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リアクション
喧騒から離れた静かな場所に生えていた桜の樹の根元。そこでビニールシートを引いた 葉月 可憐(はづき・かれん)とアリス・テスタイン(ありす・てすたいん)が空を眺めていた。
「二人とも何をしているんだ?」
涼司が聞くと、可燐が答えた。
「はい、月桜酒を堪能していました」
「月桜酒?」
ええ、とアリスが頷く。
「こうしていると、月と桜がキレイに見えるんです」
「よろしければご一緒に洒落込みませんか? 甘酒でよければありますよ?」
可燐が二つの水筒を取り出し涼司達に言った。
「はい、どうぞ」
可燐が持参した水筒からコップへ甘酒を注ぎ、涼司達に渡す。
「ありがとうなのよ」
さくやが受け取り、甘酒を飲みだす。
「ふぅ……おいしいのよ」
「まだありますから、欲しかったら言ってくださいね」
可憐がさくやに微笑んだ。
「では私もいただきますね」
泪がコップを傾け、甘酒を飲む。
「あ、本当美味しい……あの、山葉校長どうしました? 気のせいか先程から私の方を見ている気がするんですが……」
「いや、また泪先生が酔ったらどうしようとか考えてませんから」
「そう何度も酔いませんよ!」
「大丈夫ですよ、これノンアルコールですから」
可憐がくすくすと笑った。
「よろしければおつまみに食べてねぇ」
アリスがクッキーを差し出す。
「頂くのよ」
そう言ってさくさくとクッキーを貪りだすさくや。
「……昼間のもいいけど、夜の桜も風流だねぇ」
アリスが空を見上げて呟く。
「けど、良い場所を見つけましたね」
泪が空を見上げながら呟く。喧騒から離れ、静かなこの場所は月も桜も堪能するのに良い場所だった。
「それはそうですよー、朝三時から色々良さそうな場所を探したんですから」
「あ、朝三時?」
驚く涼司に「はいー」とニコニコ笑いながら可燐が答える。
「ああ、そう言えば朝から花びら集めている人がいたのよ。貴方達だったのよ?」
「そうですー」
可燐が取り出したのは、桜の花びらがびっしりと詰まった瓶だった。
「そんなに……どうするんですか?」
「さあ……私は押し花などを作ろうと思ってるんですけど……」
首を傾げるアリスに、可燐はにっこりと笑って言った。
「塩漬けを作るんです」
「し、塩漬けですか?」
「そうですー」
「……どうりでいっぱい集めていると思った」
呆れたようにアリスが呟いた。
「……あれ? でも桜の塩漬けって、確か八重桜の花を用いるんですよね?」
「そうなんですか?」
「詳しくは知りませんが……さくやさんの桜って大丈夫なんですか?」
「私も知らないのよ……けど死にはしないと思うのよ」
「その言葉で一気に不安になった……」
涼司が呟いた。
「大丈夫ですよ、こんなに暖かい気の中にある花びらなんですから。きっと良い物ができると思います」
「……そういわれると、そうかもしれませんね」
笑顔で言う可燐に、泪はそう言って頷いた。
「あっ、涼司くん !やっと見つけた……」
「ん……加夜?」
涼司が振り返ると、そこに火村 加夜(ひむら・かや)がいた。
「どうした?」
「あ、あのね……一緒に桜を見ようかなぁと思ったんだけど……」
「え……でも」
「駄目、かな?」
上目遣いで加夜は恐る恐る聞いてくる。
「行ってくるといいのよ」
甘酒の入ったコップを傾けつつ、さくやが言う。
「え、でも……」
「貴方、今日一日私に付き合って楽しんでないのよ? 貴方も楽しんで欲しいのよ」
「そうですよ。山葉校長も息抜きしてください」
「……すまないな」
「いいってことなのよ」
「デート、楽しんできてくださいね」
さくやはニヤニヤと、泪と可燐、アリスは笑顔で涼司を見る。
「いってらっしゃいなのよー」
手を振り、さくや達は涼司を見送った。
「ふぅ……結構疲れるな」
色々と夜店を歩いた涼司達は、人気の無い静かな場所を見つけ、腰をかけた。
「はい、お疲れ様」
「ああ、ありがとう」
加夜から差し出された甘酒を涼司は受け取ると一口飲む。それに続いて加夜も自分の甘酒を啜る。
「色々あったね、お店」
「ああ……結構急な話だっていうのに、皆よく準備できたな」
「ふふっ、そうだね」
甘酒を飲みつつ他愛ない話をしていたが、やがて会話は途切れ二人は桜を眺めた。
静寂の中、遠く聞こえる声。この空間だけ、別に切り取られたように錯覚に陥りそうになる。
「あのさ、話してもいいかな?」
静寂を破ったのは加夜だった。
「ん? 何を?」
「花音ちゃんのこと」
一瞬、涼司の体がピクリと動いたが、ゆっくりと頷いた。
「花音ちゃん……突然の事だし、涼司くんがショックなのはわかるんだ……けど祝福してあげることも必要だと思うの」
涼司は黙って、甘酒を啜る。
「花音ちゃん、嬉しいだろうけど……それ以上に不安もあると思うの。けど涼司くんが応援してあげたら、きっと心強いと思うんだ」
「……いや、確かに最初聞いたときはショックだったけど、アイツの事を認めていないとかそういうのはないんだ」
「え? それじゃ、何を悩んでいるの?」
涼司は一瞬言う事に悩んだ素振を見せ、ゆっくりと重そうに口を開いた。
「……アイツ、最近養育費は俺の口座から出すとか言い出したんだ」
「……え?」
「それでなくても学校の運営費とか色々あるし……子供って育てるのにいくらくらいかかるんだ……それを考えると最近胃が痛くなるんだ……」
「そ、そうなんだ……」
加夜は笑おうとするが、引きつり上手く笑えていなかった。
「環菜早く戻ってきてくれないかなぁ……そういうのはアイツの方が得意だし……ははははは」
涼司が乾いた笑いを漏らす。
「……そっか、悩んでるのはそういうことか。てっきり反対してるのかと思った」
「反対はしない。あいつが幸せならな」
涼司の言葉に、加夜は「そっか」と呟いた。
「あ、あのね、もう一つ聞きたいことがあるんだ」
「ああ、何だ?」
「……その、涼司くんは……欲しくない?」
加夜は俯きながら言う。その頬はほんのりと、赤く染まっていた。
「欲しいって、何を」
涼司は甘酒を口に含んだ。
「……子供」
加夜は顔全体を真っ赤に染め、ぽつりと呟いた。
「ブッ!」
涼司は甘酒を吹いた。
「その……涼司くんも自分の幸せを考えて欲しいと思って……」
「は、ははは……冗談がうまいなぁ」
「冗談……じゃないよ?」
加夜は涼司の手を取ると、自分の胸に押し上げる。
「これで冗談じゃないって……わかるかな……?」
掌から加夜の鼓動が、体温が伝わる。早い鼓動と少し熱い体温。
「ゆ、勇気出して聞いてるんだよ? ……答えて、聞かせて欲しいな」
「……お、俺は」
涼司が口を開く。
(よし! ここで押し倒せなのよ!)
