リアクション
第4章 それぞれの夜
淡い月の光と、仄かな灯火の光に包まれたその庭園は、まるで異世界のようだった。
地球とも、パラミタとも違う、夢の中のような世界。
まるで宙にでも浮いているような感覚を受けながら、高務 野々(たかつかさ・のの)は、1人その庭園の中にいた。
池の側を歩き、滝の前で立ち止まって。
軽く降りかかる水飛沫に癒される。
「綺麗……」
淡い光の中にある、花々の元に足を進める。
誰かが側にいると、つい世話をしたくなってしまう彼女は、この一時だけ、1人でいることを望んだ。
「月華(つきはな)は 雪がなくとも 綺麗です」
そう呟いた後、くすりと笑みを浮かべた。
「……ええ、川柳ですとも。俳句など私には詠めませんからね」
心に感じた感情を、上手く言葉に表すのは難しい。まして、野々は国語はあまり得意ではないから。
一角に咲き誇る白い花々が、穏やかな感情を呼び起こしてくれる。
「あ。雪なき月華 何を思うや……とか? って私が雪なんて、ガラではありませんね。こっぱずかしい」
ふとパートナー達を思い浮かべ、出てきた言葉に、野々はつい顔を赤くする。
人に聞かれてはいないかと、周りをきょろきょろ見回してみるが、この付近には誰もいない。
だけれど、庭園の入り口には、百合園の少女達の姿がちらちらと見える。
「さて、では再び影に日陰にこっそりご奉仕に戻りますか」
月を見上げて。
華に目を向けて。
淡く野々は微笑み、吐息をついた。
「日向に出たら溶けちゃいますしね、雪は。冷たいですし硬くなりますし……あ、なんか親近感沸いてきたかも」
まずは、低学年の子達の、布団敷きを手伝ってあげなければ。
自分で着替えが出来ない子も、きっと沢山いるだろう。
「頑張ろ」
小さな声で気合を入れて、白き雪は館に向かって歩き出す。
「不思議なお庭だね」
秋月 葵(あきづき・あおい)は、高原 瀬蓮(たかはら・せれん)を誘って、庭園へと下りた。
「こんばんは」
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
途中すれ違った野々と挨拶を交わした後、葵は瀬蓮に手を差し出した。
「手を繋いで一周すると絆が深まるって言い伝えあるみたいだから、手、繋ごうか?」
葵の言葉に、瀬蓮はすっごく嬉しそうな笑みを見せた。
「うん」
ぎゅっと葵の手を掴んで、一緒に淡い月明かりに包まれた庭園を歩き出す。
「パートナー達も一緒だったら、全員で手を繋いで歩いたのにね」
「うん」
互いに、パートナーのことを思い、少し切ない気分になる。
「アイリスちゃんってカッコよくて人気あるよね? 欠点とかなさそう」
「うん、瀬蓮の大事な親友なの。ちょっと男っぽいところがあるけど、欠点といえるような欠点は瀬蓮には見当たらないな。葵はパートナーのこと、どう思ってるの? 地球で出会ったんだよね?」
「ええっと……凄く大切な人だよ。パートナー契約より前に1度会ってるんだ。地球のパーティ会場で迷って泣きそうになってた彼女をあたしがなぐさめたのが出会い。もう一度会えると良いなと思い、願掛けで髪をのばし始めたの♪」
頭をふるふるっと振ると、葵の長い髪が瀬蓮の手を擽った。
瀬蓮は擽ったそうにふふふっと笑い声を上げて、一緒に明い笑みを浮かべながら静かな池の周りを歩いていくのだった。
「願いはかなったけど髪は切ってないけどね」
「それは他にも願いがあるってことかな?」
瀬蓮の問いに、葵は首を軽く傾げて考えたあと、にこっと笑った。
「かもね」
手を大きく振って、笑い合いながら2人は楽しく庭園を一周したのだった。
そして、館に戻った葵は少しだけ言いにくそうに口を開く。
「んーとね、瀬蓮ちゃん。お願いがあるんだけど……」
「なあに?」
離した手を顔の前で合わせて、葵はこう言った。
「私、一人で制服のリボンうまく結べないんだ。あと髪も。だから朝の着付け手伝って欲しいんだけど……。ダメかな?」
「ふふっ。うん、いいよっ。隣で寝よう〜っ!」
「ありがとーっ」
もう、手を繋ぐ必要はないのに、2人は自然に手を繋いで、大きく振りながら歩くのだった。
○ ○ ○ ○
庭園を歩く少女達の姿を見ながら、
七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は少し寂しい気分になる。
(パラミタの皆が一緒に泊まれないのは寂しいなぁ。一緒に月華庭園回りたかったって子たちもきっといたのに。……なんで差別ってあるんだろ?)
