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【天御柱学院・2】


「よし、準備いいかな」
 機体サイズM。定員二名。移動タイプ飛行。高機動系、白兵戦闘用。
 アール・エンディミオンの戦闘スタイルに合わせてチューニングされており、敵機を速やかに捕捉、排除する事を目的としている。
 愛機『ライネックス』に、今日も凛々しいねと村主 蛇々(すぐり・じゃじゃ)は自機の表装を軽く撫でた。
 今日は見学者がやってくる。彼女もまた学校の紹介を任された一人だったのだ。
「でもイコン事態についての紹介は、他の皆がするだろうし。
 その辺りはそこそこに置いといて、そうだなぁ……」
 と、愛機の起動準備に夢中になって先程の騒ぎに気づいていない蛇々は、こちらに向かって歩いてくる団体に気づいて、いそいそとライネックスの足元に移動した。
「ようこそ、天御柱学院へ」
 歓迎を受けて一行は頭を下げたり挨拶の言葉を交わした。
「天学といえばイコン、と言う事で……模擬戦参加――まぁ、実習体験なんていいかなって思ったんだけど、やっぱり練習してない人から見ればちょっとキツイかなって思うのよ」
 そこで、
「そこで試乗体験してもらおうと思うのだけど……って、ん? どうしたの?」
 どうしたの? と蛇々に問われて、聞かれたシェリーはナオと視線を交わし合う。
 先程の光景は記憶に新しく、塗られた印象も拭えておらず、驚いた衝撃も抜け切っていない。
 見学に来ただけであんな激しい場面と巡りあわせることになるとは思っていなかった為、特にシェリーは気持ちが追いつかなかった。
 蛇々にシェリーは申し訳無さそうに両手を自分の胸の前で握る。
「あのごめんなさい。気持ちは嬉しいのだけど、心の準備が出来てなくて少し怖いの」
 正直に申し出る。
「あのね、でも、ね。許してくれるなら、その、触ってもいいかしら? まだちょっと信じられないの。本当に動くの? しかも飛べるなんて想像もつかないわ」
 興味はそれでもあった。もし、よければと伺うシェリーに、元々サブシートに乗せるつもりだった蛇々は好奇心に目を輝かせる少女に「どうぞ」と快諾するのだった。
「そうだ、なんならパイロットスーツも見る?」
「パイロット、スーツ?」
 試乗させる時に着させるつもりだったパイロットスーツを取り出して、乗るときはこうするんだよと蛇々は説明を始めた。



「真司は凄く丁寧にイコンのこと教えてくれたわ。朋美は好きなものややりたいことをが見つかるといいねって。
 それに蛇々の説明で、どんな感じなのかも分かったわ。ただ、ウルスラーディは適性検査や学力は相応に求められるって」
「そうだな。シェリーの感想は明後日だったらしいしな」
「それはクロフォードの方よ。あんな事言うなんてびっくりだわ。私今も恥ずかしいわよ」
 真琴に感想を求められた時のを思い出して言うも、破名こそ全然だとキリハと仲良くなるごとにキリハに似てきたシェリーは遠慮無く駄目出しする。
「ごめんなさい皆。私の保護者は結局理解してないのが露呈して大恥よ」
 かつみに分かって貰いたい。と言う程彼を信頼するナオを見れば、かつみのパートナーを思う情の深い人柄が分かる。
 兄妹の方といえば、ミリツァは兄と手を繋ぎ甘えきっていたし、アレクの方もそんな妹の足元が危うそうならさりげなく危険を回避したりとスマートにエスコートしていた。
 アレクは文字通り兄で、かつみもナオにとって兄のようなものだろう。年若い二人は父親という程立派では無いのかもしれないが、きっとあれが正しい意味での『保護者』なのだろう。
 それに比べてクロフォードは……と、シェリーは後方をちらっと見遣る。うっかりと目が合った。
「ほんと、物覚えが悪くて困るわ!」
 キリハが補佐に回るだけの事情があることは知っていても、こうも違いを突きつけられると、不満のひとつやふたつ言いたくなる。
 三者三様な保護者を比べて、口をへの字に曲げるシェリーに破名は、まぁ許せとその会話を打ち切るように願い出た。まだ回らなければならない学校は多い。ここで、理解の進度の違いに文句を言われても、返す言葉がない。
 ただ、シェリーは物覚えが良いなと褒め言葉に場を濁すのだった。


