百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

お祭りなのだからっ!? 

リアクション公開中!

お祭りなのだからっ!? 
お祭りなのだからっ!?  お祭りなのだからっ!? 

リアクション



◆ ◇ ◆ 『だって祭りだし!』 ◇ ◆ ◇

「緊張するなぁ」
「ま、気持ちはわからんでもないな」
 早見 騨(はやみ・だん)エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)と一緒に≪猫耳メイドの機晶姫≫あゆむの到着を待っていた。
 騨は問題を解決した際に、あゆむとの空気が少し変わったように感じていた。しかし街の復興やあゆむの病院への通院で、一緒に出かけたりする時間をとれなかった。そういった意味でも今日は特別な日になりそうな気がしていた。
「騨さま〜〜!!」
 名前を呼ばれた気がして振り返ると、遠くの方にあゆむの姿が見えた。騨は手をあげて自分の存在をアピールしながら、エヴァルトと共に早歩きで近づく。
「おーい、あゆ――!?」
 あゆむの背後に小柄な女の子の姿が見え、騨の足が止まった。その女の子に見覚えがあり、随分久しく見ていなかったがその姿は脳裏にはっきりと焼き付いている。
「どうもどうも、お久しぶりなのです」
「あ、どうも。お久しぶりです、キリエさん」
 騨は戸惑いながらもキリエに会釈をしていた。
 彼女はあゆむにとって大切な人であり、それは騨にとって変わらない、のだが……。
「えっと、キリエさんも退院ですか?」
「何か問題でも?」
「いいえ! いいえ! 滅相もありません!」
「?」
「どうした騨?」
 引き攣った笑みを浮かべる騨に、エヴァルトが声をかける。するとエヴァルトは騨に袖を引っ張られてキリエから距離をとると、耳打ちされた。
「キリエさん、入院中もずっとあゆむとの生活を逐一報告を行うように催促するんだよ。しかもそんな気もないのに『手を出すな』って釘を刺してくるし……あんまり好かれてないのかな?」
 話を聞き終わったエヴァルトは思考し、騨の肩を二回叩いた。
「頑張れ。男の道に障害は付き物だ」
「……意味がわからない」
 キリエはあゆむのメイドだったこともあり、それで心配しているのだろう。と、騨は考えてることにした。
 二人が戻ってくると、キリエがジト目で騨を見つめた。
「何を話していたのですか?」
「別になんでもないよ。ただの男同士の会話を……」
ヒソヒソ……
 キリエがあゆむに耳打ちで「汚らわしいのに近づいてはダメですよ」といっているように聞こえたが、気のせいだろう。
「ところでキリエさん、身体の方は大丈夫なのかい?」
 エヴァルトは連絡が一切なかったことを心配して尋ねる。
「もちろん! この通り――ぃ!?」
 回転を加えたジャンプを見せつけるキリエ。だが、華麗に決まるはずのジャンプは着地に失敗してエヴァルトに支えられた。
「あんまり無理しない方がいいかな」
「そ、そうちょ――」
 キリエが顔を真っ赤にして俯いた。調整して消えたはず妙な語尾「ちょよ」がほとんど習慣のように残っていた。
 一応退院許可は下りているものの、キリエは今後も定期的に通院するなどの処置が必要だということだった。そんな完全とは言い難いキリエを、エヴァルトは今日一日傍でエスコートすることになった。
「お願いするちょよよ、優しいジェントルマンさん」

