リアクション
【系譜・2】
予定されていた時間より少し遅くなってしまったが、エドゥアルトとノーンは、待ち合わせ場所に出迎えに待っていてくれた。
「どうだった? 学校見学は楽しかった?」
車から降りてきたナオにノーンを渡し、問いかける。
「はい。楽しかったです。楽しかったですし面白かったです」
個性溢れる九校を周りそこに通う生徒達に触れて、ナオだけじゃなく、朧気に学校の思い出があるミリツァや、全てが初めてだったシェリーの、車窓から見える二人の表情にはそれぞれの感情が浮かんでいる。
「うん。それはよかった」
留守をしている間エドゥアルトは帰ってきたら、見学した中で気になるものはあったのとか、普段興味のあるものは何かと話しかけて少しでも具体的なイメージを膨らませる手伝いをしようと思っていたが、彼等は今日一日で学校見学をしてきた目的を果たしその意味を掴んでいるようだった。
エドゥアルトが顔を上げるとかつみが側に来ていた。
「おかえり」
「ああ」
出発前とはまた違った悩みを抱えているらしいかつみに、エドゥアルトは、どうだったと、目だけで問いかける。
かつみは正直に言えば、気持ちは朝の時とあまり変わっていない。ナオの為に学校に行かせることは良いとはわかっていても「でも」と考えてしまうことに、変わりはない。
エドゥアルトにどう返していいかわからずかつみはナオに視線を流した。
「先生。学校って楽しくて面白くて大変な所でしたよ」
「ほう、それはそうだろであろうな」
見学した感想はこうだだったですよとか、学校とはただ単に勉強だけするところじゃないぞとか、ノーンと話に花を咲かせているナオはかつみの視線に気づいて、ぎゅっとノーンを抱きしめる。
「――前に少し話しましたけど、いずれは 辛い思いをした人を笑顔にできるような、そんな人になりたいんです。
だからもっと色んなこと勉強したいんです」
それだけはわかって欲しいんです。宣言するとナオはかつみの返答を待たずアレクが座る運転席側へと走っていった。
ナオもナオで気持ちが変わっていないらしい。
「失敗も含めて、それでも頑張ろうって思えるのなら、行かせた方がいいのかな……」
より良きは何か、悩むかつみにエドゥアルトは頷くように微笑むと、皆へ挨拶をしていこうと彼を誘った。
* * *
かつみ達を送り、帰ってきた皆を食堂へと招くキリハは「お疲れ様でした」と用意しておいた飲み物と軽い食べ物を出し、壁際で何をすることもなく室内を眺めている破名へと近寄った。人が多いと自然に隅に移動するのは、忙しなく働く研究者達の邪魔にならにようにとしていた研究所時代に染み付いた破名の癖みたいなものだろう。
「どうでしたか?」
結論は出せたか。
言外に問うキリハに、破名は自分の元にシェリーを呼び寄せる。
話に花を咲かせていたミリツァに、断りを入れてからシェリーは破名の元に来た。
「なぁに、クロフォード」
「楽しかったか?」
「うん。楽しかったわ。
それに会う人会う人みんな……時には厳しいこともあったけど、優しくしてくれて嬉しかったわ」
「そうだな。皆には良くしてもらった」
「あとでもう一度ちゃんとお礼がしたいわ」
「そうだな。改めて礼をしなければな」
「アレクさんにもよ」
「そうだな。
……なぁ、シェリー」
「なぁに、クロフォード」
「シェリーは、幸せになりたいか?」
その問いかけに、息を飲む程驚いたのはキリハだった。
「もちろんよ」
幸せな家庭を築くのが少女の夢だ。幸せになりたいかと聞かれたら幸せになりたいと答えるのは必然であろう。
「わかった」
返答に破名は頷き、まっすぐと少女の目を見た。五千年。時代が経ても、面影は、残っている。あの時と、言葉は違えど同じ事を繰り返す自分に躊躇いがないわけがない。
破名は心を決めて、口を開いた。
「学校に行くことは俺も賛成しよう」
ただ、と付け加える。
