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イルミンスール湯煙旅情

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イルミンスール湯煙旅情
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リアクション


12:00 来客

「そろそろお客さんが来る時間だわ、みんな、用意はいい?」
「はい!」
 客を出迎える為に旅館の入り口に出る縁、コスプレ衣装に身を包んだ女中達が続く。
「ねー、なんかすーすーするよ」
 ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)がスカートをパタパタとめくる。
 男性客を狙って衣装には大胆なスリットが入っていた。
「そんなことより私は胸んとこがちょっと……」
 1カップサイズが小さかったらしい。
 胸のボタンがはじけ飛ばないかと不安になる穂波妙子だった。
「ムム……」
 つい胸という言葉に反応してしまう縁。
 結果はわかりきっているというのに、どうしても比べてしまう。
「いったい何を食べたらこんなに大きくなるのかしら……」
 一人密かに落ち込む縁だった。

 そして最初の来客は……

「ふむ……巨大ゆきだるまか……なかなかおもしろ……へっくし!」
 雪を保つ為に掛けられた魔法の余波か、周囲の気温も若干下がっていた。
 ブルブル……あまりの寒さに身を丸める変熊仮面(へんくま・かめん)
 全裸の彼の身を包むマントがもこもこと動いた。
「ふっ、お前達も待ちきれないか……さぁ行こう……」
 旅館へ足を急ぐ……と、当然その素足が旅館の周囲に積もった雪を踏みしめる。
「ふひぃぃ!」
 カサカサカサ……接地面積、もとい接雪面積が最小になるようにと考案した独自の、ゴキブリのような走り方で駆け込む。
 近づくにつれ、旅館の入り口から漂ってくる暖気に……
「風が暖かい、暖かいぞ……これが薫風ということなのか?」
 と名前の由来を誤解し、一人納得する変熊だった。

「ゆかりん、なんかすごいスピードで変なのが来ます」
「落ち着いて、お客様よ……たぶん」
 変な客なら過去にもたくさん見てきた縁だが、さすがに自信が持てない。
 変なのが畳にあがる……雪の冷たさからようやく開放された変熊はその体勢を改め姿勢を正した。
「いや失礼、お見苦しい所をお見せした」
「いらっしゃいませ」
 客で間違いない、そう判断した縁がお辞儀をする。
「ほう、ここの女将は出来るようだ」
 初めて受けたまともな応対に関心していると、いつの間にか笹野 朔夜が傍らに立っていた。
「お客様、お荷物をお持ちしましょうか?」
 変熊のマントのふくらみからそれなりの荷物があると踏んだのだ。
「ほほう、中身があると気付いたようだが、惜しいな」
「え?」
 おもむろにマントを広げる変熊……中から出てきたのは全裸の肉体……と……
「きゃっ!」
 思わず目を閉じる縁……だが……
「あら、かわいい」
 出てきたものに反応する城 観月季(じょう・みつき)の声。
「ホンマや、ちっこいなぁ」
 とこちらは妙子の声だ。
「うーん、触ってもいいのかしら?」
 と和泉 真奈(いずみ・まな)、思い切った発言だ。
「あ、私もなでなでしたい」
 神羽 美笑(かんなわ・みえみ)も興味津々だ。
「み、みんな?」
 他の子は男性のを見ても平気なのだろうか、それとも自分が奥手すぎるのだろうか……不安になる縁だが……
「ほら、おいでおいで〜」
「この子尻尾振ってる、犬みたい」
「あ、逃げちゃダメだよー」
 なにやら様子がおかしい……それに、声に混ざってなにか聞こえるような……
 勇気を出して縁が目を開けると、そこにいたのは……

 にゃー、にゃー、みーみー。

「ね、猫?」
 猫だった、しかも八匹もいる。
 八匹もの猫が旅館せましと動きまわる、自由気ままだ。
「喜べ女将、猫たちはここが気に入ったようだ、8点」
 バッ! と点数の書かれた札を上げる。
「あ、はい、ありがとうございます」
 よくわからないけれど、喜べと言われたので、お礼を言う縁。
 この人は猫達の気持ちがわかるのだろうか……
「あら、この子は大きいのね」
 大きい猫に興味を持ったのか、縁が近づいていく……確かに一匹だけ他の猫よりひとまわり、いやもっと大きかった。
「んにゃ? 猫と一緒にしないでほしいにゃ、お客様に失礼にゃ、0点!」
 バッ! と猫が札を出す……猫の獣人、にゃんくま仮面(にゃんくま・かめん)だった。
「え……」
 予想外の相手に面食らっている縁。
 そんな縁をじー、と見つめるにゃんくま仮面、特に胸の辺りを見ているようだ……
「ちょ、ちょっと、なによ……」
「おっぱいちいさい、八つあるボクにはとうてい及ばないから−5点!」
 縁が気にしていることを指摘する、点数も辛辣だ。
「ははは、では女将よ、薫風流のもてなしを期待しているぞ」
「期待しているにゃー」
 猫達と共に意気揚々と行進する。
「あはは……ごゆっくりどうぞ」
 新らしい薫風の将来がちょっと不安になるスタートだった。

