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リアクション
第5章
平和な花畑が、緊迫した空気に包まれていた。
エッツェルが攻撃を振るう。
「っと、何かと思えばエッツェルじゃないか。相変わらず派手な事してんなぁ」
「……きゃっ」
紫月 唯斗(しづき・ゆいと)のあきれ声が、辺りに響いた。しかしその姿は見えず。
「おや、唯斗さんですか」
振り仰げばそこにはフレイルを抱えた唯斗の姿が。フレイルを助けがてら、光翼の飛翔でエッツェルの攻撃を回避したのだ。
(……パートナー達には病気とか習性とか言われてるけど、こればかりはな)
唯斗の原点とも言うべき思い。それは誰かの切なる願いを叶えるというものだ。
少女の……フレイルの願いを叶える事。その為に必要ならは、戦いも辞さない。
両者が攻防を繰り広げる間にも、戦場は密度を増していた。影ながらの支援を続けていた者、護衛として側にあった者、それぞれが襲撃に対応を始めたのだ。
アプソリュート・アキシオンを手に、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は死霊術師に向かい鋭い斬撃を叩き込む。
「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえって言うだろう?」
さらに、死角からの斬撃が襲う。
(ええいっ、こうなったら!)
「美しい蝶のお嬢さんをさらってしまおうとは不届き千万!」
正義の味方よろしく、見得を切って躍り出るのは、漆黒のマントをはためかせ、謎の人物として現れた、鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)だ。
(影から支援するつもりだったのだがな……)
正悟は友人の美緒が手助けをしている少女の為にと動いていたのだが、こう、派手に動かれては仕方あるまい。
でも、恋か……正悟はふと胸中に浮かんだ淡い思いに、ちらりと視線を向ける。
気になる相手はいる。
デートの約束を取り付けたり、そんな風に思いを寄せる相手は、自分にも存在する。
残り僅かな命を懸けて、成したい事……それを応援するのは、やぶさかではない。
だから。
正悟は一つ首を振って、視線を戻し。
「どんな役割があっても、今回はお役違いだ。出直しな」
今は少女の憂いを取り払うべく、銃型の柄を握り締めた。
フレイルは珍しい種族のようだし、悪漢からの警戒をおろそかにしないようにと、正悟と同じように、貴仁も影ながらフレイルの身を護っていたのだが、さて困ったと内心は複雑な心境だ。
(フレイルさんにはこういった攻防はお見せしないで済ませたかったのですがね)
こういった裏を見ずに憂いなく楽しんで欲しかったというのが、貴仁の本心である。
「ひゅーひゅー。かっこいいね貴仁♪」
最近ノリが良くていい感じだよねと、漆黒の魔鎧として貴仁の身を鎧う鬼龍 白羽(きりゅう・しらは)白羽が囃し立てる。
それに、ヒロインがピンチの時に颯爽と現れるというのもヒーローのようでいいではないか。
相棒の声援を聞きながら、こうなったらノリで押し切るしかないと、貴仁は覚悟を決めた。
「あら、思わぬ方向ですけれど……これでヒロインプレイが出来ますわね」
逆ハーレムプレイでもと協力者を探していた常闇 夜月(とこやみ・よづき)は、思わぬ状況に大きな目を瞬かせつつもにっこりと頷く。
「……古き漆黒の盟主よ!」
詠唱より導かれた氷れる漆黒の嵐が戦場に渦を巻く。強烈な攻撃は、迎撃する者達へ痛烈な一撃を与えた。
だが、嵐を踏み越える覚悟が、護る者らの心にはあった。
傷付いても、護り抜く誓いがあった。
儚い願いを、叶える為に。
人々の入り交じる戦場から、唯斗の光翼により一端は難を逃れたフレイルであるが、手薄となった護りを突いて忍び寄る影があった。
彼女は、微笑んでいた。
実に楽しげであった。
親しげと歩み寄る女性の姿に、しかし託は違和感を覚えた。
彼の展開した禁猟区が、それを確証づけた。
「……君は何の用だい? フレイルに用だったら、僕を通してくれないかな。最後の時まで護ると、決めたからね」
その言葉に、廉が鋭い目を女性へと向ける。
「敵とあらば……容赦せぬぞ」
威嚇を受けても尚、彼女は笑っていた。
花を踏み締め、乗馬服姿の彼女は歩み寄る。
「お姉ちゃん誰なのー? フレイルお姉ちゃんをいじめたらめーなのー」
「そうそう、荒事はいけませんよ」
キャロは小さな体を張って、ロードは穏やかに諭すよう彼女へと言った。
護りは意外にも硬かった。だが、その程度は換算の上。
彼女は非常に興味を持っていた。
(蝶が霊魂の象徴とされるのは有名なお話ですが……では、人に化身する魂ぱくさんから霊性の宿り処たる首を得るのは、呪術的に如何なる意味をもつのか)
学術的な意味でも、自らの趣向的意味でも、フレイルの首は、とても興味深いものに思えた。
「……御首級を、頂きに参りました」
微笑みを浮かべ、藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)はそのまま歩み寄り……。化粧品ケース程の何かを、その場に投じた。
「くっ……! 煙幕か」
「フレイルっ」
煙幕ファンデーションが煙を上げる。
かすんだ景色の先、我が身を盾とエヴァルトや託、トマスが壁を作るその先に、狙う首はあった。優梨子は絆の糸を放つ。
同士討ちの可能性を考えて、その場は皆防御に努める。
糸に絡んだ感触。そのまま引き抜くようにして、優梨子は後転する。
……望む音は、聞こえない。
(あら……残念ですね♪)
「我が友に危害を加えるのなら……容赦してやらん!」
エヴァルトの鋼鉄の足が唸りを上げる。次第に薄れていく煙幕に、敵の姿を確認した護衛役達は、自らの得物を構えて優梨子を見据えていた。
鋭い視線は、戦の予感を感じさせてひどく高揚する。
だが、自らの実力にも匹敵する存在が居る場に、これ以上留まるのは不利だ。即座と彼女は決意し、氷の翼を背中に展開すると、間を置かずに飛び立った。
「……大丈夫、誰も傷ついてないよ」
四音は努めて明るく、フレイルへ言った。
「ほ、本当に……?」
「ああ、みんな強いんだから、大丈夫」
(それは嘘だけれど)
本気の戦いで傷つく者が出ない事など奇跡に近いだろう。それでも。
残り短い時間に、少女が悲しい思いを抱かないように、と。
四音は、優しい嘘をついた。
もう一方の戦場でも、戦いに決着がつこうとしていた。
「そろそろ、退場の時間だ!」
「お嬢さんの不安要素は取り除きたいんですよ、覚悟して下さい」
正悟が斬り込み、貴仁が死角を突く。死霊術師の動きが鈍った処に、唯斗の八卦陣が展開される!
「破邪封陣、悪霊退散!」
戦いに浮かれるエッツェルの手綱を、輝夜がフラワシでもってどつきながらコントロールしていたのも良かったのだろう。
結局のところ立っていたのは、姫を護る騎士の側であり……。
「皆さん……本当に良かった」
駆けつけたフレイルは、皆の無事の姿を見て、安堵の息を吐いた。