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夜空に咲け、想いの花

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夜空に咲け、想いの花
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2/ デート・ディト

 なにも作為など、ない。それは、間違いない。
 この状況はまったくの偶然だ。いや──そもそも。彼女たちはお互いがお互いともに、まったくこの『状況』が起こっていることにすら、気付いてはいないのだ。
 だが。偶然というにはあまりにも出来すぎであると邪推したくもなるほどに、彼女たち二組を取り巻く状況は非常に、似通っていた。
「や、やっぱりみんな、浴衣のコ、多いんですねっ。これぞお祭り、花火大会だ! って感じだし。なんか、いいですよねっ」
「うむ。そうでござるな」
 ミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)は、自分の口調がぎこちなくなっているのを自覚していた。
 注意をしていなければ、右足と右手が同時に、ぎくしゃくと前に出てしまいそうになる。
 だけど、わかっていたってどうすることもできない。そんなことに割けるほど、思考回路に余裕なんかない。そのくらい、緊張している。
 想いを寄せる相手、好きな女性──真田 佐保(さなだ・さほ)との、デートという行為に、だ。
 そんなどぎまぎして、けれど必死に楽しい思い出を残そうとする彼女を後方、少し遠くから見守る影が、ふたつ。
 ミーナのパートナー、高島 恵美(たかしま・えみ)立木 胡桃(たつき・くるみ)である。
 二人はつかず離れず、……真面目すぎず。
 それぞれ、やきそばと綿菓子を片手にパートナーの様子を出歯亀──もとい、見守り続ける。
 見守られるミーナが佐保と並び歩く、そのほんの二メートルもない右隣を同じように、桐生 理知(きりゅう・りち)もまた想い人とふたり並んで、この祭りの喧騒の中へと繰り出していた。
 まだ、告白もできていない相手。辻永 翔(つじなが・しょう)と彼女もまた、やっぱりどこかたどたどしく、ぎこちない口調で語らいあい、出店をまわる。
 尾行する者がいるところまで、彼女たちは一緒だった。
 ミーナにとってそれが恵美であり、胡桃であったように。
 理知のあとを尾行るのもやはり彼女の相棒、北月 智緒(きげつ・ちお)
 彼女たちは、双方が双方へと気付かぬほど、隣の相手との時間に必死で、精一杯で。
 また両者とも、尾行する者の存在に気付いていない。そんなところまで、知らず知らず浴衣姿の彼女たちは同じだった。
「愛の力、かぁ。ロマンチックだよね」
 それで、花火が打ち上がるなんて。
 理知の言葉に、翔がそうだな、と頷き同意を示す。
 夜空には、無数の花火。きっとこれらより、ずっともっと。びっくりするくらいそれは綺麗なのだろう。
『りゅ、竜斗さんっ! わた、わたしはっ! だいしゅ……だいすきです! いつもほんとうに、ありがt……ありがとう、ごじゃ、ごじゃいますっ! ……あう……』
 彼女らの行く背中で、どっと大きな笑いが起きた。
 悪意によるもののない、あたたかな微笑ましい、そんな笑いの歓声。
 櫓の上の、ユリナ・エメリー(ゆりな・えめりー)の告白。ただし、噛みまくりの。
「落ち着けって。嬉しいからさ、落ち着け。噛み噛みじゃないの」
『はっ!? は、はいっ!』
 その感謝と想いを向けられた相手──黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)は周囲の笑いと拍手とに包まれながら、彼自身もまたパートナーの噛みっぷりに苦笑していた。
 ミリーネ・セレスティア(みりーね・せれすてぃあ)が、リゼルヴィア・アーネスト(りぜるヴぃあ・あーねすと)が。ユリナ同様に竜斗の相棒である二人もまた、顔を見合わせて笑いあう。
 真っ赤になっているユリナ。視線を落とした彼女を見上げ、竜斗ははやく降りてこいよ、とジェスチャーをする。
 まだまだ、夜は長いんだ。もっとあちこち、回ろうぜ。……って。
 やきそばを啜る相棒ふたりとともに、彼は壇上のパートナーを待つ。

「すごいね。みんな告白しちゃうんだ。それに、花火もこんなにいっぱい」
 少し、喧騒が遠い。ミーナは櫓の上で叫ぶ女性──さきほどの女の子のように噛んではいない──が、お辞儀とともに拍手を受けるのを見つめつつ、言った。
「……楽しい、ですか?」
 そして、らしくないな、と思いながらもぽつりと、恐る恐る隣の少女に問いを向ける。
「ミーナといて。佐保先輩はこの花火大会、楽しいですか?」
 少し、不安だった。ほんとに、らしくないと思う。
「楽しんでくれてるなら、……また来年。再来年もこうして一緒に、先輩と一緒にミーナは、花火が見たいです」
 らしくないついでに、想いを口にする。
 また、こうして。一緒に花火が見れたなら。
「来年──か。また、一緒に。そうでござるな……いいや」
「え……」
 さっと、背筋が冷たくなった。
 ……「いいや」。それはつまり、拒絶。やっぱり、ダメなのだろうか?
「来年、再来年じゃなく。今年もまだまだいっぱい、いろんなところに行きたい。そう思うでござるよ」
 思わずその顔を見つめたミーナに、佐保はウインクしながらいたずらっぽく、言った。
 来年、ではない。まずは今年を一緒にもっと楽しもう。そしてそれは、「今」でもある。
 同じ言葉を、理知は翔から贈られた。
 そして差し出された手に、声を重ねられた。
「線香花火。やりにいこうか」
 まだまだうんと、花火大会は楽しめる。だからどこか、静かな場所で。いざなう少年にこくり、理知は従った。
 それは従うことの、幸福だった。

「……もう。ほんとうに、びっくりしたわ」
 櫓から降りてきたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)を、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)はそう言って出迎えた。
 迎える側、迎えられる側ともに浴衣姿。
「櫓まで来い、なんていうからなにかと思ったら。──改まって、『好きだ』なんて」
 告白を終えたパートナーは、セレアナの言葉に微笑む。
「どうしても。この機会に改めて、言っておきたかったから」
「もう。本当に、正直で……単純なんだから」
 言うまでもないことでしょう。潤んだ瞳で、セレアナはそっと、セレンの手をとる。
 自身の頬に、持ち上げて静かに触れさせる。
 胸から広がる熱さは、セレンの手を置いたそこにも十二分、伝播している。
 そのぬくもりを彼女に伝えるとともに、セレアナは頬にある指先の柔らかさを噛み締める。
 それは好きだなんてこと、わかりきっているのに。その当たり前すぎることを敢えて言ってくれた大切な人の、実感だ。
『よろしいですか! 私のこの想い……熱さ! それは愛でも感謝でもなく! そう! 野望! この熱で、花火に火をつけてやろうではありませんかっ!!』
 なんだか、大仰なことを言っている叫びが夜空に木霊している。
 たしかに。想いの熱さに、その内容なんて関係ない。間違ったことはこの声は、……彼女は、言っていない。
 セレンの次の登壇者。たしか、セシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)だったか。むしろ彼女の口調はどちらかといえば告白というよりも、演説に近いものがあった。
『私には夢があります! 大きな、大きな! 夢が、野望があるのです! まずは手始めに第一目標として──……!』
 セシルの放つ甲高い声の降り注ぐ中で、その声にかき消えてしまいそうなくらいぽつりと、セレアナはセレンに微笑み、言った。
「ありがとう。私も、セレンが大好きよ」