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オークスバレーの戦い

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オークスバレーの戦い

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第1章 軍議

1‐01 ノイエ・シュテルン

 つい一昨日まで、オークが占拠していた砦の内部は、暗かった。
 八月十三日、午前十一時。
 夏の陽射しも受け付けないその暗い軍議室で、昼から行われる予定の、対岸のオーク砦への攻撃の軍議が持たれていた。
 教導団南西部分団(第四師団)は二日前の未明、峡谷に入ると、夜襲をもって一気に南岸の三砦を落とした。これから北岸に残る砦を落とし、オークの峡谷支配を解こうという考えだ。
 ……
 軍議室の中央では、蝋燭を咥えたオークの頭が虚ろな眼窩で天井を見上げている。
 部屋にはまだ、戦いの残骸が散らばり、オークの死臭がかすかに残っていた。
 騎鈴旗下の俊英、部隊長ロンデハイネは卓の上座で静かに腰を下ろし、ゆっくり髭をなで軍議の行方を見守っている。その背後には、双頭四翼の守護天使がやはり無言で控えている。
「斥候の報告では敵影は少ないのだ。このまま総力を挙げて一気に河を渡り、攻め落とすべし!」
 森では北東でオークを追っていた部隊長ゾルバルゲラが腰を上げ、剣の柄に手を置いた一方の手で机をドン、と打つ。
「オークの罠だ。四方を河に挟まれている以上、もし誘い込まれれば退路はないぞ。策のない安易な攻めは避けるべし」
 南東で部隊を指揮したソルソは慎重策を唱える。
「オークにそのような脳があるか?! そうこうしているうちに、東西の砦に手柄を全て獲られるぞ!?」
「オークどもの力がここまでになってきたから、容易に峡谷支配を解くこともできなかったのだ。対岸の東西が確保できて後、それらと共同で攻めればよろしい」
「貴様は話にならん」
 数秒、場に沈黙があった。ロンデハイネは依然髭を触れながら、言った。
「今回、新たに士官候補生となっている者から、軍議に加わってもらっている。クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)だ。クレーメック殿のご意見はいかに」
「砦は四方を河水に囲まれた構造。しかも実際のところ、守備隊の戦力は不明です。いきなり主力部隊を接近させるのは危険であり、火攻めによって、オーク守備隊に篭城策を放棄させたく考えます」
「ほう……火攻めなあ。して貴殿にそれを成功させる具体的な策はあるのかな」
 ゾルバルゲラがニヤリといやらしい笑みを湛えた。
 クレーメックには確信があった。今日、これから揃うことになる、仲間ひとりひとりの顔が、思い浮かぶ。今日は……
「まあよい。ロンデハイネ殿、私めにシャンバラ兵百ほどお与え頂きたい。クレーメックが火攻めの準備をする間にも、かの砦攻め落としてご覧にいれる」

 クレーメックが暗い軍議室を出て、砦の扉を開けると、そこには、敬礼の姿勢をしてみせた、クレーメックのもとに集った面々。そう今日は、
「ついに……【ノイエ・シュテルン】の旗揚げとなりました! ですぅ!」
 どこからともなくとり出した白羽扇。可愛いダテ眼鏡っ子でもある、皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)
 その背後には、麗々として美髯。その手には青龍偃月刀(っぽい何か?)。その姿は、あの関聖帝君(と見えないこともない)、うんちょう タン(うんちょう・たん)! 「教導団公認ゆるキャラ」だ(ゆるキャラか?)。
 そこには、前回の戦いで、クレーメックと共に森を抜けた、ナイト、一色 仁(いっしき・じん)の姿もある。北方での戦いを通じても、クレーメックとの親交を深めていた。彼も、【ノイエ・シュテルン】立ち上げに際し、誘われた勇士の一人だ。「まあ前線は、俺にまかせな!」
「はりきりすぎて、皆に迷惑かけてはいけませんわ」もちろん、パートナーのミラ・アシュフォーヂ(みら・あしゅふぉーぢ)も、彼の隣に。
「先日の遭遇戦や遺跡探索における氏の手腕には感服したものです」と話すのは、昴 コウジ(すばる・こうじ)。"初体験"を終えた彼も、自分の居場所を探してここへ辿り着いた。そんな彼を見守るのは、彼の機晶姫、ライラプス・オライオン(らいらぷす・おらいおん)
 そして、各々が、優秀な戦士であり、仕官候補生の、
「……マーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)。憲兵科所属憲兵士官コース志望。風紀委員に属す」
ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)! 工兵科所属。早いとこ、オークどもを片付けて、温泉行こーぜ温泉」
ケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)、歩兵科所属、コースは未定だあッ。俺はとにかく敵と戦えりゃぁいいぜッ。死にたいヤツだけ、かかってきやがれェッ!!」
「フンガァァァッ!!!!」ドラゴニュートの、アンゲロ・ザルーガ(あんげろ・ざるーが)が吼えた。

