百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

未来へのステップ

リアクション公開中!

未来へのステップ
未来へのステップ 未来へのステップ

リアクション

「優子さん、ちょっといいかしら」
 崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)が、頃合いを見て優子を会場の隅へと誘った。
 亜璃珠も卒業生としてお礼に回っていたのだけれど……どうしても、この間のことが気になってしまい、食事も会話も楽しめていなかった。
 壁に寄り掛かって、皆の姿を見ながら亜璃珠は話し始める。
「この間はごめんね。
 この時期、色々な事が終わったり、変わったりするのに対応してると、どうしてもナイーブになっちゃって。本当にどうかしてたわ」
「うん。そんな時、察して包み込んであげられる包容力がなくてごめん」
「優子さん、包容力がないってことはないけど、女子力は足りないわよね」
 顔を合わせて軽く笑い合い。
 息をついて、亜璃珠はまた話し始める。
「で私の進路の話。
 既に先方には話してあるんだけど、私は使用人としてヴァイシャリーに残るわ」
「そうか……」
「将来的には総務系の役職も希望したいけど……色々変化はあるけど、百合園とヴァイシャリーは好きだから」
 亜璃珠はゆっくりと自分の気持ちを語っていく。
「……まあ、もともと同意も見返りも求めるのは苦手だし、支え合うって柄じゃない、自分の道は譲りたくない」
「そうだな。キミはそういう人だ。キミのことは縛れないし、例えキミが欲しいと思っても、共に来いとは言えない」
 優子がくすっと小さな笑みを漏らした。
「うん、でもいざその岐路に立つと怖くなっちゃった、というかね。全く恥ずかしい限りだわ」
 少しの間、亜璃珠は自分の足下に目を向けていた。
 そして、ちらりと優子の方を見る。
 優子はいつもと変わらない表情で、亜璃珠を見ていた。
「まあ、結婚は……お互い行き遅れたら?」
「互いがしたいと思った時に、互いにフリーだったら……が自然かな。
 私が落ち着くよりも先に、キミにはいい人が何人も現れると思うし」
「縁談もあるでしょうし、言い寄ってくる人もいるとは思うけどね」
 誰かにひっついて、相手の道を歩む人生を送るつもりはなかった。
 だけれどこの先、利害が一致する相手が現れないとは言えない。
 優子にも、ゼスタを始め、言い寄る人はいるだろう。
 彼女を愛し、傍で支えようという人物が現れたのなら……意外とあっさり伴侶として、家に迎え入れるのかもしれない。
「……それでその、思い出になんかしないでね、私の事」
 少しだけ不安げに、亜璃珠は優子を見た。
「ヴァイシャリーは第2の故郷だと思ってる。定期的に顔を出すつもりだし、亜璃珠が迷惑じゃなければ、これからも一緒に食事やショッピングができたら、嬉しい」
「うん。
 ……っと、可愛い後輩達がなにか用があるみたい。ボタン全部取られて、胸をさらけ出す羽目にならないようにね」
 そう言って、亜璃珠は優子をそわそわしている後輩達のもとに、送りだした。

