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黒い悪魔をやっつけろ!

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第1章 G巨大化の秘密を探せ

「静香さま、静香さまいらっしゃいますか!? 大丈夫ですか!?」
 百合園女学院校長室のドアが激しく叩かれた。
 読んでいた本を閉じることも忘れ、何事だろうと青ざめながら校長の桜井静香(さくらい・しずか)はドアを開けた。
「ご無事でしたか……」
 ドアの外にいたのは、静香を慕っている百合園の生徒の真口 悠希(まぐち・ゆき)だった。
「う、うん。どうかしたの?」
「実は、大きなGが出たんです。これくらいの」
 悠希は両手で長さ30センチほどの楕円の空間を作る。
「な……っ。え、えええええええええーーーーーーっ!?」
 驚いて静香は校長室の中を見回し、G……ゴキブリの姿がないことを確認すると悠希を部屋に入れてドアを閉じた。
「ど、どどどどこに!? どこ? どこっ!?」
「だ、大丈夫です。ここではなくて寮ですから。でも、Gを巨大化させてしまう薬があるみたいなんです。どうやらラズィーヤさまが寮に持ち込んだ美肌になれる魔法の化粧水が原因らしくて……静香さまも貰っているのではないでしょうか」
「化粧水!? そ、それ、魔法学校の校長から学院に届いた薬かな!? ラズィーヤさんに今朝塗りたくられたよっ」
 言って、静香が指した机の上に、ボトルや小瓶にはいったピンク色の液体があった。
「多分それです」
「そんなキケンなものなら、急いで捨てないと!」
 Gもそうだが、静香は昆虫が苦手だ。巨大化は絶対に嫌だった。とにかく早く早く処分してしまいたい!
「でも、どこに捨てればいいのかな。ゴミ箱の中や外に撒いたんじゃ、虫が寄り付く可能性もあるし。焼却して、気化した薬を吸い込んで巨大化なんてこともあるかもしれないし」
 ボトルを持って、静香はうろうろと部屋の中を歩き回り始める。
「それなら、あの……ボクのお願いを1つ聞いて下さいますか?」
 悠希がそう言うと、静香は足を止めて悠希に目を向けた。
「ボクも……綺麗になりたいのです。その薬、ボクに塗って下さい」
 少し赤くなりながら、悠希は静香にお願いをする。
「う、うん。そっか、使っちゃえばいいんだね。ありがと悠希さん」
 静香はボトルの蓋を開けて、周りに気をつけながら片手の上に液体を乗せて、もう一方の手を悠希の肩に乗せた。
「顔、でいい?」
「は……はいっ」
 緊張する悠希の頬に、静香の濡れた手が触れて、そっと頬を、顎を撫でていく。
 静香の親指が唇に触れて、悠希は思わずビクリと震えてしまう。
「ごめん、痛かった?」
「そ、そっ、そんなことないです」 
「ごめんね。もっと優しくするから。……目、閉じて」
 静香の指が悠希のこめかみに伸びた。
「は、はい……っ」
 顔を真っ赤に染めながら、悠希は静香の愛撫を受け続ける――。


