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リアクション
第4章 白銀に立つ
「!?……これは……何ともみごとじゃのぅ」
ヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)は立ちつくしたクレオパトラ・フィロパトル(くれおぱとら・ふぃろぱとる)を嬉しそうに見つめた。
一面に真っ白な雪に覆われた校庭を見て絶句したクレオパトラ、そこに確かに浮かぶのは歓喜だ。
暫くそうさせてから、レクチャーに入る。
「いい?、よく見てて。雪玉はこうやって転がすと大きくなっていくの」
膝が埋まるほどの雪を見るのは初めて、というクレオパトラに雪玉の転がし方から教える。
「はぁ……すごいですわ」
もう一人のパートナーであるクリスティ・エンマリッジ(くりすてぃ・えんまりっじ)も、しきりと感心している。
ここまでなら雪だるまと一緒であるが、ヴェルチェ達が目指すのは雪像である。
「って言っても、雪像作りなんてした事ないのよねぇ……まっ、多分こんな感じで♪」
用意したのはヴェルチェ自身より大きな雪玉が二つと、大小さまざまな雪玉だ。
それを合体させて作られる、大まかな土台。
「首に鉄パイプを刺し、頭が落ちないよう芯にして……っと」
お次は定規をヘラ代わりに使い、細かい凸凹を構成する。
言うのは容易いが成すのは難い。
「良ければ手伝いますよ」
クレオパトラ達が慣れていないのを見てとった恭司は、ごく自然に手を貸していた。
「折角ですし、蒼空学園の雪の思い出を楽しいものにして欲しいですから」
「む、すまぬな」
「ありがと。それとクレオ、ここよろしくね」
「了解したのじゃ」
ヴェルチェの求めに応じ、氷術をかけるクレオパトラ。
慣れてなくても少しずつでも。
それでも皆で協力していけばいつしか、形は成っていく。
「ただ……」
像の完成図を察した恭司の笑みは僅かに苦笑の色を帯びる。
「これはこれで楽しそうですが……」
「?」
恭司の言葉の真意をクレオが悟るのは、出来あがってからの事になる。
「なんか去年は雪でゆっくり遊んだりってできなかったし、楽しませてもらうぜ」
「こういうの初めてだからわくわくするな。皆でいいもの作ろうね」
椎堂 紗月(しどう・さつき)はパートナーの有栖川 凪沙(ありすがわ・なぎさ)と椎堂 アヤメ(しどう・あやめ)に頷いてから、鬼崎 朔(きざき・さく)にニッコリと笑んだ。
「っていっても正直、俺ってばこういうの得意じゃないんだよな。だからさ、鬼崎さんの手伝いさせて貰えたら嬉しいなって思うんだ」
「……」
その屈託ない笑みに、朔は見惚れてしまう。
「朔ッチ、口閉じた方がいいよ」
「何か答えた方が良いであります」
「んっふっふ、ウブな感じもそそりますな」
そんな朔をブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)とスカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)と尼崎 里也(あまがさき・りや)、パートナー達はそれぞれ優しく見守っていたりして。
「……ふふふ、いっぱいかわいい子の像を作りますぞ! なぜ、雪像を作るか? そこに可愛い者がいるからさ!」
写真もいいが、こういう風に立体的に形に残すのもいい……悦に入りながら、里也。
新雪の感触は冷たくも滑らかで、何ともさわり心地が良い。
それはまるで乙女の柔肌にも似て。
とはいえ、飽きるのも早かった。
だって想像の中のかわいこちゃんほど上手に作れないんだもん……まぁ当たり前だが。
「……写真でも撮るか」
飽きた里也は自前のカメラでもって、周囲の可愛い子達を激写し始めた。
「おっあのスカサハといるちっさいこ、かっわいいねぇ〜」
「わあ、雪だるまさんがいっぱいなのであります! 皆皆可愛いであります!」
「みんなで頑張って作ったの」
周囲の雪だるまや雪ウサギに気付き、声を上げるスカサハに、夜魅が嬉しそうに言い。
笑みを返そうとしたスカサハは気付いた。
「精霊さん、そこにいるでありますね」
「お姉ちゃん、見えるの?」
「気配だけでありますが……せっかくなので、名前を付けて挙げましょう!……うん、貴方様の名前はスカディなのであります!」
と、ここで小さな声がした。
『……りっか』
小さく小さく、躊躇うように。女の子の声は虚空からそう、告げた。
「わっ、せーれーさんしゃべった……りっかちゃん?」
「成る程、りっかでありますか、良いお名前であります」
頭上からの、照れたような困ったような気配。
「新しいお友達も出来たことですし、スカサハ頑張っていくでありますよ!」
精霊と夜魅に向け、スカサハは改めてやる気を出すのであった。
「……紗月との共同作業……ふふ、ふふふふふふ」
チラリと隣を見れば、懸命に雪を整える紗月の姿。
朔は思わず口元をにやけさせてから、ハッと気付いて頭を振った。
「……はっ、いけない。邪念を入れるところでした」
そう。今はただ、この雪像を完成させることのみに力を入れるのだ!