 砦を出てきたロンデハイネ、
「おお。クレーメックと共にある者達か。頼もしいな」
 少し、照れくさそうにする昴。
「一色殿は、森では共に戦ったな。今日はこちらがオークを打ち払う番ぞ」
 一色は胸を張る。ちょっと心配そうなミラ。
「このたび是非、ロンデハイネ部隊長に紹介させて頂きたい人材が。彼女は情報を扱うエキスパート」
「参謀科所属、香取 翔子(かとり・しょうこ)です。どうぞよろしくお願い致します」
「知的な彼女ですが、こう見えても昔は不良仲間と暴れ回っ」
「あっ。そ、それは言わなくていいから」
「ほう。…………コワイな」
「(ぶ、部隊長もそこは反応しなくていいいですから……)」
「ともかく、彼女に、作戦案と指揮官の指令を作戦行動中の前線兵士への伝達。それから最前線からの戦況報告をまかせるつもりです」
「ふむ」ロンデハイネは少し汗った。「でも我々のところは辺境的な設備しかないから、そこんとこもじゃあ、今後、香取殿が宜しく」
「え、あ、はい……(「温泉地に携帯を」よろしく、そこからなんだ??)」

 そしてこの【ノイエ・シュテルン】にもう一人。忘れてならないのが……



1‐02 奇襲を以て

 峠の風は湿気を含み、山岳を背にした空は、厚い雲を湛えつつある。
 北岸の東では、オークが陣営を築きつつあった。
 対する南岸の砦ではやはり軍議がもたれ、レオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)前田 風次郎(まえだ・ふうじろう)らがそれに参加していた。
 レオンハルトに従うシルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)が、布陣を図示している。
 それを見つつ、レオンハルト、
「レーヂエ殿。この布陣をご覧頂ければ、聡明なるレーヂエ殿なら瞭然の通り、橋も河も、足場を崩されるだけで損害は絶大。数の利を生かしきれません」
 レーヂエは背中をまるめ黙している。
「……」
 レオンハルトはレーヂエをちらりと見るが、すぐに目線を従者のシルヴァへと移す。
「其処で我々に一計有りです」シルヴァは、図に赤のラインを書き込みながら、「……進軍の難しい第三砦攻略ルートを外し、第二砦攻略ルートから進軍。第二砦の岸から斜めに第三砦の対岸側面へボートで渡り、陸路で対岸に布陣したオークを――」
 シルヴァ、目線をレオンへと戻し、アイコンタクト。
 ドン。レオンハルトは壁を叩き、
「奇襲で以て叩く、と言う訳です」
 座の将校に、ふむ、これで決まりか、など声が上がったが、数秒の沈黙が訪れる。
 レーヂエはうつむいたまま、背中をまるめて黙している。
「……」
「……それで、我々が逆侵攻を受けぬよう、獅子小隊はそのおおよそ半分を砦の防備にあてるつもり。そこでレーヂエ隊の二割ほどを、……レーヂエ殿……?」
 レーヂエはうつむいたまま、黙している。
 レオンハルトとシルヴァは再び顔を見合わせた。(「レオン……?」「……このレーヂエはどうもおかしいぞ」)
「レーヂエ、あー、部隊長、あなたも、」そこへ、刀を差し、少し軍議の場には不釣合いかもしれない前田 風次郎。開き直って、「駄目だ、この呼び方は慣れん。俺は獅子小隊の奇襲班として対岸に乗り込む。あなた、……あんたも、前衛として出てみたくはないか? 正直なところを言えば、あんたは砦に残るよりも、奇襲に参加してもらった方がこちらとしてはありがたい。俺と一緒に来てくれ」
 軍議の場にまた、一瞬の間が訪れた。
 レーヂエはいぜんうつむき、背中をまるめ黙している。
「……」
「レーヂエ?、あー部隊長、いやあんた……えーと、」
 軍議室のはしに、ちょこんと座っていた、月島 悠(つきしま・ゆう)が口を開いた。
「レーヂエ部隊長。私は砦を防衛する。防衛ラインを築くため、わずかばかり人手を貸してほしい」
