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【2019修学旅行】ジェイダスのお買い物

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【2019修学旅行】ジェイダスのお買い物
【2019修学旅行】ジェイダスのお買い物 【2019修学旅行】ジェイダスのお買い物

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 あんみつへの期待で上機嫌なジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)と、彼と二人きりになれることで同じく機嫌を良くしたラドゥ・イシュトヴァーン(らどぅ・いしゅとう゛ぁーん)の二人があんみつ屋さんへ消えていく姿と、それぞれに動きだした生徒達とを順にに見送り、薔薇の学舎で教師を務める高谷 智矢(こうたに・ともや)は溜息を漏らした。一日中歩き続けた脚の疲労にも増して、同じく歩き続けた生徒達と、他ならぬ大切なパートナーである白河 童子(しらかわ・どうじ)の体調が酷く気掛かりだった。どこへ向かうべきかを決めかねる彼の傍らに、不意に人影が現れる。
「困ったものだな」
 厳格に面持ちを引き締め短くそう呟いたのは、同じく薔薇の学舎で教鞭をとるマフディー・アスガル・ハサーン(まふでぃー・あすがるはさーん)だ。学舎の制服を纏った生徒達の後姿があちこちへ散って行くのを眺めながら、やれやれと肩を竦めて見せる。
「学舎の生徒達に限って、問題行動など無いとは思いたいが……吾人は生徒達を見回ろう」
「お願いします。私は生徒達の課題を手伝いましょう」
 頷いた智矢が童子を伴って歩き出し、首肯を返したマフディーもまた騒がしい声の上がる方へと足を向けた。


「誰にも縛られたくないと……夜にはまだ早いですね」
 夕陽の照らす路面へバイクを走らせ、機嫌良く歌を口ずさんでいた朱 黎明(しゅ・れいめい)は思い直したように空を見上げる。赤く染め上げられた空と同じ色の瞳を窄め、ヘルメットも被らず運転する彼の後ろに座ったネア・メヴァクト(ねあ・めう゛ぁくと)は、ぼんやりと景色を眺めていた双眸を不意に瞬かせた。
「黎明様。……あちらに、ご友人が」
 くいくいとスーツの裾を引いた彼女の言葉に釣られて視線を巡らせた黎明は、その視界に映る数少ない友人の姿にバイクを止めた。路肩へ寄せたそれに鍵を掛け、大股に歩み寄って行く。
「呼雪!」
 深刻な面持ちでパートナー達と顔を突き合わせていた早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は、聞き覚えのある声にぴくりと顔を上げた。真紅の瞳をやや驚いたように丸め、軽く片手を上げて応える。
「コユキ〜」
 そのまま黎明の元へ向かおうとした呼雪の背中を、尻尾を力無く垂れ下げたファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)が呼び止める。その隣には考え込むように眉を寄せたユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)の姿もあり、どこか不穏な彼らの様子に黎明は鋭い双眸を細める。
「何かお困りですか?」
「ああ。……今晩、校長に寝かせてもらえないかもしれない」
 深刻そうに頷いた呼雪の言葉に、黎明はぎょっと目を丸める。彼の通う学校は男子校で、校長は独自の基準で生徒を選出していると聞き及んでいる。それらを統合して導き出される結論といえば。
 何と返答すべきかわからず、戸惑いを露に片手を彷徨わせた黎明の様子を見兼ねたファルが、ふうと溜息を零す。
「コユキだけじゃなくてボクらも、だからね」
 ゆるゆると首を揺らしながら付け加えられた説明は、しかしかえって黎明の混乱を深める結果となった。
「まさか生徒全員と……!?」
 驚愕を露にする黎明の言葉に頷きながらも、どこか違和感のあるその様子にファルは首を傾げる。彼らの様子を静かに眺めていたユニコルノは、静かに訂正を口にした。
「……校長の課題を攻略できなければ、今夜は夜通し観光、だそうです」
「あ、ああ、観光ですか、観光」
 それを聞いた黎明はほっと安堵の吐息を漏らし、動揺の冷めやらぬ声で呟いた。そんな彼を不思議そうに眺めていた呼雪は、気を取り直したように経緯を語り始める。
