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アタック・オブ・ザ・メガディエーター!

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アタック・オブ・ザ・メガディエーター!

リアクション


【九 予兆】

 美羽と琥珀は続けてメガディエーターの左側から、そしてゲドーの砂鯱は反対側に回り込み、まだほとんど無傷に近い右側面に狙いをつけて、ほぼ同時に突撃を開始した。
 横から殴りつけてくる強い気流と、冷たい向かい風とに翻弄されながらも、美羽と琥珀は中腰の姿勢で重心を低く落とし、それぞれの得物を構え続けた。
 メガディエーターの焼け爛れた左の顔面が、いよいよ目と鼻の先に迫ってきた。この位置なら、あの超音波による衝撃波の射程範囲外である。ひたすら突進し、至近距離からありったけの攻撃を叩き込む。
 一見、非常に単純な攻撃方法であるが、この局面に於いては最も合理的な戦法であった。
 美羽と琥珀が迫ろうとしている左側面から見て反対側、メガディエーターの右側面では、既にゲドーの駆る砂鯱が攻撃に入っていた。
「ほぅれほれぇ! シャッちゃんよぉ、どんどんガブっといっちゃいなぁ!」
 ゲドーに指示されるまま、天空を舞う砂鯱の牙が、メガディエーターの右胸鰭の後ろ側に食いついた。と思った次の瞬間には、膨大な量の肉片を噛み千切り、そのまま巨大鮫と併走する形で飛行を続ける。
 ところが、思わぬ方向から障害が発生した。
「どわぁ!?」
 珍しく、ゲドーは驚きの声をあげた。頭上から幾つかの黒光りする物体が落下してきて、そのまま砂鯱の背や鰭に張りついてしまったのである。
 アロコペポーダ共であった。見ると、この奇怪な寄生虫が張りついた箇所から、白い煙が上がり始めている。砂鯱の体表を溶かし始めているのだ。
「……っざけんなぁ、このクソ虫共がぁ!」
 ゲドーは手にした水晶の杖で、次々とアロコペポーダを薙ぎ払い、宙空へと叩き落してゆく。ひと通り駆除したところで、一旦メガディエーターから距離を取ることにした。
 どうやら時間をかけての接近戦は、相当な危険を伴うようである。一撃離脱を繰り返す以外に、有効な戦術は無さそうであった。
 その判断は、左側で接近戦を仕掛けていた美羽と琥珀も同様であった。

「ちょ、ちょ、ちょっとぉ、何だよこいつらぁ!?」
 一応疑問形で叫んでみたものの、琥珀は鰓付近から次から次へと湧き出してくる寄生虫の群れの正体を、既に頭の中では理解していた。
 幸い、琥珀の得物は一撃離脱には最も適したランスである。長時間メガディエーターの体表に張りつく必要が無い分まだマシな方であった。
 一方、美羽が連続で叩き込んでいる対イコン用の爆弾弓は、命中のたびに爆音を響かせ、大空の中で火柱を噴き上げているものの、まだ致命傷には至っていない。
「う〜ん、駄目なのかなぁ」
 美羽は少し、自信がなくなってきた。
 今回用意した火力は、普通に考えれば通常のイコン相手にも十分な破壊力を発揮する筈なのであるが、今のところメガディエーターを撃墜するだけのダメージを与えられてはいないように見える。
 これは美羽個人の推測に過ぎないが、メガディエーターが誕生した当時の古代イコンは、現在シャンバラの各校に配置されているイコンとは比べ物にならない程に強力だったのではあるまいか。
 でなければ、こんな鬼のような耐久力を誇るメガディエーターと互角に勝負して空中戦闘のデータを取る意味が無いように思われる。
 もしこの仮定が当たっているとすれば、現代のイコンと互角に勝負し得る戦闘能力を誇るコントラクターといえども、メガディエーターを楽に倒せると考えるのは危険に過ぎる、というものであろう。
 そんな思案にふけっていると、不意に後方から、コハクの悲鳴に近い叫びが届いた。
「危ない! 避けて!」
 警告の叫びを受けて、ようやく美羽は、自身の駆るヴォルケーノがメガディエーターに接近し過ぎている事実に気づいた。慌てて自動操縦を解除して操縦桿を握り、巨大鮫の体表から距離を取る。
 この対応がもう少し遅ければ、アロコペポーダの群れに取りつかれて、とんでもない目に遭っていたかも知れない。
「だ、大丈夫!? 怪我は無い!?」
「いやぁ、ごめんごめん。ちょっとぼーっとしてたよ」
 慌ててオイレを寄せてきたコハクに、美羽は頭を掻きながらはにかんだ笑みを向けた。

