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第二章 なかなかいい雰囲気にならない二人

「来ました来ました。うーん卜部先生、今日も素敵です」
 店の角から顔を覗かせている加夜は、目をキラキラとさせながら状況を見つめていた。
 先ほどマップを添付したメールで泪に紹介した場所は、前々から目をつけていた雑貨店だ。
 ファンシーグッズを揃えているというよりは、シックでエレガントな「大人」なアイテムが並んでいる。店内の音楽や照明も優雅な演出となっているのだが……。
「あれ? 入らないですね……」
 入り口の前ではたと止まってしまった2人の姿に加夜は首を傾げた。
「何かあったのでしょうか。もしかしてお店を気に入ってもらえなかったのでしょうか」
 加夜の表情がみるみるうちに沈んでいく。
「私のせいでうまくいかなかったら……ううん、ダメです! ポジティブに、ポジティブに考えなきゃです!」
 加夜は泪の様子をじっと観察した。
 どうして彼女は雑貨屋へ立ち入るのを躊躇しているのか。なにか理由があるはずだ。
「……足がふるえてますね」
 そういえば、と加夜は言葉口にした。
「デート、久しぶりなんじゃ……。それで緊張してしまってお店に入れないのではないでしょうか……」
 たしかに、男女で雑貨店で買い物をするなどいかにも「デート」らしいアイディアだ。
「あれ、雪が降ってきました」
「本当ですね」
「わあ、綺麗……」
 泪と唯斗を細雪のベールが包む。アーケード街を行く人々もまた、ひとり、ひとり、と空を見上げる。
「ロマンティックです……」
「はい……」
 加夜はその様子を見て微笑んだ。
「お二人のために私にできることは、氷術を使うことくらいですから」
 
 
「お洒落なお店ですね。先生はよく来られるんですか?」
「え? あ、はい」
 暖房のほどよく利いた店内で額の汗を拭う泪。小さな見栄を取り繕うのも大人の女性ならではか、いささか乾いた笑いを唯斗に向ける。
(か、かわいい……)
「でも、すみません。俺がエスコートすると言った傍から……」
「いえ、私がここに来たいとわがままを言ってしまったんですから、気にしないでください」
「……あの、先生」
「は、はい?」
 唯斗の覚悟の篭った目に泪は思わずたじろいだ。
「泪ちゃんと呼んでいいですか?」
「泪ちゃん……はい、いいですよ。では私は唯斗くんと呼びますね」
「はい!」
 そんな2人を窓の外から見つめている人物……いや、熊がいた。
 首元には赤いマフラー、手には携帯電話・イン・カメラモード。愛嬌と現実感の入り乱れた着ぐるみだ。
 足元では子どもたちが熊に抱きついたり足蹴にしていたり、随分と騒々しいことになっていたが、熊は気にかける様子はない。
(おいおい卜部先生、いい雰囲気だね。まったく、妬けちゃうよ)
「おかーさーん、くまー。変なのしょってるよ」
「しっ。見ちゃいけません!」
 小さな男の子に指を指された件の熊の中身は如月 正悟(きさらぎ・しょうご)。背中にはオベリスクを背負っている。それが正悟を注目の的にしているもうひとつの理由であった。
(思えば卜部先生にはお世話になったからね。デートの邪魔はしないよ? 絶対しないよ?)
 その言葉とは裏腹に、狭くて暗い着ぐるみの内側、正悟の口元は三日月型につりあがっていた。
(さて、お似合いのお二人、さっそく記念撮影といこうよ)
 正悟はカメラを正面に構える。
「俺様の写真写りはいかがかな?」
「うわっ!」
 正悟は突然目の前に現れた男に驚き尻餅をついた。
「あはは! くまさんがしゃべった!」
「う、うるさいよ。くまさんだって喋りたいときがあるんだ」
 大声をあげて笑う子どもをあしらうと、仁王立ちをしている男を睨む。
「って、なんて格好してるんだよ!」
「わーはっは! これが俺様、変熊 仮面(へんくま・かめん)の正装なのだよ!」
「服着てないじゃん! 正装の『装』の意味を考えてよ!」
「そのような瑣末なものに俺様は縛られん! ところで先ほどの写真を見せるのだ。……ほう、さすがだ。どうだ、貴様も見てみろ。俺様のスキル『写真栄え』に惚れ惚れするであろう」
「き、きたないものを見せないでよ!」
「きたないもの? きたないものなど俺様の体にはありはしないのである」
「いいから前を隠して!」
 そう、変態仮面は雪もちらつく寒さの中、マントを羽織っている以外着衣は一切身に着けていなかった。あまりにも堂々としているために、周りの買い物客は存外ありのままを受け入れてしまっていた。
「そんなことより俺様と記念写真を撮ってくれませんかな? こう見えて俺様は可愛いものが好きなのだよ」
「御免こうむる!」
「よいではないかよいではないか」
「ぎゃー!!!!」
 変態仮面が正悟に抱きつく。胴に回されたがっしりとした腕から逃れようと、正悟はじたばたと暴れる。異様な光景だ。
「あー楽しかった」
「あの時計はなかなかハイセンスでしたね」
 やいのやいのと騒いでいるところに雑貨店から出てきた泪と唯斗が飛び込んできた。
「おや、卜部先生。ご機嫌うるわしゅう」
「……きゅう」
「泪ちゃん! ダメだ……気絶してしまいました!」
「卜部先生はスリムであるからな、さぞかし貧血を起こしたのであろう……うわ、何者?! 離せ!」
 事態に気づいた市民が通報したのだろうか。屈強な警備員が変態仮面の肩口に手をかけ、今にも拘束しようとしていた。
 野次馬が集まってくる。
「離すのだ! 俺様は彼女を探しに来ただけなんだー!!」
 結局のところ、彼がどうなってしまったかは定かではない……。
 しかし喧騒に紛れて、泪の姿はどこかへ消えてしまった。


