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 4.聚楽DAI攻防戦 しらたま変身


 往路と同様に、きゃっきゃうふふしながら二人の蛮族が聚楽DAIへの道を急ぐ。
 リアカーに満載された水飴でリヤカーは重いけれど、ふたりの足取りは軽い。
 そんな二人を、密かに尾行する一団があった。
 教導団所属ながらD級四天王の称号を持つルカルカ・ルー(るかるか・るー)、ルカルカの友人である蒼空学園生五十嵐 理沙(いがらし・りさ)、リサのパートナーであるセレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)の三人である。
「へぇ、こんなところにホテルがあったんだ」
 入り口には点灯していないネオン管で『聚楽DAI』と描かれている。
「まぁ、平日のお昼は安く利用できますのね。夜間労働者向けの宿泊施設なのかしら?」
 首をかしげるセレスティアの背中を、理沙は無言のままぐいぐいと押していく。
「バイクの数は15台……一台に二人乗れるけれど、最大でも30人くらいね」
 ルカルカはホテルの前に止められたスパイクバイクから、蛮族のおおよその人数を計算する。
 その程度なら、容易に制圧できるだろう。
「問題は人質ね」
「ここで一騒ぎして手薄になったところでルカに潜入して人質助け出してもらう」
「理沙、何でも力任せに解決しようとしてはいけませんよ」
 セレスティアの言葉に、理沙はじれったそうに聚楽DAIを見つめる。
「それじゃあどうするって言うのよ」
「話し合いましょう」
 セレスティアの瞳には、歳暮のごとき優しげな瞳が浮かんでいる。
「ねぇルカ」
「いいじゃない、とりあえず引きつけておいてくれたら、なんとかするよ」
 ルカは不敵に笑うと、持ち込んだ光学モザイクを発動させる。ルカの姿がまるで陽炎の向こう側にいるかのように捉えがたくなる。
「ほかの人たちも来たみたいだし、それじゃ!」
 ルカルカは文字通り陽炎のように姿を消した。
「あー、もう! セレスティア、話してだめだと思ったら戦うからね! 絶対だからね」
「はいはい。きっと皆さん分かっていただけますよ」
 セレスティアの慈愛に満ちた笑みを見つめて、理沙は密かに嘆息した。

 聚楽DAIへ潜入したのは、ルカルカ一人だけではなかった。
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)もまた、丹念な調査の結果蛮族たちのアジトを見つけ、単身ホテルの内部へと忍び込んだのだ。
(さて、どうする?)
 倉庫として使われているらしい元リネン室の中で、エヴァルトは沈思する。
 忍び込んだはいいが、ホテルの図面を持っているわけでもない。
 今回は、蛮族にもけが人を出さずに人質を救出するのが目的だ。そのための準備として、ゴム弾を発射できるショットガンを用意してきた。至近距離で命中すれば怪我は免れないが、命を落とすことはないだろう。
 念のためにショットガンの点検を行い、ホテルの探索を開始しようとしたところで、エヴァルトの耳に誰かの悲鳴が届いた。
「――んたいだー!!!!!!」
 エヴァルトはもう一度ゴム弾の装填を確認するとリネン室から廊下へと躍り出た。
 廊下にたむろしていた蛮族が、あっけにとられた眼でこちらを見ている。
 ショットガンのリロードには、若干の時間が掛かる。
 自分の目の前にいる蛮族の腹に、ショットガンのストックを叩き込む。つぶれた蛙のような悲鳴を上げて倒れ込む蛮族。
 エヴァルトは足音を消すこともせずに廊下を突き進み、一つの部屋のドアを蹴り開ける。
「武器を捨てて手を挙げろ!」
 ショットガンを構えるエヴァルトの視線の先に、椅子に縛り付けられた少女が居た。ぐったりとした様子で放心している。少女の靴は、なぜか片方だけ脱がされている。
 その傍らにはV字モヒカンの男が口元をぬぐって満足そうな様子で立っている。
「貴様、何をした!?」
「お前は今までに舐めたキャンディーの数を覚えているのか?」
 エヴァルトはその男の言った言葉の意味はまったく理解できなかった。しかし、とりあえず殴ってやらなければ気が済まない、そんな気がしたのだ。
「危ない!」
 若い男の声に振り返ると、そこには鉄パイプを持った蛮族が立っていた。
 その後ろには、床に座らされた学生、ライカ・フィーニスとレイコール・グランツの姿が見える。
 エヴァルトは、鉄パイプの一撃をまともに受けながらも、自分に襲いかかった蛮族の腹に向かってショットガンを撃ち放った。

