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リアクション
●『強欲』の塔
一方その頃、《強欲の塔》では――。
「なんや、こいつ…………全然食らわへんやん!」
塔のガーディアンに向かって、加速を加えた《轟雷閃》を放った日下部 社(くさかべ・やしろ)が愕然とするように言った。
ガーディアンを見つけたら、即座に《光学迷彩》で姿を消し、敵の先手を取る。そこまでは良かった。
しかし。
部屋中に散在する宝物や金貨が集まって生まれた黄金の怪物の身体は、轟雷閃に貫かれても、すぐに周りの金品でその穴を自然修復してしまった。時間を巻き戻すように、金品が穴を埋める。
平気な顔をして、ガーディアンはフフンと鼻息を鳴らした。
「ぐあああぁぁ、なんて腹立つ仕草や!」
「社、どいてろ! 次は俺の番だっ!」
社の肩を引っ張るようにして、それを足がかりに飛び上がる一人の契約者。
神崎 荒神(かんざき・こうじん)は弓を構え、すかさず黄金の怪物に矢をたたき込んだ。数発の矢が一斉に怪物の腕や足を貫く。
だが――
「チッ……やっぱダメか」
先ほどの社の攻撃と同じく、その穴はすぐに修復されてしまった。
「なんや〜こいつ〜! こないな敵、反則やないかぁ!」
「マスター、落ち着いてくださいって」
地団駄を踏む社に、馬のようにドウドウと言い聞かせるのは、彼のパートナーである悪魔、響 未来(ひびき・みらい)である。
「でも……社さんの言うとおり、確かにこれじゃ、倒せないよね……」
日下部たちと同じ契約者の榊 朝斗(さかき・あさと)が言う。
彼が観察している限り、黄金のガーディアンはどこからでもかかってこいと言わんばかりに、クイクイッと指先を動かしている。よほどの自信があってのことだ。
(僕たちにやられるような算段はない……ってことかな)
ガーディアンの仕草が仕草なだけに、社がムカついているのも、分かる気がした。
「無形のガーディアン……。バルバトスは、また厄介なモンスターを用意したものですね」
朝斗のパートナー、ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)が困ったように言う。
「だったら……やることは一つしかないかもな」
荒神が言う。その視線が動いた先にあるのは、ガーディアンが守る祭壇に置かれた、異質な雰囲気を放つ壺だった。
「荒神……キミ、まさかっ!?」
彼のパートナーである蒼魔 綾(そうま・あや)が目を見開いた。
自分たちの目的はエンヘドゥの欠片が封印されているであろう壺を手に入れることだ。それならば、何もガーディアンを倒すことに固執する必要はない。
だが、それは危険なやり方でもあった。ガーディアンはこちらの攻撃をものともしない強敵だ。6人で戦ってもやっとこさ拮抗できるというのに、何人かは壺の回収へ意識を向けなければならない。しかも、回収に行く者も、ガーディアンから気づかれずか、あるいは攻撃を避けながら、だ。
「そのまさかだよ。……南カナンのお姫さんを復活させるためだ。やるしかねぇ」
「……そうだね」
「朝斗っ!? キミまで、何言ってんのよっ!?」
綾は、隣でうなずいた少年のような風貌の契約者に、信じられないといった声をあげた。
「戦力が分断されるのよ! あんな不死身ヤロウ相手に、そんなことしたら……」
「綾と、そして荒神さんが壺の回収に向かうんだ。社さん、未来さんと僕たちがガーディアンの注意を引きつける」
「ちょっと、聞きなさいって……」
「聞いてるよ」
朝斗の視線がまっすぐに綾を射貫いた。
「でも、こうするしか方法はない。それは、綾だって分かってることでしょ?」
「そりゃ…………」
不承不承に口をすぼませる綾。
彼女は、心配なのだ。誰かが、危険にさらされるかもしれない。誰かが、傷つくかもしれない。そんな可能性の高い作戦に素直にうなずけるほど、彼女は事を割り切って考えることが出来ないのだった。
しかし。
(あ…………)
朝斗も、社も、それぞれの拳が震えていた。
誰も、割り切ることなど出来るわけではない。それでも、前に進まないといけないときがある。
(みんな……)
エンヘドゥを助けるという、その思いを抱くほどに、自分たちは足を踏み出さないといけない時があるのだ。
と――ポンと、荒神が綾の頭に手を置いた。暖かな手のひらの温もりが、伝わってくる。
「荒神……?」
「安心しろ。俺たちなら出来るさ。なんせ俺たちは――」
黄金のガーディアンは余裕を見せてこちらを見下ろしている。荒神は、それを睨むように見返した。
「――契約者なんだからな」
ドクッ――。
心臓が跳ね上がるような音が聞こえたような気がしたら、次の瞬間には、闇の瘴気が朝斗の身体を包み込み始めていた。
『お、ボクの出番か? やれやれ……随分と待たせてくれたじゃないか。それで、どうすればいいんだ?』
(注意を引きつけて、出来るだけ時間を稼ぎたいんだ。敵は強いよ。……やれる?)