「なるほど、ジェイダス校長に着物を……でしたら、お手伝いしますよ」
 それで呉服屋の近くにいたのかと、納得しながら黎明は助力を申し出た。それを聞いたファルの表情がぱっと輝き、嬉しそうに一歩踏み出した彼の隣を、不意に人影が駆け抜ける。
「早川から離れろ!」
 呼雪と黎明の間に割り込み、呼雪を庇うように片腕を伸ばした瀬島 壮太(せじま・そうた)が声を荒げる。警戒を剥き出しにしながら黎明を見据える壮太に、黎明はきょとんと双眸を丸めて見せる。
「……瀬島?」
 訝しげな呼雪の声に、壮太が振り返る。今助けてやるから安心しろよ、と笑みを見せた壮太の背後から、一歩遅れて彼に追い付いたエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)が、きょろきょろと呼雪と黎明を見比べた。彼らに険悪な様子はない。スーツの男に絡まれる友人の姿を遠目に見付け、駆けつけて来たはいいものの、どうやら少々事情が違ったらしい。戸惑う呼雪と黎明を暫し見比べ、エメは考え込む。短時間の思考の末に、彼は一つの結論を出した。
「……早川君の御両親ですか?」
 ぽん、と手を鳴らしながら発された、唐突なエメの発言に、今度は壮太も含めた全員が盛大に疑問符を浮かべる結果となった。


「赤くて丸いものと言ったらあれやあれ、トマト!」
 自信満々に声を張り上げ道を行くのは、ミゲル・アルバレス(みげる・あるばれす)だ。長時間の観光にも疲れた様子一つ見せずに緑の瞳を輝かせる彼へ、右側に並んだドミニク・ルゴシ(どみにく・るごし)は困ったように呼び掛けた。
「ミゲル、恐らくそれは……いや」
 途中まで言い掛けた言葉を切り、ドミニクは密かにミゲルの進路に落ちた小石を退かすよう蹴り飛ばす。楽しそうなミゲルの邪魔をすることは憚られた。
「ミゲル様、恐らくそれは……いえ」
 ドミニクと同時に口を開いたドメニコ・メルキセデス(どめにこ・めるきせです)もまた、言葉半ばで口を噤む。ミゲルの進路に落ちた小枝を素早く拾い上げ放り上げ、楽しそうに先程八百屋で見かけたトマトの魅力を語るミゲルを微笑ましげに眺めていると、ふとドミニクと視線が合った。
「道が狭いので、時期外れの蚊は一歩後ろへ下がって頂けませんかねぇ」
「喧しく吼える狗こそ、京の街の景観を壊す前に五歩ほど後ろに下がってはどうだ?」
 途端に左右で悪態を投げ合う彼らはきょとんと見比べるミゲルの視線に気付くと、何事もなかったかのように話の続きを促した。特に気にも留めず再び軽快に語り出すミゲルの笑顔に、ほっと同時に溜息を漏らす。
「師匠はどう思う?」
 ふと振り返ったミゲルの問いを受け、彼らの背後を歩いていたジョヴァンニ・デッレ・バンデネーレ(じょばんに・でっればんでねーれ)は、車道を挟んだ向かい側の歩道を歩く着物の女性へ向けていた目をぱっと戻した。聞いていなかった、とは言わず、見事な笑みを浮かべて親指を立てる。
「ああ、俺もそれで良いと思うよ!」
 そんな事など知らないミゲルは満足げに親指を立て返し、派手な外見の一行は人目を引きつつも真っ直ぐに八百屋へと道を辿っていく。そんな彼らの会話を聞いている者があった。
「へっ……赤くて丸いっつったら、さくらんぼに決まってるだろ!」
 得意げに言いながら彼らの後を追うのは、蒼空学園生のベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)だった。ミゲル達の会話でジェイダスの課題を知った彼は、パートナーのマナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)を伴い、少し距離を取って彼らの後ろに続いていた。課題に直接の関係は無いが、正答を思い付いてしまったからには試さずにはいられない。
「本当にそうかなあ……」
 やや不審そうなマナの呟きにも、ベアは怯まない。楽しげな笑みを浮かべ、ぱん、と軽くマナの肩を叩く。
「あったりまえだろ。ま、見てろって」
「いったーい」
 大袈裟に肩を押さえ笑うマナに、ベアもまた上機嫌に笑顔を返す。そうして辿り着いた八百屋では、丁度ミゲルたちがトマトを購入しているところだった。
「よっしゃ! これで課題クリアや! あ、おっちゃーんこれもう一個頂戴!」
 早速トマトを頬張りながら声を弾ませるミゲルの横から、突然黒髪の少年が顔を出す。