「さぁ、皆さん行きましょう! あゆむはさっきからずっと楽しみで楽しみで仕方ないのです!!」
 よっぽど楽しみにしていたらしいあゆむを先頭に、騨達はようやく祭りの中へ進みだす。
 店を回りながら、騨が既にいくつかショーが行われたことを話すとあゆむはすごく落ち込み、ネットで見れることを話すと嬉しそうにしていた。
「あゆむくんこっちです!」
 大通りを進んでいたあゆむ達に月詠 司(つくよみ・つかさ)が手を振っていた。
 騨はしゃがみ込んでシートの上に並べられた商品を眺める。
「アクセサリーだね。売れてる?」
「ボチボチですね」
 店頭に並べられたグルフシードで作ったアクセサリーの数々。お手軽な値段で販売されていたそれらは子供達に人気で、夏祭りの土産として定評だった。
「一つ好きなのを選んでください。プレゼントしますよ」
「いいの?」
「あゆむくんの退院祝いです」
 騨はペンダントやイヤリング、キーホルダーと並べられた中からあゆむに似合いそうな物を探す。鮮やかな色とりどりのアクセサリー。どれにしようか悩んでいると、突如アクセサリーの一つが動いた気がした。
「それ……?」
「これです――」
 司が騨の示したアクセサリーに手を伸ばすと、再び動き出したそれがいきなり噛み付いてきた。
うわあああああああ!? なんでぇぇぇぇ!?!?
 抜け殻を加工して自分達で作ったアクセサリーだと思っていたら、それは抜け殻ではなく本物のグリフシードだった。
 司は指に噛みついたグリフシードを剥がそうと腕を振りながら、隣であゆむと談笑しているシオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)を振り返る。
「なんで本物があるんですか!? シオンくん!?」
「ん〜、ごめんごめん。急いでたから間違っちゃったみたいねっ★」
 まったく悪びれた様子もなくシオンは笑いながら司をスルーする。
「はい、あゆむ。これみんなで食べてね」
「ありがとうございます。あの司さんは……」
「大丈夫。あの程度日常茶飯事だから♪」
 シオンはタッパーとアクセサリーをあゆむに渡す。タッパーにはグルフシードの元となった≪食人植物グルフ≫の球根が入っていた。
 騨とあゆむ達は感謝を述べつつ、慌てふためく司をシオンに任せて先に進むことにした。

「中華屋台やってるよー」
「樹さんお久しぶりです」
「おお、久しぶり」
 道を歩いていると可愛らしい恰好で宣伝をしている林田 樹(はやしだ・いつき)と遭遇した。樹はあゆむ達との再会を喜ぶと、ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)が出している屋台へ誘った。
「ジーナ、あゆむ達を連れて来たぞ」
 ジーナの中華屋台には多くの客が集まり、そこで働く生徒達は忙しそうにしていた。あゆむの存在に気づいたジーナが、一口餃子を皿に盛りつけながら叫ぶ。
「あ、あゆむ様!  お久しぶりでございますです! すぐお品物をお持ちしますので、席でお待ちください!」
「どうもです。急がなくていいですから」
 あゆむ達は言われた通り、運よく空いた席に座って待つことにした。
 店では二種類の一口餃子が出され、スープ仕立ての海老餃子と、豚の粗挽き肉とニラのみじん切りの具にした焼き餃子が出されていた。どちらも売れ行きがよく、席を待たずに食べ歩く人の姿も見受けられた。
「お待たせしました! ワタシ特製、桃饅頭です! 桃って、中華では幸せの象徴なんだそうですよ!」
 出されたのは出来立てふかふかの桃饅頭。指でふれて熱さに驚き、弾力に感動を示すあゆむ。二つに割ると内包された甘い香りが湯気と共に湧き上がってきた。
「あにゅむしゃん、こたのじゅーちゅ、のんれくらさい!」
 林田 コタロー(はやしだ・こたろう)が作った、特製の『夕暮れジュース』がテーブルに置かれる。オレンジジュースとローズヒップティーをゆっくり混ぜて作った物だ。
 あゆむは桃饅頭を真ん中から一口千切っていただくと、本来の味を楽しむために水で一端口の中をスッキリさせてから夕暮れジュースを口に含んだ。
「うん。饅頭もジュースも美味しいです」
 笑顔を見せるあゆむに、ジーナもコタローも嬉しそうにする。
「ぐあいわるいとき、ゆってくらさいれす。こた、『てくのくらーと』なのれすお!」
「ありがとうございます」
 テーブルに一口餃子が置かれ、さらに緒方 太壱(おがた・たいち)が飲み物を用意してくる。
「ノンアルコールのカクテルっス」
「どうも」
 騨はカクテルを受け取ると、テーブルを囲ってあゆむ達と談笑をはじめた。

