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鏡開き狂想曲

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鏡開き狂想曲

リアクション

「なんで、こんな事になっているんですかねえ」
 ふらりと空京神社へやってきた、神野 永太(じんの・えいた)
 福神社の惨状は知らず、末社の方がなにやら騒がしいからと不思議に思って向かってみれば。
「餅、に見えるけど……」
 餅が小さな神様を追いかけている。助けて、という声がするから、あの餅は悪い餅に違いないがしかし。
 ちらりと隣に立つ者を見る。
 燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)。永太のパートナーであり、……どうしても心を動かされる相手。
「わたくしに、何か?」
 まっすぐ見返すザイエンデの視線。金のその瞳に、自分の顔が映る。
 一瞬言葉に詰まりながら、永太は布紅を指さした。
「いや、……あの可哀想な神様を、助けてあげようかと思ってるんだけど」
「可哀想という感情はよく分かりませんが、そうするというなら従います」
 色々考えすぎるからいけないに違いない。
 神様を助けるという名目もあるのだ。思いっきり戦っているその間は、何も考えずに済む。
 永太は火術を繰り出した。小さい餅を片っ端から焼いていく。カビが燃え尽きこんがり焼けた餅は動かなくなるが、布紅が逃げ出したからだろう、半開きになった社殿の扉から次々と小餅がわいて出る。
「きりがないな、ザイン」
「そうですね」
 ごつん。飛びかかってきた餅を、ザイエンデが拳で吹き飛ばす。石畳に当たって砕けた餅からふわふわと漂うカビの胞子。
 吸い込んではかなわないと、とっさに永太はザイエンデの手を引いて飛び退る。
「コホ、コホコホッ」
 運の悪い者もあったものだ。
 飛んだ胞子の風下に立つ羽目になってしまった神楽坂 翡翠。
 福神社で騒ぎが起こっていると聞いてやってきたはいいものの、風は見事に翡翠に向かって吹いた。
 案の定、飛んできたカビを吸い込んでしまう。
 特殊部隊にいた翡翠だから、運動神経もサバイバル能力も群を抜いているはずだ。
 ただそれ以上に、昼間は不幸を呼びやすい体質(?)。
 パートナーのレイス・アデレイドも呆れを通り越して感嘆するしかなかった。
「夜だったらよかったのにな。そしたら強運だったろ」
「コホッ」
「ほら、マスク。大丈夫か?」
 レイスに渡されたマスクをつける。用意してきて良かった。
「それにしても、マスク似合わないな」
「似合う似合わないがあるんですか、マスクに」
 金髪緑眼の美形のマスク姿。なかなか見られるものじゃない。
 その手で、レイスから背中をさすってもらう。
 注意しながら、背中をさするレイス。そのレイスの手のぬくもりが嬉しい。
 やがて、段々と楽になり咳が収まってきた。
 マスクの効果もあって、これ以上カビを吸い込むこともない。
「ありがとうございます、レイス」
「無理するなよ? お前、ただでさえ、巻き込まれやすいんだからさ」
 レイスのキュアポイゾンで体内のカビを一掃してもらってから、翡翠は神社を見渡した。
「つくも神みたいなもんか?これ……」
「さあ……。餅であるのは間違いないですから、とんかちで、割れるんでしょうか」
「とんかちで叩けばカビが落ちるのか?」
「カビは燃やしたほうがいいと思いますが……」
 餅を倒す前に、やることがある。
 小鏡餅に追い回されている布紅に駆け寄ると、翡翠は布紅を抱き上げた。
 そのまま狛犬へと走り寄り、その犬の背にちょこんと布紅を座らせる。
