね。あなたがあんまり可愛くって、つい……」
 しょんぼりとしたアイリに気付いて、アルメリアは慌ててアイリを離した。
 「木の上に何かないか、見て来るニャ」
 アイリは少し皆から離れて、木に登って行った。沙幸とアルメリア、ヴァーナーはアイリに言われたように、枝の先からベリーを摘み始める。
 「さーて、うちのペットたちは何か見つけてくれたかなー」
 ヤジロは足元を見た。が、ワタゲウサギたちは、
 『ごしゅじんさま、ここにおいしいものがありましよ?』
 と言いたげな様子で、目の前のベリーの木や、その根元の草をかぎ回ったり齧ったりしている。
 「あー……そうだよなぁ、ペットだもんな。目の前に美味しいものがあったら、よそへ捜しには行かねえか」
 ヤジロは苦笑した。
 「ほら、来い。ちょっとそのへん捜して回ろうぜ」
 アイリが木に登ってしまったので、ヤジロはワタゲウサギたちに声をかけて、歩き出す。ワタゲウサギたちは、ひょこひょことその後について行った。と、
 「木の実があるけど、食べられるかどうか、匂いだけじゃわからないニャ!」
 木に登って行ったアイリが生徒たちに叫んだ。
 「博識な私が判別してあげましょう。幾つか落としてもらえますかー?」
 ヤジロのパートナーのセス・テヴァン(せす・てう゛ぁん)が叫び返す。
 「わかったニャ、当たらないように気をつけてニャー!」
 アイリの声と同時に、足元の枯葉の上にパラパラと木の実が降ってきた。
 「どれどれ……」
 セスは木の実を拾い上げ、普段は細い目をカッと見開いて見つめた。大ぶりで焦げ茶色の、つやつやした実だ。
 「殻が固くて割るのが少し大変ですが、炒ると美味しいですよ。ドーナツのトッピングやクッキーに使えるんじゃないでしょうか」
 「じゃあ、いっぱい落とすニャ! ちょっとどいてるニャー!」
 がさがさと音がしたかと思うと、同じ実が大量に降って来る。生徒たちが見上げると、アイリが枝を揺すっていた。
 「ヤジロ、戻って来て木の実を拾うのを手伝ってくださーい!」
 セスが、ヤジロが歩いて行った方へ向かって叫ぶ。
 「おう、今行くー!」
 木立ちの向こうから返事があった。
 「永谷ー、サイコキネシスで一個一個木の実をもぐより、木に登った方が早いと思うのー」
 一方、シャンバラ教導団のゆる族熊猫 福(くまねこ・はっぴー)は、アイリが登ったのと同じ種類の木を見つけて登り、パートナーの大岡 永谷(おおおか・とと)を見下ろしていた。
 「何か、木に登ると枝を痛めたり芽を落としたりして、来年の収穫に影響が出そうな気がするんだ。福も気をつけろよー」
 永谷は地上から福に呼びかける。本当は、サイコキネシスで採った方が登るより早いかも、という気持ちもあったのだが、一つずつ捜してはサイコキネシスで取って下へ降ろすより、手で取った方が効率は良いようだ。
 「ふ、忍びパンダの本領発揮!なんだからね」
 福は不敵に笑うと、外見にはそぐわない身軽さで高い枝に登って行く。もしかしたら、枝のしなり加減で体重が増えたのがバレてしまうのではないかと気にしているのかも知れないと思ったが、そこは乙女の情けで突っ込まないでおく。
 「あ、あと、取りすぎはダメだからな! それと、ナッツは生のままは食べられないから!」
 そこへ、永谷がさらに注意をする。
 「むー、取りすぎはともかく、生のまま食べられないのはわかってるもん。ちゃんと後で誰かにお菓子にしてもらうんだから」
 福はぷー、と頬を膨らませた。

 「ゆる族っていいよねぇ……和むなあ……」
 シャンバラ教導団の曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)は、そんなアイリたちの様子を少し離れたところから見ながらほややんと呟いた。
 「りゅーきっ! 手が止まっていますよっ」
 並んでベリーを摘んでいるパートナーのゆる族マティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)が、軽く瑠樹の足を蹴った。
 「あ、ごめん」
 瑠樹は慌ててベリー摘みを再開する。
 「私は高い場所に手が届かないんですから、りゅーきが高い場所のを取ってくれなきゃいけないのに……。それともりゅーきは、アイリ見て和むために来たんですか?」
 マティエは言葉の端々に棘のある口調で言った。人間ならきっと、頬を膨らませていたことだろう。
 「自分で取りすぎには気をつけようって言っておいて、そんなふうにぼけぼけしてたら、自分が取りすぎちゃいますよー。だったら、ベリー摘みやめて、心ゆくまでゆる族ウォッチングしてた方がいいです」
 「……すみません……。アイリはお弁当の時間に心ゆくまで眺めることにして、今はベリー摘みに集中します……」
 珍しく改まった口調で、瑠樹はしょんぼりと答える。マティエはやっと納得した様子でうん、とうなずいた。