「追跡の基本はただひとつ! ターゲットに気づかれないことなんだよ!」
「私はともかくなんで早苗まで……」
「細かいことは気にしないんだよ」
「細かいことって……。そんなことより早苗はどこなの?」
「早苗ちゃんには別の場所で待機してもらってるんだよ。ずっとプーちゃんたちが尾行してるとばれるから曲がり角を曲がったところで尾行役を交代するんだよ」
「あんた……手馴れてるわね」
 賑わいから一歩離れた小さな路地から半身を乗り出して肩から溜息をついたのは葛葉 杏(くずのは・あん)
「えへへ、照れるんだよ」
「褒めてないわよ」
「さーて。今宵のビデオカメラは血を求めているんだよ」
 その杏に溜息をつかれているのがうさぎの プーチン(うさぎの・ぷーちん)だ。プーチンはレギュラーのテレビ番組を複数本持っている。
「そしてスキャンダルを大公開すれば……くふふ、プーちゃんの未来派薔薇色なんだよ」
 杏は呆れたような目でプーチンを見下ろした。
「あんたさぁ…… 絶対卜部 泪の後釜狙ってるわよね」
「そ、そそそんな事ないんだよ。 プーちゃんはただ卜部さんの純愛を応援しようとしているだけなんだよ、失脚させようだなんて1ミクロンも思ってないんだよ!」
「どうだか」
「ほ、ほら。早く行かなきゃ見失っちゃうんだよ! やっとの思いで見つけたんだから!」
「はいはい……」
「光学迷彩をオンにするんだよ! 早く! なんのためにここに来たと思ってるんだよ!」
「……恋を応援するためでしょ?」
「違うんだよ! スキャンダルを撮るためなんだよ!」
「やっぱりそうなんじゃない!」
「あ……ちちち違うんだよ、っていうのが違うんだよ! つまり違うってことは違わないってことだから……!」
「……とりあえずついていくけど」
「ありがとうなんだよ杏! さっすがプーちゃんのパートナー!」
「ほら、さっさとしないと結構距離離されちゃったわよ」
「本当なんだよ! 光学迷彩!」
「……まずいことしでかそうとしたら止めればいいわよね」
 こうして、プーチンによる尾行(してあわよくばスキャンダルすっぱ抜き)作戦が開始された。

