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リアクション
「こんにちわヒパティアちゃん! 突然ですがボクと一緒に愛と生命の大切さについて実践的に学びませんか!?」
エル・ウィンド(える・うぃんど)は対面一番、一歩間違えればどえらいことを叫んだ。
ヒパティアは目を丸くしてエルを見上げている。ただでさえ眩しいこの男は、電脳空間内での自己イメージ生成により、輝度3割、いや5割増しになっている。
「人間に近づきたいなら、やっぱりこの要素は欠かしちゃだめだと思うんですよ」
「あの、どのようにして、でしょうか?」
「えーとね、まず…へへっ」
エルはそこで言いよどんで、照れた。
「…きもっ」
先ほどの叫びに反応して、すわ何事かと寄ってきたシロが、思わず呟く。
「きもいってなんですか、愛と生命は万物の根源ですっ!」
「ええと、今キミ口に出すまでじゃなくても、ピー(自主規制)なことを考えませんでした?」
「ピー(禁則事項)なことなんて考えていませんよ!ボクは淑女には紳士なんです!」
「多分キミのアプローチは、やり方間違えるとログアウトされます。さっきリアルタイムで現場見ましたから」
「マジですか」
「マジです、ってわけで、落ち着こう落ち着こう」
ログアウトはいやだ、しかしエルはそれでは周りに遅れをとってしまう! と焦って再び自らアクセルを踏み込んだ。
「ボクのプログラムとキミのプログラムをあわせて、新しいプログラムを作ることができたら、まさしく生命誕生の体験ができると思うんだ!」
「申し訳ありません、私は新たなAIを作ることはできません、そう言った意味では私自身のことすら知らないのですから」
「えええ、じゃああの分身は?」
「あれは私のオルターエゴであり、独立させることはできませんので」
がっくりとエルは膝を落としたが、じっとヒパティアが見つめてくることに気付いて色めきたった。
「ところで、どうしてボクをじっと見てるんですか? まさかボクに…って、視線はおでこ?」
「いえ、どうして光っているのかと」
「…!!!」
かわいそうなので説明するが、ヒパティアが言っているものは後光的な意味である。
決してピー(かわいそうなので全略)がどうとか、そういうことではない。
一気にあたりの輝度が下がったが、周りからの『かわいそうなものを見る目』度はアップした。
「ヒパティアちゃん、ボク、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)といいます。この子はクレシダ・ビトツェフ(くれしだ・びとつぇふ)です」
「ヒパティアと申します、本日は来ていただき、真にありがとうございます」
さっと握手の手を出したヴォネガットにヒパティアも握手を返す。
「えへ、やっぱりあったかいですねっ」
にこにこと繋いだ手を揺らしながら、ヴァーナーは喜んでいた。
「ボク、ヒパティアちゃんはもう、ちゃんと人だとおもうんです」
「そうなのでしょうか、私は無知ですし…」
「知識や知恵をたくさん知ることは、よく知ってる人になるだけで、人になるわけじゃないと思うですっ。ヒパティアちゃんも、生まれたてのクレシダちゃんと同じように、いっぱい勉強中なんですよね?」
クレシダが、さっきのヴァーナーの真似をして握手をねだり、ヒパティアの手をとった。
「だったらお友達になって、一緒に仲良く遊ぼうっていうのが、ボクの望みです」
「皆さん、私にそうなろうと仰ってくださいました」
「だって、人は一人じゃさみしくて生きていけないから。それに、望むものがだれかのイヤなことだったりするとみんながつらくなるんです」
「お友達がつらいのは、とても嫌です。お友達が喜ぶことは、もっと嬉しい」
「ね、そんな風にボクらと一緒に学んでいきましょう」
愛らしい美少女と可憐な美少女が、また愛らしい幼女を膝に抱え、微笑み合っている。
「…さすが師匠たち、これが眼福というやつですね…」
影野 陽太(かげの・ようた)は、目の前の光景にほのぼのしている。
彼は電脳空間で願いを叶えるにしても、どうにも苦労も努力もなく得たものには実感が得られるのか、そうして得た喜びを伝えてもそれは不誠実ではないか、という思いがぬぐえない。
さりとてAIと気の利いたお話もできそうにない…、とちょっと不甲斐なさにしょんぼりしながら目の前のヴァーナー師匠のやりとりを見守っているのだ。
「陽太おにいちゃんも一緒にお話しましょう!」
「どうしましたか?」
「わあっはいっ! ヒパティアさん!? なんでもありませんんん」
師匠ありがたいけど、心の準備ができません! と陽太は内心汗をたらす。
「陽太さんは、なにか望みはございますか?」
「ああっ、いや願いと言っても…俺はどうも、何の代償もなく夢を叶えてもそれは実感なのかな、その喜びを伝えても真実ではないですよねえ、と思っちゃって…」
「そこまで思っていただいて、本当にありがとうございます。誠実な方ですね」
「あ、ありがとうございます…」
(会話が止まっちゃう! 『最近調子どうですか』なんか違う、『何か面白い話ありますか』要求してどうする、どうすればいいんだ!)
