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イルミンスール湯煙旅情

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イルミンスール湯煙旅情
イルミンスール湯煙旅情 イルミンスール湯煙旅情

リアクション


12:00 調査開始

 一方、調査隊はそれらしきポイントに辿り着いていた。
 だが温泉はもちろん、川のひとつも見当たらない。
「本当にここが地図に記されたポイントなのか?」
 不満そうに呟くエヴァルト・マルトリッツ。
「専門家もいるのだ、ここに間違いはなかろう……と言っても、この状況ではな……」
 そう言うデーゲンハルト・スペイデル(でーげんはると・すぺいでる)も自信が持てない。

 縁に渡された地図と実際の地形はまったく異なるものだったのだ。
 石柱のようにも見える巨大な岩が周囲に立ち並んでいる。
 あるいは岩の部分を残して大地が消失したかのような、奇妙な地形が広がっている。

「やはりここで大きな地殻変動でもあったのでしょうか?」
 音井 博季がスレヴィ・ユシライネンに意見を求める。
「その可能性もありますが……だとしても不自然すぎるような……」
 彼の経験と知識を総動員しても、この環境はただの地殻変動では説明しきれない……
「うーん、めんどくさいからいっそ、この辺りにある岩を片っ端から壊す、っていうのは?」
 カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)の言葉を受けジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)がレールガンを構える。
「心得た、どの岩から破壊してくれようか……」
「待ってください、うかつにそんなことをしたら、それこそ何が起こるかわかりません」
 慌てて博季が制止する、調査は慎重に行う必要があるのだ。
「むぅ……」
 しぶしぶレールガンを下げるジュレール。

 一方、地上を先行していたリリィ・クロウは妙なものを発見していた。
「? これは何かしら? カセイノさん」
 どうすべきか判断に困ってカセイノを呼ぶ。
「どうした? 源泉でも見つけたか?」
 探索に飽きたのか退屈そうに飛んでいたカセイノが下りてくる。
 ……見ると、リリィの足元の地面がそこだけもっこりと盛り上がっている。
「なんだこりゃ?」
 槍でむぞうさに突くカセイノ……そこの土はやわらかく、穂先は地中に沈み込んでいく……
「痛っ」
 人の声がした……
「?」
 カセイノが槍を引き抜き、開いた穴から覗き込もうとすると……地面が爆ぜた。
「うおっ!」
 おどろいて飛びずさる二人の前に現れたのは……
「なんだ人間か、びっくりしたじゃないか」
 と言いながら天海 北斗(あまみ・ほくと)が地面から顔を出す。
「いや、向こうの方がびっくりしてるから……驚かせてしまったようですいません」
 続いて現れたのは天海 護(あまみ・まもる)
 『湯量を得るには掘ればいい』という単純な発想の元、水路を掘り進んで来たのだ。
 水路のどこかで湯が詰まっているのなら有効な方法かもしれない。
「ということは、この近くに源泉があるのは間違いないのですわね?」
 闇雲に突き進んできたリリィだったが、方向は間違っていなかったようだ。
 気合が入るリリィとは対照的に護の表情は翳る。
「はい、でもなかなかお湯に当たりません……ひょっとしたら完全に涸れてしまったのかも……」
「ふん、もう泣き言ですの? 源泉はこの1ミリ先かも知れないというのに」
 リリィは果てしなく前向きだった。
「わたくしも一緒に掘って差し上げますわ! 見てなさい」
 岩壁を破壊すべくマトックを構えるリリィ……よく見ると岩とはどことなく質感が違うのだが、気付かない。
 そして、全身の力を込めると、一気に振り下ろした。

 その上空では……
「やっぱり地表に降りないと調べようがないな、明日香さん」
 地表の調査を行うべく、スレヴィの高度を下げる明日香。
 ――このまま上空にいてもしょうがない――
 そう判断したのはスレヴィだけではない。
「源泉があるとしたら、多分この辺りのはず……紅蓮、もっと高度を落として」
 天心 芹菜(てんしん・せりな)の指示を受け伊坂 紅蓮(いさか・ぐれん)が飛空挺を操る。
 地表近くへ下りれば、なにか手掛かりが見つかるかも知れない。