「本当に卜部さんは来るのでしょうか」
 電信柱の陰から顔を覗かせているのは橘 早苗(たちばな・さなえ)だ。手には携帯電話が握られている。プーチンからの連絡があれば泪の後をつけることになっている。そしてどこかで進路を変えることがあればプーチンに電話を折り返し、次の指示に従うといった手はずである。
 ――――みんなー、ぷーちゃんだよー♪
「あ、電話です」
 プーチンの着ボイスにワンコールで反応した早苗は、携帯電話を耳にあてる。
『もしもし早苗ちゃん?』
「は、はい!」
『そっちに卜部さん行ったからよろしくなんだよ』
「了解しました!」
『じゃあね、ばいばい』
「さすがぷーちゃんです。見事に卜部さんの行く先を予想してたんですね」
 早苗は気持ちを落ち着かせるように深呼吸をした。しばし群集に目を散らすと、たしかに泪らしき人物が目の前を歩いていた。
 電信柱から足音を立てないように離れ、そっと泪の後ろにつく早苗。距離にしてちょうど3歩分。人ごみの中のためこれほどの至近距離でも泪はまったく気づいていない。
(まるで刑事みたいですぅ)
 普段地味な背景キャラとして突き通している早苗にとって、刑事ドラマのワンカット、しかも中盤の山場のひとつである犯人の特定を買って出る主人公のような役は貴重な体験だ。
(ふふふ。山さん、無念は晴らしてみせます!)
 かつてない自己陶酔に陥りながら早苗は相変わらず泪の背後を追っていた。
 しかし、幸せはほんのわずかな時間しか続かなかった。
「あ……」
 泪と唯斗はたったワンブロックで行く先を変更してしまった。
「もうお終いですか……。電話しなきゃです……」
 早苗の手はぷるぷると震えていた。
 早苗を今支配しているのはどのような感情か。それは彼女にしか分からない。


 その頃、泪と唯斗の姿を見失っていた蒼空学園組は焦りに焦っていた。せっかく考えたプランが台無しになるのは惜しかったし、なによりデートの結末は誰もが気になるところだったからだ。
「見つかりましたか?」
「いや、まだだ」
「うぅ。私にもっと身長があったら……」
「まあまあ、ここは俺に任せといてくれ」
 右手でひさしを作りながら匿名 某(とくな・なにがし)は背伸びをする。ホークアイのスキルを以てすればかなり遠方まで見渡すことが出来る。おそらく泪が見つかるのも時間の問題だろう。
 しかし隣の結崎 綾耶(ゆうざき・あや)は非常に不安げな表情で某を見上げている。
「ごめんなさい。私がわがままを言ったのに迷惑をかけてしまってます……」
「いいって。卜部先生に恩返ししたかったんだろ?」
「はい……」
「待ってろ。俺の能力は綾耶が一番知ってるだろ?」
「うぅ……」
 相も変わらない綾耶の顔をちらりと見やり、某は「早いところ見つけないとな」とかすかにひとりごちた。
 不意に綾耶が某の袖を掴んだ。
 びくり、と某は体を震わせたが、視線を綾耶に向けることなくアーケードに目をやり続ける。
「…………」
「…………」
「いたぞ」
「……本当ですか?」
 某の言葉に綾耶は弱弱しく答える。
「どうした?」
「いいえ……。なんでもないです」
 綾耶は某に笑顔を向けた。
「皆に場所を教えないといけませんね」
「そ、そうだな」
 某の手を取る綾耶。
「お、おい?」
「……いいじゃないですか。早くしないとまた見失ってしまいますし……その、はぐれて迷子になりたくないですし……」
「……ああ、そうだな」
 綾耶は心なしか身を某に委ねた。
 ――――パシャ
「誰だ?!」
「どうかしましたか?」
「今フラッシュが光ったような……」
「気のせいですよ」
「そうか?」
 手を繋いだ某と綾耶は人並みの中を突き進む。綾耶の表情は晴れ晴れとしていた。
「ふふ、いい写真撮れちゃったよ、某くん」
 そして含み笑いをする誠一だった。