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ピンクダイヤは眠らない

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ピンクダイヤは眠らない

リアクション


6階の廊下に仕掛けられたトラップを解除するために、スキル【博識】【機晶技術】【先端テクノロジー】を駆使していた堀河は、仲間に見守られながら、一つの結論を出した。
「結論。残り時間が少ない今、このトラップを解除する為には、解除コードを打ち込んだ方がいいですねぇ」
「解除コード? 」
ヴォルフラムが訊ねた。
「起動させると、20XX年に亡くなった人物の名前を打ちこめと指示がされます。頭文字はL」
「見当ついてるんですか? 」
「あはは。さっぱり。これだけじゃあなにがなにやら」
 力なく笑う堀河。
 と、階上で遠く声がする。
「機晶士さーん!どこですかー! 」
 マーガレットの声である。一階から機晶士を探しに駆けあがっていったはずのマーガレットが、7階に居る理由は、この後すぐに明らかにはなるのだけれど、
「また、物騒なものが発見された。とか……」
ヴォルフラムは堀河に目をやった。
「とにかく、呼ばれているんですから、行くよぉ」
 次から次へと訪れる不穏な空気ではあるが堀河の目は死んでいない。
 風馬 弾(ふうま・だん)ノエル・ニムラヴス(のえる・にむらゔす)堀河 一寿(ほりかわ・かずひさ)ヴォルフラム・エッシェンバッハ(う゛ぉるふらむ・えっしぇんばっは)は、一旦、階上へと向かった。
 最上階の屋上には大浴場があった。めくるもののいなくなったカレンダーは時を止め、すのこは柔らかく湿っている。マーガレットの声は女湯の方から聞こえてくる。風馬は少しだけ躊躇ったものの、
「廃墟だからね」
と自分に言い聞かせ、浴室へと歩を進めた。屋上に大きな穴が開いているらしく、使われていないハズの大きな浴槽には水がたまって、溜め池の様相を呈している。
「機晶士さん? 」
 マーガレットは縄で縛られ転がったまま、大きな瞳で堀河を見つめた。
堀河が近寄ると、マーガレットは自分のポケットを探るように指示した。堀河はブレスレットを手にする。
「それ、小型のメモリークラッシャーなんだって」
「え? 」
「それに、それの起爆装置もポケットに入ってるよ」
「何処でこんなものを? 」
「説明は後でするから、縄解いて」
「そうだね」
 起爆装置とブレスレットを手にとって眺めている堀河に、マーガレットはロープ解除を急かした。
「君どうしてそんなに、あわてているのさ? 」
なかなか解けないロープをもてあそびながら、堀河は聞いてみた。
「そこに、何か得体のしれないモノがいるの!あたし、怖くて見れないから、早く解いて」
「そこ? 」
「浴槽の中! 」
と、一団の足元から、紅蓮の炎が浮かび上がった。
「炎? 」
 風馬の表情が固くこわばる。
「お化け屋敷にしちゃ、凝り過ぎてます」
「季節外れだって言うの! 」
 ヴォルフラムはレビテートでノエル抱え上げ、浴室の床タイルを這うような炎を回避した。その間、風馬は縛り上げられたマーガレットを抱え上げて、炎に包まれるのを間一髪で救いだした。堀河は一足早く、炎を回避している。浴槽を中心に渦巻くように、炎が勢いを増し始めた。
「このままじゃ、ホテルが火事になっちゃうよ! 」
風馬はマーガレットに施されたロープを解きながら叫んだ。
「なんかの呪いでしょうか? 」
ノエルの白い頬が炎に照らされ赤く染まっている。
「呪い?……呪いだとすれば、メモリークラッシャーが効くかもしれない」
  ヴォルフラムは堀河の閃きをすぐには理解した。
「呪いは記憶の爪痕だもん。記憶を消すことが出来れば、呪いは解けるかもしれないだろ?いい実験になりそうだし」
 ニコリと笑う堀河の目は笑ってない。やる気である。
 「全員外へ出てください! 」
 ヴォルフラムは声を張り上げた。堀河は全員が浴室から避難するのを確認し、ブレスレットを浴室に投げ入れた。
「広範囲には及ばないハズ」
 そう言うと、起爆ボタンに力を込めて押してみる。
まばゆい閃光がカビだらけの浴室を照らし出す
 小型メモリークラッシャーは発動した……はずである。
「どうなるんだろ? 」
 風馬は懐に隠れていた、たむたむ、呟いてみた。
炎は……ますます、勢いを増し、浴室はいよいよ真っ赤に染まっている。
「効き目なしかぁ」
「壊れてたんじゃありませんか? 」
 ヴォルフラムが堀河に問うた瞬間、炎は嘘のように消えた。
 
ざばあああああ!!