「そういえば……」
 近くで大掛かりな魔法の訓練があったという話を沢渡 真言(さわたり・まこと)は思い出した。
「もしもそれが関わっているとしたら……何か嫌な予感がします」
 そして真言の予感は当たっていた。
「ちょっと、なんなのよコレ」
 見ると木の根のようなものに芹菜達の飛空挺が絡め取られている。
 しかもそれは一本ではなく、周囲の地面から何本も生えていた。
「モンスターだと!」
 完全に不意を突かれた。
 光条兵器を出す間もなくサード・プラナス(さーど・ぷらなす)の飛空挺に根が迫る。
「危ない!」
 炎に包まれ根が焼け落ちる、神代 明日香の放った魔法だ。
「すまない、助かった」
 その間になんとか戦闘態勢を整えるサード。
「ついさっきまでそんな気配は全然なかったのに……」
 明日香に猫耳と尻尾が生える。
 感覚を研ぎ澄ませて周囲を警戒するが……既に取り囲まれていた。
「さすがにこの状態で戦うのは……スレヴィさん、ごめんなさい」
 スレヴィをサードの飛空挺へ移す。
「足手まといになるより良いさ、俺はここから援護させてもらう」
 飛行の魔法こそ使えないスレヴィだが、攻撃魔法くらいは使えるのだ。
 サードと共に大出力魔法の準備に入った明日香を狙ってくる根を叩く。

「どうやら、眠っていたところを起こしてしまったようですね……」
 しかしなぜ今頃になって……などと考えている余裕は博季にはなかった。
 それ自体が意思を持っているかのように、根がしなり襲い掛かる。
「くっ、」
 手綱を取り避けようとするも、ワイバーンの巨体では小回りが利かない。
 数本の根が巻きつき、ワイバーンを拘束する。
「まな板の上の鯉状態ですか、これはまずいですね……」
 なんとか拘束を解こうと根を攻撃するものの、すぐに別の根に捕らわれてしまう。
「相手は植物系のモンスターのようです、炎系の術を」
 この混戦の中、冷静に敵を分析した真言が指示を飛ばす。
「任せろ! パラテッカァァァ!」
 ――シュゴオォォォォォォ……――
 エヴァルトのアーマーが開き、熱線を放つ。
 炎に焼かれ、ワイバーンを捕らえていた根が落ちていく……だが……
「ハァハァ……こいつら、何体いやがるんだ?」
 無数の新たな根が周囲を取り囲んでいた。
「お兄ちゃん……大丈夫?」
 強力な火力は消耗も激しい。
 ミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)が心配そうに覗き込む。
「は、心配すんなって……ここは俺一人で充分だ、ミュリエル、お前はあっちを手伝ってやってくれ」
 そこには先ほどの仕返しとばかりに炎術で敵をなぎ払う芹菜達がいた。
 ミュリエルのサポートが役に立つだろうし、比較的安全だろう。
 そんな思惑に気付いているのか、不安そうな表情を浮かべるミュリエルだが、おとなしく芹菜達のサポートに回る。
「この、このっ! はぁ……くっ」
 派手にやりすぎたのか、芹菜は息切れを起こしていた。
「無理するな、ここは一旦下がった方がいい」
 そんな芹菜を敵の攻撃から庇いつつ、紅蓮は退路を探す……
「一旦下がるって言ったって……」
 そう、周囲を囲まれたこの状況ではどうにもならない。
「だ、大丈夫ですか〜」
 消耗していた芹菜の元にようやくたどり着いたミュリエルが回復する。
「ふぅ、助かっ……ってるわけでもないよね」
 気合を入れなおす芹菜。
「いくよ紅蓮、サポートお願い」
 紅蓮の方を見ることもなく背中を預ける。
「ふっ、しょうがないな、どこまでもお供させてもらうさ」
 
