リアクション
「お誘いありがとう、みんなそれぞれ面白いことをやっていたみたいね」
猫に導かれて、環菜が館へと顔を出すと、カンナ様!という誰かの呼びかけに注目が集まる。
参加者達の間をぬって歩き出す彼女の背中へ、凶司が柱の影から呪詛を送っている。
ヒパティアの館は、今ひどくにぎやかになっていた。
最後のお茶会として全員が館に集まったものの、何故か皆それぞれこんなことをしていたのだ、という主張大会の空気になっていたのだ。
一角では、いつの間にか人が集まって、ロボットアニメ上映会が開催されていた。
熱血で全てをねじ伏せる展開やどういうわけか涙を流すロボットなどに、突っ込みや笑い、奇妙な感情移入までが起きていて、異様な空間と化していた。
「ぎゃっははは! これメカっすかアニマルっすかどっちっすか!?」
ピンクのカバが爆笑しながら突っ込むのに、エヴァルトはいっそシリアスな気迫をもって答えた。
「メカだけど! 生命体だっ!!」
別の一角では、ヒーロー二人の変身合戦が行われているし、その隣で宇宙海賊の格好のまま闊歩する美女はまるで悪の幹部そのものである。
立ち直ったエルとクロセルも、そこに混じってぴかぴかバサバサ登場シーンの模索をはじめ、混沌は収まるところを知らない。
着せ替え大会もまた衰えを知らず、ついには世界の民族衣装がずらりと並び始めていた。
「ふふふ、一度人間の洋服を着てみたかったのだよ…!」
ジゼルは野望をはたし、しかし飽き足らず片っ端から可愛い子を捕まえては可愛い服を着せ、悦に入るのである。
「これ、ボクの国の民族衣装なんです」
「ほう、それでは私はお祖母様の着物でいこう」
「私はいつもメイド服なので、ちょっと執事服にしてみました」
ヴァーナー、エレン、野々が、それぞれのコンセプトでコスプレに参加している。
「ええと、私はなんでここに座らされているんでしょうか…!?」
翡翠は何故かわからず唸っているが、見れば分かる、ネコミミのままだからである。
もうすぐ着せ替えの魔手は、彼に届くことだろう。
「リアさんあの…私達はまだお預けですか?」
ぎろりと相方たちを睨みつけ、リアはひとりでクッキーをかじる。
ああっ、放置プレイですねぇっ! と心で喜ぶが、それを言うと今度こそ命の危険を感じそうな珠輝である。
向かいのテーブルでは我ら関せず、とばかりに未沙と翔子が妹談義に花を咲かせ、どちらがより妹達を愛しているかという不毛な勝負にもつれ込もうとしていた。
「ほーんと、地球は青かったよ」
亮一は宇宙が忘れられず、無重力地帯を作り出してもらい、そこに再び浸っていた。
珍しいもの好きな涼もそこに参加して、珍しい話にうなずいている。
そこにアリアが通りかかった。
「あら無重力なの? ちょっとお邪魔します」
「あ、スカート気をつけて」
「キャアアッ!」
「我ら【スカイヴァンガード】は、ちょっと遊び足りないかもですねー」
「マヨは十分でしょうけどね…」
「あれ?翡翠はどこいった?」
「あっちでコスプレに巻き込まれてます」
「ちょっと、のぞきにいってくるか…」
勝負を一回で終わらせる気のなかった紅麗たちは、今度はラジコンカーサイズで勝負をつけようとしていた。
しかし誤算だったのは蒼が彼らを目撃してしまったことである。
追い回されて勝負は棚上げになり、せっかくの車体は不本意なクラッシュでぼろぼろになった。
「バフバフ2号、あっちにいきたいの」
「はいはい、バフバフ」
「キミ、いいお兄ちゃんですねえ」
クレシダの命令に辛抱強く付き合っている陽太に、シロは心から感心していた。
世界中を飛空挺で飛んだ経験を興奮しながら語る翔子の元にも幾人かギャラリーがいた。
特にシルフィーは身を乗り出して聞き入っている。世界は恐ろしい場所ばかりではないのだ。
その隣でクレアは、次は私が桜並木の話をしてあげるのだと、密かにタイミングをうかがっている。
黎は卓上に活けた一輪のバラを愛で、一人紅茶を傾けていた。
現実に持っては帰れないから、記憶にとどめようというのだ。
「あら、素敵なバラねえ、何ていう名前かしら」
「名前はあるのかもしれないが、我は知らんのでな」
今まで見たどの宝石より素敵だわ、とヴェルチェは呟いた。
「確かに、この紅茶だけでも価値はあるな。電脳という特殊な状況下でこの味はまさに奇跡と言えるね」
「だろう、もっと早く来ればよかったのに」
遅れてやってきた天音とブルーズも、それなりに楽しめているようだ。
いろいろと面白いことをやっている人たちがいるので、頭を突っ込んでみたいとブルーズは考えている。
「ヒパティアさん、今日はありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ思い出をありがとうございます」
秘密の花嫁を俯かせてはならじ、とフューラーはヒパティアを抱き上げて歌菜と目線を合わせている。
「本当に宜しかったのですか?お友達の方もここにいらしているのに、祝福していただかなくても」
「ええ、かまいません、俺達はいつかこの思い出を本物にしますから」
この指輪も、ログアウトすれば消えてしまう。いつか本物を用意するのだと大和はさらに決意を固めるのだ。