「……皆にも喜んでほしいから」
それでも、紗月と一緒に一つのモノを作るのは、思っていた以上に心躍るもので。
「ダメダメ、無心無心無心」
と、朔の一人百面相をどう捉えたのか、紗月がその顔を覗き込む。
「芸術家ってわけでもないんだし、すごいの作ってやろう!って気張らなくてもいいさ。大事なのは作品にこめた想い。だろ」
吐息がかかるほど近く……澄んだ青い瞳に映る自分。
「あ……あぅ」
真っ赤になる朔を、カリンは少々複雑な気持ちで眺めていた。
邪魔しない程度に観察していたわけだが。
「普段あんだけ、無表情な朔ッチをあれだけ表情豊かにさせているんだもん」
それが嫉妬だと、気付かないほど子供ではなかった。
「……ボクの存在って、朔ッチにはどうなんだろうね」
そのハートの中身は外見よりもずっと乙女であった。
それでも、そんな事を口にして朔を困らせるのも、皆の雰囲気を悪くしてしまうのも、嫌だったから。
「……はあ、やめやめ。こんな気持ちじゃ、せっかくの雪像に邪念が入っちゃうよ」
振り払うように一つ首を振ってから、「うん!」と気合を入れた。
「……やっぱり、お祭りだもん!楽しまなくちゃ!!!」
「雪像作りか……。紗月も細かいのはあまり得意じゃないし、俺が少しはやる気出すか」
そんな仲間達の中、アヤメは黙々と作業していた。
頼りにならない、というよりそこは適材適所というヤツだろう。
それに何より、紗月達が楽しそうだし。
「誰かの為に、か。そういうのも悪くはないな。夜魅が喜ぶような作品を作るよう努力するさ」
「うん。夜魅ちゃんの雪像、喜んでもらえるように頑張って作ろうね!」
頼りにしてるよ。
いつの間に側に来て手伝っていた凪沙に、アヤメは頷いた。
小さく、口元をほころばせて。
「……またつまらない物を斬る事になるか……」
物憂げに呟くと、クルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)は手にした獲物……月閃華を振るった。
一見した所、無造作としか思えない所作。
だが、それが卓越した技だと、切り取られた雪が示している。
スパッスパッスパッ。
月閃華の閃きと共に、ただの雪の塊から何かが浮かび上がってくる。
それは、狼だ。
最初からそうであったかのように、クルードの剣はただの雪から狼を作り出す。
バーストダッシュと軽身功を使用、どうせやるならと高速で移動しながら、クルードは的確に周囲を削っていった。
「おっ上手いものだな」
掛けられた声は樹のもの。
「……初めてでは……ないからな……」
そうでなければ流石にもう少しは苦心しただろう。
思いつつ、愛剣に視線を落とす。
その刃の表面にうっすらとついた曇り。
「……月閃華はまた後で手入れをしなければならないな……錆付いたら洒落にならない……」
妹の形見の一品。
それをこんな事に使っていると知ったら、妹は怒るだろうか?