「あ、ここには百合園の皆がいるんだね!」
 給仕を手伝っているネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)が、百合園生達が集まるテーブルに、お菓子やジュースを持って訪れた。
「いっぱいお世話になりました。これからも頑張ってください」
 卒業するミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)キュべリエ・ハイドン(きゅべりえ・はいどん)には感謝の気持ちを伝えながら、手作りのカップケーキを差し出してから。
「これからもよろしくね!」
 進級、進学予定の百合園の友人達にも、ケーキを配っていく。
「ありがとう。ネージュちゃんもちょっとお話ししようよ!」
「じゃあ、少しだけお邪魔するね」
 ミルディアに誘われて、ネージュも少しだけ歓談に加わることにした。
「ボクはもう一年百合園で勉強に励んで、卒業後は20歳まで世界各地を回って、未知の生物を探す冒険の旅に出るんだ」
 そう言ったのは、白百合団の役員を務めたレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)だ。
 未知の生物……主にもふもふのことである。
「二十歳って決めてるですか? 何でです?」
 ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)がオレンジジュースを飲みながら、不思議そうに尋ねる。
「20歳になったら家に入らないといけないんだ。家の方でボクの結婚相手を決めてるっぽくて」
 元々そういう約束だったので、今更反発するつもりはない。
 百合園女学院の生徒なら、珍しいことではない。
「だからこそ20歳になるまでは、自由を謳歌出来るわけだし。その時まで後悔しない生き方をしたいんだ」
「そうですか……それなら、自由なうちにできること、めいっぱいやらなきゃですね」
 ヴァーナーは少し複雑な気持ちを抱きながらも、笑顔でそう言う。
「うん。ただ、『もふもふ探し』が終わることを考えると、今のうちに花嫁修業しておいた方がいいんだろうけど……住み込みで修行だと冒険に出かける時間なさそうだよね」
「ヴァイシャリー家の花嫁修業なら、有料なら自由出席制らしいよ。住み込みでヴァイシャリー家の家事を手伝いながら学ぶコースは無料で、多少の手当ても出るみたい」
 ミルディアがケーキを口に運びながら、言った。
「そうなんだ。それじゃ、有料のコースがいいかな。夏休みとかは長期休暇欲しいし……。
 ミルディアさんは、住み込みで花嫁修業するの?」
「ううん、あたしは花嫁修業は考えてなくて、ヴァイシャリーで働いていきたいと思ってるの」
 ミルディアは卒業後もヴァイシャリーに残り、商人として活動していきたいと思っていた。
「地球のパパと協力して、貿易が出来ればいいなって思ってるんだ」
「じりつするんですね。すごいです……!」
 ヴァーナーが尊敬の眼差しをミルディアに向け、ミルディアは照れ笑いを浮かべる。
「ヴァーナーちゃんや、ネージュちゃんはまだしばらく百合園にいるんだよね? 学院でどんな活動していこうとか、目標はあるのかな?」
「んー……」
 ミルディアが問いかけると、ネージュはリンゴジュースを手に少し考える。
「当面は料理に関する部活動、していくよ。今後の専攻課程は、教育分野をメインにカリキュラムを組んでいくつもり。
 進路はまだ決められないけど……孤児院やこどもの家も経営するようになったんだから、しっかりと先生にもなれるように勉強しておかないとね」
 自分の事を語るのは少し恥ずかしいなと思いながら、ネージュはそう言って、照れ隠しのようにジュースを飲む。
「みんなちゃんと考えてるですね。ボクはまだ自分の将来のことはわからないです。だから、こうして卒業生や大人の人や、百合園の娘達みんなでお話ができる機会がもっとあったらいいなって思うです」
 ヴァーナーは4月から高校生になる。
 白百合団の団活動もなくなったこれからは、自ら皆で仲良くなれる企画を立てていきたいと思っていた。
「まずは百合園の中のみんなと仲良くいろんな事をお話できるお茶会をしていくです。
 それから、卒業していく先輩たちにも遊びに来てもらって、ボク達がこれからどんなことが出来るか、百合園がどうなったら嬉しいかとか、お話が出来るお茶会にするですよ!」
 委員会や生徒総会などという堅苦しい場ではなく、気軽に皆で集まって、お茶と茶菓子を楽しみながら、希望を話し合っていく場が作りたいと、ヴァーナーは思っていた。
「それじゃ、あたしはそのお茶会用の、お菓子とお茶、用意するね!」
「お願いします」
 ネージュとヴァーナーが顔を合わせて、微笑み合う。
「そっか、あたしも参加してもいいのかな?」
 ミルディアの問いに、ヴァーナーは強く頷いた。
「もちろんです。来て下さいですー。貿易の話も聞かせてくださいです!」
「うん」
 そして集まった皆の顔に微笑が溢れる。
「美緒さん達は、進学だよね?」
 レキが少し離れた席にいる、泉 美緒(いずみ・みお)冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)に問いかけた。
「はい、わたくしは短大2年になりますわ」
 美緒はそう答えてから、少しだけ心配そうな目を恋人の小夜子に向けた。
「……私も小夜子と一緒ですわ。百合園の短大に行きます」
 小夜子がそう答えると、美緒はほっとした表情になった。
 今日は普段着ではなく、2人とも百合園の制服を着て訪れていた。
 在校生としての手伝いを終えた後は、2人で寄り添って、これまでのことやこれからの――進路のことについて、話をしていた。
「うん、これからもよろしくね」
「はい、よろしくお願いいたしますね」
「よろしくお願いいたします」
「ふふ……皆様、百合園女学院をよろしくお願いしますわ」
 カタンとカップを置いて、キュべリエ・ハイドン(きゅべりえ・はいどん)が微笑んだ。
「キュべリエさんは卒業するんだよね。お世話になりました」
「ありがとうございました」
「頑張ってくださいです!」
 レキ、ネージュ、ヴァーナーが感謝と応援の言葉をキュべリエに言った。
「ええ、お元気で。百合園の事は、今後も見守らせていただきますわ」
 言って、キュべリエは立ち上がり、別の席へと向かっていく。
 百合園の今後には興味があるが――自分自身は、この学院に未練はなかった。
 キュべリエはシャンバラから距離を置き、自分らしく生きれる場所に向おうと決めており、在学中も休日の度にシャンバラ大荒野のドラゴン牧場に出かけ、ドラゴンの基礎的な知識を学び、機会を待っていた。
「帝国の方々はいらしてないようですわね。でも、騎士団に所属される方は……いますわね」
 卒業生たちを見ながら、キュべリエは口元に笑みを浮かべて。
 これからの同僚たちのもとへ、挨拶に向かっていく。
 彼女はエリュシオン帝国第七龍騎士団への所属が決定していた。
 これから向かう新天地で、個性を出すことができるだろうか。

「百合園に来てから、色々ありましたわね」
 会話をする皆の姿を眺めながら、小夜子が言った。
 セミフォーマルな格好の若者が多かったが、ロイヤルガードの制服や、白百合団の衣装を纏っている者もいた。自分達のように、学校の制服姿の生徒もいる。
「……入学当初想像したお嬢様らしい学園生活と実際の学園生活はだいぶ違ったけど、良かったと思うわ」
「ええ、パラミタでの生活は、想像と随分と違いました……」
 小夜子と美緒はくすりと笑い合う。
「そして何より、美緒と一緒にいらるわけですしね」
「はい」
「短大に進みますけれど、卒業後の就職先も考えないといけませんわね。美緒と結婚することは決めてますし」
「はい」
 さっきより少し大きな声で返事をして、美緒は嬉しそうに微笑んだ。
「美緒は短大の先輩ですし、色々勉強で教えてくださいね?」
 百合園の生徒としては、小夜子の方が先輩なのだが、学年は美緒の方が上だった。
「ええ、小夜子のお役に立てましたら、嬉しいですわ」
「ありがとう。私も出来るだけのことはするから」
 そう言って、小夜子は美緒を抱き寄せて、優しく抱きしめた。