「あ、こちらです、こちらです」
 帰り際の彼らを呼び止めたのは枝々咲 色花(ししざき・しきか)高天原 天照(たかまがはら・てるよ)の二人である。
「天御柱学院はイコンばかりですけど、ちゃんと部活もあるんですよ、見て行きませんか? と言っても私がというより、天照が入っている茶道部ですけど」
「さどうぶ?」
「ええ、茶道部です」
 茶道部というのはどういうものなのか、知らないのなら尚更どうぞと色花は誘う。
 歓迎にと開かれた部室は茶室であった。イコン関係で整備棟に長居し装甲の匂いに慣れ切った鼻に、畳の匂いは気持ちが切り替わるほど鮮烈だった。
 なにか不思議な匂いねと同意を求められ、ナオがシェリーに頷いている。
「独特な匂いね」
 そして、シェリーはミリツァにも、感想を求める。
「畳――さっきの葦原明倫館で見た草を編んだ床、あれに使われているイグサの香りよ。
 それから抹茶の香りも少し混じっているわね」
 緊張が解けリラックスしている面々に、出だしは上々と色花はご機嫌に天照へと近づく。
 もっと三人が楽しく部活体験できるような、そんな工夫をしてもらおうと作業を進めている天照の手元を覗きこんだ色花はサッと顔色を変えた。
「……ちょっと待って下さい、天照」
 微かに震える天照の肩。
「可愛い色花の頼みじゃ……引き受けないわけにはいかんのぅ」
 背後から手元を見る形になっている色花には天照の表情は見えない。
「部活体験を楽しくするための工夫を考えればいいんじゃろ?」
 トーンの抑えられた呟きを耳に入れて、何かの予感に顔色を悪くしている色花は天照の言葉に律儀に頷いた。
「ええ、そう、です、け、ど……」
「それなら簡単なのじゃ。こんな時の為に子孫のハデスからもらった菓子……『ドキドキ☆ロシアンチョコレート』の出番の様じゃな!」
「あの、そのお菓子って何なのですか?」
 そんな話は聞いていないと色花が突っ込みを入れるが、天照の興奮は一気に天頂を迎えた。
「この菓子は2:1の割合でアタリとハズレに分かれているのじゃ!
 アタリは普通のチョコレートじゃが……ハズレは何と、オリュンポスに入会したくなる薬が混入されてるのじゃ!
これなら、部活体験も楽しくなるじゃろう……!」
 聞いているだけでとんでもない代物だとわかる。ただ彼女がテンション高く取り出したそれは見た目はただの菓子なので、もしかして、もしかすると彼女が言う効果は子孫よろしく『天照の妄想』の可能性が高かった。
「いける! いけるのじゃ!」
 フハハハハと誰かの笑い声が聞こえてきそうな陰謀めいた妄想に当てられてすっかり動けなくなった面々。
 天照のオリュンポスの説明以外は無音の部室で、響いたのはアレクが襖を開ける音だった。
「駐車場帰るぞ」
 と促されて立ち上がる一行に、天照は慌てて彼等を追い掛ける。
「まっ、待つのじゃ! せめてこのチョコレートを土産に――」
 廊下へ出た一行へ天照が追いつく直前に襖とその先の扉を閉めて、アレクは扉に掌を押し付ける。
 直後にバンッと音がしてシェリーは混乱に目をぱちくりしているが、破名がそんな彼女をナオの背中を押しやって彼ごと前に進ませた。
 シェリーがアレクについて歩き出した事を確認して、破名の目が銀に輝く。
 『転移』で飛んだのは、先程の部室の中だった。
「ああ」
 やっぱりと破名は咽から音を吐き出した。
 扉の目の前には酷く分厚い氷壁がある。これに天照が激突したであろう事は、床に転がる彼女の潰れたカエルのような姿で何となく察せられた。
(まぁ、気持ちはわかる、か)
 破名は一枚の白い壁となっている氷を見つめる。これを作り出した人間を思えば、破壊しようとする努力が徒労に終わるのは分かりきっている。
 明らかに狼狽えている色花の腕を掴みもう一度転移して廊下へ連出すと、破名は彼女の肩を叩いた。
「立てるか?」
 破名が転移を使えることは知っていたが、体験したのが初めてである色花は、なんの前触れも音もなく景色が変わったことに、遅れて状況を理解した。
「あの、天照が……」
 まだ、中に残されている。
「頭を冷やす良い機会だ」
「え?」
「あれは不審者だ」
 真顔でパートナーの印象を伝えられ、色花は深い深い溜め息を吐き出した。