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リアクション
【系譜・1】
荒野に佇む一軒の孤児院。幼い日から育った『系譜』の扉を反対側に潜る時、シェリー・ディエーチィ(しぇりー・でぃえーちぃ)の胸は何時も期待と不安でいっぱいになってしまう。
自分の足が向かう行き先が見知らぬ土地とあらば尚更で、弟妹のような存在である子供達が居なければいよいよだ。
ただ一人、頼れる筈の孤児院の代表者破名・クロフォード(はな・くろふぉーど)は、今のシェリーにとって敵に等しい存在だから余計に心細く気落ちしてきてしまう。
それでもシェリーには夢があった。
(知らないことを知りたいの。
孤児院を建て直してくれた皆はいろんな事を知っていた。それが凄く羨ましかったの。私は知りたいわ。私の知らないことを知りたい。
だから、私は学校に行きたいの)
抱く思いを支えに、シェリーは夢への一歩を踏み出した。
今日同行するミリツァ・ミロシェヴィッチ(みりつぁ・みろしぇゔぃっち)は、系譜に多額の寄付をしているアレクサンダル四世・ミロシェヴィッチ(あれくさんだるちぇとゔるてぃ・みろしぇゔぃっち)の妹らしい。
シェリーは一般の生活は疎か金をその手に持った事すら殆ど無いが、それでも『沢山のお金を人にあげる』という行動が、ただの親切心だけでは出来ない位は分かっていた。だからアレクから話を聞いた時、その沢山のお金を持った人の妹が、何故学校に通っていないのか不思議だった。
「――勉強は家庭教師から教わっているわ。
私は事情があって遅れているから、基本は一般的な高等教育くらいのもの。言語学や歴史のように得意なものは、それ以上のものを教えて頂いているの。
けれどパラミタについてはアレクが自分で調べて、自分で触れなさいと言うから、必要最低限しか教わっていないのだわ」
このミリツァの話しを聞いて、シェリーはどきりとした。何しろ彼女は此処で初めて、学校へ行かないで学ぶという選択肢を知ったのだ。
系譜でも人として最低限の教育はマザーが施してくれているが、一般の家庭に教師が赴いて勉学をする形があるのだ等と、考えもし無かった。
(本当に駄目ね。私は何も知らないんだ)
上がったり下りたりと忙しい気持ちを落ち着けて、アレクが開いてくれた扉から乗り込んだ車で待っていたのは仏頂面の破名、それから千返 かつみ(ちがえ・かつみ)と千返 ナオ(ちがえ・なお)だ。
「今日は宜しくお願いします!」
そう頭を下げたナオは、今日はシェリーやミリツァと同じ立場だった。
学校見学の話を聞いた時、ナオは珍しい事に自分から一緒に行きたいとパートナーのかつみへ申し出た。
「かつみさん……俺も学校行きたいです!
ミリツァさんとシェリーさんの見学一緒について行っていいですか?
空回りしてうまくできないかもしれないけど――、
それでも頑張るつもりです! お願いします!」
熱意に押されて一度は頷いたものの、後部座席の、そのまた後ろの座席に一人座るかつみは未だにぐるぐると頭を悩ませている。
(ナオが学校に行きたいっていうのが良いこと、なんってことは分かってる。
でも、あいつが救出されたのは、ほんの1年前だ。
人と接するようになったのはもっと短い)
学校に入れば、何処迄もかつみがついて回れる訳では無い。それを未熟なナオがこなせるのだろうか。
――日常生活はひととおり教えたつもりだけどちゃんと出来るのか
――緊張しやすいあいつが、ひとりで多くの人とやっていけるのだろうか
いちいち心配で頭が重くなっているかつみに、ノーン・ノート(のーん・のーと)は笑いながらこう言ったのだ。
「ちゃんとできるか? かつみ、それこそお前が偉そうにいえる立場か?
それに失敗だって省みることができれば、立派な糧になる。
保護者ってやつは、危険から守ってやるだけじゃない、
子供が選んだ道を進めるように手助けするのも役目じゃないのか」
正論はかつみの重い頭をごんっと殴りつけた。
「クロフォードも同じような事を言ってるらしいが、だったら問題点を逆につぶしていけば納得できるか?
買い物したことがない? なら、教えてやればいい。
生活も、寮や下宿にすれば少しは安心だきるだろう」
尤もな意見にかつみが言葉に詰まると、エドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)は付け加えるように一言だけ――
「ナオが自分から行きたいって言い出したんだ、協力しないとね」と微笑む。
(分かってはいる……んだよな……)
嘆息したかつみが俯いた顔を上げると、一番前でアレクが此方を振り返っている事にやっと気がついた。
運転を買って出てくれている彼にお願いしますと口を開こうとした途端、向こうが先に口を開いた。
「空気重いなこの車!」
*
「――シャンバラの学校全部?」
聞き返したかつみに、アレクは頷く。
「主立ったところは全部回る予定」
「でも……薔薇の学舎は女人禁制だし、百合園女学院も男子禁制じゃなかったか? どうして……」
「それについては長い話になるんだが……」
要するに説明が面倒なのだとやんわり表現してみたものの、後ろから注目されているのを感じて、アレクは運転しながら適当に話し始めた。
「――今イルミンスール魔法学校の校長エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)先生は、とある在校生が巻き込まれた事件を解決する為に尽力なさっている。
俺はエリザベート校長とは別口で、清廉で可憐な魔法少女とその他愉快な仲間達と一緒にこの事件を個人的に追っていた。が、正直舐めて掛かってた。もう個人の手に負えるレベルじゃない。
兎に角エリザベート校長――というかイルミンスールは、俺達の動きなんて手に取るように分かっておられるからな。地球まで飛んでた俺達が戻ってきたところを態々『お迎え』にまで着て下さって、その後はblah-blah-blah(*かくかくしかじか)……」
言葉を濁すアレクに皆が怪訝な顔をしていると、ミリツァだけが「軍規に関わるのね」と察している。それに何も答えないから、そう言う事なのだろう。
「――そういう時の息抜きの雑談だよ。
『最近は、どうしてましたかぁ?』から始まって……、
『それはイチ教育者として手を貸してやらない訳にはいきませんねぇ』って言ったかと思ったら、『普段なら見れないところまで案内してもらえますよぅ』。
此処迄三分無い。俺が『学校の見学に連れて行こうと思うんです』以外あーもいーも何一つ言えないぐらいの早さだよ。話聞いて使い魔飛ばして話が終わる迄三分無ぇからな」
畏敬を込めてそう言って、アレクは今度こそ運転に集中しだした。
思ったよりデカい登場人物が出てきた事で、驚いたのはナオ達だ。
自分が何処かの見学先で無様な失敗でもしてしまえば、手を貸してくれた人間の面子を潰す事になりかねない。これは責任重大だった。
「粗相が無いようにって事よね。ああ、もう、駄目。私、駄目」
不安そうに呟くシェリーに、ナオはエドゥアルトの言葉を思い出し、そのまま借りる事にした。
「行く前にパートナーに言って貰ったんです。
『普段通りでいいよ、かつみも多分わかってるだろうから』って。
きっと二人も、かつみさんと同じだと思います」
だから肩の力を抜いて行こう。
「緊張はしますけど……」
当たり前にそうなってしまうのかまたも落ち込んで行く空気に、アレクはうんざりした顔でフロントガラスを目をやった。車は荒野を抜け、周囲に緑が見えてくる。
明らかに変わった景色に、シェリーは窓の方へ身を乗り出した。
「ああ、でも、期待に胸が踊るわ」
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