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恋の糸を紡ごう

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恋の糸を紡ごう

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第3章 綺麗な糸を紡ごう

 お昼過ぎ、ツァンダ市内の『クロシェ』に刈り取られた毛が届いた。
 ここでは毛を洗う作業と、手回しの大型毛すき機で毛をすく作業、そして足踏み式の糸車で糸を紡ぐ作業が行われる。
「ものすごい量ですね。ボロボロですねえ、大丈夫ですか?」
 毛を持ってきた生徒達を見やり、心配する神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)
 何をすればそんなに……と言いたくなるほどの疲れ加減は、山羊を追い回す作業の大変さを物語っている。
 洗浄作業の合間に毛を運んでいる翡翠が、パートナーの脇を通ったときだ。
「う〜ん、なんかさ〜毛を糸にしているのは、昔話に出てこなかったか?」
 糸紡ぎの練習をしている、レイス・アデレイド(れいす・あでれいど)が何やら考え込んでいる。
「それは『眠り姫』ですよ、レイス。文句ばっかり言わず、頑張ってくださいね」
 さらっとレイスの疑問に答え、去っていく翡翠。
 そればかりか、終わりの見えそうにない作業に早くもぶつぶつと文句を言っていたことも指摘されてしまった。
 何やら悔しいような、嬉しいような、複雑な気持ちのレイスであった。

「……大地さん、僕達も山羊の毛を糸にする作業をお手伝いしませんか?」
(クリスマスのお返しをするためにも、頑張らなきゃ!)
「そうですね、ティエルさん。洗い方はある程度予習してきました。まず、異物や汚れのひどい部分を取り除きます。次に山羊毛用洗剤を溶かした大量の湯に毛を入れて温度が下がるまで待って、軽く脱水。2、3回同じことを繰り返して、完了なのだそうですよ」
 ティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)に誘われて、店での手伝いをしようと決めた志位 大地(しい・だいち)
 あらかじめ調べておいた毛の洗い方について、ティエリーティアと確認する。
「……」
 早速、作業を始めた大地とティエリーティア。
 だったのだが、脱水に失敗してまさかのあわもこ……ティエリーティアが涙眼で大地に訴えている。
「あはは、ティエルさん。頬にも髪にも毛が散ってますよ」
 笑いながら手を伸ばす大地は、ティエリーティアの頬に触れた感触でほうけてしまったり。
 以前ティエリーティアを女性だと勘違いしてから、未だに男性だということを知らない大地。
 現在片思い中なのだが、天然なティエリーティアは大地の想いに気付いていないよう。

「きっと好きな人にっていう人もいるでしょうから……思いが伝わればいいし、そのお手伝いができるというのなら嬉しいです」
「刈り取り途中に悪戯して遊ぶ! って言いたいところだけど。そうだな、山羊の毛を洗おうかな」
 なんて考えてこの仕事を選んだ五月葉 終夏(さつきば・おりが)の前には、すでに温水を張った大きなたらいが。
「山羊さんと触れ合うのも楽しそうですけど……直接毛糸に触れて、その取り扱いについていろいろと知る、良い機会にもなりそうですぅ。山羊の毛を糸にする作業を手伝うことにしますぅ」
 終夏と同じようなことを考えていたのは、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)だ。
 しかし毛を糸にする作業は市内の店で行うため、終夏とメイベルの願いは次の機会に持ち越しだろう。
「寒い季節ですから、毛糸の帽子を3人でそれぞれ編んで交換しようということを企画したのですが、肝心の毛糸が入手できないのでは困りますぅ。少しでもお手伝いをできればと思いやってきましたぁ」
 力強く宣言するメイベルは、首を傾けてにっこりと笑ってみせる。
「山羊の毛の洗い方って羊の毛と同じように、でいいのかな」
 店へ来る前に、図書館にて予習をしていた終夏。
 だが見付けられたのは羊の毛の洗い方の本で、山羊の毛の洗い方をきちんと調べることはできていなかったのだ。
「♪〜きっと〜大丈夫〜ですぅ〜♪」
 終夏の心配に、根拠は無くとも歌で返答するメイベル。
 何だか勇気付けられた終夏は、笑顔で礼を告げた。
「いや〜極楽極楽〜手だけ温泉につかってるみたいでいいわ、これ」
 洗剤を入れると早速、山羊の毛をお湯に浸け始める終夏。
 ほどよく暖かい部屋のなかで温水に手を浸していると、何だか全身がぽかぽかしてくる。
「眼を閉じたら本当に温泉にいるみたいだな。やーついでに眠くなってき……」
「♪〜寝ちゃ〜駄目ですぅ〜♪」
「や、冗談だよ、冗談。あっはっは」
 その温かさに、気を抜くと眠りへと誘われそうになり。
 メイベルの美しい歌声につっこまれて、苦笑する終夏なのであった。