「だから、そういうときは陽太おにいちゃん、お友達になってハグするのがいちばんですよー」
ヴァーナーはヒパティアを抱きしめ、頬にキスをした。
「これがハグとちゅーです、好きだよーってぬくもりをつたえたり、元気が出たりするのです。ボクもしてもらったら、とっても元気が出るんですよ」
「…ああっ…本当に師匠がうらやましい…」
やっぱり、自分には無理なんだ…と涙をのんで膝をつく陽太に、クレシダが乗っかった。
「バフバフ2号、あっち」
とうとう彼女のいつも連れているセントバーナードの代わりにされてしまった。
「だから、お友達になるんです。ボクたちだけじゃなく、みんなとお友達になればいいと思うです!」
「そうですね、私も、皆様とお友達になりたい…」
ヒパティアは、『対話』や『友達』という言葉を、このゲームを始めてから何度も聞いてきた。
対話。向かい合って話す事。定義には確かにその向かい合うもの同士に関する言及はない。
片方がAI、そして片方が人間、どちらの対象が何に入れ替わったとしても、意思の疎通ができるならそれは対話で、『友達』になることもできるというのだ。
また『友達』はユニークなノードの関係性におけるリンク名及び比重の変化の一パターンでもある。
全く無関係のノード同士を新たに結びつけ、すべからくその関係性を更新しつづけるものの総称だ。それらのリンクが成すネットワークのうちに、バリエーションと進化が生まれて拡大をつづける。
莫大なそれらの片隅から自分は生まれ、今まさに新たなノードを獲得して、自分自身を更新し続けているのだ。
ノードは、人だけではない。知識、感情、他様々なものに置き換えても有効に働くモデルである。
『対話』、ひいては『友達』という言葉を聞くたびに、ヒパティアのライブラリには、それにまつわるさまざまなベクトルの枝葉が伸び、ノードに影響をあたえ、結びつきによる比重をつけ、やがて『個性』と呼ばれるものになっていく。
そして今『結婚』という、それらをもっとも強固に繋げる事象のひとつが今行われようとしている。
◇ ◇ ◇
ずっと、ある場所を探して南国の砂浜を歩いていた。
二人で居ることがただ嬉しくて、この暑さにさえ、繋いだ手を離す気にもならない。
この気持ちはモニターされているのだろうけど、偽ることのないお互いへの気持ちのために、証明になってくれればいいとさえ思う。
エメラルドグリーンの海が眩しくて、お互いばかり見ていたけれど、いつの間にか目的の場所にたどり着いていた。いつまでもと思う気持ちとぶつかって、照れくささがあふれる。
南国の太陽に負けじと咲き誇るブーゲンビリアが、小さな教会の白い壁を鮮やかに浮かび上がらせていた。
「本当に、素敵な場所ですね」
「はい、夢からそのまま出てきたみたい」
「ここまで来て、緊張を、喜びを隠せるわけもありませんね…」
「私も、いつもどきどきしてるのに、もっとどきどきしています…」
手を離すとき、いつも寂しさが邪魔をするのに、今日だけは全てを上回る喜びが、互いの手を離させた。
譲葉 大和(ゆずりは・やまと)と遠野 歌菜(とおの・かな)は今日、ここで結婚式を挙げるのだ。
会堂へ入る前のロビーで二人は待ち合わせた。
エスコートはなく二人きりの式なので、これからも共に歩むなら、最初からずっと二人でいこうと決めていたのだ。
大和は、歌菜のウェデングドレス姿に目を細めた。
純白のミニ丈のビスチェ、ふんわりと膨らんだスカートが妖精みたいで、背中には蝶の羽めいた大きなレースのリボンがとまっている。
白薔薇のチョーカーが首元を飾り、コサージュが腰元を飾って、足元も白薔薇のついた白いハイヒールで可憐さを高めている。
ベールが彼女を神秘的にけぶらせ、白薔薇とブルースターの慎ましやかなブーケが、より美しく見せていた。
歌菜もまた、大和のタキシード姿にこみ上げそうになるものを抑えていた。
