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大樹の歌姫

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大樹の歌姫
大樹の歌姫 大樹の歌姫

リアクション

【1・森と歌と剣】

 そこには、一本の樹があった。
 ツァンダ近郊にある森。その奥まったところから更に外れた一角。
 しかしそんな外れにありながら、その樹は他の木々よりも遥かに高くそこに聳え立っていた。樹齢が何百何千年とあるのを知らしめるかのように、雄大な緑の頭と荘厳なこげ茶色の胴体に数多くの枝の手を力強く伸ばして。
 そしてそんな樹の周りを、件のチラシを見て集まった生徒達が取り囲んでいた。
「これが、香歌ノ樹かぁ……おっきいわね。下からじゃてっぺんが見えないわ。太さも、一回りするのに走っても十分くらいかかりそう」
「場所のせいであまりメジャーなスポットじゃないけど、図書館で調べればちゃんと名前が出てくるくらいには歴史のある樹らしいわよ」
 その中には、高根沢理子(たかねざわ・りこ)ジークリンデ・ウェルザング(じーくりんで・うぇるざんぐ)の姿もあった。彼女らも既に到着し今は様子を伺っているようだった。
 時刻は昼を少し過ぎた頃合。人数は増えていたが、まだ誰も歌を歌ってはいなかった。
 そんな風になんとなく誰が歌い始めになるかを牽制している空気が流れる中、アルフレート・シャリオヴァルト(あるふれーと・しゃりおう゛ぁると)はパートナーのテオディス・ハルムート(ておでぃす・はるむーと)へと、はっぱをかけていた。
「テオ。私は護衛に回る……だからほら、はやく歌を歌うんだ」
 そしてそれを受けるテオはというと。
「……このチラシに書かれてるような歌『姫』なら、アルフレートが歌うべきじゃないのか……? なんで俺……」
 なんだか納得のいかない様子でチラシを眺めつつ言葉を返していた。
「大丈夫だ……音楽に関しては、私より良いんだし……しっかり歌えよ?」
 相方からの説得に、それでもまだぶつくさ言いかけるテオだったが、そこでアルフレートが人前で歌うのを嫌だと思っていることに気がついて、
「ああ、いや、わかった……仕方ない、歌えばいいんだろう。歌えば」
 しぶしぶながら、こほん、と咳払いをひとつして。そして、

ラ〜

 テノール歌手的な低音な歌声で、歌い始めた。
 理子をはじめとした生徒達は、一瞬だけざわめいたがすぐに静まって歌に耳を傾ける。

静かなる 林の中で 夢を待って〜

 アルフレートも歌を聴きながら周囲を警戒しつつ、ふと手元のチラシについて改めて考えてもいた。
(……そもそも、このチラシ、誰が配っているんだ? 黒衣の男ではないだろうし。襲ってくるモンスター達、邪魔してくる黒衣の男、他にもう一人、チラシを配った誰か……)
 樹まで行けば、チラシを配った人物に会えるかと考えていた彼だったが。それらしい人物は見当たらなかった。今年の樹の状態についてなど、聞いておく必要があると判断していたからなのだが。
(まぁ、世の中、自分の都合だけで他人を平気で傷つける連中もいるわけで……黒衣の男がその手の類だとしたら、樹に何か原因があるわけではないかもしれないが)
 そう考えつつも、栄養を与えすぎるのも良くないのではとも気にかけていた。