「罰は当たりませんよね、非常事態ですから。そこにいてください」
「ありがとうございます……っ」
 礼を言う布紅を残し、翡翠は大量に発生した小鏡餅に立ち向かった。
 片手にとんかち、片手にライターを持ち。
「レイスは砕けた餅を集めてください。掃除が大変でしょうから」
「分かった」
 とんかちで叩き潰し、カビをライターで焼く。さらにそれを、レイスが袋に回収してゆく。
 絶妙のコンビネーションではあるが、いかんせん数が多い。
 この火力ではきりがない。翡翠が思った瞬間だった。
「紅蓮の魔導師、ここに参上!! カビ餅は燃えろ燃えろー!全部纏めて燃えてしまえーッ!!!」
 掛け声高くすっ飛んできたのは、ウィルネスト・アーカイヴス。
「っと!!」
 レイスが翡翠の手を引っ張る。
 間一髪、火の玉が翡翠のそばを飛び退り、その先の小さい餅にヒットした。
「あぶないですねえ」
 それでなくても運が悪いのだ。気を抜くとすぐ不幸に巻き込まれてしまう。
「あ、すまんすまんちょっと手が滑った」
 キラッ☆ ……じゃない。
 全開満面の笑顔。その笑顔は思い切り愛くるしいが、やっていることは暴徒一歩手前くらいだ。
「大丈夫だって、ちょっと熱いくらいだから」
 そのきらきらした笑顔を、狛犬の上の布紅にも向ける。
「布紅たん、大丈夫か?」
「はい、みなさんが来てくださったので」
「すぐに片付けてやるからな。ちょっと熱くなるかもしれないけど。……貫け火炎!フレアアロー!」
 ちょっとで済むような炎ではなかった。
 餅どころか人も消し炭にしそうな勢いで、ウィルネストは矢継ぎ早に炎を繰り出す。
 矢の形状をした炎がばんばん打ち込まれ、焼け落ちる小さな餅たち。
 いい具合にこんがりだ。
「ふっははははは!菌類ごときが人間様に歯向かうのが悪いんじゃ!」
 上々の首尾に高笑いするウィルネスト。
「……あんまりやりすぎなきゃいいけど」
 高笑いするウィルネストから距離を取り、飛んできた小鏡餅を、思い切り殴りつける拳。
「ふう。……ホントに何か感じるの? 六ちゃん」
 ほんとかなあ、少しだけ首をかしげながら、伏見 明子(ふしみ・めいこ)は空京神社までやってきた。
 パートナーの魔道書・鬼一法眼著 六韜(きいちほうげんちょ・りくとう)がどうしても気になると、神社に行きたがった。 
 神社ならば、いわくありげな古書のひとつやふたつあるはず。とすれば、なにやら同族に緊急事態なのではないかと。
 まあお散歩がてら神社訪問もいいかなと、九條 静佳(くじょう・しずか)ともども連れ立ってやって来てみれば。
「……六ちゃん、……書物じゃなさそうよ」
 呆れた顔で明子は指さす。
 せっかくはせ参じたというのに、古書どころかカビた小餅がぴょんぴょん跳ね回っているじゃないか。
 しかも餅が走り跳ね回るたびに、カビの胞子がふわふわと一面に舞い散っている。
「餅といえばもとは米。米には五つの神様が宿っているっていうのに、勿体ない話だ」
 カビを吸わないよう口元を覆い、静佳が嘆息した。
「宿ってますよう!」
 静佳の言葉に、半べそをかいた布紅が叫んだ。
「……あれ、布紅は福の神様だったか」
「でもこのままじゃまた貧乏神になっちゃうかもです」
 確かにこの有様じゃ、布紅が不憫だ。困っているようだから手を貸してあげようと、明子が思ったそのときだった。
「……? 六ちゃん、どうしたの?」
「同族の気配を感じて来てみれば、……古書の匂いじゃなくて、真っ向カビではないですか!」
 するというと何ですか、カビの気配と古書の気配が同じ……いやそんなことがあってなるものか。
 いつも眠そうな六韜の目が、このときばかりはきらりと光る。
「許せん」
