校長室
夜空に咲け、想いの花
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4/ 想いの情景 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)と名乗った少女が、櫓の舞台上へと立っている。 彼女の告白もまた、愛だった。そしてその気持ちを向けられる相手は、ただひとり。 『ひょっとすると。……ううん、多分これって、詩穂なんかには不相応な想いなのかもしれない』 立場の違いというものが、人にはあるから。 届いてほしい。応えてほしいという願いはたしかにある。そしてそれを抑えきれない。だからこそ、ここにいる。ここに立っているという事実がある。 だけど、聞こえなくたっていい。そういう達観も心のどこかに現実、存在している。 諦めたところで、想いは変えられない。 なら、諦めるだけ損ではないか。相手がどう思っていようと。なんとも思っていなくとも。相手の立場がどうあってもそれは別の話。返事なんて、二の次だ。 どんなに取り繕おうと、誤魔化そうと。この想いは詩穂自身にとって、ほんとうなのだから。 詩穂が言葉を向けるのは、そんな相手。 『アイシャ・シュヴァーラ(あいしゃ・しゅう゛ぁーら)さん……アイシャちゃん。ここにいる皆にも聞いたことのある人は多いと思います。そのアイシャちゃんに私、騎沙良 詩穂は想いを伝えたい。その願いをかなえたくて、ここにいます』 足元の、下。櫓を囲む生徒たちが一瞬ざわついたのがわかる。 それはそうだと詩穂自身思う。なにしろ相手はこの空京、シャンバラにおいてVIP中のVIPのひとり──国家神として扱われている人物の名なのだ。それを、たった今詩穂が口にした。そして言葉はそこから、繋がっていく。紡ぐたび、想いの糸となって連なっていく。 『……アイシャちゃん、聞こえますか。詩穂は愛する貴女をシャンバラの女王としてではなく、初めてフマナで出会った時の1人の少女として護り続けて行きたいのです。貴女が幸せになるのなら、間近で見せてくれるその笑顔を絶やさずにいてくれるのならば、詩穂はきっと、なんだってできる。そのくらいかけがえなく、想っています』 そう。この言葉が届かなくてもいい。 ただ、想いよ。──届け。 夜空に咲く、大輪の花となって遠く、彼女の瞳にも映るように。 シャンバラの女王様への告白が、夜の花火舞う空に響いている。 ──凄いな、と杜守 柚(ともり・ゆず)はそれを耳にしながら、声の主の見せた勇気を羨ましく思う。 「……好きだよ、優」 聞こえてくるのは、それだけではない。 「返事、したほうがいいのかな?」 「え……?」 「だって。答えなんて、言うまでもないでしょ? ……当然」 背後。少し離れたあたりにあるベンチから、囁きあうような声が敏感に鳴った柚の聴覚には入ってくる。 松本 恵(まつもと・めぐむ)と赤坂 優(あかさか・ゆう)の語らい。また、前者から後者への告白だった。 「じゃあ」 「今言ったばかりでしょう? ……当然だ、って。言うまでもないって、言ったとおり」 聞いたんじゃない。聞こえちゃったんだ。ごめん。それと、……おめでとう。お二人さん。 心の中で謝りつつ、祝福する。同時に、羨望する。 二人、心が通じ合えたこと。彼女たちは、それができた。成就させるだけのその勇気があった。 いいな、と柚は率直に思う。……おそらく離れた場所からこちらを窺い見守っているであろうパートナー、杜守 三月(ともり・みつき)の視線を感じながら。 櫓の上の子や、背中のむこうの生まれたばかりのカップルのようになれたらいいのに、って。 「あ。花火、消えてる」 「え? あっ……」 せっかく、気になっている相手。高円寺 海(こうえんじ・かい)を誘えたのに。 柚はそんなこんなで上の空だった。 想い──いつか、伝えられるだろうか? 三月の用意しておいてくれた花火の、次の一本を取り出しながら思う。 この気持ちって、やっぱり恋なんだろうか。 自分自身よくわかっていないのに、きっとそれはまだ無理なことなのだろうと、溜め息がこぼれる。……なんだかその辺の草むらから、まったく同じ溜め息が聞こえてきたのは、気のせいだったろうか? 手にした線香花火には、間を置かず即座、火が灯る。 それが答えだよ、とパートナーの声がどこかから聞こえてきたような気がした。 そんな、少女たち。少年たちの織り成す光景を、うんうんと頷きながら酒杜 陽一(さかもり・よういち)は手にしたビデオカメラのレンズに納めていた。 もともとは、櫓上で繰り広げられる告白大会の様子を撮影し持って帰るつもりだったのだけれども、つい目に入ってしまったものはしかたがない。 これはこれで、人のぬくもりだ。撮り甲斐がある。 想いを通じ合わせたり、初々しかったり。カメラを向けて(出歯亀は重々承知している)いつつ思わずそんな少女たちにがんばれ、とエールを送らずにはいられない。 いやぁ。青春っていいなぁ。 「……ん?」 その陽一が、ふとカメラのレンズを違う方向へ向けたそのときだった。 なにかの照り返しを感じて、一度行き過ぎた方角に再びカメラを振る。 たしか、あっち。探せばまた、なにかが乏しい光を夜空の下、反射している。 「あれは……お面?」 ピントの先に捉えたのは、ベンチに座る二人組だった。 身体のラインで背中越しにも、男女のペアだということがわかる。 女のほうは顔の脇に寄せるようにしてお面をつけて、浴衣を着ているようだけれど──耳の辺りに機械的なパーツがところどころ見て取れる。機晶姫なのかもしれない。 陽一にはあずかり知らぬことではあったけれど、そうやって並び空を仰ぐベンチの二人の名は、大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)とソフィア・クレメント(そふぃあ・くれめんと)。互いにパートナー同士であり。 彼と彼女は仲睦まじく夜空の花火を見上げている。 「──っと」 やがて静かに、剛太郎の肩へとソフィアの頭がもたれ、すべての体重を預けていく。 黙ってそれを抱き寄せる、軍服姿の男……剛太郎。 その光景はただのパートナーというよりむしろ──……。 「いい絵じゃないか」 花火と、星と。それら光に照らされるその風流の絵に、陽一は思い、呟いていた。 告白大会とは違うけれど、やはりこういうのもいい。