どこからともなく頭の中だけに聞こえてきた声の主に、朝斗は問いかけた。
愚問だというように、声の主はクスッと笑う。
『当たり前だろ? ボクを誰だと思ってるんだよ』
(そうだね。キミは榊朝斗…………もう一人の、ボク)
瞬間。
頭の中の色濃い瘴気が白い閃光に破られたと思ったとき、朝斗の姿は変貌していた。
白夜に浮かぶ月のような黄金の瞳に、それを栄えさせるために生まれ変わったような白銀の髪。しばらく彼はうすぼんやりとたたずんでいたが、徐々に、彼の瞳に生気の色が戻ってきた。
途端――眼前に迫るガーディアンの拳。
「……ッ」
朝斗は地を蹴って跳躍すると、《レビテート》を使ってそのまま宙を飛んだ。
そして、仲間たちのもとに舞い降りる。
自分が変化している間に、すでに戦いは始まっている。どうやら、ガーディアンは社と未来に気を取られていたが、こちらに気づいて襲ってきたようだった。
(頭が悪いかと思っていたが、まあ、それなりには働くんだな)
クスッと、意地の悪そうな笑みを浮かべる。
それは、普段の朝斗からは想像できない微笑だ。横にいたルシェンは、朝斗が完全に『もう一人の朝斗』と一緒になったのだと確信した。
「す、すごいなぁ……それが噂の《同調》かいな」
「まーね。あー、コレでも一応ボクは『榊朝斗』だから、普段と変わらず接してくれよ」
戸惑うように驚く社に、朝斗はプラプラと手を振った。
すでに、未来は作戦通り空飛ぶ箒に乗って窓から塔の外へと飛び出していた。銀のハーモニカを使って、外から魔力を乗せた音楽を演奏しているのだ。演奏するには、ガーディアンの邪魔が入っては困る。塔の外にいれば、ひとまずは援護魔法は安定して供給される寸法だった。
そして荒神は――
(よし、問題ない)
彼は、最初はガーディアンに気づかれぬように動くことを肝に銘じていた。ガーディアンと戦おうとしているように見せながら、徐々に、さりげなく壺のほうへと近づいていた。
「いくよ、社! ルシェン!」
「了解っ!」
「はい!」
一斉に、契約者たちはガーディアンへと攻撃を仕掛けた。
《シュタイフェブリーゼ》――改良を加えられた試作型のロケットシューズが、朝斗の空中での動きを飛躍的に向上させる。通常の空中浮遊ではなしえない勢いのある動きで、転換、停止しつつ空を飛び回った。
朝斗の自由な動きにガーディアンが気を取られている隙に、社が再び《轟雷閃》を放つ。
無論、穴はすぐにふさがれるが、今は出し惜しみせず派手にドンパチをして時間を稼ぐのが最優先だった。
「我は射す光の閃刃ッ!」
ガーディアンが朝斗の動きを捉えようとすると、それをサポートするようにルシェンが光の刃を放つ。
分断された敵の腕はすぐに再生されるが、敵は朝斗を捉えられずじまいだった。
しかし――やはりガーディアン相手にこの人数は苦戦を強いられる。徐々にガーディアンは朝斗の動きを見切りはじめ、もともと不死身に近い身体をもっていることから、ルシェンや社の攻撃をもろともせずに反撃してくる。
そもそもが巨人のような体躯をしているのだ。敵の打ち下ろされた腕が地を叩き、契約者たちは吹き飛ばされた。
(くっ……こんなところで……)
ルシェンは歯を食いしばって立ち上がる。
と、そこで、彼女はどことなく不思議な感覚を覚えた。いや、それは違和感と言うべきか。