「いらっしゃいませ」
 続いて訪れたのは白いスーツを着た、見るからに育ちのよさそうな男性。
「あの、忘年会で予約したエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)です、他に誰か来ていませんか?」
「申し訳ありません、まだいらしてないようです」
「そうですか……あ、良いんです、僕も早く来すぎたみたいですから」
 と言いながら時計で時間を確認するエメ……仲間に伝えた時間まで、まだ大分余裕があるようだ。
「お客様、でしたら……」
「そやったら、ここはワイの出番やな」
 縁の発言に割り込んできたのは七刀 切(しちとう・きり)、ここはワイに任せとき、と縁にウインクする。
「お客さん、よかったらこの旅館・薫風をご案内します、暇つぶしにどうでっしゃろ?」
「え、そんな事までしてくれるんですか? なんか悪いなぁ」
「いやいや、お客さんはラッキーやで、実はこの旅館、今日から新装オープンでなぁ……」
 などと話していると、次の客がやってきた。
「ふぅ、着いたぁ、ここが温泉旅館・薫風か」
 長原 淳二(ながはら・じゅんじ)と……
「ふふっ、なかなか良い所のようですね」
 淳二のパートナーであるミーナ・ナナティア(みーな・ななてぃあ)の二人組だ。
「だな、ここならゆっくりと過ごせそうだ」
 純和風の落ち着いた佇まいに淳二は満足したようだ。
「なら良かったです、私、荷物を置いてきますね」
 淳二の荷物に手をかける。
「いいって、これくらい自分で持つよ」
 女の子にそんなことを、と言うより照れくさいというのが本音だろう。
「いいえ、私が持ちま……」
「いいえ、僕がお持ちします」
「え?」
 思わぬ所から声がかかる、笹野 朔夜だった。
「お客様に荷物持ちなどさせるわけにはいきません、ささ、どうぞ」
 どうやら先ほどの汚名返上とばかりに気合が入っているようだ。
「は、はい」
 勢いに負けてつい荷物を渡してしまう。
「確かにお預かりしました、お部屋にお届けします」
 まるで高価な芸術品を扱うように大事そうに抱えて持っていく朔夜。
 残された二人はなんともいえない空気だ。
「はぁ、しゃーない……これはフォローせなあかんな」
 その様子を見ていた切が動く。
「お客さん、身軽になった所で、ワイらと一緒にこの旅館の案内ツアーはいかがでっしゃろ?」
「案内だって、せっかくだからお願いしてみようか?」
「うん……でも……」
(うーん、私はお邪魔になってしまうかな?)
 ここは二人に気を使うべきかと迷うエメだが、その心配は杞憂のようだ。
「あー、ワイとしたことがっ! お二人にとってはただのお邪魔虫やないか、申し訳あらへん!」
 エメが思っていたようなことを言って大げさに謝る切。
「ふふっ、そんなことないですよ、一緒に行きましょう」
 必死に謝って見せる切の様子に笑顔を見せるミーナ、場の空気は一転、和やかな雰囲気になる。
「なるほど……さすがです、勉強になりました」
 感心するエメだが、切はなんのことかと惚けつつ案内を進める。
「お客様、こちらに見えますんは純和風、日本庭園や……って、おま……」
「ん? これはお客人、よく参られた」
 旅館の中庭、日本庭園では鋏を手にした石田 三成(いしだ・みつなり)が植えられた木々と格闘していた。
「勝手になにしとんねん、せっかくの日本庭園が台無しや」
 足元には枝が何本か落ちていた、これは取り返しがつかない。
 頭を抱える切に、三成は愚民でも見るような冷めた視線を送る。
「七刀……芸術を解せぬとは悲しいものよ」
「な、なにが芸術や、子供のイタズラもたいがいにしとかんと、ゆかりんに言いつけるで」
 冷めた態度の三成に対して対照的に、切は顔を真っ赤にする。
 と、そこへ……
「いや、七刀さん、これはなかなかのものですよ、旅館の雰囲気によく合っています」
 名家の御曹司として育てられたエメだけあって造詣が深い。
「え、そうなんか?」
 思わぬ所からの意見にたじろぐ切、作品が評価され三成は満足げだ。
「ふ、そうであろう……おぬし達はどうだ?」
 淳二達に感想を求める。
「うーん、正直俺には芸術はよくわかりませんが、悪くはないと思います」
 高度な芸術には理解しがたいものがよくあるが、これは素人目にも悪い気はしない。
「そうね、よかったら片付けを手伝いましょうか?」
 ミーナは切が足元に散らかった枝葉を気にしている、と思ったようだ、手伝いを申し出る。
「な……これじゃワイが悪者みたいやないか」
 状況は最悪だった……ここを打開する方法は、ひとつ。
「ここはワイが片付けとくわ、お客さん、最後まで案内できへんですまんな」
 謝りながら枝を拾い集める。
「案内か……ならば私が引き継ごうか?」
 三成がそう申し出る。
「お前も片付けんかいっ!」
 すかさずツッコむ切だった。と、そこへ……
「三成さん? なにやら賑やかですね」
 近くの和室から出てきたのは織部 律(おりべ・りつ)、部屋に飾る掛け軸を描いていたらしく、その手には筆が握られていた。
「おお、ちょうどええわ、代わりにお客さんの案内を頼まれてくれへんか?」
 渡りに船とばかりに律を頼る。
「あら、お客さんが来ていたのね、これは失礼しました」
 今気付いたらしい、深々と頭を下げる。
「あ、いえ……楽しませてもらってますから」
 エメが答える、実際ただの暇つぶしにはもったいないくらいだ。
「それは良かった、では、ここからは私がご案内しますね」
 満足げに微笑む律、こちらへどうぞ、と客人を誘う。
 この旅館は客を飽きさせてくれないようだ。