幾千の 木洩れ日の中で 願いをうたってください〜

 アルフレートのそうした考えをよそに。歌に反応した大樹からは、かすかに香りが漂い始めた。その香りは柑橘系のようなかぐわしいもので、生徒達の鼻孔をくすぐり気持ちを緩めていくが。
 その中でラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)は、
「さて……戦闘の準備をしねぇとな」
 と言って荷物から銃を取り出して、弾を込めていた。彼のパートナーのアイン・ディスガイス(あいん・でぃすがいす)も同様に、
「ああ、確かに準備を怠るのはよくない」
 と、念入りに体をほぐし武器のチェックを始めていた。
 そんな様子に自身も感化されたジークリンデは理子に声をかける。
「さ、理子。私たちも気をひきしめないと」
「あ、うん。わかってるって。それにしてもいい香り……」
 その言葉を右から左に聞きながら、理子はすっかり嗅覚に意識を奪われてしまっていた。
「「グルルルル……」」
 だがそこへ、聴覚のほうを刺激する物騒なうなり声が届いてきた。一同が緊張し視線を向けると、森のあちこちから狼にも似たモンスターが次々と姿を現し始めていた。
「さっそくモンスターのお出ましみたいだ」
 まずアルフレートが連中の剣呑な気配を感じ取り、ドラゴンアーツによって砕いた岩を放り投げ、間合いを詰められる前に先手を撃った。
 モンスターはそのつぶてを喰らい、灰色の毛を血の赤で汚しながらも、それでも構わずに飛び掛ってきた。そんな狂気の牙をすんでのところで剣で受け止めるアルフレート。
「っ。危ない危ない……久しぶりに一人で戦う……どうにも、片側が空いてしかたないな」
 微苦笑混じりにそう呟きながら、横薙ぎに剣を払い体勢を立て直す。
 テオディスの方はそれを視線の端に見、サポートに回れないことに歯噛みしていた。
(……すまない……少しの間、耐えてくれ)
 そんな思いを胸に抱きながら、それでも歌を止めることはしなかった。
 理子もようやく意識を覚醒させて魔剣を構え、モンスターと対峙する。そしてラルクも、
「うっし! そんじゃあ、気合いいれてやっかな! とりあえず鉛弾でもくらっとけ!」
 構えた銃を放ち、間合いを計りながら灰色狼に次々と傷を負わせていく。その遠距離攻撃に対して相手はひるむが、その中の二匹が突然体毛を逆立たせたかと思うと、そのまま毛を針のような硬さへと変質させ、歌い手のテオディスを狙い疾走していく。
「なにっ……!? ちっ……サンダーバレット!」
 銃の弾が弾かれる予想外のことに驚きながらも、轟雷閃による攻撃で一匹をしとめる。そしてアインも、エンシャントワンドを構え、
「さて……使える魔法は限られるか……」
 ラルクの轟雷閃は上手く敵に当たったが、下手に火や雷の類を使っては、森を火の海にしかねないと判断し氷術を発動させる。そして次の瞬間には、もう一匹の身体を氷結させ動きを停止させていた。
「ほらほら、こっちだよ!」
 大樹の周りが混戦し始めたところへ、ニコ・オールドワンド(にこ・おーるどわんど)の叫びが響いた。彼はその挑発で、数匹の狼達を離れたところに引きつけていく。
「ガァゥッ!」
 叫び声と共に襲い掛かってくる狼だったが、その牙は盾に阻まれる。
 それはニコのパートナー、ユーノ・アルクィン(ゆーの・あるくぃん)の盾であった。数を生かして多角的に攻めてくるその狼達を、必死に剣と盾でいなしていくユーノ。
「いまだっ!」
 その間に詠唱を終えたニコは、狙いを定め火力重視の火術攻撃で狼の内の一匹を倒した。しかし、そんなニコの各個撃破狙いを本能的に察した狼達は、すぐさま飛びのいて距離をとり、様子を伺う態勢に入った。
「なかなかに知能の高いモンスターのようですね」と、ユーノ。
「そうみたいだね、先は長そうだし気をつけていこう」と、ニコ。

さあ その絆を 手にしてゆこう

 そんなふたりの耳に、先程とは別の人物の歌が響いてきた。
「良い歌ですね。こんな時でなければゆっくり歌を楽しめたのですが。とはいえ残念ながら私はあまり歌いませんが……ニコさんは歌うのが好きでしたよね?」
「え。ああ、僕もまぁ歌は好きだけど……あ、いや、べつに歌いたかったなんてことはないけど」
「いえ、貴方の歌声が素敵なのも知ってますから。一人っきりで歌っていらした地球の歌を、今度は私にも教え……」
「っ! そ、そんなこと今はいいんだよっ!」
「……あれ、照れてます? ふふ、すみません。歌ならまた今度つきあってあげますから」
「まったく……じゃあ、今度はこっちから行くよ」
「はい。さぁ、今日もまた人助けと行きましょう。これも世界を守る大魔術師となるための修行の一環ですよ」
 そうして再び狼達と交戦を再開させるふたり。互いに何だかんだ言いながらも、守りのユーノ、攻めのニコで息ぴったりの連携をみせているのだった。