そこに刀真が大和に気付き、話しかけてきた。
「君も来ていたんですね、何をしていたんです?」
「秘密です、君は何を?」
「お…俺も秘密だ!…でも、君のほうはものすごくいいことがあったみたいですね」
環菜とフューラーは、ホールを見回して腹の探りあいめいた会話を繰り広げていた。
「ほんと楽しそうだわね。これを常設イベントか何かにする気はない? 儲けさせてあげるわよ」
「ええ、喜んでいただけて私どもも誇らしく思います。でもそれはできかねますね。新鮮味も機密性も失われます。この後しばらくは身を潜めますよ」
「あなた達がいつか目的を果たす日を、一日でも早く待ってるわ。そのときは私に真っ先に報告をお願いするわね」
「かしこまりました、その時はきっと連絡させていただきましょう」
「一つ聞きたいんだけど、なぜ私のところへ来たの?」
「…あなたの所なら、もっとも我々を理解して出来うる限りの安全を確保してくれそうだと思ったからですよ。未来の計算をするのは彼女ですが、人間の計算をするのは僕の役目です」
お茶会も終わりを迎え、全員が名残惜しく帰り支度をはじめた。それから皆は順番にヒパティアとフューラーの元へ挨拶をしようとやってくる。
「楽しかった! 長年の夢がかなったよ」
「興味深い体験ができた、感謝する」
「ありがとうございます」
「喜んでいただけて、幸いです」
順番に挨拶を終えていく中、ヴァーナーがこしょこしょとヒパティアに何事か耳打ちをしていった。
「わかりました、やってみます」と彼女はうなずいた。
何度か勇気を再計算したのち、とうとうヒパティアはフューラーの手を引くことに成功した。
「どうしましたか?」
無防備に屈んだ執事に爪先立ちして、ヒパティアはその頬にキスを贈る。
執事の反応は劇的だった。彼はがっちりと硬直し、声を裏返らせた。
「てぃ…ティアあああぁぁぁ!? 今のっ!?」
その瞬間を目撃したものはみな唖然とした。
あのうさんくさい執事がまさに崩壊したからだ。
真っ赤になって、これ以上ないくらいの驚愕の表情で、なさけない姿を晒しまくっているからだ。
ルースと誠治が傍でにやにやして、彼をどつき倒している。
ブルーズが「おぬしは修行が足りんぞ」とささやき、天音はもう、全てを理解した顔だ。
ヒパティアはヴァーナーたちのところに飛び込んで隠れてしまい、やったね! と女の子達による激励のハグを受けていた。
ヴァーナーが彼女に何を言ったのか。
『ちゅーしてあげれば、フューラーさんは元気になると思います、だいじな人や好きな人にもすることですから』
そんな風に教えたのである。
フューラーは確かに、ヒパティアにとってなくてはならない人である。
そしてヒパティアも、フューラーにとってかけがえのない存在なのだ。
◇ ◇ ◇
数日後、蒼空学園のゲートから、大きなトランクを下げた青年が立ち去った。
ジープの助手席に組み付けたホルダーにそっとトランクを固定し、携帯電話で話をしている。ぼさぼさと伸びすぎて目に入りそうな髪を払いながら、長身を窮屈そうに運転席に納める。
電話の相手は、実は人間ではない、実は傍らのトランクと携帯を通じて会話しているのだ。
「機材はみんなバラして、別々に送る手続きをとったよ、会長がそこの手は打ってくれる」
「次はどういうふうにしようかなあ、いやあ僕のことなんて気にしなくていいんだよ、ティア」
彼は傍らのトランクを『ティア』と呼んだ。
先日皆を驚愕させた人工知能『ヒパティア』の、これが驚くべき本体である。
『兄さま、とても忙しそうだったもの。今回のフィードバックを使ってエキスパートシステムを作成しましょう』
「ありがとうティア、キミは本当に素敵なレディになれるよ」
不意に突風が飛び込んで、彼の髪を後ろに吹き流す。額をあらわにすると意外に鋭い目元が強調され、そこにはフューラーと呼ばれていた男の片鱗があった。
『私、今回のゲームで、どれぐらい重くなったかしら』
「ええ、まさかあ。キミの質量は付属物を除けば変化するはずないんだけど」
『いいえ、きっと重くなったわ』
経験という失うことの無い重みを得、非可逆の更新を喜んでいる。
「…そうだね、それに僕ら、もう二人っきりじゃないんだよ」
友達という、得がたいリンクを喜んでいる。
「そろそろ行こうか、ちゃんと冷却システムは接続してるかい?」
『兄さまこそ、私の外部メモリを忘れてはいない?』
「あれ、なんか妙に口が回るようになってない?」
ヒパティアは今や、この世のすべてに『未来』を見ていた。
そこに兄がいて、友達がいるのなら、それは間違いなく自分が欲した『楽園』なのだから。
皆様はじめまして、比良沙衛と申します。
皆様のお力をいただきまして、初のマスタリングとなりました。
私のできる限りの力を入れて執筆させていただきました。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
遅刻をしてしまいまして申し訳ありません。
自分が電脳世界に入るとしたら、やっぱりメー●ェに乗るか○ン●ムに乗るか宇宙船に乗るかしていると思います。
何人かの方には称号を贈らせていただいております。
それでは、またお会いできる時を心待ちにしております。