     * * *

 空中展望塔内では、新たな動きが見られた。
「終わりましたでございますよぉ」
 下部第三層の貫島エレベータホール脇にある、非常階段へと続く扉の奥から、メフィスがいかにも不満げな仏頂面で顔を出してきた。
 上部第二層との間に巣くっていたアロコペポーダの群れを、あらかた駆除し終えたのである。これで、下部第三層と最下層の人々が上層へ脱出するルートが、確保出来たといって良い。
「おぉっ、やっと通れるようになりましたか! さぁ皆さん、ようやく上に移動出来ますよ!」
 甚九郎が叫ぶと、その周辺でおろおろと混乱にうろたえていた観光客達の動きがぴたりと止まり、その人々の面に、次第に歓喜の色が浮かび始めた。
 だが、ここで再びパニックが生じては、大変な事故に繋がる。まずミシェルが手にしたメガホンで、観光客達に呼びかけた。
「大丈夫ですよ! 常時、どのルートが安全なのか調べながら進んでますので、皆さん落ち着いて行動して下さい〜!」
 事実、既に佑一とカイが先行して非常階段を登り、討ち漏らしたアロコペポーダが居ないかどうか、また破損している壁や階段の有無などを調べていた。
「良いぞ、大丈夫だ!」
 ほとんど隙間に近いような吹き抜けの間から、カイが上部第二層近い位置から呼びかけた。これを受けて、貫島エレベータホール脇で観光客達を整列させていた佑一が頷き返し、そして観光客達へと視線を転じる。
「良いですか、ここは階段です。落ち着いて登ってください。下手にパニックを起こして将棋倒しなどが発生したら、助かるものも助かりません。良いですね!?」
 佑一の念押しに、観光客達もやや青ざめた表情ながら、黙って頷いた。一般人ではあるが、彼らも事態の深刻さをよく理解しているのだろう。
 螺旋状に登る非常階段の最初の踊り場では、甚九郎が伝令犬パトラッシュと並んで立ち、観光客達に冷静な避難を呼びかけている。
 また貫島エレベータホールでは、渚が列を作る観光客達に、決して慌てないよう指示を出していたのだが、この時彼女は傍らで同じく避難誘導している椿に小声で話しかけた。
「ところで、榊さんはまだ、管制室に篭もってるの?」
「うん……何だか、危険な予兆が読み取れるんだってさ。今でも十分、危険なんだけどね」
 肩を竦める椿であったが、その返答に渚は、えもいわれぬ不安を覚えた。

 その孝明だが、彼は再び管制室内の通信設備を使って、天御柱側の猛との通信を再開していた。
「……おい、これは、本当なのか?」
 ディスプレイに表示されるメガディエーターの資料の後半部分に、孝明の視線は釘付けになっている。そこには淡々とした文章でメガディエーターの生態に関する説明が記されているのだが、その中の一文に、恐ろしい表記が紛れ込んでいたのである。
『さぁな……しかし、わざわざこう書いてあるってことは、恐らく当時は事実だったのだろう』
「では、矢張りこれは……」
 呻いてから、孝明は別の方向に視線を転じた。彼が新たに凝視しているのは、気象レーダーの円形ディスプレイである。
 と、そこへ椿が扉を開けて管制室内を覗き込んできた。
「なぁ孝明、どうしたんだ? まだここに居るつもりか?」
 しかし孝明は答えない。彼の意識は、気象レーダーに映し出される映像に、すっかり囚われてしまっている様子だった。
 不思議に思った椿が、自身も室内に入ってきて、孝明が凝視する気象レーダーにふと視線を落としてみる。だが、そこに映し出されているのは、いずれも浮島周辺に浮遊する雲ばかりであり、別段、変わった様子は無いように見える。
 一体孝明は何に対して、異常なまでに神経を尖らせているのだろう。
 少なくとも今の時点では、椿にはよく理解出来なかった。