 縁が事前に出しておいた新装開店の広告に効果があったのか、その後も続々と客が訪れた。
「なかなかの人数が集まったようね……」
 巨大ゆきだるまの上に立ち、その様子を見下ろすのは山本 ミナギ(やまもと・みなぎ)だ。
 心配して神羽 美笑が声をかける。
「お客さーん、そんな所に登っちゃ危ないですよぅ」
 足元から何か聞こえるような気がするが、気にしない。
「うは、なんか痛いのがいるな」
「おかーさん、わたしものぼりたい」
「はいはい、良い子だから、あんなののマネしちゃダメよ」
 ……気にしない、気にしたら負けだ……でもちょっと突き刺さった。
「そ、そろそろ主人公の出番よね! あまり待たせちゃ皆に悪いわ」
 ようやくそこから下りる気になったらしい……下りる途中、胴体部分で足がすべる。
「いった……くないっ! この程度で私にダメージを与えられると思ったら大間違いよ!」
 ゆきだるま相手に勝ち誇るミナギ。
 ……
 ……
 てくてく……
 気を取り直して旅館の入り口へ……

「みんな、待たせたわね! 今日は私の為によく集まってくれたわ! さぁ、存分に楽しみなさい!」
 宿泊客達に向かって大見得を切る。
 かまないようにと事前に何度も練習した台詞だ。
 (よし、決まった、完璧だわ……)
 だがしかし……
 ……
 ……
 (そろそろみんなから賞賛の声があがる頃よね……)
 ……
 ……
 (あれ……皆なに恥ずかしがってるのよ! はやく私を称えなさい)
 ……
 ……
 しーん。

 そんなテロップが大きく見えそうなくらい、無反応だった。
「ちょっと、皆なんで変事のひとつもないのよ!」
 空気くらい読みなさいよね、ミナギが不満をもらす。
「……へんじがない、ただのしかばねのようだ」
 後ろからぼそっと声がする。
「誰が屍よっ! げ」
 ミナギが振り返ると、そこに立っていたのは獅子神 玲(ししがみ・あきら)だ。
「本日はお招きありがとうございます、えーと、ミルトン? さん」
 盛大に名前を間違えつつ、ペコリとお辞儀する。
「なんでアンタがここにいるのよ! 呼んでないわよ」
 だが玲にはそんなミナギの言葉もどこふく風。
「あら、ミルトン? さんの奢りで食べ放題、と聞いて来たのに、おかしいわ」
 不思議そうに首を傾げる。
「だ、誰も奢りだなんて言ってな……」
 すると宿泊客達の方から声が掛かる。
「玲さん、こっちです、皆さんお待ちですよ〜」
 獅子神 ささら(ししがみ・ささら)だ。
「あらごめんなさい、ではミルトンさん、ごきげんよう」
 優雅にお辞儀をすると、ささら達の方へ……団体客を女中達が案内していく。
 そして、残されたのはミナギ一人だった。
 ……
 ……
「私が主人公なのに……」
 隅っこで体育座りになるミナギ。
 にゃー、にゃー。
 そんな彼女を変熊の連れてきた猫がぺろぺろと舐める。
「はは、お前達には私の偉大さがわかるようね」
 猫相手に寂しさを紛らわすミナギだった。