「こちらナンさんの分っス」
 太壱は食べ歩き用に用意した注文の飲食物をナン・アルグラード(なん・あるぐらーど)に渡した。
「どうも。支払いがまだだったね……ん?」
 ナンが財布からお金を取り出そうとすると、ニャンルーの山田がテーブルに乗ってきた。ビー玉のようにキラキラ輝く瞳がナンに向けられる。
「どうした山田。もしかしてお前が金を手渡したいのか?」
 尋ねると山田が頷いた。そういう事ならと、ナンは財布から支払い金を取り出し、山田の肉球の上に置いた。
 受け取ったお金を落とさないように注意しながら歩いていくと、太壱に恭しく差し出す。すると太壱は――
「かっ――かわいいっス!?
 興奮して震える声で太壱は伸ばした手を震わせていた。
「コイツ、もふっていいっすか!? いいっすか!?」
「どうぞ」
 ナンから許可をもらうと、太壱は山田を優しく撫でたり抱き上げて頬ずりしたりしていた。
「……にゃーにゃしゃん? かあいーれすね。しゃわってもいいれすか?」
「ほどほどにな」
「こた姉どうぞっス」
 コタローも混ざって一緒に山田を撫でる。太壱とコタローは癒されて頬を緩めていった。
 しばらくその様子を眺めていたナンだが、近くの屋台を眺めていたシオン・グラード(しおん・ぐらーど)が遠ざかるのを目にして席を立つ。
「悪い。そろそろ行かせてもらう」
「あっ、失礼したっス。また来てください!」
「ましゃ、きてくらしゃい」
 ナンと共に立ち去る山田を、太壱とコタローは名残惜しそうに手を振っていた。太壱は見た目で警戒されていたコタローと、少し仲良く慣れた気がした。

 通りを進んだシオン達は噴水広場に来ていた。そこでは初那 蠡(ういな・にな)四十万 さくら(しじま・さくら)が無料のフェイスペイントを行っていた。
 シオンのパートナーレン・カースロット(れん・かーすろっと)は、蠡達の店を見つけると早速ペイントを行った。
「凛ちゃん、みてみて! 可愛いでしょ?」
 頬にチェシャ猫の顔をデカデカとペイントしてもらったレンが、大はしゃぎで見せつける。凛・グラード(りん・ぐらーど)は、それを見て微笑みを向けた。
「そうですね。可愛らしい母さんにとても似合っていると思いますよ」
「でしょ!? 凛ちゃんもやってもらおうよ!」
「えっ!? 私は――」
「タダなんだからやらなきゃ、損そん!」
 レンは凛の答えも聞かずに手を引いてフェイスペイントに向かった。
 そんな二人の様子をすぐ傍の猫カフェからシオンは眺めていた。
 シオンとレンが結婚して、その子供が未来からきた凛だという。しかし、年が近い凛に対してどう接したらいいかなんてシオンにはまだわからない。
「だけど――」
 だけど、何も言わずにこの初めての親子団欒の時間を作ってくれたナンの心遣いを、無駄にはしたくない。せめてみんなで楽しめたら……。
 そんな時、唇にものすごく熱い何かが接触した。
「おわっち!?」
 勢いよく身体ごと顔を引き離し、椅子から転げ落ちそうになった。
 何があったのか周囲を見渡すと、屋台で買ってきたたこ焼きを手に、腹を抱えて笑うレンの姿が目についた。唇に当たったのは熱々のたこ焼きだったようだ。
「あのな、レン……」
「シオン、唇に青のりついてるよ〜」
「ぅ」
 レンに指摘され、シオンはテーブルに置かれたペーパーナプキンで口を拭く。すると凛が隣にやってきて腰に手を当てながら見下ろしてきた。
「父さん、せっかくの祭りなのにそんな辛気臭い顔をしてないでください」
「そうだよ、凛ちゃんの言う通り。もっと楽しもうよ」
 シオンはレンが辛気臭い顔していた自分を励まそうとしていたのかもしれないと思った。それが難しいことは考えず祭りを楽しめばいいと言ってくれているように思えた。
 たとえ、青のりが付いていたことを凛に話してまた大笑いを始めたとしても、だ。
「そうだな。せっかくの親子団欒だ。楽しまないとな」
 シオンがそう呟くと、レンは耳まで顔を真っ赤にした。
「おっ、親子だなんて恥ずかしいなぁ、もうっ!」
「いっ、痛いから!」
 レンは嬉しそうにシオンの背中をバシッバシッ叩く。
 そんな様子を凛は微笑みを浮かべて見守りながら、この二人を絶対に守り抜こうと改めて決意するのだった。

「どうやら問題が解決したみたいだね」
 猫カフェを出しているエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は、シオン達に視線を向けながらハーブティーを入れる。するとエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が焼き菓子が乗せられた皿を持って話しかけてくる。
「エース、焼き菓子の差し入れでもしてきましょうか」
「ついでに家族で楽しめそうな店の情報があれば教えてあげたらいいんじゃないかな?」
「そうですね」
 エオリアは優しい甘さを漂わせるマドレーヌやシフォンケーキの乗った皿を手に、シオン達の方へ歩いて行った。
「猫もお客さん達に人気のようだし、店を出してよかったな」
 店内でお客さんに構ってもらえて嬉しそうな鳴き声あげる猫たち。ハーブティーの落ち着いた空間づくりに役立っているようで、まったりした空気が流れる。
「問題はあそこの二人だけかな」
 エースが視線を向けた先にはデート中のレイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)日比谷 皐月(ひびや・さつき)の姿があった。