「俺に時間をくれ。情けない話だが俺にも心の準備ができる時間が欲しいんだ。それで、シェリーはその間、どこの学校に行きたいのかを考えておいて欲しい。
何故そんなに勉強したいのか、どんな勉強をしたいのか、それ以上に自分がどう人生を歩んでいきたいのか。考えて、考えたことを、俺に教えて欲しいんだ。
できるか?」
疑問形で言うが、シェリーは、否、少女でなくても系譜の子供達であれば全員わかってる。破名が浮かべている表情にシェリーは涙の溢れる目を両手で押さえた。
「うん。
……うん! 約束するわ。私、絶対約束する。ありがとう、ありがとうクロフォード!」
人目も憚らずわんわんと泣きだしたシェリーに、扉の外で固唾を呑んで待っていた子供たちがどっと雪崩れ込んできた。あっという間にシェリーは兄弟達に取り囲まれて、喜びの中心と化す。
子供達と入れ違いに破名はシェリーから離れ、食堂を出て扉を閉めた。
*
「クロフォード」
囁きの声は咎めの声。発したのは無表情のキリハだった。キリハは破名が部屋を出て行くと見越して先に廊下に出ていたらしい。
「結局は、あの子達が存在しているのは俺が最初から命令違反を犯していたからなんだ」
過去監視するはずの被験者を逃し、そして可能だったのに追跡しなかったから、子孫が残った。それは至極単純な図式であり、命令が絶対などというのは口先だけの話だったに過ぎないということの証明に他ならない。
「キリハ。今日、皆があの子に触れて、あの子が皆を頼る姿を見て気づいた。俺は、違反が怖くて反対していたんじゃなくて、系図の『暴走』が怖くてあの子達を引き止めていたということに」
系図は進化を予定されている。予定されているだけで約束されてはいない。一度(ひとたび)暴走すれば、系図は周りを巻き込む死を招く。種を滅ぼす存在となり、失うのだ。
ただ、破名はその暴走を止める手段を持っている。持っていながら、怖い、と吐露し、自嘲した。
「勝手な話だと思うよ。本当に『保護者』とはなんだろうな?」
逃した責任は取りなさい。その言葉は正しく、言葉通りで、破名は苦く笑う。
なぜ反対しているのか真実を話す勇気もなく、しかも反対理由は単なるエゴという、女々しさに破名は心底自分にうんざりしていた。うんざりしながら、反対し続ける自分を止めることもできなかった。
今日までは。
「九校巡った。巡っている間ずっと考えていた。彼らがあの子の側に居る。あの子が頼る者があの子の側に居る、と。そう考えてみた。そしたら面白いことに、安心していた。安心していたんだ。本当におかしな話だ。あれだけあの子らを危険視していたのに、心の底から安堵して……幸せを願ってしまう」
本当に、契約者とは不思議な存在だと破名は呟いた。
「さて。学校へ行っても良いと言ってしまったからな。あの子達の本当の意味での安全を確保する為にも、俺は動かなければ」
「クロフォード」
言って去ろうとする背に、キリハは引き止めに名前を呼ぶ。
「幸せにしてあげたいのなら、頭を撫でてさしあげればよろしいでしょう? 前みたいに。避けずに触れてさしあげればよろしいでしょう? 抱き上げて今日は何を歌おうかと外へ連れ出せばよろしいでしょう? あの子達はそれだけで喜びます。喜びは、幸せに繋がる感情です」
振り返る破名は、本気で驚いた風だった。
「知っていて、キリハは俺にそんな事を言うのか?」
意見する。そんな、珍しいこともあるんだな。と。そして、その話題は終わりだと、少女の頭を撫でた。
「アレク――アリクス・ミローセヴィッチ合衆国陸軍大佐と少し話をしてくる」
「お茶の準備を」と言うキリハを、破名は制した。此処では無い場所、つまり子供達に聞かれないどこかで、話をしたいのだろう。わざわざ名前を言い直したのは、そういう事なのだ。
「まぁ、あいつなら突然飛ばされても驚かないだろう」
