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鏡開き狂想曲

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鏡開き狂想曲

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プロローグ


「どうしよう……」
 社の外で、布紅は途方にくれていた。中に戻ることももうままならなくなっている。
 布紅でなくても、大抵の人間、いや大抵の神様だって、途方にくれるに違いない。
 お正月にお供えされた三段重ねの鏡餅。
 布紅は、幸せな今年の正月を思い出していた。
 貧乏神になりかけていた布紅。
 その自分のために、たくさんの人達が力を尽くしてくれた。
 布紅はそれがとても嬉しかった。誇らしかった。
 ……ところが。
 1月の半ば、空京神社では鏡開きが行われた。作法通り木槌で砕かれた餅は、雑煮にしたてて参拝客にふるまわれた。
 摂末社のうちでも大きく参拝客の多い神社は、そのとき一緒に鏡開きが行われたらしい。それより小さい神社は、その後順番に鏡餅が下げられたと聞く。
 ところが、福神社には誰もやってこなかった。宮司も、禰宜も、権禰宜も。
 長い間忘れ去られていただけに、どうやら空京神社の鏡開きリストに載せてもらっていなかったようだ。だから福神社にだけ、鏡餅が置き去りにされていた。
 とはいえ、ほったらかされたからといって鏡餅が動き出すなんてことはない。普通は、ない
「どうしてこんなことになってしまったの……」
 社を駆け出して、手水場の中を覗き込む。水に映った布紅の髪に、社と同じ色の赤。
 これではまた貧乏神に戻ってしまうかもしれない。布紅はそれがつらかった。
 せっかく福の神としての自信を取り戻したというのに。それとも突然福の神に戻ったのがいけなかったのか。
 本人は気づいていなかったが、福の神に戻った布紅、やはり少し張り切りすぎていた。 久しぶりにたくさんの人がお参りに来てくれた。おみくじを引いて喜んでくれる人や、絵馬を買って行ってくれる人も。だから訪ねて来てくれた人みんなに、幸せになってもらいたかった。
 だから、ちょっと、がんばりすぎた。
 結果、人間で言えば知恵熱みたいな状態に陥ってしまい、……その熱が、一番近くにあった鏡餅に移ったのだった。
 社に向かって振り返る。
 ぴょんぴょん飛び跳ねている無数の小さい鏡餅。ニーニー鳴いては群れてたわむれている。
 鏡餅って鳴くんだ。ではなく。
「え?!」
 きらり。小鏡餅の1つと目が合う布紅。遊んでくれると思ったのか、それとも布紅を敵とみなしたのか。
「ニー!!」
 鏡餅、走る! 布紅をめがけて!
「きゃあ!」
 逃げる布紅。福神社の敷地内をぐるぐると走り逃げ回る。
 その後ろをぞろぞろとついてくる餅・餅・餅!
「誰か、誰か助けて!!」
 悲痛な叫びが福神社に響き渡った。