「……申し訳ありません」
 レイナは先ほどから謝ってばかりだった。
「気にすんなよ、おまえのせいじゃねーだろ」
 屋台を見て回っている途中に、レイナはすれ違った人にぶつかって転んでしまった。その時に足首を捻り、今はこの猫カフェで濡れタオル借りて冷やしていた。
「日比谷さんには……楽しんで頂きたかった……です」
 レイナが俯き結い上げた髪が寂しそうに揺れる。お詫びの意味を兼ねたデートのはずが、結局皐月に迷惑をかけている。そのことが悔しくて、レイナの胸を締め付ける。
 落ち込む彼女の傍で、皐月は考えた。こんな時、本当の彼氏ならどう言ってやるべきか……。
「たっ」
「?」
「楽しんでるってーの!」
 皐月はレイナから顔を背け、斜め上の剥きだしの電球を見つめながら叫ぶ。
「こんな美人が傍にいて楽しくないわけねーっての。それに祭りってのは自然とウキウキしてくるもんじゃねーの?」
 恥ずかしいとか緊張するとかそう言った気持ちを抑えつけて皐月は、驚いているレイナを振り返る。
「だからさ。気負う必要はねーよ。テキトーに行こう、テキトーに。祭りなんてのは、ぶらぶら楽しむの風情だろ?」
 一瞬なんでこんなこと言ってるんだろうと思った。だけど目の前で落ち込んでいる女の子がいて、その子に笑っていて欲しいと思うこの気持ちに偽りはないと皐月は感じていた。
 レイナは静かに頷くと、目元を拭う仕草をしていた。皐月は泣かしてしかったかと焦ったが、顔を上げた時にはレイナは嬉しそうに微笑んでいた。
「それじゃー」
 皐月は立ち上がるとレイナの隣にしゃがみ込む。
「ほら、おぶるよ」
「……大丈夫です」
 レイナは顔を赤くして首を激しく振っていた。そして自分で立ち上がるも、ふら付いてしまう。
 すると、皐月がレイナの腕に自分の腕を絡める。
「これくらいいいんじゃねーの?」
 慌てて離れようとするレイナだったが、腕ががっちり掴まれていて外れなかった。レイナは諦めてそのまま屋台を見て回ることにした。
 そんな二人とすれ違ったあゆむ。
 時折相手に寄りかかるようにして進むレイナの姿を羨ましく思え、騨の腕をとろうとして――
「だああああああああああ!!」
 間に入ってきてキリエに、あゆむの腕が掴まれた。
「お嬢さま! あちらに面白い物があるちょよ!」
「あ、え、キリエさん!?」
 引っ張られて蠡のフェイスペイントへ連れて行かれるあゆむ。残された騨は困惑しながらエヴァルトと一緒に二人の後を追いかける。
 追いついた騨は、キリエの指示で「うんと派手なフェイスペイント」をさせられることになった。

 あゆむ達のフェイスペイントを終わらせたメイド服の蠡は、店を手早くたたむと『本日のフェイスペイントは終了しました』の看板を店頭に設置する。
「そろそろ私達もお店を見て回りに行きますか?」
「いいね、いいね。さっきの人達で目標の百人突破したもんね!」
 店の手伝いをしていたさくらは、蠡とは左右が逆のピエロメイクをした顔で嬉しそうに笑っていた。
「ねぇねぇ、どこから行く?」
「そうですね。何があるのかわかりませんし……」
「でしたら、これをどうぞ」
 二人がどこから回ろうか悩んでいると、エオリアが祭りのパンフレットを渡してきた。パンフレットの見開かれたページには色々手書きで書きこまれている。
「お客さんから聞いた情報を色々書きこんでおきました」
「あっ、ありがとうございます」
「それと、これは頑張り屋さんなレディー達へ俺からのご褒美ね」
 エースがハーブティーと焼き菓子、それぞれに薔薇を一輪プレゼントした。蠡とさくらは彼らの好意をありがたく頂く。
「そういえば空京からテレビ局が来ているそうですね」
「来年はもっと賑わいそうだね」
 何時間もしないうちに青い空がオレンジ色に変わるだろう。祭りは終盤へと差し掛かる。