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黒羊郷探訪(第1回/全3回)

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黒羊郷探訪(第1回/全3回)

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第2章 バンダロハムの傭兵

「何? 湖の向かいに教導団が来てるだと?」
「はっ。して、丘上の貴族方よりお呼びがかかっておりますぞ、ギズム・ジャト様……」
「……フン。ならば、行かぬわけにもいくまい。
 教導団、こうるさい蝿どもめ。ここまでやって来おったか。
 おい、俺の女ども。続きは後だぜ。俺が大将首獲って、すぐに追い返してやる。ハァハハ!!」


2-01 本営

 ウルレミラ。
 ウルレミラ貴族邸に仮設された、教導団本営。
 最上階には、遠征軍の総大将を務めるパルボンがいる。
 今回、騎凛不在の遠征軍総大将には、パルボンの他に、騎凛の旧友であり第四師団の軍師候補とも言われる沙 鈴(しゃ・りん)の名も挙がっていた。
 最終的には、シャンバラの幾つかの地方豪族に対し力を持つパルボンが選ばれたが……。
 沙鈴は、自分が騎凛の旧知ということから、本営で大きな顔をしていると取られるのを避け、自らは情報収集の任に着くと述べ本営を後にしている。
 部隊長ロンデハイネは後詰の役割で、まだ三日月湖地方に入っていない。ソフソ、ゾルバルゲラといった武将や、他に軍師候補とされる者は、旧オークスバレーで留守を預かっていることになる。
 現在の本営を少し心配する声も、兵の間では囁かれていたが……、
 そんな中、本営にてパルボンの傍らに侍るのは、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)である。
「アンテロウム殿とは何度か言葉を交わした程度だが……気になるところだな。
 とは言え、私はここで私の任務をこなさねば」
 クレアは、ウルレミラ貴族との間を取り持つことをしている。
 戦部は、今のところ考えを内に、じっと黙している。
「パルボン様。獅子小隊とノイエ・シュテルンより、先に現地入りした二人が来ております」
 パルボンの兵が告げる。
「ふむ。ここへ通せ」
 その場には、【騎狼部隊】のイレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)、【龍雷連隊】の松平 岩造(まつだいら・がんぞう)も居合わせた。
「【獅子小隊】が一人、レーゼマン・グリーンフィール(れーぜまん・ぐりーんふぃーる)です。
 今回は先発隊として本隊に合流しました」
「ふむ。まあ、ご苦労である」
 ノイエ・シュテルンからは、香取 翔子(かとり・しょうこ)
「シャンバラ大荒野方面の大規模作戦で【ノイエ・シュテルン】のメンバーの殆どが現地から直接此方に移動してきます。
 此方ではガソリンが調達出来ませんから軍用バイクを使用を避けると言ってましたから、明日までには参加メンバーは全員到着すると思います。
 それと私はこれからメンバーの宿の手配もありますので是にて失礼します」
 香取はそう述べると、すぐに本営を発った。
「獅子小隊の方はどうだね? レーゼ君」
「ええ。無論、一刻も早く本隊に追いつくよう、夜を徹して駆けつけるとのことです。
 ところで……」
「なにかね」
「いえ。パルボン殿は、我々獅子小隊のことを、どのように見てくださっているのかふとお聞きしてみたく……」
「ほっほほ。
 まあ、貴君らは貴君らなりに、頑張ってくれておるようで大変結構であるがねえ。
 騎凛は、第四師団の立ち上げの折に、そなた等を主力の一つとして挙げたようではあるが、おっほん、あくまで第四師団の中核であるのはこのわしパルボンの私兵団。
 そこいらの傭兵紛いの部隊とは違い、よく鍛え上げられており、よくわしの命令を聞きまた、何よりとても上品である。品が良いというのか、品質が良いというのか、……ほれ、つまりそこいらの部隊のように、下品でないということである」
「……」
 レーゼマンは、眼鏡をカッと光らせると、一礼し、退出した。
「ほっほっほほほほ」
 戦部も、何か言いたげな表情をしていたが、黙した。
 そこへ斥候が戻ってくる。
「パルボン様。バンダロハムの動向を察知してまいりました」
「ほう。言うてみい」
「丘陵の館に傭兵が続々集まっておりまして、我々教導団を迎え討たんというものかと」
「ほっほほ。
 これはまた物騒なことであるな、バンダロハムの貴族連中は。こちらが悠々ウルレミラで羽を伸ばそうとしているというに。
 捨ておくがよい」
「はあ。しかし……」
「おっほん」
「いえ、それからパルボン様。
 傭兵連中のなかには、我々教導団に味方したいと考える者もいるようで、特に雑居区以下の食い詰め浪人などは……」
 岩造の耳がぴくりと動いた。
 しかしパルボンは、
「何? 食い詰め浪人だと。いらぬ、いらぬ! まさに捨ておけい!
 そんな犬ころども、どうして我ら教導団が拾ってやらねばならぬか!!」
「わ、わかりました。
 それと、もう一つ気になる情報がありまして、三日月湖北の森に、正体不明の軍勢が迫っていると……」
「かーっ。正体不明だと? それを探ってくるのが斥候であろうが!」
「パルボン総大将。北の森へはいささか距離があります。
 我々、騎狼部隊が第四師団の先陣として到達しましょう」
 イレブンが歩み出た。
「うむ……だが騎狼部隊は第四師団の貴重な兵力。全部は動かせぬ」
 パルボンは、旧オークスバレーの解放戦以降は騎狼部隊の統轄を下りたが、なお騎狼の所有主面しているのは変わらない。無論総大将であるからには、今は騎狼部隊の指揮権もパルボンもあると言わざるをは得ないが。
「正体不明の軍勢とは決してあたらぬようにな」
「ではパルボン総大将、騎狼部隊出陣します。総大将は後方でどっしりと陣取っていてください!(ついてきたら邪魔だしな)」