言って、キリハの目に銀の色彩を映し、彼女の前から姿を消した。
残された魔導書はぎゅっと拳を握ると喜びで盛り上がっている食堂への扉を開ける。
食堂内は気の早いお祝いムードで、誰もが笑顔だった。その光景がとても眩しく目に映り、キリハは気づけば一人微笑んでいたのだった。
*
「ミリツァ、ミリツァ、荒野の夜は初めて?」
真っ赤な目でシェリーはミリツァをウッドデッキへと行こうと誘った。
埃っぽい風が吹く外に出たミリツァとシェリーの二人は、荒野の夜空へに顔を上げる。見えるのは雲間に覗く月光だけだ。
「あのね、ミリツァ」
沈黙を破るようにシェリーは突然ミリツァに向き直った。
「私ね、今日色んな人にありがとうって言っていたけど、ミリツァにはまだ言ってなかったわ。
ありがとうミリツァ。
あなたが居なかったら私心細さできっと見学どころじゃなかったわ」
ミリツァとナオ。二人がいたから保護者の顔色を伺って俯かず、心行くまで学校というものを学んだ気がした。シェリーの感謝の言葉に、ミリツァは微笑みで答える。彼女もまた同じ気持ちなのだろう。
「ねぇ、ミリツァ。ミリツァはどこの学校に行くか、もう決めちゃったり、する?」
毅然としている少女にシェリーは恐る恐ると投げかける。
「未だよ。今日見て今日は決められないのだわ。
それにミリツァには、案内してくれた方たち全てが、素晴らしく輝いているように思えたの。だから……きっと選ぶ事は簡単では無いわね」
「そうなの。私もうてっきり決めていると思ってたわ。
あの、それとね、皆それぞれきちんと……そのね、うまく言えないのだけど、自分を大切にしてるのがねとても印象的だったの。私、学校に行きたいってそればっかりで、私は私を置き去りにしてたわ。クロフォードはああ言っていたけれど、私の方こそ時間が必要なのよ。きっと」
「かけた時間の分考えて選んだのなら、それは誠実と言うのだわ。私はそうして皆に答えたい。
だから一緒に悩みましょう、シェリー。私達は一人では無いのだから、悩む事だって怖くないわ」
言われて、うん、とシェリーは頷く。そして夜空を見上げ気づいた。
「ミリツァ、見て! 雲が晴れてる!」
はしゃぐ幼子のように天へと指差すシェリーにミリツァは倣って顔を上げる。
無限の空に散りばめられた無限に輝く星。その輝きの始まりを目撃して、シェリーはまるで私達みたいねと笑った。
未来は、この空よりも大きく、増える星より多い。
自分の可能性を胸に秘めて、二人は未来の自分がどんな姿になっているのか思い馳せるのだった。
シナリオにご参加頂き有り難う御座いました
また、今回リアクション執筆にあたり
泉 楽マスター、革酎マスター、寺岡 志乃マスター、猫宮 烈マスターにご協力頂きました。この場を借りてお礼申し上げます。
【保坂 紫子】
皆様初めまして、またおひさしぶりです。保坂紫子です。
今回のシナリオはいかがでしたでしょうか。皆様の素敵なアクションに、少しでもお返しできていれば幸いです。
本当に素敵なアクションばかりで、どこまでこれをリアクションでお返しできるか常に不安でおりましたが、無事に公開できてよかったです。
特色はそれぞれで個性溢れる学校ではあるのですが、そこで学んでいる皆様がより特色に磨きをかけているというか、どの学校もそれぞれに魅力的で、心が弾むようにときめいておりました。
皆様のお心に少しでもお返し出来ていればと願わずにはいられません。本日はご参加ありがとうございました。
【東 安曇】
東安曇です。
今回執筆にあたり頂いたアクション、そして改めてマニュアルを見直す事で、蒼空のフロンティアの世界の広さに驚かされました。
このような恵まれた世界感の中、ゲームマスターとして皆様のシナリオに関われる事を大変嬉しく思います。
蒼空のフロンティア終了まで残り少ない期間では有りますが、最後迄お付き合い頂ければ幸いです。