リアクション
「すまねぇが……こいつとも踊ってやってくれねぇかな?」
続いて、ティセラに声をかけてきたのは、波羅蜜多実業高等学校のラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)だった。
彼の隣には愛らしい剣の花嫁の姿がある。
「構いませんわ」
ティセラの返答に、剣の花嫁のソフィア・エルスティール(そふぃあ・えるすてぃーる)はぱっと顔を輝かせた。
「うしっ、踊って来い」
ラルクがソフィアの背を押し、ソフィアはティセラの元に歩み寄った。
「ティセラさん。ありがとうございます! 下手かもしれませんがよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた後、流れる音楽に合わせて踊り始める。
ソフィアはあまり運動が得意ではなく、ダンスも上手くはなかったが、ティセラがリードをして一緒に可愛らしいダンスを踊っていくのだった。
「あの。私……昔の記憶がないんです……」
ちょっと興味があって。何気ない気持ちでソフィアは質問を始めた。
「ティセラさんはアムリアナ様の事ご存知ですか?もし、よろしかったらどういったお方なのか聞いてもいいですか?」
アムリアナはシャンバラ古王国の最後の女王の名だ。
「ティセラさんはアムリアナ様を……今でも女王様だって思っていますか?」
ソフィアの質問に、ティセラは微笑みながら鋭い目を見せる。
間近で感じた負の感情に、無邪気なソフィアはぴくりと震えて足を後ろに引いた。
聞いてはいけないこと、だったのかもしれない、と……。
「すまねぇな。つき合わせちまって」
曲が終わり、ラルクがソフィアの手を引いた。
「お前って……宿命とか……背負ってるか?」
ティセラの目に浮かぶ、強い思念を感じ取ってラルクが尋ねる。
「背負っていないつもりですけれど、多少は背負っているのかもしれませんわね」
「アムリアナ様が生存されている可能性については、ご存知でしょうか?」
エレンが歩み寄る。
「……」
ティセラは答えず、笑みを消してエレンに目を向ける。
「前女王が生きておられるのなら、御意志をお聞きできるかもしれません。その御意志に従うべきですわ。私達契約者は今、前女王を解放するために動いていますの。ティセラさんには、一般の人々への無差別な攻撃行為や破壊行為を避けて戴きたく思います。そうしましたら、私達は前女王に貴女のことを強く気高い方だとご報告できると思いますわ」
女王候補として推す、擁立するなどという言葉は避ける。
アムリアナ女王が生存している可能性がある以上、女王候補問題は棚上げできる問題とエレンは考えた。
「アムリアナ……を蘇らせるなんて、愚かなことを」
ティセラが低く言い、暗い笑みを見せた。
いつでも余裕を見せて、微笑みを浮かべていることが多い彼女が――強く瞳を光らせて、拳を握り締める。
「アムリアナはわたくし達を利用するだけ利用し、見殺しにした女。わたくしは、シャンバラをそのような者が支配する国にはしたくありません」
それは深い憎しみを感じる言葉だった。
前女王アムリアナに関しては、優れた良い女王であったと現代に伝わっている。
その血を受け継いでいるという十二星華の存在は、現代に伝わっておらず、歴史にもほぼ残ってはいない。
これはどういうことだろうか。
誰の言葉、どの伝承が正しいのか。
エレンは眉を顰める。
「わたくしは、前女王より強くありたいと思います。このパラミタで国として認められ、テロリストに屈しない国にするためには、強い意志と力を有する女王による強固な軍事国家とする必要があるのです」
「軍事国家……。そして、他国に戦争を仕掛け、パラミタ大陸全土を血で汚すつもりですか?」
たまらず声を上げたのは、百合園のエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)だった。
「攻めることが目的ではありません。シャンバラを決して負けず、どんな脅威にも屈しない国にするのです」
「ティセラさんは、自分に従わない民を虐げ、合成獣を従え無数の無益な血を流させている。そんな貴方が女王として民に支持されるでしょうか?」
「わたくし個人がどれだけの力を有しているのかを、表させていただいていますの。合成獣に関しましてはわたくしの指示ではありませんが……交渉に応じず、前女王に従っている者はわたくしの民となる者ではありません」
「そんな……!」
「エレン……っ」
感情的に詰め寄ろうとしたエレンディラの腕を、秋月 葵(あきづき・あおい)がぎゅっと掴んだ。
葵と、その後ろにいるアレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)の今にも泣き出しそうな顔を見て、エレンディラはふっと息をついて力を抜く。
自分が暴走して彼女達を危険に晒すわけには絶対いかないから。
「では、こうしてここを訪れたということは、あなたはヴァイシャリーの貴族や民を自分の民となるものと考えいるわけですね」
アレナを護衛しながら現れた、氷川 陽子(ひかわ・ようこ)がパートナーのベアトリス・ラザフォード(べあとりす・らざふぉーど)と共に、ティセラと向き合う。
「そうですわ」
「それでしたら、現在ヴァイシャリーが抱えている問題に手を貸してはいただけないでしょうか? ヴァイシャリーも多くの問題を抱えており、人材を必要としております。ティセラさんのお力をお借りすれば、その問題も解決に向うことでしょう。ここを王都とするのなら、問題解決に力を尽くすのは当然ですわよね」