(駄目ですよ! そんなことしたら放送禁止に……)
「ん……?」
「どうしたの?」
「いや、何処からか声が聞こえたような気が……」
涼司が辺りを見回す。
「……あそこからか?」
声がする方に涼司は目をやると、茂みがあった。
(なにやってるのよヘタレ! ああもうじれったいのよ!)
(わっ! お、押したら……)
茂みがガサガサと揺れた、と思った瞬間。
「にょ!」
「きゃっ!」
何者かが、茂みから飛び出してきた。
「さくやに、泪先生?」
「……こ、こんばんはなのよ?」
「……い、いい天気ですねー?」
物凄い気まずそうな顔をした、さくやと泪がいた。
「……何処からいました?」
「……結構最初の方から」
苦笑しつつ眼を逸らす泪が呟いた。
「……み、見られた……見られてた……」
湯気が出そうなくらい顔を真っ赤に染めた加夜が、うわ言のように呟く。
「か、加夜?」
「……はふぅ」
そして、ゆっくり崩れ落ちた。
「か、加夜! おい! しっかりしろ!」
涼司が慌てて抱きとめ、呼びかけるが加夜は気を失い、目を開けなかった。
「……本当にごめんなのよ」
申し訳無さそうに目を伏せるさくやがいた。
「……それじゃ、またね」
何とか意識を取り戻した加夜は、ふらふらとした足取りで帰っていった。
「……本当に申し訳ありませんでした」
加夜が見えなくなると、泪が涼司に頭を深々と下げる。
「いえいえ、気にしなくてもいいんですよ。ははははは」
何度も頭を下げる泪に、涼司は笑顔で答える。
「……あなた、泣いてるのよ?」
「何故か涙が止まらないんですよ」
涼司は笑顔で号泣していた。
「……それにしても、全然勢い衰えないな」
涙を拭った涼司が辺りを見回し呟く。
ちらほらと帰り出す者は見られる物の、花見客のテンションはまだまだ高い。
「そうですねぇ……夜も遅くなりましたし、そろそろ締めの告知でも出しますか?」
「それならば私に任せるのよ……みんなにお礼もしたいのよ」
「任せるって?」
「まあ見てるのよ」
そういうとさくやは目を瞑り、ゆっくりと口を開く。
「みんな、今日はお花見に来てくれてありがとうなのよ」
さくやの言葉が、桜を通して伝わってくる。
「こんなに人が来たのはもう何年も無かったのよ。久しぶりに、とっても楽しい時間を過ごせたのよ……お礼に、私も一つ披露するのよ」
そう言うと、風が吹いた。
――それは、優しい吹雪だった。
先日まで荒れ狂っていたものではなく、優しく、暖かく舞うような花びら。
宵闇の中、月の明かりが照らす花びらは、幻想の産物のようにも感じられた。
各所から感嘆の声が上がる。
「凄いな……これは最高の出し物だ」
涼司が呟いたのを聞いて、さくやが言う。
「ん? まだ終わってないのよ?」
「え?」
「これは前準備なのよ。お楽しみはこれからなのよ」
そういうと、さくやは花びらを座布団のように積み、その上に正座する。
そして何処からか取り出した蝋燭に火を灯す。
「――これは、その昔あった話なのよ」
桜の樹から、さくやの声がした。
先程までと声のトーンが変わり、物語を語りだした。
「――そして、果実と思ったそれは、吊るされた人の生首だったのよ……!」
さくやが語ったのは、怪談物語だった。しかもかなりエグい内容の。
各所から悲鳴が上がる。
先程幻想的に見えた桜吹雪は、さくやの怪談のせいで今や不気味な雰囲気を醸し出していた。
「って怪談かよ!?」
「……きゅう」
「る、泪先生ぇー!」
がくがくと身体を震わせ、泪が倒れた。涙目になって。
「怖いの……怖いのいや……」
「……そういやこの人幽霊とか苦手なんだっけ」
「さて、続きましてなのよ」
「まだ続くのかよ!」
そうして散々と、怪談物語をさくやは語り続けた。
語りが終わる頃になると、花見客は酔いが醒めたのかそそくさと帰り支度を始め、あの宴が嘘だったかのように誰も居なくなっていた。
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