 館から、イレブン、岩造が出てくる。イレブンのもとに、騎狼が引かれてきた。
 柱の影にもたれた獅子小隊のレーゼマンが、冷ややかな面持ちでつぶやく。
「……ふん、ああ言ってられるのも今のうちだ。
 いずれわからせてやるさ、獅子の牙がどれほどのものかを、な」



2-02 バンダロハムの傭兵達

 バンダロハムの丘上の貴族館には、続々と、傭兵達が集められつつあった。
 数はざっと、三十から、四十といったところか。
 最後に、巨大な斬馬刀を背にした男が入ってくる。
 ギズム・ジャトだ。
「騎士システィーナ。やつがここバンダロハムの傭兵達の首領格。覚えておくといい。
 やつの剣にかかって、生き延びた者はいない」
 まだ数日前に、雇われたばかりの新入り、女騎士システィーナ・プラスに、片耳の傭兵ツィトランゼ・フィヒトが言う。
「ギズム・ジャト、か……」
 システィーナは軽く辺りを見回した。
 他にも、目立つ者が、七、八人はいる。確実に、手練れた戦士だ。
「貴公も使い手なれば、わかるだろう。
 たとえばあの天井に背が届きそうな男、ドリヒテガ・シュアルラギス。ヒラニプラ巨熊を一人で絶滅させた狂戦士、力ならギズム・ジャトにも勝るという。
 あちらの紫の衣は、メゾカーラ・ブリヒヤ。三つの村を消し去ったという、呪われた魔導師。
 柱に隠れて見えないが、ケルメロス・コッタッティア。殺し屋だ」
 殺気や、邪気の混じった異様な空気が流れている。
 もちろん、それ以外の者も、バンダロハムの下層に屯する食い詰め浪人と違い、何れも高度な戦闘技術を身に付けた、プロの戦闘集団と見てとれた。
「騎士システィーナ。そなたも相当に腕が立つと聞いた。無論、でなければこの場にはいないわけだが。
 聞いたぞ。何でも、ここに雇われるとき館の私兵を張り倒したそうだな。
 ふっふ。いつか貴公と手合わせしてみたいところだ」
 館の奥から、痩せた目つきの悪い年寄りの貴族が出てくる。
「皆様……よくお集まり頂いた。
 さて、お聞きのことかとも思うが、湖の向こうのウルレミラに教導団が来ておる」
 場内に幾らかのどよめきが起こる。
 身じろぎしない者も多い。すでに知っているか、教導団自体には何の関心も示さない者達もいるのだろう。
「おい何だ、きょうどうだんてのは。食えるのか」
 ドリヒテガだ。
「……食ってみよ!! 教導団のやつらの肉は、美味いぞぉ……」
「ぐふへへ。楽しみだなぁ」
 不気味な笑いが其処此処でもれる。
「じゃが、奴らがこの街に侵入して来たらじゃ。いいか、奴らにこのバンダロハムの地を踏ませるな。
 街で奴ら教導団の兵を見かけたら、無言で殺してもよい。奴らはこの地を乱す。奴らはバンダロハムの敵なり」
 場内が、しんとなった。
「それから……」
 貴族は、つかつかと、傭兵達の真ん中に歩み出た。
「この中に、教導団と内通しておる奴がおる」
 貴族は、新入りの騎士システィーナの方を指した。
