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アタック・オブ・ザ・メガディエーター!

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アタック・オブ・ザ・メガディエーター!

リアクション


【十一 衝撃の中で】

 メガディエーターの再度の攻撃ポイントは、矢張り空中展望塔の最下層と下部第三層に絞られているようであった。
 初回の攻撃で完全に破壊出来なかったところへ、もう一度攻撃を加えてとどめを刺すという思考は、捕食者としては通常の発想であろう。
「あー! 見つけたー!」
 浮島地上部に伸びる空京リゾートイノベーション所有ビルの屋上付近で、縁の素っ頓狂な叫び声に、優雨は一瞬びくっと背を竦ませ、次いでおずおずと振り向いた。
 見ると、憤怒の表情で空飛ぶ箒の上に立ち乗りしている縁の姿が、そこにあった。
「優雨さぁん……こぉんなところで、なぁにやってるんですかぁ〜……?」
 幽鬼のような表情を浮かべ、三白眼の不気味な目線でじっと睨みつけてくる縁に対し、優雨はあはははと、あからさまな誤魔化しの笑みを湛えた。
「あ、あらぁ、その箒、どなたかが貸してくださったのですかぁ〜?」
 優雨が縁の足元を指差してみても、縁の表情はぴくりとも動じない。実際のところ、コントラクターの職員が持参していた空飛ぶ箒が余っていた為、わざわざ借りて、小型飛空艇から乗り換えてきた縁なのだが、今の彼女にはそんなことはどうでも良い。
 話題転換が通用しないとなると、優雨としても何か他に弁解の道を探らねばならなかった。
 まかり間違っても、事実はいえない。とてもじゃないが、いえない。
 ここに居る方が、メガディエーターをじっくりたっぷり舐るように観察出来るだなんて。
 だが、優雨が直接口にせずとも、彼女の意図を縁は既に見抜いている様子だった。
「優雨さぁん……気持ちはわかりますけど、今回だけは抑えてぇって、いったじゃないですかぁ〜」
「あ、あらぁ、そ、そうでしたわねぇ……今やぁっと、思い出しましたぁ」
 尚も乾いた笑いで誤魔化そうとする優雨だったが、最早そんな悠長なやり取りをしている場合ではない。
 レオが慌てて宮殿用飛行翼をはためかせて、ふたりの元へと飛翔してきた。その表情には、余裕の欠片も見られない。
「もう! ふたりとも、何やってんだよ! 早く迎撃に出ないと!」
「あ、そ、そうだったわねぇ〜」
 レオに叱責されてようやく我に返った様子の縁が、頭を掻きながら箒に跨った。さすがに飛行時までは、立ち乗りは難しい。
 下方で、何かの衝撃音が響いた。浮島の外縁部から覗き込んでみると、リネン率いる突撃隊がメガディエーターの右側眼球に突撃を開始していた。
「よし、僕達は反対側をやろう!」
 いうが早いか、レオは砕紲刀イコノスクラムのレーザーブレードを発刃し、猛スピードで下降してゆく。狙いはメガディエーターの、左側の眼球であった。
「さぁ優雨さん」
「はぁい」
 縁に促され、優雨もオイレの操縦桿を握った。

 メガディエーターの標的とされた最下層と下部第三層内は、どうにも収集がつかない程の混乱が、再び生じようとしていた。
 迎撃組によって左右の眼球が破壊されても尚、あの巨大な歯列が突進を止めず、そのままの勢いで迫ってこようとしているのである。
 幾ら上部第二層へ通じる非常階段が通行可能になったとはいえ、登り切るには相応の時間を要する。それまでにメガディエーターの再度の攻撃が為されれば、拾いかけていた命が失われる可能性が大きいのだ。
 恐慌に陥るな、と注文をつける方が、土台無理な話であった。
「だ、大丈夫よ皆……お姉ちゃんが、ついてるから、ね……」
 自らも恐怖に慄き、真っ青に変色した唇の奥で歯をかちかちと噛み鳴らしながら、それでもさゆみは泣き喚く子供達を抱きかかえるようにして、非常階段へと急がせた。
 その傍らでは、転倒したお年寄りを必死に抱き起こそうとしている食人の姿もある。
 だが、もう間に合わない。
 メガディエーターが上下に大きく開いた顎が、その奥に絶望の洞窟を押し広げながら、崩れ落ちた外壁の向こう側に迫ってきていた。
 さゆみは、子供達や周囲の大人達に向けて、声を張り上げた。
「皆さん! 何かに捕まって……!」
 その悲痛なまでの叫びは、しかし、鼓膜が破れるかと思う程の圧倒的な轟音に掻き消された。
 横揺れの衝撃が、空中展望塔全体を激しく揺らしていた。特に下部第三層と最下層を襲う震動は、這いつくばっていても耐えられない程である。
 と思った次の瞬間には、コンクリートや金属製の壁材が爆発でもしたかのような勢いで下部第三層内に弾けて散った。
 もう一度外壁方向に視線を転じると、規則的に並んだ鋭く大きな歯の列と、絶望の淵ともいうべき巨大な口腔が、視界一杯に飛び込んできた。
 老若男女問わず、人々の悲鳴、怒号、泣き喚く声が、瞬く間に下部第三層内で渦巻いた。
 床が信じられないような傾斜角で大きく傾き、テーブルや椅子などが、歯列が待ち構える大きな口腔に向けて滑り出していった。
 子供の悲鳴が聞こえた。見ると、さゆみがさっきまで手を握っていた筈の男の幼児が、床面を滑り落ちていくではないか。
「いやっ! 駄目ぇ!」
 さゆみはほとんど何も考えず、本能的に舞った。泣き喚き、必死に何かに捕まろうとしながらも滑り落ちていく男児の小さな手が、目の前でもがいていた。
 その柔らくて幼い手を、さゆみの華奢な掌がしっかりと捕まえる。さゆみはありったけの力を込めて、その男児を、手近の支柱にしがみついているアデリーヌに向けて投げ飛ばした。
「……お願いっ!」
「さゆみぃっ!」
 男児を抱きとめたアデリーヌだが、その美貌には絶望の色が広がる。彼女の目の前で、さゆみが、メガディエーターの獰猛なる牙の餌食になろうとしていたからだ。
 さゆみに悔いは無かった。
 この耐え難い恐怖の中で、幼い命を救うことが出来た。迫り来る死への悲しみよりも、満足感の方が大きかった。
 が、さゆみの体躯は落下を止めた。いや寧ろ、上方向に引っ張り上げられている。あわやのところで、誰かがさゆみの左手首を掴み取っていたのだ。
 慌てて頭上を仰ぎ見ると、クドの柔和な笑顔と、緊張に強張っているエリスの姿があった。