「ち……違うと思う、んだけど……」
 おずおずと視線を足元へ落としながら、金平糖の袋を手にした皆川 陽(みなかわ・よう)は呟く程度の声量で指摘した。確かにミゲルの手中のトマトを示して告げられた言葉に、ドミニクとドメニコの二人が一歩前へと進む。びくりと肩を跳ねさせ後ずさる陽を庇うように、そのパートナーであるテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)が躍り出る。
「京都修学旅行の課題なんだし、流石にトマトはないでしょー」
 快活な笑みを湛えたテディの言葉に、トマトへ齧り付いていたミゲルがうっと言葉に詰まる。心配そうなドミニクとドメニコの視線を受けて、ミゲルは疑問気に問い返した。
「だったら何なんや? 赤くて丸いもの、て」
「あれ!」
 びし、とテディの指先が空を指す。その場の全員が一斉に見上げた先には、赤々と空を焼く夕陽の姿があった。
「太陽が赤に見えるって変わってるなーと思うけど、あれなら赤……ぐお! 目が痛ぇ!」
 じっと夕陽を直視し続けたテディが慌てて両目を押さえ、ぶるぶると首を振る。
「でも、あんなの持っていけないよ?」
 マナが困ったように口を挟み、何か言いたげにさくらんぼを掲げたベアもまたうんうんと頷く。
「日の丸が書かれた扇子とか……?」
 テディの言葉にも、いまいち自信が篭っていなかった。考え込んでしまった一団から気付けば一歩離れた電柱に寄り掛かり寝息を立て始めていた陽の肩に、不意にぽんと大きな手が乗せられる。
「大丈夫か?」
 ぼんやりと薄く眼を開いた陽の霞む視界に、巨体の男の姿が映る。声もなく双眸を見開き小刻みに肩を震わせる陽から、ジェイコブ・ヴォルティ(じぇいこぶ・う゛ぉるてぃ)は困ったように手を離した。そのまま両手を肩の高さに上げ、眉を下げた笑みを浮かべて見せる。
「安心してくれ、危害を加える気は無い」
「そうですわ。お困りのようでしたので、お手伝いをさせて頂きたいと思いまして」
 隣に並んだリーズ・マックイーン(りーず・まっくいーん)もまた安心させるように微笑みを浮かべ、穏やかな語調で説明を添える。ぱちぱちと黒の瞳を瞬かせた陽は、慌てたように頭を下げた。
「す、すみません! 失礼しました!」
「謝る必要は無いさ。さて、済まないが課題の事は立ち聞きさせてもらった。赤くて丸いもの……だったか?」
 不審げな眼差しを向けていた一同へと向き直り、ジェイコブは問う。誰ともなく頷くのを確認すると、彼は手にしていた観光用のパンフレットをおもむろに広げ出した。
「しかし、赤くて丸いもの、という情報だけで絞りこむのは相当難しそうだな……待て、ひょっとしてこれか?」
 考え込むように唸っていたジェイコブが、唐突にパンフレットの一点を指差す。わらわらと集まる一同の視線の先に描かれていたのは、鮮やかな赤に彩られた提灯の写真だった。
「丸い……か?」
 うーんと首を傾げたベアが呟き、マナもまた眉を寄せて考え込む。その隣ではミゲルが手にしたもう一つのトマトへと齧りつき、パンフレットを覗き込んだ瞬間に頭をぶつけ合ったドミニクとドメニコが静かに火花を散らしていた。道を通り過ぎる女性を目で追っていたジョヴァンニは、その視界へ割り込むように手を振ったテディによりはっと我に返ると大袈裟に肩を竦めて見せる。
「良い……んじゃないかな、丸型のものも探せばあると思うよ」
 恐る恐るといった風に手を上げた陽の発言に、全員の視線が一斉にそちらを向く。逃げるように俯いた陽の頭を撫でるように優しい仕草でその頭をぽんと叩き、ジェイコブもまた首肯を示した。
「俺が提出するよりも、おまえ達の誰かに提出してもらった方が良いだろう。頼めるか?」
「ほな俺が持ってくわ」
 トマトの汁に汚れた手を上げ、ミゲルが宣言する。安心したように頷いたジェイコブの傍らで、パンフレットのお土産コーナーを眺めていたリーズがあっと声を上げる。
「まあ、綺麗……先程耳にした色とりどりのものというのは、きっとこれに違いありませんわ」
 彼女の指先が示す京あめの視線に、一同がおーと声を上げる。金平糖の袋を手に、所在なさげに見回す陽の背中を宥めるようにばしっと叩いたテディは、元気よく声を上げた。
「折角だし、みんなで観光しながら買いに行かない?」
 その提案に、一同は互いのパートナーと顔を見合わせた。どうにも決めかねている彼らの中から、ジョヴァンニが一歩前へ進む。