陽子は微笑みを浮かべながらティセラにそう言った。
ティセラも微笑んでこう答える。
「候補として擁立していただけるのなら、お手伝いいたしますわ。力を合わせて、より住み良い街にいたしましょう」
そして、ティセラは視線をラズィーヤに向けた。
「お父様に聞いてみませんと、わたくしには決定できませんわ。生憎、今は家を離れていますの。見ての通り、ここはダンスホールです。舞踏会を楽しみながら、もう少しお話を聞かせていただけますでしょうか」
「ええ、そのつもりですわ」
2人の淑女が華やかな笑みを浮かべる。
ラズィーヤが楽団の方に目を向けると、止まっていた音楽がまた流れ出す。
「アレナさんも、後でよろしくお願いいたしますわね」
葵の後にいるアレナに向かい、ラズィーヤは微笑んだ後踊り始める。
ティセラも軽くこちらを見るが、アレナの姿を目にしても何の反応も示さなかった。
葵はアレナと共に、少し後退りしながら呟きを漏らす。
「もしかして、ラズィーヤさんは、全て知っていて……用心としてアレナ先輩を呼んだんじゃなくて、ティセラと合せる事によって覚醒を促そうとしているんじゃ……」
その言葉が耳に入った途端、アレナはその場から駆け出した。
○ ○ ○ ○
ホールから逃げ出したアレナの腕を突如掴んだ者がいた。
「先輩ー!」
「アレナさん!」
葵、陽子達が追ってくる中、その人物――薔薇の学舎の
早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は、アレナを近くの部屋の中に招き入れた。パートナーの
ユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)も一緒にその部屋に入る。
荒い呼吸を繰り返しながら、アレナは両手を胸の前で組んでいた。
その瞳から感じ取れるのは、戸惑い、困惑と混乱。
「ラズィーヤ・ヴァイシャリーが何故、お前を呼んだのか。パートナーで、白百合団の指揮を務めている
神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)ではなく、特に役職のない剣の花嫁の君を。……アレナ、お前は十二星華じゃないのか?」
アレナを連れてくるようにとのラズィーヤの言葉を聞き、知り合いである呼雪も彼女を探していた。
ラズィーヤの言葉、ティセラを見たアレナの態度、アレナを護る者達の言葉から、呼雪は彼女がティセラと縁のある者……十二星華の1人である可能性を感じ取っていた。
「…………」
呼雪とユニコルノの真っ直ぐな視線を受けて、アレナは少し後退りしながら。
でも、嘘をついても、否定してももう、隠し続けることは出来ないと悟って。
涙を浮かべながら、首を縦に振った。
「どうして隠しているのですか?」
ユニコルノの問いに、視線を逸らして戸惑いを見せながらゆっくりとアレナは答える。
「優子さんの、負担増やしたくなくて……封印されて、動くことも喋ることも出来なかった私を、苦しみから解放してくれた、大切な、人なんです。今も、凄く忙しくしてるから。でも私が十二星華だと知ったら、駆けつける……と思うんです」
「だが、お前がそれを隠して、そして苦しみ続けている事を知ったら、神楽崎副団長はどう思うだろう?」
呼雪の言葉に、アレナは眉を寄せた。
廊下から、アレナを探して名を呼ぶ白百合団員達の声が響いてくる。
ホールのティセラ――かつてのリーダーは何故、あんな事を言っていたのか。
アレナは酷く混乱して、答えが出せない。
「選択の権利は、あなたにあります」
ユニコルノはそう言った後、軽く目を伏せた。
「ただ、もう逃げ場はないかも知れません……」
呼雪のように悟った者もいるだろう。
ラズィーヤが知っているのなら、既に交渉のカードとして利用している可能性もある。
「お前が副団長を大切に思っているように、副団長もお前を大切に思っているはずだから。俺が副団長の立場だったら、悲しいし、信じて頼ってもらえない自分を不甲斐なく思うだろう」
「……悲し、い……。私、言わなくても、優子さん……悲しませてる? 私のせいで、辛かったり、苦しかったり、負担が増えるのは……いやなのに」
「負担だなんて、副団長はきっと思わない。今のお前は喋れるし、動けるんだから、副団長が無理をしそうになったら、全力で止めればいい」
「この場での公表がお嫌な場合は、このまま外にお連れします。どこに向うとしても、力及ばずとも付き添わせていただきます」
呼雪とユニコルノの言葉に、アレナはぎゅっと目を閉じて考え込む。
「自らの安息は自身の手で掴むもの。どうか、ご自身と優子様を信じて下さい……」
小さく言って、ユニコルノもそっと目を閉じた。
廊下から、慌しく行き来する人々の足音が響いている。
破壊音などは今のところないけれど……。
いつ、何が起きてもおかしくはない。
時折、涙をぬぐいながら考えこんでいるアレナを、呼雪はもう何も言わずに見守っている。
数分の時が流れて。
目を開けたアレナは、まだ悲しげな瞳のまま。
震える手をぎゅっと握り締めて――。
「恥ずかしくない行動をして、それから優子さんに話します」
「アレナ先輩!」
外から、葵が呼ぶ声が響いてくる。
「後輩――仲間、護りたいです」
アレナは淡い微笑みを、呼雪とユニコルノに見せたのだった。