 と、そこへ、ようやく明日香の大魔法が完成する。
「みなさんお待たせしました〜、いきますっ!」
 巨大な炎の嵐が吹き荒れ、周囲の根を焼き払っていく……のだが……
 
 ここで再び話は地上に戻る……

「えいっ、えいっ! なかなか硬いですわね〜」
 硬い岩盤? を打ち続けるリリィ。
 激しい闘いが上空で行われている事にはまったく気付いていなかった。
 傷ひとつつかないそれを、がむしゃらに叩き続ける。
「おい、そろそろ諦めて別方向に掘ったらいいんじゃないか?」
 というカセイノの提案ももっともな話、だが……
「いいえ、これだけ硬いという事は、これが原因に間違いありません!」
 完全にそう決め付けていた。
 だが、確かにその可能性は否定しきれない。
「もう充分休めたし、そろそろ俺が代わ……」
「ダメです! まだわたくしは1ミリも掘れていないんですから! もっと休んでいてくださいまし!」
 北斗の申し出を却下、すっかり手段が目的になっている。
「苔の一念、岩をも通す、と言います、わたくしの一念もそろそろ通ってくださいっ!」
 渾身の力を込めた一撃を振り下ろす。
 それは計らずも上空で明日香が魔法を放ったタイミングだった。
 ――ガツッ!――
 岩盤? に突き刺さるマトック、そこを中心にひび割れが走る。
「やった? やりましたわ!」
 リリィが数度叩くとその岩盤? はあっさりと砕け散った。
 そしてその先に温泉……は無かった、枯れた木の根があるだけだ。
「な、なんですの……」
 すっかり拍子抜けしたリリィ、その場にへたり込んでしまう。
「ま、残念だったな、他を探そうぜ」
 カセイノが促すが、一度くじけたリリィはなかなか動こうとしない。
 そこへ、戦闘を終えた調査隊が下りてきた。

「ふぅ、ひどい目にあったぜ……ってお前達、そんな所にいたのか」
 サードの飛空艇が着陸する、頭上から見るとここは着陸するのにいいらしい。
 続いて芹菜達の飛空挺、そしてワイバーンも着陸する。
「みなさん遅いですわ、もう少し早ければ私の……」
 そこで、活躍と呼べるほどでもないと気付く、しょんぼり。
「? まぁ、お互い無事でなによりです」
 と何も知らないなりに労う博季。
 そこへ残りの者達が集まってくる。
「モンスターの復活はなさそうです、ですが、手掛かりも見つかりませんでした」
 真言が調査結果を報告する。
 『あのモンスターこそが原因じゃないのか?』
 と、戦った誰もが抱いていたのだが、そんな簡単な話ではないらしい。
「そういえば……君達は?」
 護と北斗に気付いた博季が聞く。
「あ、俺達、温泉のお湯を増やせないかなって思って!」
「水路を掘り進んで来たら、ここで行き止まってしまったんです……」
 二人の話にスレヴィが興味を持った。
「その行き止まりってのはどこにあるんだ? 実際に見てみたい」
 モンスターが焼けてしまった以上、手掛かりがあるとすればそこぐらいだ。
 そして、そこにあったのは枯れた木の根……先程のモンスターに合致する。
「大当たりだ、ちょっと時間をくれ」
 注意深く根を採取する、これで何かわかるかもしれない。

 そして……
「先生、ちょっといいですか?」
 真言が博季を呼んだ、先程から気になっていたあることを確認する為だ。
「この近くで行われたらしい大規模な魔法の訓練、というのが気になっているのですが、先生は何かご存知ですか?」
 前に縁が話していた。たしか、魔力の強化ができる、という話だったが……
「ふむ、私は詳しくは知りませんが……」
 残念ながら博季の担当している分野とは異なるようだ。
「一部の人達が誰もいない荒野を魔法の実験場にしている、という話なら聞いた事があります」
 ならばここの地殻変動や先程のモンスターはその実験の副作用的なものじゃないか?
 確かにそう考えると辻褄が合う。
「だとしたら、源泉はどっか別のところに移動したんじゃないでしょうか?その実験の影響で」
「それは充分ありえるな」
 モンスターの根を注意深く観察するスレヴィ……根に付着した土から地層を把握しようとしている。
「源泉が今どこに流れているのかがわかれば、大体の位置が特定出来るかもしれない……」
 ……そこへエヴァルトの通信機に連絡が。
「……こんな時に誰だ? もしもし……なに! それは本当か?」
 不機嫌そのものだった彼の表情がみるみる変わる。
 このタイミングを計ったかのように、都合よくもたらされた知らせ、それは……
「温泉、みつけたよ!」
 調査隊と別行動をしていた久世 沙幸達からだった。