 エヴァルトが、蛮族たちのリーダーの部屋で昏倒し、ルカルカが光学モザイクでホテル内に潜入したその頃、団体行動をとることを選択した学生たちも聚楽DAIへと到着した。
「コーラ……コーラ……元々は原液を水で割ってたんだけどちょっとした手違いで炭酸水で割ってしまったのが……」
 目の下に真っ黒な熊を作った不破 勇人(ふわ・ゆうと)は、蛮族との戦いが始まる前からかなり消耗しているように見える。自分でも何をしゃべっているのか分かっていないようだ。
 コーラマニアの勇人は、蛮族による至高の水飴独占によって『コーラ』を飲むことができずに、禁断症状が現われているのだ。ちなみに、勇人の症状は精神的なもので、コーラ自体に強い習慣性はないとされている。
「む……敵のようでございますぞ」
 勇人のパートナーである魔鎧のジークハイル・ローエングリン(じーくはいる・ろーえんぐりん)はいち早く主人に迫る危険を察知する。
「おぉぉ……やる気よ出てこい!」
 勇人は、自ら緋緋色金となづけたルミナスレイピアを構える。
 ホテルの前では、セレスティアの説得がいっこうに光を成さないことに業を煮やした理沙が大暴れしている。
「言っても分からないんなら、こうだ!」
 理沙がクレセントアックスをふるうごとに蛮族たちが吹き飛ばされる。吹き飛ばされるが、またすぐに戦闘に復帰してくる。体力だけは、人間離れしたものを持っているらしい。
「この隙に……」
 神槻 彪葵(かみつき・あやき)はこそこそとホテルの中に忍び込もうとした。しかし、ホテル正面入り口での戦闘に加勢に来た蛮族に見つかってしまう。
 戦闘中とはいえ、明らかに蛮族とは違う格好の彪葵がやすやすと突破できるものではなかった。
 蛮族の一人が放ったアーミーショットガンが彪葵の頬をかすめる。彪葵の背中に冷たい汗が一気に吹き出す。
「おお、けが人発見!」
 イナ・インバース(いな・いんばーす)は、彪葵の腕をつかむと素早く自分の身体の後ろへと回り込ませる。
「ミナ!」
「あいよ! っと」
 ミナ・インバース(みな・いんばーす)は、こちらに向かってさらにアーミーショットガンを発射しようとする蛮族に向かって無造作に機関銃の引き金を引いた。無数にばらまかれる弾丸。
「うふふ、治療治療〜♪」
 銃弾が飛び交う戦場を、鼻歌交じり進んでいくイナ。その片手には救急箱が握られている。パートナーのミナが銃撃したばかりの蛮族に応急治療を施している。
 彪葵は、自分にはまったく理解できない行動を見守ることしかできない。
「これは貸しにしとくから、いつか返せよな!」
 ミナは彪葵に笑いかけると、機関銃を担ぎ上げて次の敵の元へと去っていった。
 神条 和麻(しんじょう・かずま)は苦戦していた。
 地上にいた頃は、それなり以上の使い手のつもりだった。しかし、自分より前にパートナーと契約しパラミタで様々な経験を積んだ先輩たちはもちろん、蛮族たちが存外に手強い。
「キャンディーが販売されたら喜ぶ人たちのため……」
 一瞬、抜刀してしまおうかと思い悩む。殺傷沙汰を絶対に避ける。その覚悟を決めてきたのだ。
「その心意気や良し!」
 波羅蜜多ツナギにサングラスのまぶしい、国頭 武尊である。
「聞けお前ら! S級四天王国頭 武尊の名において命ずる! 武器を捨てて投降せよ!」
 一瞬その場が静まりかえる。主に蛮族たちは、不思議に互いの顔を見合わせている。
「S級ってなんだ?」
「AがいちばんえらくてBCDEときて、え〜……あ〜……ずぅっとあとの方だろ、アルファベットでは」
「さっすが兄貴! アルファベットもカンペキッスね!」
「ひゃっはー! 下っ端のSってことかァ!?」
「シソコーラ買って来いよ、三十秒でなぁ! ヒャッハッハッハ!!」
「……」
 サングラスに隠され、武尊の表情をうかがい知ることはできない。
 言うまでもなく、S級四天王は、A級四天王よりさらに強いとされ、本当に四人しかいないパラ実の実力者である。
「あー……こんなコトもあるのか。いや、本当に今日はいい勉強をさせてもらった」
 武尊は、眼を隠していたサングラスを地面に投げ捨て――ようとしてもったいないのでツナギのポケットにしまった。
 その両目で、ゆっくりと蛮族たちを見回す。
 鬼眼。
 まさに鬼の人睨みが蛮族たちを射貫いた。
 本能的な恐怖から、次々と武器を手放し、投降する蛮族たち。
 当の武尊は、たまたまそばにいたひびきに「ちょっと屋上で休憩してくる」とだけ言い残し、一人でホテルの階段を上っていった。