視線が、無意識のうちにガーディアンではなく金品・宝物へ動いてしまうのだ。
まるで――それを欲しているかのように。
(これは……)
ハッとなる。
それは、どうやら自分だけではないらしい。
社も朝斗も、いつの間にか部屋の散在するお宝の山へと目を奪われ、敵から意識が離れてしまっていた。
「すごいなぁ〜、このお宝。持って帰りたいわ〜」
「ほんとほんと〜」
「ちょ、ちょっと、社、朝斗……! うっ……」
それを止めようとするが、ルシェンは自らもお宝への欲求へと意識が取り込まれそうになる。
すると、それまで一言も発さなかったガーディアンが、愉快そうに笑い始めた。
「フハハハハハハッ! まったく、契約者とはいえ、もろいものよのぉ。まんまと我が《強欲の塔》の罠にかかりおったわっ!」
「ど、どういうこと……?」
必死に意識を保とうとするルシェンの問いかけに、ガーディアンは言う。
「我が《強欲の塔》に入った者は、その大罪の魔力に精神を奪われ、やがてこうして、欲望にまみれた精神に取り込まれてしまうのだ」
「なんですって……」
「外におるちんちくりん悪魔だけは免れたようじゃが、塔に入ってしまえば同じ事。あとは、ゆっくりといたぶってしまえばそれでおわりよ」
「そ、そんなこと…………」
ルシェンは強烈な魔力にあらがおうとする。
だが、意識はそれを許さなかった。まるで視界がかすむように、徐々にお宝への欲望に心が支配されてきてしまう。
(……エ、エンヘドゥ……)
彼女はその手に、《月雫石のイヤリング》の片割れを握った。対になったそれのもう一つを、エンヘドゥに渡したものだ。
(こんな、ところで……)
誓ったではないか。朝斗と共に。彼女を救うと。
それがこんなところで潰えるのか。こんな、ところで……。
意識が朦朧としてきた。口から漏れるのはお宝へ向けた切望の言葉。自分も、宝物が欲しいとばかりに手を伸ばし――。
と、そのとき。
けたたましい物音が部屋に鳴り響いた。
「いつつつ……っ!」
「な、なにごとだ……!?」
驚くガーディアンが振り返った。
そこにいたのは、壺を抱えたまま、瓦礫のような宝物の山の上で腰をさする荒神。そして、慌ててその腕を引っ張って彼を起こそうとしている綾だった。おそらくは、壺を手に入れた矢先に、足を滑らしたのだろう。
そこで初めて壺を奪われたことに気づいたガーディアンは、
「ふざけるなあああぁぁ……っ!」
怒りを露わにして巨大な尾を振るった。
「!?」
とっさのことに目をつむった荒神と綾。
しかし――尾に叩きつぶされるような事はなかった。代わりに聞こえたのはうめくような我慢の声。
そっと目を開けると、目の前でガーディアンの尾を防いでいたのは、先ほどまで蕩ける目で宝物を見ていた社だった。
「貴様……なぜっ!?」
「なぜ……精神魔法が解けたかっちゅーことか? そりゃあ誰だってやなぁ――」
グッと力を入れた社。尾は、ゆっくりと持ち上がった。
「宝もんへの欲なんかよりなぁ……仲間を助けたいって『欲』のほうが、何倍も強いちゅーねんっ!」
持ち上がった尾を引っ張るようにして、社はガーディアンを横っ飛びに投げ飛ばした。
「……ま、本当は荒神がとっさに《イナンナの加護》を使ってくれたからなんやけどね」
社はぼそっとつぶやくが、もちろん、ガーディアンはその声に気づいてはいない。