どこまでも きっと 夢を追えるから

 歌に反応した樹が、次はヒマワリにも似たあたたかな香りを放ち始める一方。
 その歌を歌うアリア・エイル(ありあ・えいる)は、歌いながら舞を舞っていた。
 紡がれるのは、穏やかで優しい、暖かいものであると、聞くものに思わせる歌。やや拙さがありながら、それでも懸命に、樹のことを思いながら声を震わせ、更に腕を、足を、身体を動かしながら歌っていた。
 アリアは、襲ってくる敵の姿も確認していた。だがそれでも彼女は迷うこともなく歌に、舞に、集中し続けていた。そうできるのは、守ってくれると信じているから。自身のパートナー、ソウガ・エイル(そうが・えいる)が。
 ソウガはアリアを背に、剣を手に、奮闘していた。香歌ノ樹に暖かい想いを届けたいというアリアの願いを叶えるため、邪魔する無粋な敵を見据え、
「覚悟はいいか?」
 ぽつりとそう告げるや、襲ってくる灰色狼を片っ端から切り付け、倒していく。更に襲い来る敵の多さを判断し、チェインスマイトを使って背後に迫っていた二匹を同時に切り伏せる。
 しかし、執念の残る一匹の爪が意識を途切れさせる寸前にソウガの腕を軽く引き裂いた。
「……っ!」
 痛みを感じながら、しかし表情に出すことはしなかった。更にまだ現れる増援の狼を見ながらも、ソウガはやはり無表情を保ち剣を構えなおした。
「歌が終わったら回復を頼むな? アリア……」
 小さく漏らしたソウガのその言葉は、アリアに届くほどの声量ではなかったが。アリアはそれに応えるように頷いていた。
 そうして徐々に生徒達も苦戦を強いられていく中、クルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)は歌を歌う人達の前に陣取り、居合いの構えのまま静止していた。
「……さて、魔物は……早速来たか……ここから先には進ません……徐かなる事林の如く……」
「来ましたね……クルードさん、援護は任せてください! 横から抜けそうな魔物は、私が撃ち落します!」
 そしてその後ろで意気込むユニ・ウェスペルタティア(ゆに・うぇすぺるたてぃあ)
 そんなふたりに、狼のうちの二匹が容赦なく飛び掛っていくが、
「……動かざる事山の如し……」
 そのうちの一匹がクルードの間合いに飛び込んだ瞬間、抜刀し、一息に斬り捨てられた。それを見て怯むもう一匹には、
「ふぅ……力を貸してね。レミィ」
 ユニが肩に乗った蒼いネコの使い魔の頭を撫でながら、
「行きます……我が身に宿りし蒼天の力よ……その輝きを示せ!」
 ユニの力で蒼い輝きを放つその雷術は、狙い確かに硬直していた残りの敵へと命中し、一瞬で地面へと倒れ伏させていた。
 だがその勝利の余韻に浸る間もなく別の木の上から別の狼が二匹飛び掛っていく。
「……諦める様子はないか……いいだろう、狂気の灰狼ども……【閃光の銀狼】の爪牙……見せてやろう……その身に刻め!」
 その叫びと共に、再び抜き放たれた刀が狼を両断――する直前、なんと一匹の狼がもう一匹を踏み台にして歌い手であるアリアへと向かって跳躍した。
「しまっ……くっ、そうは……させん! 疾き事風の如く!」
 クルードは囮の狼を切り伏せるや、全速力で本命の狼を追い抜いた。それはまさに高速移動と呼べるような凄まじい動きだった。だが、それでも牙に対処するまでにはいかず、
 ザグッ、という嫌な音がした。歌い手の盾となりもろに体で牙を受けたのは明白だった。
 アリアが歌を途切れさせそうになり、同様に間に入ろうとしたソウガも息を呑んだ。
「くっ……! こ……いつ……! ……はっ!」
 それでもなおクルードは抜刀術で反撃し、対象を斬り捨てた。が、同時に膝をつく。
「っ! クルードさん! 待っていて下さい。すぐに治しますから……」
 急いで駆け寄ったユニは噛まれて赤く染まるた肩の傷に息を呑んだ。
「無茶をしすぎですよ……心配させないで下さい……」
 すぐにヒールでその傷を癒すユニは、心配のあまり涙を流しながら治療を続け、そんなパートナーにクルードはぽんぽんと頭を撫で、そしてまた腰の刀を構えるのだった。