 月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)ヒルデガルト・フォンビンゲン(ひるでがるど・ふぉんびんげん)の二人はホテルの廊下を疾走するルカルカ・ルーの背中を追っていくので精一杯だ。
「……あの人、第二段階なのかしら」
 あゆみは左手の甲のレンズに触れながら呟く。
「おそらく相当の修練を積んだのでしょう……軍隊式の動きですね」
 ヒルデガルドは冷静に表する。
 あゆみは敵が現われたと思った次の瞬間にはどこからか現われる炎で打ち倒していくルカルカの姿を見てそんなことを呟く。
「悪の匂いを感じる!」
「やっぱり――悪の匂いを感じるって言うのは、きっと何かの共感覚だよ!」
 あゆみはいよいよテンションが高まる。
「あゆみもピンクレンズマンとしてますます励まなければいけませんね――あゆみ、敵です」
 ヒルデガルドがルカルカの討ち漏らした敵を発見する。
「とりゃ、サイコキネシス!」
 廊下の上に落ちていた血煙爪が浮かび上がり、モヒカン(サーモンピンク)に激突する。幸いと言うべきか、血煙爪が始動していなかったため、スプラッタな現象は発生しなかった。とはいえ、数キロもある金属の固まりを高速でぶつけられたモヒカン(サーモンピンク)が悶絶して廊下の上をのたうち回る。
「モヒカンさん、クリア・エーテル!」
 あゆみはポーズを決める。
「あゆみ、あの人行ってしまいましたよ」
「急ごう!!」
 あゆみとヒルデガルドは、先を行くルカルカに続いてドアをくぐった――


「な、なんだかうまく入り込めちゃいましたね」
 本宇治 華音(もとうじ・かおん)はおっかなびっくりホテルの階段を上っていく。
「気をつけてね……ほとんどホテルの出入り口に集まっていたみたいだけど、職人の娘の見張りはきっと残っているよ」
 ウィーラン・カフガイツ(うぃーらん・かふがいつ)は注意を促す。
 二人は、武尊がその場の全員の視線を集めた瞬間を狙ってホテルの中に入り込んだのだ。
 すでに先行してホテルを探索した者がいたようで、ところどころに身体に焦げあとを作った蛮族が倒れている。時々うめき声を上げているので命に別状はないようだ。
 サーモンピンクに染めた髪を逆立てた男の横を駆け抜けて、二人はある部屋へと飛び込んだ。その部屋には、何人もの人の気配がしたのだ。
「オオカミさんだっ! うわああああ!!」
「ひゃひ〜! ひゃひ〜」
 華音より先に部屋に入ったウィーランが錯乱する。部屋の中には、制服姿の学生たちと、重力を無視したV字モヒカンの男。さらにV字モヒカンの足には、まっしろなむく犬、に見えるオオカミがかみついている。
「ひゃひ〜! ひゃひ〜」
 というのは、むく犬もどきのオオカミのうなり声だ。オオカミの牙はまだ生えそろっていないのか、かみつかれている方は驚いてはいるものの痛くはないようだ。
 そのオオカミに向かって、錯乱したウィーランは殴りかかろうとする。鹿の獣人である彼はオオカミに対して本能的な恐怖を抱いているのだ。
 ウィーランの拳は、透明なバリアのようなものに阻まれる。
「こらっ!」
 華音たちより先にこの部屋にたどり着いていたあゆみがウィーランをにらんでいる。このバリアのようなものはあゆみが作り出したもののようだ。
「コラ、だめじゃない!」
 華音のげんこつがウィーランの頭の上に落とされる。
「いってぇ――」
 ウィーランが頭を押さえてしゃがみ込む。
「えぇい、養女の姿じゃないなら邪魔だ!」
 V字モヒカンは足にかみついた小さなオオカミを蹴り飛ばす。オオカミは壁に衝突し、人型に戻る。
「っ――」
 体操服を着た少女は、痛みのあまり呼吸をすることもできず床の上を転がる。
「なんてこと」
 ロープで身体をぐるぐる巻きにされたライカが這うようにして少女に近づく。
「あ、なんだか今日初めて本気になっちゃうかも」
 ルカルカの手に炎がまとわりつく。その顔には笑みが張り付いているが、その瞳は怒りに燃え上がっている。
「ばっきゃろー!」
 炎をまとったボディーブローが、V字モヒカンを吹き飛ばす。
 吹き飛ばされたV字モヒカンは、廃ホテルの屋根を突き破って、西の空へと消えた。
「治療を……」
 獣医の心得もあるヒルデガルドがひざまずき、体操服の少女の身体に手を当てる。華音たちはは、とらえられていたエヴァルト、ライカ、レイコールの身体に巻き付けられたロープをほどいていく。
「あなたが水飴職人さんのお子さんですね」
 ゆっくりと痛みが引いてきた少女は頷く。
「うん、ハクジュだよ。みんなが来てくれたから、ハクジュも勇気出して戦ったよ!」
 満面の笑みを浮かべるハクジュの白い前歯は、一本抜けていた。
 あと数年もたてば白き珠の何引けをとらない少女となる彼女も、今日この日はまだ弱冠七歳のお子様である。