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猛女の恋

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猛女の恋

リアクション

「校長、おはようございますっ。あのォ、友人を待たせているので先に行きます。ごめんなさいっ」
 後ろからやってきた津波とナトレアが早足で静香に挨拶する。津波が皇甫とルカルカの姿を見つけて走り寄ろうと少女の傍らを通りすぎるとき、グラッと少女の体が揺れた。
「えっ?」
 足を止めた津波の目の前で崩れ落ちる少女。慌てて両手を差し出し少女の体を支える津波。
「きゃー。ねえ、あなた、どうしたの?校長・・・?この方、うちの生徒ですよね?」
 静香が歩、リセリナ、クリスティーナと一緒に駆け寄る。皇甫とルカルカも走って来る。皆が倒れた少女の、その美しいが血の気のない顔を見つめている。


 それまで平穏だった百合園は、転入生・亜津子の出現で一変する。あちこちで数人が集まってはオウムの話をしている。
 亜津子が寝ている保健室の前では、如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)加賀見 はるな(かがみ・はるな)、はるなのパートナー・アンレフィン・ムーンフィルシア(あんれふぃん・むーんふぃるしあ)が心配そうに中の様子を伺っている。
日奈々はさきほど津波から、シャンバラ教導団からカノンさんという名の女が消えたとの話を聞いていた。
「消えたカノンさんは、ここにいる亜津子さんだと思うわ」
 はるなが推察する。その意見に頷くアンレフィンは憤りを隠せない。
「やっぱりオウムの歌は本当なんだね・・・嘘を付くと罰が下るのに。相手を騙している罪を背負うことになる。そして罰が下った時に、大切なものを無くして後悔をするんだよ、そのことになぜは気が付かないのかなぁ」
 日奈々も同じようにカノンに憤っていた。
「カノンさん・・・光を、失うことが・・・どんなに、つらいこと・・・知らなかったから・・・簡単に・・・光を、捨てられたんですぅ・・・っ」
 事故で視力を失っている日奈々は、目の見えない辛さを知っている。
「でも・・・彼女・・・亜津子さんかもしれないですしぃ・・」
 亜津子がカノンだと断定する証拠はまだない。


 保健室では眠る亜津子に、マリカ・ヘーシンク(まりか・へーしんく)テレサ・カーライル(てれさ・かーらいる)が心配そうに見つめている。
 テレサはマリカに「もしこの少女がカノンだとしても、あくまで円城寺亜津子として扱いなさい。カノンとして接するのはカノンを苦しめる事になる」と忠告していた。亜津子の寝顔を見守るマリカの心中は複雑だ。マリカは柔道部員として教導団へ出稽古に行った時に稽古をつけて貰ったカノンを尊敬している。その憧れの人、カノンは自分の能力を捨てて、美しいだけの少女としてここにいるとは信じられない。カノンはもっと強い女性のはずだ。
 亜津子の看病をしているのは、津波とナトレア。
「タオルしぼってきて!」「わかった!」津波の指示にかいがいしく亜津子の世話をやくナトレア、ふと手を止めて誰とも無く話しかける。
「やっぱり、この人、森のオウムの歌の噂の人ではないのかしら・・・」
 誰も、返事ができない。

 フィルは、音楽室でピアノの前にいる。ゆったりとした美しい音楽がフィルの指先から生まれている。
「パッヘルベルのカノンという曲です。心が安らかになる響きでしょう。亜津子さんが眼を覚ましたときに、プレゼントしたいのです。保健室に届くといいのですが」
 パートナーのセラが問いかける。
「カノンが亜津子なら、湖畔のオウムが歌ったように声も視力も失っているはずだわ。なぜ魔女と契約を・・・あまりにも分の悪い賭けに全てをかけた挙句、静香さんまで巻き添えにするなんて、愚か過ぎるわ」
「彼女は愚かではあるけれど。なんとかして助けてあげたいのです」
 素朴で優しいピアノの響きがフィルの心を代弁しているようだ。

 亜津子はまだ目を覚まさない。



5・それぞれの場所で秘密は暴かれる

消えたシャンバラ教導団の女生徒、百合園女学院の転入生のうわさはオウムの歌と友に、様々な場所で囁かれる。

 例えば。
 森の中、当てもなく明智 珠輝(あけち・たまき)リア・ヴェリー(りあ・べりー)が歩いている。
「迷子になってしまったようです、ふふ」
「大丈夫だ、道はある」
 リアは全く気にしない様子で散策を楽しんで歩いている。そんな二人の頭上に、例の極彩色オウムが現れた。
「ふふ、ふふ、ふふ、ケケケェ」
 珠輝の真似をして甲高い声で騒いだあと、調子はずれの歌を叫ぶ。


 「いよいよ始まったお楽しみ。
 愛しい静香は、魔女の手に・・
 恋は盲目、恋は残酷」



 珠輝の頭上を旋回して飛びまわるオウムに、珠輝が呟く。
「切ない歌を不愉快に歌いますね、この鳥は。しかし純粋な愛情は時に人を暴走させますね…ふふ。」
「魔女と取引するほどの激しい恋、か・・・僕はまだ出会えたことはない、ね」
「僕がいますよ、ふふ」
 リアの言葉に珠輝が答えたときには、オウムの姿はどこかに消えている。