「んじゃ、後は宜しくねぇ」
 さゆみをエリスに預けた後、クドは魔道銃をホルスターから抜き取ると、自ら斜面と化した床を滑り落ちていく。エリスは仰天した。
「ちょっとあんた、何考えてんのよ! 馬鹿なことはやめなさい!」
 しかしクドは、目と鼻の先に歯列が迫る位置で、剥き出しになった床材を足がかりにして器用に滑落を停止すると、右手で魔道銃をメガディエーターの口腔に向け、左手を右手首に添えた。
 銃口先端に取り付けられている照門に自らの視線を重ね、狙いを定める。
「いやぁ、ちょいと不謹慎かもしんないけどさぁ、お兄さん、この瞬間を待ってたんだよねぇ」
 眉を開き、口元を笑みの形に歪める。まるで茶飲み話でもしているかのような呑気さだ。
「ハロ〜♪ でもって、さよぉならぁ〜」
 クドは、封じられていた全魔力を一気に解放し、その全てのエネルギーを魔道銃の撃鉄に乗せた。
 眩い光がさゆみやエリス、或いはアデリーヌ、食人といった者達の視界一杯に広がった。

「おぉっ、あれは!」
 最早為す術もなく、空中展望塔を上から見下ろす位置で旋回していたマーゼンが、感嘆の声を漏らした。
 メガディエーターの頭部付近から、一条の光線が伸びてきている。それは、クドが全魔力を解放して撃ち込んだ魔道銃の、ビーム状に伸びた一撃であった。
 クドの魔力はメガディエーターの上顎を内側から破壊し、更に脳を焼き払い、頭部に向けて貫通していったのである。
 如何に強大で不死身に近い肉体を誇るメガディエーターといえども、脳を破壊されてはどうにもならない。
 その巨艦にも等しい魚影はぐらりと横倒しに傾き、そのまま重力に引かれる形で空中展望塔から顎先が引き抜かれると、音も無く自由落下を開始した。
 誰もが声を失って、墜落してゆく巨影を目線で追った。
 歓喜よりも、驚きと安堵の思いが、その場に居る全員の胸中を支配していたといって良い。
 だが、その静寂も、ほんの束の間に過ぎなかった。
「あ、ま、拙いですぞ!」
 思わずマーゼンが叫んだ。
 見ると、全魔力を解放してメガディエーターを仕留めたは良いが、臨死状態となって空中展望塔から放り出されたクドが、メガディエーターの巨影を追うようにして、矢張り宙空を落下していくではないか。
 それだけではない。二度目の攻撃で空中展望塔の下部第三層と最下層は、立って歩けない程に床が傾いてしまっており、早急に処置を施さねば、観光客達が滑り落ちる危険性が大きいのである。
 事態はまだ、何ひとつ解消されていないのだ。
「よし、任せろ!」
 落下してゆく臨死状態のクドを、七緒のヘリファルテが下方で待ち受け、そして保護した。だが、元々が一人乗り専用の小型飛空艇である。動けないクドを乗せたままでは、いずれ一緒に落下してしまうだろう。
 そこへ、同じくヘリファルテを駆る羅儀が大急ぎで駆けつけてきて、七緒のヘリファルテを下から押し上げる格好で支えた。万全とはいえないが、これで何とかなりそうである。
 一方、三郎のバジリスクが下部第三層の崩壊した外壁から内部へと入り込み、その巨躯を利して転落防止用の壁役となっていた。
 更に隙間から落ちる観光客が居ればすぐにでも助けられるようにと、セラータが自身の翼で飛翔してバジリスクの下方に待機した。
 誰もが、後はもう脱出するだけだ、と半ば落ち着いた気分で作業に当たっていた。
 しかしその時、管制室から孝明の無線連絡が届いた。その内容に、耳を疑わない者は居なかった。
『戦闘可能な者は全員、迎撃態勢を取れ。もう一体、来るぞ!』