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【カナン再生記】 降砂の大地に挑む勇者たち

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【カナン再生記】 降砂の大地に挑む勇者たち

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「なんでこんな所に! つっ!!」
 待ち構えていたかのようにワイバーンが迫ってくる。上方から下方から矢のように突進してくる、これでは少女の元に向かえない。
「任せろ!」
 紫音の視線を追って沖田 聡司(おきた・さとし)が気付いた。
 群れの中を進むは難しい。聡司は『小型飛空艇』を一気に上昇させてワイバーンの群れを突破した。
「あそこか」
 はるか上空から少女の姿を捉えた。少女は今まさに戦場に足を踏み入れようとしていた。
「……何だ?」
 聡司が『小型飛空艇』を上昇させる様は、西カナン領主ドン・マルドゥーク、そして征服王ネルガルには異常に見えた
 あまりに高度まで上昇した異常
 その行動に殺気が感じられない異常
 戦場の混迷地ではなく端に目を剥いている異常
 聡司の『小型飛空艇』が降下を始めた、そうしてその軌道の先には―――
「……まさか」
 2人は揃って目を剥いたが、言葉を漏らしたのはネルガルだった。
「バカな……あれは……」
 彼が虚ろに目を泳がせたのは言葉尻までだった。
「あの娘を捕えよ!」
 ワイバーン、そしてヘルハウンドが一斉に顔を上げた。
「いかん!!」
 いち早くマルドゥークが駆け出した。
 ネルガルの命を受けたヘルハウンドも駆け出した。タイミングとしては彼に続いたような形になったが、一度駆け出せばあっと言う間にマルドゥークを抜き去ってしまった。
「くっ」
 ドカドカと弾むように懸命に追った、しかし到底追いつけない。
 褐色の少女も己に迫る狂牙に気付いたようだ。歩みを止めて身構える。
 一匹のヘルハウンドが牙を剥いて飛びかかる。少女はどうにか横に跳んでそれを避けた。
 2度3度と砂の上を転がったものの、少女はすぐに身を立て直した。そしてその瞳が大きく見開かされた。
 左方から先ほど避けたヘルハウンドが、そして右方から我先にと迫り来るヘルハウンドが壁を成したように背景を埋めて迫っていた。
「っっつっ!!」
 避けられない―――彼女が瞳を瞑った、その時だった。
 カチ合うヘルハウンドの大勢から、一機の『小型飛空艇』が少女をかっ攫った。聡司の『小型飛空艇』である。
「よしっ」 
 聡司は思わず言葉を漏らした。少女は無事だ。腕の中の少女い目を向けて安堵を得るが、その瞬間こそ刹那だった。
 群れ迫るワイバーンを決死に避ける。片手での操縦がもどかしかったが、どうにか直撃だけは避けていった。
「マルドゥーク」
「おぉ、よくやった、よくやってくれた」
 マルドゥークの元に飛空艇を寄せ降ろした。安心はできない、ここは戦場の中、ど真ん中なのだ、それだというのに―――
「マルドゥークっ!!」
 褐色の少女マルドゥークに飛びついた。彼も力強く抱きしめるのかと思いきや、なぜか戸惑っていた。
「ご、ご無事で何よりです。女神イナンナ
「女神?!!」
 聡司が驚声をあげた。女神? どう見ても少女であるこの幼子が女神イナンナであると……?
「何をしておる! 捕らえよ!!」
 ネルガルの声に、空からワイバーンが降ってきた。
 5体、いや、6、7、8……10体もの飛竜が一斉に飛びかかってきた。もはや少女が死んでもよいとすら思っているのだろうか、なりふり構わずに突っ込んでくる飛竜に対し、マルドゥークが剣をとった。
おおぉおおおぉぉ!!!!
 一閃だった。たったの一振りで10体ものワイバーンの首を狩り払った。太い腕で剣を体前に構えると、剣についた血が勢いよく滑り落ちた。
「女神様には指一本触れさせん!!」
 彼の鬼のような形相にモンスターたちは大いに圧されたが、ネルガルの命に再び彼らに襲いかかった。
 聡司が『ツインスラッシュ』でヘルハウンドを斬る。マルドゥークもワイバーンの首を確実に斬り落とす。そうしているうちに隼人が、ラルクが、ローザマリアが駆け寄ってきて加勢した。
 モンスターたちの狙いが少女一人に絞られた今、戦場で戦う生徒たちもマルドゥークの元に集まり戦う事ができた。数の上では圧倒的に不利だが、一致して戦うならまだ戦える。
「馬鹿な……奴は確かに……」
 ネルガルは己の目を疑っていた。イナンナに施した封印が解けるはずがない、しかしマルドゥークがあれほどに護るという事は……。
 ――まさか自力で封印を……しかしそんな事が……
「えぇい、一度、退く! 速やかに撤退だ!!」
 ネルガルの命でワイバーンが一斉に地面に落下した。着地してすぐに飛び上がり、またすぐに落下する。
 巨体が地に衝突する度に砂が巻きあがり、地面が揺れる。ただでさえ不安定な砂の足場は、揺れ滑ることで一行の動きを封じてしまった。
 ネルガル、そして神官たちがワイバーンに乗って去る中、ヘルハウンドたちも去り、最後にワイバーンが飛びたっていった。
「くっ」
 追おうとする水上 光(みなかみ・ひかる)マルドゥークが止めた。敵を撃退できただけで十分、そして何より褐色の少女を護れた事が何よりの成果だった。
「ご無事でなりよりです」
 マルドゥーク少女に跪いて頭を下げた。
「私も嬉しいわ、マルドゥーク。無事で良かった」
 少女は大きな瞳でマルドゥークに笑みかけた。
 こうして、ひとりシャンバラに旅立ったマルドゥークは、予期せぬ戦いの果てに、豊穣と戦の女神イナンナとの再会を果たしたのだった。



 神聖都キシュ。
 黒く暗い神殿内をネルガルが足早に歩んでいる。
 幾つもの部屋を抜け、幾段もの階段を下ってゆく。光りは一層に無くなりゆき、足音ばかりが反響している。
 小さな門をくぐった先に、光りが見える。
 ネルガルはその光りに歩み寄るではなく、足を止めて遠目に眺めた。
「やはり……解けてはいない」
 眺めるだけで十分だった。イナンナの封印は解かれてはいない、今も彼はイナンナの力を使うことができる。
「しかし、アレは紛れもなく……いや、幼き頃のイナンナに似ていた」
 マルドゥークの元に泣きついた所をみると、イナンナである可能性は確かにある、しかしそれならばなぜ、あのような姿をしていたというのだろうか。
「ふっ、面白い」
 頬が緩み、口端が歪む。
「どういうカラクリかは知らんが、捕らえれば全てが分かろう」
 ネルガルは先の戦場での怯え縮こまった少女の様を思い返した。
 彼の高笑う声が、漆黒の神殿に妖しく響いた。