 負傷していく生徒達を横目で見ながら、理子は渋面になりつつ額の汗をぬぐいとった。
「後から後から、キリがないな。もぉ……」
「ええ。一匹一匹はたいしたことないけど、こうも数が多いとね……。それに、間合いをとったり、体毛を硬くしたり、地形を利用したりして多彩に攻めても来る。これは、地味に厄介な相手……ねっ!」
 ジークリンデも手のフェザースピアをすこし強く握り締め直しつつ、すぐさままた別の敵へと向かっていった。
「ま、それでもやっぱりあたしは負けないけど……てやっ!」
 理子も剣を振るい、飛び掛る灰狼を地に伏させた。
「それでこそ、リコよね!」
 そこへ声をかけてきたのは小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)
「美羽!」
「なんだか苦戦してるみたいねっ、手を貸してあげるわ!」
 そう言って背中合わせになるような形で、理子の隣に並び立つ美羽。
「む。べつにあたしはまだ全然ヨユーなんだけど」
 それに対し、理子は反論を返しながらも。表情の中の険しさは薄れていっていた。
「遠慮しなくてもいいのに。敵は私が全部倒しちゃうんだから」
 傍らで様子を見ていた美羽のパートナーであるベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は、
(やれやれ……美羽さんたら、とことん張り合うつもりなんですから)
 と思いながら美羽と理子にパワーブレスを使用し、2人の戦闘力を強化させる。
「何言ってるのよ。魔剣の主のあたしは誰にも負けないんだから。もちろん美羽にもね!」
 理子のその宣言に対し、
「私だって。リコには負けないからね!」
 美羽も、笑顔で宣言して、互いに敵へと向き直った。
 そんなふたりへと襲い掛かる灰狼達。しかし、そんな連中の頭上から投網が落ちてきた。実はその仕掛けはトラッパーを使い、美羽が事前に設置しておいたものだった。
 絡まってもがく狼達の隙をつき、美羽は光条兵器である刃渡り2メートルの大剣を振るい、更にチェインスマイトを併用した連続攻撃で一気に三匹の狼をやっつけてしまった。
 そのままチェインスマイトを連発し、群がる狼を倒していく美羽。理子もまけじと応戦し、幾分かの時間が過ぎる頃には、辺りの狼はあらかた掃討されていた。
「ふぅ。一段落ってところね、理子? そっちは大丈――」
 戻ってきたジークリンデは、私のほうが多く敵を倒したと言う美羽と、あたしのほうが大きい敵を倒したと言い合っているパートナーの姿に溜め息をつきたくなった。
 そしてジークリンデが声をかけようとして口を開かせた時、
「皆さん、あぶないっ!」
 ベアトリーチェの声が先に響いた。
 その声で全員が気づいた。こちらに向かって舞い散る無数の葉っぱに。
 そう、ただの葉っぱだと誰もが思った。だがそれは満身創痍の状態ゆえの油断だった。その葉に、何か液体がかけられた直後――葉は硬くなり鋭利な刃物と化して襲い掛かった。
「轟雷閃!」
 それが理子達に届く直前、放たれたその攻撃により幾多の葉は全て燃え散った。
「ふぅ、危機一髪でしたね」
 姿を見せたのは橘 恭司(たちばな・きょうじ)。彼は戦いに夢中になりすぎないよう、大樹からつかず離れずの位置で戦っていたゆえ、上手く間に入ることができたのだった。
「助かったわ、ありがとね」
「それにしても。これは……」
 そして理子達は、葉の放たれた方向を見やる。
 大樹から伸びる一本の太い枝の上、そこには黒衣を纏ったひとりの男が立っていた。
「あれが、例の奴ね」
 呟くジークリンデに、男は抑揚のない平坦な声で返してきた。
「警告する。今すぐこの森から去れ。でなければ、命を落とすことにもなり得るぞ」
「なに言ってんのよ! そんな脅しに乗るあたしじゃないわよ!」
「そうですよ、というか言いたいことがあるなら降りてきて話したらどうですか?」
 理子と恭司の言葉には返さずそのまま身を翻し、森の奥へと姿を消した。