「……いや……多分……」
ふと、微笑に似たものがその頬を掠め、淡雪のように溶けた。
「で、その腕を見込んで頼みがある。コタローに雪だるまを見せてやって欲しいんだ」
「えっとね、えっとね、こたね、ねーたんとこたの、うきだうまつくっれ」
興奮した口調で懸命に言い募るコタロー。
「こた、このぽーずの。でゅらんだるっでゅらんだるっ!」
ハエ叩きを振り回すコタローをじっと注視していたクルードは「……分かった」と首肯した。
「雪を……集めてもらったから……な」
「じゃあ、頼んだ」
「たおしみにしてるれす」
「デュランダルデュランダル……か」
クルードは苦笑まじりにもらし、自分のパートナー達を振り返り……気付いた。
「……おい、リョフ……フェルと遊んでばかりいないで、少しは手伝え……?、どこに行ったんだ……?」
パートナーのリョフ・アシャンティ(りょふ・あしゃんてぃ)とフェル・ファローズ(ふぇる・ふぁろーず)とが、いつの間にかいなくなってしまっている事に。
「あ、あの……私はあんまり、人が沢山居る所には行きたくは無いんですが」
元々、フェルはそう尻込みしていた。
獣人……正確には人と獣人の混血であり、その生い立ち故に辛い日々を送ってきた事は察していた。
だから大勢の人や人の目を恐れる事も。
「でも、クルードさんの考えは素敵ですし、リョフちゃんとも遊んであげたいし……」
それでもフェルはそう言い、付いて来たのだ。
「そうだ! それなら、どちらも叶えればいいんです。リョフちゃんが邪魔をしないように、遊んであげればいいじゃないですか」
自らの意思で、役目を定めて。
なので先ほどまで確かに、その辺にいたのだが。
「……まったく……世話の焼ける……」
クルードはチラと雪像群を見やり、軽く溜め息をついた。
「フェルの背中ってすっごく暖かくてふわふわで、しかも速い!」
その頃、フェルは背中にリョフを乗せ、外を駆けていた。
ただ駆け回るだけじゃなく、飛び跳ねたりもしてくれるので、リョフとしてもかなり楽しい様子。
「でも、ちょっと皆から離れるのがつまんない。もっと皆で遊んだ方が楽しいと思うんだけどなぁ……」
それでも、ふと寂しさがもれるのは仕方ない。
獣の耳の良さで拾ってしまったフェルは、駆けていた足を止めた。
自分の怪力さは少なからずクルードの邪魔になる……それをリョフが分かっている事に、軽い驚きを感じて。
「……クルードさんの所に、戻りましょうか」
フェルの口調にも滲む寂しさを感じ取り、リョフは僅かな迷いの後で、コクリと頷いた。
「……遅い……サボっていた分……雪を固めるくらいはしてくれ……」
2人を迎えたクルードは相変わらず淡々としていた。
ただその傍ら、狼の横に。
「うわっ、キレ〜……ねねっ、これってやっぱフェル?」
無邪気に問うリョフに無言で頷くクルード。
それを確認したフェルはぎこちなく首を動かし、もう一度『それ』を見た。
雪原に立つ、真っ白な狐。
優美で凛とした、その姿。
「わっ……私……こんなカッコ良くない……です……」
声が湿った。
ぽたぽたと目から何かが零れ落ちた。
辛かった時でさえ、堪えたもの。
「……そうか」
クルードはただそれだけを口にし、代わりに下を向いたフェルの髪をそった撫でた。
何度も何度も。
「……うん、うん! あたしも手伝うね、クルード! 大地を砕くあたしの力、見せちゃうね♪」
「砕いてどうする……固めるんだ……」
突っ込まれたリョフは嬉しそうに笑い、つられたフェルも頬を濡らしつつ笑みを浮かべ。
クルードは小さく目を細めた。
そうして暫くの後、そこには狼と白狐の他、龍、四聖獣四体、聖獣麒麟に虎、そしてカエルの雪像が豪華絢爛に勢ぞろいしていたのだった。
得意げな、リョフとフェルの笑顔と共に、キラキラと。
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