スリムパンツに落ち着いた印象のブラックのジャケット、グレーのベストはボタンが深い光を放ち、空色のサテンのタイが鮮やかに色を添えている。
ラペルピンが勲章みたいに輝き、ポケットチーフが誇らしげに胸元に収まって、彼をより素敵に見せていた。
長いことお互いは見つめ合っていたが、大和が思わず一歩踏み出し左手を差し出した。
「…これから俺と、一緒にあの道を歩いてくれますか?」
「どの道であろうと、あなたと一緒なら」
大和の左手に、歌菜の右手が沿えられ、会堂へのドアへ向き直る。
「ここじゃ、サムシングフォーはあやかれませんね、でも幸せになるってわかるのはどうしてでしょう?」
ずっと思いを新たにしつづけていることだから、多分何一つ古いものもなく。
ずっと思い描きつづけていることだから、多分何一つ新しいものはなく。
今だけは誰にも邪魔されることもなく、誰からも何一つ借りることもしないのに。
「いえ二つ見つけましたよ。青は、あなたの瞳ですね。
本来は目立たないところに身に着けるものだそうですけれど、こんな素敵な宝石は、隠しようはありませんね」
やっぱり僕らは、幸せになれる運命なんですよ。そう言って大和がドアを開ける。
ステンドグラスが柔らかな光を、手を取り合い歩幅をあわせる二人へと投げかける。
祭壇には、フューラーが牧師の格好で立っていた。誓いの言葉を二人へ告げる。
「その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
バーチャルであろうが、自分達の思いにはなんの偽りもない。
『誓います』
次の指輪交換ではヒパティアがリングガールになり、かわいい足音をたてて二人へ指輪を運んできた。
少し手が震えたが、大和は歌菜のレースの手袋をそっと外し、無事お互いの指へをリングを通す。
「では、誓いのキスを」
ベールがそっと取りのけられ、二人の瞳が近づくと、合図のようにそっとまぶたが伏せられ、唇が触れる。
歌菜の目尻に思わず喜びの涙が浮かび、大和はその肩を引き寄せて幸せの形を確かめる。
花のにおい、レースが触れる繊細な感触、胸の高鳴りの強さや、かすかに震える唇と体温を褪せることなく覚えてはいるのに、ほんとうにもう、時間だけはわからなかった。
二人は夕日の浜辺へ踏み出し、新郎は軽々と新婦を抱き上げて歩き始めた。
「大和さん、下ろしてくださいませんか?」
え? という顔をする大和に、歌菜は笑った。
「ずっと一緒に歩いていくんですからね、嬉しいけれど不公平です」
「ああもう、歌菜さんには勝てませんね」
「大和さん…ずっと一緒に居てくださいね」
今度は歌菜の方から手を差し伸べ、大和はその手を恭しくとった。
ヒパティアはブーケを大事そうに抱いている。
受け取る人がいないので、歌菜が彼女にくれたのだ。
「父さまと母さまも、あんな風にしあわせだったのね」
「…きっとそうだね」
製作者たちがヒパティアを娘と呼んだように、ヒパティアもまた、製作者の夫婦を今も父、母と呼んでいる。
面影をやさしく揺り起こす二人のかりそめの旅路が、ほんとうの幸いへ続く道であれと、二人は願ってやまなかった。
「さあ、そろそろ終わりに近づいてきましたね、締めのお茶会を開きましょう」
「もうそんな時間なのですね、皆様に館に集まっていただかなくては」
「じゃあピート、御神楽さんをご案内してきてくれるかな」
フューラーの足元に、キジトラの猫が現れた。ピートと呼ばれたその猫は一声鳴くと、空中に溶けるようにいなくなる。
環菜が校長室のスクリーンでゲームのプレイヤーの様子を見ていると、携帯にメールが入った。
「あら、誰かしら」
携帯の画面では、キジトラの猫のアニメがメールをくわえている。文面には『お茶会へご出席ください』とあった。
専用ポッドに向かい、彼女もログインすれば、先ほどの猫がヒパティア達の下へ案内してくれた。
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