……浴槽から一人の半裸の少女が姿を現した。
「ぶはーーー!息が出来ない! 」
 その言葉と共に炎は収まった。紅蓮の炎の主であろう。ずぶ濡れになった薄着の少女は、堀河達を睨むように仁王立ちしている。
「もう一度、喰らわせてやるわ」
「胸、はだけそうになってますよ」
ノエルがそっと、少女に告げると、少女は慌てたように、胸を隠す。
「あなただれですか? 」
ノエルの声のやさしい響きに少女は、怒ったようにつっけんどんに答える。
「あたしは藤林エリス(ふじばやし・えりす)魔法少女よ」
「え?」
「盗賊たち覚悟しなさい!こんどこそ、あたしの魔法、さーちあんどですとろいであなた達を火だるまに! 」
「ちょ止まって……私達、盗賊じゃありませんよ。瑛菜さんとオオミヤシズクさんを助けに来たんです」
「え?だって、そいつの仲間なんでしょ? 」
 藤林はマーガレットを指さした。
「あたしは、泥棒じゃない! 」
マーガレットが、慌てて反論する。
「だって、<ダイヤをもってるぞ!>」って言ってたじゃない! 」
 マーガレットは、夜店で買ったガラスのダイヤをもって、再びホテル内へと走り込み、そこで、意識が遠くなっていった……のを思い出す。
「あ、あなたね。あたしを襲って縛り上げたのは!」
「泥棒だって思うに決まってるでしょ!だからここまで連れて来て、他の盗賊をおびき寄せようとしたのよ! 」
「なんだって、大浴場なんかに? 」
「火事になるでしょ! 」
 全員が絶句する中、マーガレットだけが大きく頷いた。
「あれ?……君……もう一度名乗ってくれない? 」
 風馬が怪我な顔で尋ねる。
「だから、魔法少女藤林エリスだってば」
ツインテールをびしゃびしゃに濡らしながら、誇るように告げる。
「所属は?」
「天御柱学院。なによ?そのままスリーサイズまで聞こうって腹なの?」
「記憶が無くなっていない。」
 堀河が先ほど、浴室に向かってブレスレット型のメモリークラッシャーを投げ入れ、発動させたのだ。なのに、藤林は記憶を失っていない。
「壊れていたって言う可能性もあるけど、もしかしたら……。」
 堀河は風馬に顔を向けてほほ笑んだ。
「ちょっと、いつまで見てるのよ……はくしょっん」
藤林がくしゃみをすると
「あたしの火術で乾かしてあげようか?ここでなら、さっきのお返しできそうだしね」
 マーガレットが藤林ににじり寄る。そんな二人に向かって、堀河は口を開いた。
「ありがとう。君達のおかげで、なんとかなるかもしれないよぉ」
「は?」
藤林のツインテールから雫が一粒、こぼれおちた。