 再び、間。「お、俺が貸した!」と、一人の将校が月島にニカニカと微笑んだ。月島は無言でこくり。そして再び、間。
「……」
 レーヂエは背中をまるめ、黙したままだ。
「部隊長! どうかご決断を」
「レオン。攻撃は俺の性質に合わない」
 レーヂエはすくっと立ち上がると、
「今回は総力防衛戦でいくぞ。オークどもの疲弊を待ってのち、ゆっくり攻めるよしよう。俺は傷心なのだ。
 軍議を終了する」
「レーヂエ殿!」
「レオン……ここの指揮官はわたしだ」
 レーヂエが軍議室の扉を出ると、
「レーヂエわっしょい! レーヂエわっしょい!」
 サミュエル・ハワード(さみゅえる・はわーど)が皆を待ちかまえていた。
「うお、なんだ貴様は」
「レーヂエと一緒って楽しソーですネ! ワクワクでス!!」
「……」
 レーヂエはその横をさっと通り過ぎようとした。サミュエルは声をちょっと小さくして、
「あの……強敵と確実に相見える為にモ、今こそ数々の戦功を残したレーヂエさんの出番なんデス……力を貸してもらえると凄く嬉しいナ?」
「……」
 レーヂエは立ち止まり、わなわなとふるえている。
「……だめかナ??」
「おい貴様。それは本当か」
「そうだヨ!」
 サミュエルの表情がぱぁっと笑顔になル。
「そうカー!!アハ」
 レーヂエの表情がぱぁっと笑顔になッタ。
「よし風次郎、行くぞ。やつらの砦にいちばん乗りを競うぞ。月島ちゃん、防備にはレーヂエ隊の八割を使え。攻撃は俺と風次郎の二人で充分だ」「サミュエルもいるヨ♪」
「レオンハルト……すまなかったな。俺としたことが、ほんの少しばかり弱気になっていたようだ。ここの防衛は任せたぞ」
 そこへ、獅子小隊の皆を連れた、獅子小隊の副官イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)が駆けつけた。
「レオン!」
 真っ先にレオンハルトのもとへ駆けより、
「どんな時も一番そばにいたい……いつでもそう思ってる」
「イリーナ……」
 獅子小隊の面々も揃っていたので、レオンハルトは軽く咳払いし、
「イリーナ。軍議は成功だったぞ。(サミュエルのおかげでな。)
 俺は砦の防衛を任された」
「そうか……よかった。私は、奇襲班に加わる。……そばにいたいなんて言ってたら、隊として成り立たんからな。部隊の戦いのが重要だ」
 その様子を見てにこやかにしていたのは、今回も薔薇の学舎より獅子小隊として参戦する、クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)だ。
「な、何? クライス」
「ええ、何でも。僕も奇襲班に随行しますから。レオンさん? 心配しないで。イリーナさんは僕が必ず守りますから」
「心配などしておらん。イリーナのことだ。それに何より、クリスがいる」
 イリーナの傍らでは、クリスフォーリル・リ・ゼルベウォント(くりすふぉーりる・りぜるべるうぉんと)が、黙々と、スコープを取り付けたり、カートリッジにラインを付けたりして、出撃の準備をしていた。
「そんなあ。何よりって、僕は……」
 更に、少し距離を置いたところには、獅子小隊きっての冷徹なソルジャー、霧島 玖朔(きりしま・くざく)が、やはり戦闘準備に余念がない。彼は月島らと防備に残るが、「前線で戦えないのが残念ではあるが、……」すでに、奇襲成功時の攻撃を想定し、彼のシュミレーションは万全な状態にある。「そのときには、……俺が一番乗りだ」
「それから、今回初任務となる、一ノ瀬 月実(いちのせ・つぐみ)
「グロック撃ちたい。予定は未定。グロック撃ちたい」
「しっかり働けよ」
 軽く蹴りを入れられて、ニヤリとちょっと嬉しそうな一ノ瀬をとりあえず見ないふりして、レオンは獅子小隊に指示を開始した。



1‐03 騎狼部隊を作れ!