地に叩きつけられた衝撃で、ガーディアンの身体が崩れる。だが、彼は余裕のある笑い声を発した。なぜなら、自分の身体は不死身の存在。決して、傷つけられることはないからだ。
「フハハハハハハッ! 無駄無駄ぁ! 我が身体は無敵! 貴様らの攻撃なんぞでは傷一つつかぬ――――わ……?」
ガーディアンの哄笑が奇妙な声で止まる。
衝撃で崩れた彼の身体は、崩れたままだった。
「な、なぜ……!?」
「そりゃあ…………アレだけうるさい声を出してたら、普通は気づくでしょ?」
ハッと振り返るガーディアン。
その視線の先で、朝斗が一枚のコインとトンファーを手に、ニコニコと笑顔を浮かべていた。《タービュランス》と呼ばれる特別製のトンファーの先に仕込まれた剣の刃先は、軽くコインに突き刺さっていた。
「そ、それは……!?」
「いやぁ、そりゃ、傷つかないはずだよな。だって、その身体は魔法が作り出した単なる人形に過ぎないんだから。てっきりボクたちも不死身なんじゃないかって騙されたけど……運がよかったよ。さっきの精神魔法のおかげで、コイツを見つけることが出来た。自分が動けない代わりに人形を動かす、臆病者の本体をな」
言って、朝斗はゆっくりとトンファーに仕込まれた剣の刃先に力を入れた。
「や、やめろおおおおぉぉぉ!!」
「…………い・や・だ♪」
サクッと。
刃はコインにめり込む。
そしてそれが――
「グオオオオオオオォォォォ…………」
《強欲の塔》のガーディアンの、最後の瞬間だった。
「それで、壺はどうですか?」
「それが……さっき《銃型HC》に入ってきた情報なんやけどな、なんでも壺にも罠が仕掛けられてるらしいで」
「また罠? どれだけ罠好きなのよ……」
ルシェンに問いに社が答えると、綾が呆れたように言った。
「ということは……コレはどうすればいいのでしょうか?」
「とりあえず、HCの連絡だと、アムドゥスキアスのもとに持ってったらいいんやないかって話や。みんな、それで動いとるらしい」
シャムスたちとは別行動で動いている魔神 アムドゥスキアス(まじん・あむどぅすきあす)のことを思い返しながら、社が言う。
「それじゃ、そうしましょうか。……朝斗、くれぐれも、蓋を開けないようにしてくださいね」
「わ、分かってるって。そんなヘマしないよ」
『もう一人の自分』との《同調》を解いた朝斗は、元のやわらかな口調でそう言った。黒髪に黒い瞳。闇にとらわれた朝斗も良いが、やはり、本来の彼のほうがホッとすると、ルシェンは思った。
「それにしても…………このお宝、持って帰ったらアカンやろか?」
「そうだよなぁ。売っぱらったらそうとうな金額に……」
「はいはい、二人とも。馬鹿なこと考えてないでさっさといくわよ」
「や、やめ、綾っ! み、耳は引っ張るな〜〜っ!」
名残惜しそうに宝の山を見ていた社と荒神を、綾が連れていく。
と、部屋を出ようとしたところで――はたと足を止めた社が、あることに気づいてぽつりと言った。
「あ…………未来のこと、忘れとった」
そして。
「マスタ〜〜!! たす、たすけ……助けてええぇ〜〜!!」
塔の外で援護魔法に精を出していた未来は、一部の敵魔族部隊に見つかって、逃げ回っていた。
彼女が社に召喚されて回収されるのは、それから十分あまり逃げ続けた後の事である。