(何をやっているんでしょうね、俺は? まあ、やるからには真面目にやりますけどね)
 小分けにした毛を湯に浸しながら、樹月 刀真(きづき・とうま)は心中で不満をこぼす。
 実際に『ミスド』で、依頼の一部始終を聞いていた刀真。
 自分には無関係だと思っていたのだが、パートナーがやる気満々で。
「ファーナとルツキン、何か可愛らしい2人ですね。手伝ってくれる人も出てくるでしょう……月夜手伝うの?」
 と訊ねた際に、強く頷き返されたことを想い出していた。
「……数が多すぎます」
「刀真、毛が足りない」
 思わず告げる刀真に、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)のまさかの一言。
 もともと、毛を洗う作業の方が、毛をすく作業よりも時間がかかる。
 月夜は毛をすく作業をしているのだが、集中して黙々と機械を回していたら、早々に終わってしまったのだ。
「追加をお持ちしました、どうぞ〜ですわ」
 籠に入った大量の毛を、月夜の前へと置くフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)
 少しでも効率を上げるために、作業場全体を見回して、常に自分のすべきことを考えている。
「ありがとう……面白い」
 再開する作業に満足する月夜の笑顔は、参加して良かったと刀真に思わせるものであった。
(地味な作業だが、格闘家に重要な集中力を養う修業になりそうだな。毛が傷んでしまわないように常に観察しながら、丁寧に手回ししていこう)
「あの、疲れたら仰ってくださいね」
「……あぁ、ありがとう」
 フィリッパが次に声をかけたのは、月夜の隣の機械を使って毛糸をすいている弐識 太郎(にしき・たろう)だ。
 作業も修業の一環と考えているために黙っている太郎だが、根は優しく、義理人情にも厚い。
 心配してもらっていることに気付いて、心からありがたく思った。
(あながち、無駄足でもなかったな)
 ファーナとルツキンが『ミスド』ツァンダ店を訪れたとき、偶然にもその店内にいた太郎。
 パートナーからドーナツを買ってくるようせがまれたために、キマクからツァンダまで出向いていたのだ。
 どうせならば自分にも何か得になることをしたいと考えていた矢先の依頼は、まさに『渡りに舟』な話で。
 無表情のなかに仄かな笑顔を浮かべ、太郎は作業を続けていった。

 毛糸をすすぎながら、東雲 いちる(しののめ・いちる)は心に思い悩んでいた。
「私もギルさんのためにプレゼントしたいのですが……なんだか最近、ギルさんがあんまり目を合わせてくれないんですよね……」
 表情はくもり、眉をひそめるいちる。
 作業を止めるほどではないのだが、思うように進まない。
「最近ギルベルトがよそよそしいことを気にしてらっしゃいますが、ワタシ的にはちょうどいい距離かと。ギルベルトがいつも近すぎたのです。マスターのこといつもいぢめたりして。今頃反省でもしてるんじゃないでしょうか」
 パートナーであるソプラノ・レコーダー(そぷらの・れこーだー)が、いちるを励まそうとつぶやく。
 想い人のこれまでの言動を思い返しつつ、気にするほどのことではないのだと。
「ありがとう、ソプラノちゃん。付き合わせてごめんなさいね」
「……マスターは本気で心配してるんですよね。大丈夫ですよマスター。ワタシがマスターの事を好きなように。悔しいけれどギルベルトもマスターの事を思っているのですから」
 心を晴れさせることはできずとも、いつもの元気ないちるに戻って欲しいから。
 痛いほど伝わるいちるの想いに、ソプラノは眠そうな表情のままで笑ってみせた。