ガウン姿の少女、オオミヤシズクは凍えそうな様子で体を震わせていた。リースがその傍らに腰をおろし、雫の手を握りしめている。
メモリークラッシャーのカウンターは残り50分を指し示している
手短に挨拶を交わした国頭は、瑛菜から大まかないきさつを確認した。
「あたし達がこのホテルに逃げ込んだ時、他の客室には鍵がかかっていたわ、こじ開けてる余裕もなかったからシズクさんと一緒に、6階まで駆け上ったの。そしたら、この部屋だけドアが開いていたから、中に入って鍵を閉めた」
「そしたら、出られなくなっちまたってことか? 」
「こんな物騒な爆弾があるだなんて知ってたら、こんなところこないわよ」
国頭はクローゼットに仕掛けられたメモリークラッシャーを確認しながら、話を続けた。
「お嬢さんは?どうなんだい? 」
「え? 」
シズクが不安そうに声を発した。
「メモリークラッシャーがあるって知っていたのか? 」
「まさか! 」
「ここはお嬢さんの遊び場だったんだろ?おかしな仕掛けがあることは知っていたんじゃないのか? 」
厳しい質問を矢継ぎ早にしていく国頭の声には圧迫感があった。リースは震えるシズクの手をぎゅっと握りしめた。
「別荘から近かったから、昔、友達と何度か忍び込んで探検ごっこをしていただけで……」
「一回ニ回じゃないだろ? 」
「……ここから見える湖がとてもきれいだったから、別荘に来るたびに、この廃墟ホテルにお邪魔していました」
「……廃墟になる前の、このホテルのセキュリティを担っていたのはオオミヤグループだ。察するに、可愛い孫娘が危なっかしい廃墟に出入りしていることを知った会長さんが、セキュリティを復活させたのかもしれないな」
「じゃあ、客室の鍵なんかも外部から開け閉め自由ってこと? 」
瑛菜が驚いたように目を開く。
「外観と、内装は廃墟ホテルだが、実際は誰も悪さができないように危機管理がされている生きた建物ってことだ。あっちこっちに隠しカメラもある」
「この部屋にも? 」
リースが周りを伺う。
「だろうな」
「誰に? 」
「オオミヤグループの誰かに……」
 国頭の言葉にシズクは目を伏せた。国頭はメモリークラッシャーを見あげるように腰をおろした。
「外に運び出すには大きすぎだ」
 メモリークラッシャーはクローゼットの背板を貫通して壁に備え付けられていた。動かすのは重機でも使わなければいけないだろう。さらに複雑に絡み合った配線を切りほぐした後ではなければ爆発してしまう危険性もある。
「ピンクダイヤを貸してくれないか。なにか手がかりがつかめるかもしれない」
 シズクは、ガウンのポケットから、震える手でピンクダイヤの入った箱を手渡した。箱を開けるとネックレスになったピンクダイヤが姿を現した。
「うわあ。綺麗ですね」
 リースの口から、思わず吐息が漏れる。
国頭はピンクダイヤを左手に、メモリークラッシャーの筐体を右手にスキル「サイコメトリ」を行った。
物体の記憶が国頭の脳裏を駆け巡り、瞼の裏にフラッシュバックし始める。しばしの沈黙の後、国頭はぼそりと呟く。
「……ヒデェ話だな」
「何が見えたの? 」
 瑛菜が迫る。
「おじょうちゃん。あんた知ってたんじゃないのか?だから、ここから出れない……違うか? 」
 オオミヤシズクの目から、ポロリと涙がこぼれた。
「……信じられなかったんです」
 オオミヤシズクは、別荘で襲撃に遭いピンクダイヤをもって逃げる際に、盗賊のリーダーに出くわしていた。盗賊のリーダーは「ピンクダイヤにまつわる秘密」をシズクに話し、手渡すように言った。しかし、シズクはその話を信じられずに、隙をついて逃げたのである。
「そのダイヤの秘密って……なんなんですか? 」
リースはシズクにハンカチを手渡した。オオミヤシズクは涙を拭きながら嗚咽をあげている。
「50年前に起こった戦争で、捕虜になった女性の持ち物だ。若く野心家だったオオミヤ会長は、立場を利用して、このダイヤを不当に取り上げ。」
「その女性は?戦争が終わって訴えなかったの 」
 瑛菜が怒りを押し殺したような低い声をあげた。
「死んじまったら、訴えられないだろ?……」
「じゃあ、このメモリークラッシャーを仕掛けたのは……」
リースの声も震え始めた。
「オオミヤ会長だろうな。ダイヤの秘密を知っていた盗賊のリーダーの記憶を吹き飛ばそうとしてるんだろう。別荘が襲撃されるのも計画の上だった。オオミヤ会長はわざとおじょうちゃんにダイヤを預けて、盗賊に盗ませた。おじょうちゃんも伊達にセキュリティ会社の孫娘じゃない。多少の修練は積んでいるはずだ。ダイヤをもって逃げるくらいのことはできる。そして逃げ込む込む先と言えば、馴染みの場所。この廃墟ホテル。」
「標的が盗賊のリーダーだったら、なんで、シズクさんはここから出られないわけ?! 」
 言った傍から瑛菜は気がついて口をつぐんだ。
「おじょうちゃんが、ダイヤの秘密を知ってしまったって、気が付いたからさ……だろう?会長さん」
 国頭はダイヤの納められていた箱に向かって、そう呟き、箱を踏みつぶした。
「盗聴器」
「シズクさんの記憶も消すつもりなんですね」
「……ま。助けを待とうぜ。なんとかなるだろ」
「つか、あんたあたし達を助けに来たんじゃないの?これじゃあ救出者が増えただけじゃない」
 呆れたように言う瑛菜に向かって、リースが隠すようにして自らの携帯画面を瑛菜に見せた。
 液晶には<通話中>の文字が浮かんでいた。
「(仲間に個々の状況を伝えることが出来ました。だいじょうぶです。信じましょう)」
 と、そっと耳打ちをしながら。