「美しいお嬢さん、俺と一緒にキモノを探して頂けませんか?」
 滑らかな動作で跪ききらきらと瞳を輝かせたジョヴァンニの誘いに、リーズは困ったように口元へ手を当てた後、にっこりと微笑んで見せた。
「ええ、ジェイコブさんと一緒にお手伝いしますわ」
「あ、師匠行くなら俺も行くで!」
 がっくりと肩を落としたジョヴァンニの様子には気付かずにミゲルが手を上げ、その左右を囲む二人も渋々といった様子で頷いた。彼らの口元にうっすらと楽しげな笑みが浮かべられているのを見付けた陽が、安心したように笑顔を覗かせる。
「私たちも。良いよね、ベア?」
「ああ、マナが行くならな!」
 マナの呼び掛けに、購入したばかりのサクランボを早速口へ放り込みながらベアが頷く。
「よし、では行こうか」
 全員の同意を満足げに眺め回したジェイコブが頷き、彼の宣言で一同は足を進め始めた。
「ミゲル様に触らないで下さい」
「えー、そう言われると触りたくなるなー」
「テディさん……」
「なんや陽くん、もっと元気よくいこうや。トマト食うか?」
「え、遠慮しておくよ」
 道々で自己紹介を済ませた彼らは、和気あいあいと会話をしながら真っ直ぐに目的地へと向かって行く。
「ああ、この金平糖というのはいいな。可愛らしい。美しいミゲルに似合いの品だ」
「い、要る?」
 眠たげに歩く陽の手中からかすめ取った金平糖の袋をしげしげと眺めるドミニクへ、陽が問い掛ける。貰おう、と大様に言ったドミニクは、先の渋々といった様子とは裏腹に楽しんで見えた。
「この生八橋というのはなかなかやりますね、ゴミ虫風情の癖にちゃんとイチゴ味にイチゴの味をさせるとは」
「だからって試食を全部食べ尽くしちゃだめ!」
 マナの注意に渋々手を離し、ドメニコは再びミゲルの横へと戻っていく。そんな様子を最後尾のジェイコブとリーズが微笑ましげに眺め、その間にも振り袖に目を付けたジョヴァンニが嬉々として声を上げる。
「キモノってあれだろ? ジェイダスにもきっと似合うね!」
「あれ女物だよ?」
「オンナモノ? 日本語ってよくわかんないけど、これで良いよ!」
 テディの指摘も気に留めず、ジョヴァンニは両手で振り袖を掲げて見せた。

「丁度俺も京漬けものを見たかったんだ、これで日本の味をパラミタに持ち帰れるな」
 彼らが通り過ぎた一軒の京漬け屋さんから、袋を提げた瑞江 響(みずえ・ひびき)が満足げな呟きと共に現れた。傍らのアイザック・スコット(あいざっく・すこっと)は彼の袋の中の梅干しの匂いに首を傾げながら、急かすように声を掛ける。
「ほら、早く着物を見に行こうぜ!」
 そわそわと落ち着かない様子の彼へ頷き、二人は呉服屋を探して歩き始めた。
「これかな?」
 そんな頃、二人の出て来た京漬け屋さんでは数名の生徒達が漬物を吟味していた。そのうちの一人であるセス・ヘルムズ(せす・へるむず)は、梅干しを前に声を弾ませる。
「ええ、それですね」
 店内を物色していたアラン・ブラック(あらん・ぶらっく)がセスの後ろから顔を出し、穏やかな笑顔で頷いた。嬉しそうに背中の翼を揺らすセスの頬を褒めるように軽く撫で、試食用と書かれた皿に盛られた梅干しの欠片の一つに楊枝の先を突き立てる。照れたように薄らと頬を上気させたセスの口元へ、アランはそれを差し出した。
「? ……!」
 促すアランの真紅の双眸と、同じく真っ赤な梅干しとを暫し躊躇うように見比べた後、意を決したようにセスはぱくりとそれを口にした。途端にぴんと翼が伸び、言葉も無く唇が歪む。
「しょ、しょっぱい……けど、美味しいね」
 しかしもぐもぐと口を動かすうちに段々と表情を和らげ、やがてセスは嬉しそうな笑顔を伴い感想を述べた。アランも満足そうに頷くと、もう一つ欠片を刺して自分自身の口へ運ぶ。
「実に日本らしい食品ですね。丁度良いですし、お土産に一つ買って行きましょう」
「うん!」
 一層表情を綻ばせたセスが同意を示し、アランは梅干しを一箱手に取る。そうして会計へ向かう彼の背を追いながら、セスはふと思い出したように声を上げた。
「あ、色とりどりで口の中に入れておくと溶けてしまうものって、もしかして……」
 考え込み始めたセスの様子をちらりと見やり、会計を済ませてようやくアランは振り返る。促すようにセスの肩に手を置き、言葉を添えた。
「では、次はそれを確かめに行きましょうか」
 お土産を一つ手に、二人は次の目的地へ向けて足を進め始めた。