 自然の香りに包まれる、イルミンスール魔法学校の校長室にも訪れる者達がいた。
「失礼します。客人を連れてきました」
 魔法学校生の織機 誠(おりはた・まこと)が、百合園女学院の生徒を校長のエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)の元に導いた。
「突然すみません〜。ラズィーヤ様に下さった、魔法のお薬のことについてお聞きしたくてきましたぁ」
 ぺこりと、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が頭を下げた。
 パートナーのセシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)も同行する予定だったのだけれど、寮が心配だったため2人には百合園に残ってもらった。
「これ、お土産どす」
 橘 柚子(たちばな・ゆず)は手作りの苺大福を両手で持ち、エリザベートに差し出した。
「美味しそうですぅ〜。食べるので、飲み物入れるですぅ〜」
「はいはい、そう仰ると思って、持ってきましたよ」
 誠は茶の入ったポットとコップを取り出してお茶をいれ、椅子に腰掛けたエリザベートに出した。
「座ってもいいですぅ〜」
 エリザベートはお土産に満足をし、百合園生の2人に彼女なりの言葉で自分の向かいに腰かけるよう勧める。
「失礼いたしますぅ」
「よろしゅう頼ます」
 メイベルと柚子は、苺大福を頬張るエリザベートの向かいの木の椅子に腰掛けた。
「説明はいっていると思いますけれどぉ、肌を綺麗にするという、魔法薬についてお聞きしにきましたぁ」
「魔法薬の効果を無効化する方法、おせておくれやす」
 メイベルが微笑み、柚子は頭を下げる。
 柚子は西洋魔術の熟練者であるエリザベートに敬意を持っており、この機会に、東洋と西洋の違いはあれ親交を深めるとができればいいな、と思っていた。
「Gが大きくなるなんて、ホントですかぁ? 美肌薬の効果を無効にする方法なんて、考えてないですぅ〜」
 エリザベートは指についた粉を嘗めながら、ちょと考える。
「ん〜、ところでエリザベート校長、本当にその魔法の薬というのは、校長のものなんですか?」
 メイベルと柚子にも茶を出しながら、誠がエリザベートに尋ねる。
「僭越ながら校長、校長はまだ肌のケアなど必要のない年齢、すべすべした素晴らしい肌をお持ちですよね」
 誠が言うとおり、エリザベートはまだ7歳。お肌はすべすべでぷにぷにでつやつやだ。
 性格はともかく、可愛らしい小さな女の子であるエリザベートに、にこっと微笑みを向けながら誠は言葉を続ける。
「ならばその魔法薬の持ち主は〜、校長のご先祖、アーデルハイト様だと考える方が、自然ではありませんか?」
「大ババ様は既にお肌を気にするお年頃をとぉっくに過ぎてるですぅ〜。気にする必要はもう全くありません〜」
「うんまあ、それは確かに」
 つい納得して頷く誠。アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)がこの場にいたら、大目玉だ。
 とはいえ、魔女なアーデルハイトも外見10歳の肉体を持つ少女なわけで……。
「今のお言葉も含め、あのお方には色々秘密にしておきますから、代わりに何か現状を解決できる方法を、教えてくれませんでしょうか?」
「ん〜。クレンジングを使ってみてはどうですぅ? あとは現物を見てみないことにはぁ……」
 誠の言葉にエリザベートは小さな眉を顰めた。と、その時。
「校ーッ長ーッ!!! G巨大化薬を作ったんだとぉ!?」
 ドカッとドアを開け放ち、箱を持って凄い形相で現れたのは魔法学校生のウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)だ。
「ちょっと小耳に挟んだもんで、寄らせてもらったぜ」
 共に、葉月 ショウ(はづき・しょう)が袋を持参して現れる。
「けしからん、いくら校長でもけしからん! 出せ、今すぐ出せ、ここへ出せ!!!」
 バンバンバンとウィルネストがテーブルを叩く。
「煩いですぅ〜。煩いですぅぅ〜。薬なら、その棚の一番端にあるですぅ〜。持って出て行くですぅ〜!」
「んな、キケンなものをこんなところに!?」
 ウィルネストは棚の中から、薬瓶を持ち出す。
「Gならこのペットボトルに入れてきたぜ。試してみよう」
 ショウが袋の中からペットボトルを取り出すと、その中には、黒い塊があった。あの黒き悪魔が数匹、蠢いているではないか!
「うっ」
 その存在に気付き、瓶を渡してウィルネストが後退し、武器を構える。
「大丈夫さ。ペットボトルに入ってるからな」
 ペットボトルの蓋を開けて、ショウはピンク色の液体を注いだ。
「……何も起きないですぅ」
 メイベルが目を瞬かせる。
「なんだ、デマか」
 ショウはほっと息をついた。
「量が足りないだけかもしれない」
「ウィルー、ミーツェさん、ちゃんとこれ持ってきましたですー」
 そこにウィルネストのパートナーミーツェ・ヴァイトリング(みーつぇ・う゛ぁいとりんぐ)が笑顔で現れた。
 手に持っているのは……ゴキブリ捕獲器。
 噂を聞いたウィルネストに命じられ、自宅に設置してあった捕獲器から、生きのいいGが入った捕獲器を選んで持ってきたのだ。
「この、Gが、どうなるか……!」
 ウィルネストはショウの手から瓶を奪うと、バシャと捕獲器に浴びせた。
 はあ、はあ、と息をつくが何も起こらな――。
「あ」
 ショウが小さな声を上げた。
「お、おお!?」
 突如、ペットボトルが壊れる。
 むくむくと巨大化したG、Big・Gが、ペットボトルをぶち破り、次々と外の世界へ飛び出した!
「あ、こっちもですー」
 ミーツェが持つ、捕獲器の中のGも、Big・Gへと進化を果たす! 美しい黒光りを放ちながら、彼女の手の中から颯爽と飛び出す。
「ふ……っ、ぎゃーッ!」
 ウィルネストが火術をぶち放つ。
「ここで暴れるなですぅ〜! このGは実験に使えそうですぅ〜、捕獲するですぅ〜!!」
 エリザベートの怒声に、学生達が校長室に駆けつける。
 飛びまわり、凄まじい速さで走り回る黒い悪魔の姿に、皆が凍りつき、次の瞬間次々に叫び声があがる。
「来るなぁぁぁぁぁぁぁぁーーっ!」
 火術を放ち続けるウィルネスト。
 Gを捕縛する前に、彼を捕縛せねば……寧ろ、彼を始末せねばGの捕獲が出来ないかもしれない!
「柚子さぁん……」
 部屋の隅に避難し、メイベルはひしっと柚子にしがみつく。
「大丈夫どす。他人事ではなくなったので、すぐに駆除剤なり中和剤なり作ってくやさるはず」
 必要なら、すぐにでも加勢できるよう身構えながら、期待の眼差しで柚子は事態を見守るのだった。