歩には、その理由が分からなかった。
少しだけ沈んだ後、彼女はいつもの笑顔を浮かべる。
(考え込んでても仕方ないよね! せっかくやっしーさんが誘ってくれたんだし、修学旅行楽しまなきゃ!)
浴衣の帯をギュッと締めると、歩はロビーへと急ぐのだった。
イルミンスールの
日下部 社(くさかべ・やしろ)は、旅館の前でそわそわしながら、待っていた。
「夜間に呼び出してしまってちょっと不安や。ちゃんと来てくれるかのぉ?」
この旅館に百合園女学院の地球人達が泊まっているという情報を入手した社は、友人の女の子――歩にメールを送ったのだ。
「お待たせっ!」
浴衣姿の歩が現れたて、社はほっと息をついた。
「可愛い浴衣やね……それに、セクシーや」
歩の長い髪は上の位置で1つに纏められている。
ちらりと見えるうなじがとても魅惑的だ。
「ありがとっ」
明るく言って、歩は社と一緒に歩き出す。
本当は月華庭園を一緒に歩ければよかったけれど、宿泊者ではない社は庭園に入ることは出来ず、歩を近くの公園へと誘うのだった。
その公園も、京都らしい和風の手入れされた植物が美しく並んでおり、中央には噴水とベンチが設置されている。
「カップルの人、沢山いるね」
「そうやな」
静かな公園だったけれど、2人は明るく会話をしながら植物の観賞を楽しみ、園内を回っていく。
「初々しい感じのカップルさんって、見てて応援したくなりません?」
緊張している様子の若い男女のカップルを目にして、胸を高鳴らせながら歩はそう言った。
「そうやなあ、背叩いて、応援したくなるなあ」
くすりと笑い合った途端、社は一歩後ろへと下がる。
「その笑顔! やっぱ最高やねん。あゆむん、ちょっとあの花壇の前に立ってくれへん?」
「え? うん。……綺麗なお花だね」
月明かりの下でも、美しく開いている桃色の花だった。
言われたとおり、歩が花壇の前に立つと、社は手でカメラのポーズをとる。
「この景色を前にあゆむんの笑顔が見たいな♪ はいチーズ」
「ホントに撮るわけじゃないんだ」
「携帯で写真撮るのも無粋なんで心に刻んでおくわ♪」
歩がにっこり笑顔を浮かべると、社はシャッターを押す振りをして、自分の心の中に歩の笑顔と景色を撮ったのだった。
それから、また2人で足を弾ませながら一緒に歩いて。
小さな池の中に見えた魚の影に、一緒にはしゃいで。
ゆっくり、他愛無い会話も楽しみながら、一周回ったのだった。
数十分の夜の散歩を楽しんだ後、社は歩を旅館の前まで送る。
旅館の前でも、2人は互いに楽しそうに笑い合いながら、会話を続けてしまう。
「そや、これあゆむんにプレゼント♪」
言って、社が取り出したのはゆるキャラキーホルダーだった。
「わ、可愛い鹿さん」
「お揃いや」
社も同じものを1つ、鍵につけて持ち歩いていた。
「ありがとっ。嬉しいです」
歩はもらったキーホルダーを両手で包み込んで喜んだ後、片手を社の方へ差し出した。
「ん、喜んでもらえて俺も嬉しい」
社は歩の女の子らしい細い手を、握り締める。
握手を交わして、また微笑み合って。
嬉しそうな笑みを浮かべて。
「またね」
「またな!」
手を振り合った後、歩は旅館の方へと駆けて行く。
「やっぱ、あゆむんの笑顔は最高や〜」
消える歩の背を見ながら、社は再びカメラのポーズをとるのだった。
「おやすみなさい〜!」
振り返った歩が、手を振りながら輝く笑顔を見せた……。