「お前じゃ」
「!?」
「ツィトランゼ」
「な……」
 ツィトランゼが剣の柄に手を。
 ひゅっ。ギズム・ジャトの姿が消えた。一瞬。目前に迫る斬馬刀、一撃、鮮血が飛ぶ。
 真っ二つに割れたツィトランゼの体が、システィーナの脇で倒れた。
 しんとなった場に、囁きや、笑いが薄く響く。
「片付けておけ」
 貴族の私兵が、無言で歩みくる。
「お、おい。その死体、食ってもいいか」
「……あぁ。そうじゃな。わしの部下の掃除の手間も省ける。
 ドリヒテガ。お前は、いい奴だなぁ。わぁははは」
 貴族は後ろを向く。
「なあ、こいつ、見ねえ顔だな」
 ジャトは、隣にいるシスティーナを見て言った。
「お、お姉様……」
 眼帯を付けたシスティーナの従妹カチュア
 システィーナの前に、気品のある騎士デニムが出る。
 貴族が振り向く。
「その者は、新しく我が傭兵となったシスティーナとその従妹、従弟。期待しておる」
「ハァハハ! 何だお前等、姉さん思いな奴らだな。俺が何かすると思ったか?!
 おいシスティーナ。期待しておる、だとよ。あんた綺麗な顔だな」



2-03 食い詰め浪人

 貴族に雇われた傭兵集団以外に、ここバンダロハムの中階層には、幾つかの独自のグループが存在する。
 食い詰め浪人達である。
 何れも館の傭兵達のようには統率は取れておらず、個々の能力をとっても彼らプロには劣るため、この治安の悪い町で野盗や強盗まがいの行動をしている者達だ。三日月湖近辺の危険な森や山で野伏せりのような生活をしに行く者もある。
 バンダロハムの傭兵には、貴族との確固たる結び付きがあるが、比して彼らは流動的である。
 教導団にとってはあくまでここ三日月湖地方は、遠征の通過点・滞在先に過ぎないが、彼らがこの機を逃す手はない。
 教導団来たるの噂が広まるや、各グループは、いかに雇い入れてもらおうか、教導団側に渦巻く思惑はつゆ知らず、話し、すでに動き始めているものもあった。
 その中にあって……
「おい、教導団が来ているんだ。こんなチャンスはまたとないぜ?」
「聞くところによると第四師団ってのは傭兵を募集してるっていうでねーか」
「くくく。ならば俺達だって……」
 ここは食い詰め浪人らの中でもひと際大きなグループとされる一団だが。
「いや。それはちょっと待った方がよいですな」
 口調の荒い会話の中に、彼らの末席から流麗な言葉が響く。
「お前は」「何だ。新入りじゃねえか」「口出しすんじゃねえ」
「まあまあ。言わせてみい」
 一団の中の、年寄りが若衆をなだめた。
「ええ、何と言ったか、そなたは確か……」
五月蝿 ひろし(さつきばえ・‐)と申す」
「ええ、では五月蝿い、じゃない五月蝿ひろし殿のご意見を聞こうか?」
 立ち上がって意見をとばし合っていた浪人どもが、どっかと酒場の椅子に座る。「ふん」「ご意見だとよ。ご大層なことで」「早く言え、五月蝿いひろしサンよお」