 一乃砦(西の砦)には、騎兵科のイレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)デゼル・レイナード(でぜる・れいなーど)のほか、彼らの戦友である歩兵科ロブ・ファインズ(ろぶ・ふぁいんず)、技術科一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)らが到着していた。更に、ヒラニプラ南西分校の呼びかけに応じて、蒼空学園から騎士の菅野 葉月(すがの・はづき)、百合女学院からは、衛生兵としてプリーストのメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が参戦している。
「騎狼ってーのは、変わった馬と思えばいいンかね?」
 と、デゼル。森や河の多い峡谷地帯では、軍用バイクでの戦闘はできない。騎兵科生としては、それに代わる乗り物での戦いをしたいものだ。

 砦の奥から、小姓型機晶姫二体を侍らせた肥えた男が現れた。
 傍らには、見覚えのある、羊のゆる族もいる。
「なんじゃなんじゃ、貴様ら傭兵か?」
 ここにいるのは、人工生命体ソルジャーのイレブン、刺々しい鎧に身を包んだデゼル、葉巻を吸いながらロブ、である。アリーセは、このなかにあっては控えめに見えるが、フン、という様子で軍服を着崩したパートナーの、久我 グスタフ(くが・ぐすたふ)が少し心配だ。更には、教導団員ではない者の姿も……、というわけなので。
「アンテロウム副隊長? どうしてここに。本陣にもいなかったか?」
「これ、無礼であろう。わたしは羚羊のアンテロウプ。ここの副官だ。ええい控えろ、下郎ども」
「メンドクセェなあ……まあ、どっちでもいいけど」壁にもたれて、デゼル。
「おほん。この砦を預かる、部隊長のパルボンである」
 貴族の衣装に身を包み、貴族風に整えられた髭をさする。優雅にわざとらしく辺りを見回し、
「さてさて。ここへ派遣された教導団の部隊とはいずこかな?」
 タイミングを計ろうとするイレブン。
 ふてくされたようなデゼル。
 ロブは葉巻を吸っている。
「あの、あの……」と、困った様子のアリーセ。メイベルと葉月は、少し決まり悪そうにその状況を見ている。
 そんななか、パルボンはふと、デゼルの後ろに控えるルケト・ツーレ(るけと・つーれ)を見とめた。
「ほっ。貴君はそんな物々しい鎧を纏っているが見ればなかなか美しき少年。どうかの、わしの小姓に……」
「て、てめえなあ、」
 しかしデゼルの怒るより先に、ルケトからプチンと可愛い音が……
「オレは……オレは女だぁぁぁぁっっ!!」
 ルケトの手がすでに剣の柄に。騎狼部隊の必要性を説かんとするイレブンは最速この状況に冷や汗しつつも、間に入って制し、ようやくパルボンの前に進み出た。
「パ、パルボン部隊長?
 騎鈴隊長の許より、参じました。ここにオークの残した騎狼があると聞き、どうか私達騎兵に、用いさせて頂けないでしょうか。
 騎鈴隊長に進言致しましたが、騎狼による側背面からの強襲を行えば、敵を混乱させ、正面からの総攻撃を支援できます。
 そして今後の森や河での戦いにおいては、この騎狼が役に立つ筈。是非、騎狼部隊の設立を」
「フン。少しは話せるやつがおったな。まあ、いい。貴殿らの働き次第だ。(ちょうどいい、あの汚い大犬ども、持て余しておったところよ。こいつらが巧く乗りこなせたならしめたもの。)
 フッフフ、貴殿らにあの獣を御することができるかな。貴公、名は?」
「騎兵科士官候補生のイレブン・オーヴィル(人工生命体)です。」
「イレブンか。ナパーム弾はもうないぞ」
「チッ」後ろで、カッティ・スタードロップ(かってぃ・すたーどろっぷ)の舌打ちが。イレブンとカッティは、南西分団における前回の戦いで、大佐を泣かせたという伝説を作っていた(「オークの森・遭遇戦」参照)。
「イレブンには、我々ヒラニプラ南西部の分団が軍備を整えられるよう、オークの首でびっしり軍資金を稼いで貰うぞ。……カッティもな」
「……」「……」