 誰がカビと同族ですか。
「こういう時こそ、私の本体を……」
 魔道書の本来の力があれば、カビなど恐れる荷足らず。がさごそと六韜が鞄を探る。カビへの怒りに燃えていたその顔が、段々と不審げに曇ってゆく。
「本体……を……?」
「これは英語の教科書」
「こっちは……」
「美術の教科書だっけ? ほとんど使わないよね、授業で」
「そんな不要なものまで!」
「ごめーん。貴女の鞄、勉強用で埋めちゃった」
「……どういうことですか、主よ」
「やー、うっかりうっかり。今度はちゃんと用意するから。許してね?」
 ごめんねと、心の中で明子は六韜につぶやいた。さっきのごめーん、とは別の意味で。
 まだ一寸、六韜を戦闘に出すのは怖い。もう少し期を見てから、六韜にはがんばってもらうとしよう。
「魔道書がないのでは、仕方がありません」
「うん、一緒にカビ焼くのを手伝って」
 六韜を後方に下げると、明子は静佳に目配せする。明子の意をすぐに理解して、静佳が明子と六韜の前に出る。
 拳一閃。等活地獄で粉々にした小餅を、明子と六韜が灰にしてゆく。
 とはいえ、ちょっとやそっとの量じゃない。
 ぼふっ。砕いた瞬間に散った大量のカビを思い切り浴びて、六韜が目を白黒させる。
「あわわわ! カビる、かびるー! 読めなくなるのは勘弁です!」
 パタパタと必死になって着物をはたく六韜。やれやれと、静佳がその背中からカビをとってやる。舞い散ったカビを丁寧に焼き尽くすと、明子はふうと息をついた。
「大丈夫?」
 かけられた声に振り向けば、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が心配そうに六韜を覗き込んでいた。
「大丈夫です、ありがとう」
「大変だよねえ、これ……早くきれいにしてあげないと」
 お掃除準備万端の、ミルディア。
 正月に巫女のバイトもした神社のピンチと聞いてやってきたのだが、……なんだか本当にとんでもないことになっている。
 このままでは、福神社どころか空京神社までカビだらけになってしまうじゃないか。
「お正月はあんなにきれいだったのに」
 これはもう、今一度掃除が必要だ。餅を焼いたり壊したりはみんなに任せて、まずは片づけを行わないと。
 あまりのとっちらかりように、かえってメイド魂に火が着くというものだ。
 用意したマスクをつけ、三角巾の中で印象的な赤い髪を覆う。大掃除のおばあちゃんみたいだけど、カビ相手にはこれが一番。
「ほら、つけて」
「いしゅたんも〜〜?」
 しぶしぶイシュタン・ルンクァークォン(いしゅたん・るんかーこん)がマスクをつける。
「これじゃたべられないよ〜」
「食べちゃだめだよ! カビてるんだから」
「カビか〜〜。そっか、食べちゃダメだよね……」
 惜しそうに跳ねる餅を見つめるイシュタン。
「社はもう少し時間かかるから後回しにして、先に鳥居のあたりからやっちゃおう」
 イシュタンを連れて、ミルディアは鳥居の前にたった。
 お正月は真っ赤だった鳥居が、……なんだか無駄にカラフルになっている。
 カビ落としの洗剤をスポンジにつけ、イシュタンに手渡すと同時に自分も手にして。
 クリーンキーパー発動!
 一気に鳥居が磨き上げられていく。同じようにクリーンキーパーを使いながら、イシュタンが鼻歌を歌っていた。
「あ〜ぁ、鏡餅がもったいないなぁ〜
やっぱ芯までカビてんだろうなぁ〜
食べたら大変なんだろうなぁ〜
食べたらしばらく寝込むんだろうなぁ〜
火ぃ通しても無理なのかなぁ〜」
 少し調子はずれなイシュタンの歌。
「わかっていれば私が全部食べたのに!」
「食えぬわけがあるかーーー!!」
 その歌に反応した者たちが、更なる混沌を巻き起こした。