 久世 沙幸と西尾 桜子の二人の目の前は今、立ち込める蒸気によって白く染まっていた。
 どことなく漂う硫黄の臭い……間違いない。
「やった、温泉だよ桜子!」
 正真正銘の秘湯を前にはしゃぐ沙幸。
「沙幸さん……私思うのだけど、せっかく温泉が目の前にあるのだから……」
 桜子がそれ以上言う必要はなかった、なぜなら……
「えいっ!」
 勢いよく温泉に飛び込む沙幸。水しぶきが桜子にかかる。
 あっという間に脱いだ衣服と下着はというと……辺りに散らかされている。
「もう、沙幸さんったら……」
 それらを拾い集め、丁寧にまとめる。
「桜子、何してるのー、桜子も早くおいでよー」
 広い温泉の中を背泳ぎしながら、沙幸が呼びかける。
「さ、沙幸さん!」
「? あ、桜子ってば温泉に入る前からのぼせちゃったの?」
 沙幸はくるんと体制を変え平泳ぎになると、なぜか真っ赤になった桜子の元へ泳いでいく。
「の、のぼせてなんか……でも……」
 タオルを巻きつけ温泉に入る桜子。
「なら桜子も一緒に泳ごうよ、こんな広い温泉を私達だけで独り占めなんて機会は滅多にないんだから」
 強引に引っ張られ、巻いたばかりのタオルが剥ぎ取られる。
「きゃっ、沙幸さん」
 バシャッ!
 抵抗しようとした弾みで沙幸にお湯が掛かる。
「うぅ〜、やったな〜、えいっ!」
 バシャバシャ!
「もう、負けないんだから!」
 バシャバシャ!
 時を忘れ、いつまでも戯れる二人だったが……
 ゴゴゴ……
 どこかで地鳴りのような音が響く。
「沙幸さん、お湯が!」
 温泉のお湯が渦を巻き始めていた……それはまるで栓を抜いた直後の……
「! 捕まって桜子、流されちゃう」
「え? キャッ!」
 だが少し遅かったようだ、勢いを増した流れに足を取られ桜子が流されていく。
「桜子!」
 沙幸が手を伸ばした手に……掴まる桜子、沙幸はしっかり引き寄せ抱えこむ。
「よかった……って、あぁぁ!」
 ここで自分も流されていることに気付く。
「このままじゃ沙幸さんまで……」
「いいからしっかり掴まってて、絶対離しちゃダメよ」
 どこへ流されるかわからない以上、はぐれる事だけは避けないといけない。
 決して離さないように、桜子をしっかりと抱きしめる沙幸だった。


「元々源泉があったのがここで、あの二人が温泉を見つけたという位置がここ……」
 地図と現在の地形を交互に見ながらスレヴィがそのポイントを割り出していく。
「おそらく、この辺り……北斗、ここから、真下に向けて掘ってもらっていいか?」
 とんとんと靴で地面を叩く。
「そこか、よし任せろ!」
 北斗が勢いよく掘っていく……程なくして……湯が噴出した。
「うおっ!」
 湯の勢いに押されて飛ばされる北斗。
 湯の水圧によって穴は広がり、膨大な量のお湯が間欠泉のように噴きあがる。
「や、やったな北斗」
 護が駆け寄る。
「へへっ……どーよ、あれ……」
 お湯を浴びたことで一部の回路がショートしてしまったようだ、うまく身体を動かせない。
「お疲れ様、後の事は僕に任せて、今はおやすみ」
 機能不全が進まないように停止させる……彼のおかげで温泉が戻るだろう、お手柄だ。
「後はここから旅館までの水路だね、ジュレ」
 カレンの振るった杖から光がまっすぐ伸びる、その先にあるのは……温泉旅館・薫風……の大浴場。
 細かく光が調整され、標的を表す的の形になる……
 傍らに立つジュレールがレールガンを構え、そこに狙いをつける。
「いい? 絶対に外しちゃダメだからね」
 念を押すカレン、万が一旅館に当たったら大変なことになる。
「安心せよ、動かない標的を外しは、しない」
 レールガンが放たれる……進路上の土を巻き上げ、岩を砕き、真っ直ぐ進む……そして入浴剤の湯が張られた湯船に突き刺さった。