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夢の中の悲劇のヒロイン~高原瀬蓮~

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夢の中の悲劇のヒロイン~高原瀬蓮~

リアクション

【5】

 ドラゴンは倒れ、ラズィーヤはこの場から少し離れた場所にいる。
 つまり、寮に入るのを邪魔する者が居なくなった。
 眠り姫を増やそうと、意思を持ってうねる茨以外は。
 そしてその茨に真っ先に立ち向かって行ったのは、遠野 歌菜(とおの・かな)だった。超感覚によってぴょこんと立った銀色の耳が、敏感に茨の動きを察知し、眠らされることなく茨を切り裂いていた。
 実にテンポ良く、手際良く、それはもう張り切って。
「……ったく、カナの奴ナニを張り切ってんだ」
 思わずパートナーのスパーク・ヘルムズ(すぱーく・へるむず)が呟いてしまうほどに、である。
「スパーク! 手を止めないで頑張るっ!」
「疲れた」
「何言ってんのよー! さっき始めたばっかりでしょ?」
「もう帰っていいか?」
「なんでよ! ……頼りにしてるのよ?」
 その言葉を受けて、スパークの耳がぴくりと動く。
「……頼りに?」
「してるわよ」
 確認のためにした、オウム返しの言葉に頷かれて今度は尻尾がぴくんと動いた。
「しょーがねーなっ、カナはオレが居ないとダメなんだから!」
 そしてどこか嬉しそうな声である。
 スパークは歌菜と背中合わせになり、360度どこから茨に襲われても対応できるようにして武器を構える。そして早速伸びてきた茨を斬り捨てた。
「オラオラッ、どんどん斬り刻むぜ! カナ、ぼけっとすんな!」
 先ほどまでのやる気の無さはどこへ行ったのだろうか。
 歌菜は苦笑し、それでも頼りにしていることは事実なので何も言わず、背中越しに感じるスパークの存在とやる気に満ちた声に奮い立たされるようにして茨を斬り開く。


*...***...*


 そんな二人とはまた別の場所で、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は寮の茨を何とかしようと奮闘していた。
「うのっ……触らないようにっていうのは、難しいなぁ、もうっ……!」
 苦々しく吐き捨てる。
 電話を受けて慌てて家から走ってきたのはいいけれど、準備が万端ではなかった。装備はメイド服のみである。それで茨に触れないように排除しようというのだから難しい。その上茨はそこら中でうねっているのだ。四方八方を警戒しなければいけなくて、正直もうかなり疲れていた。
 そんな隙を、茨は見逃さなかった。
 しなり、風を切り、ミルディアに魔の手が伸び――たところで、茨は斬られた。急速に勢いを失くし、地面に落ちる。その断面を踏み、ミレーヌ・ハーバート(みれーぬ・はーばーと)がミルディアを見た。怪我がないことを確認すると、ほっとした顔になる。
「無事?」
 ミレーヌが話しかける一方で、さらに伸びてきた茨をレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が次々と撃ち抜き動きを止めた。
「? おーい?」
 話しかけるが、ミルディアはぼうっとミレーヌを見つめ返すだけで、心配したミレーヌがミルディアの目の前で手のひらを振ってみる。反応はない。頬をむにっと触ってみると、
「うのっ!?」
 ようやく反応した。
「あ、良かった。眠り姫になってたりしてなくて」
 にこりと笑ったミレーヌに、
「王子様……? あっちの人も」
 ミルディアが問う。指さしてはいけないと思いつつ、レキも指さして。
「王子かぁ。なりたかったな。……だから格好だけ、ちょっと王子様意識したけどね」
 装飾のついた黒の学ランにハーフパンツといった、どこか物語の王子のような格好をしたミレーヌが剣を構えると、確かに王子のようだ。また、レキもお姫様のようにヒラヒラした服よりも動きやすいだろうと選んだ格好が王子のようで、ミルディアには二人の王子が自分の危機に駆け付けてくれたように見えた。
「王子様みたい」
「ありがと! 嬉しい」
「もー。二人とも、話に夢中になってたら捕まるよ?」
 二人に襲い掛かろうとしていた茨を撃ち、自分にも伸びてくるそれを撃ち抜いていたが、いい加減大変になってきたからレキは二人に声をかけた。
「うのっ、ごめんなさい王子様! あたしも頑張る!」
 武器を構えるミルディア茨を断ち切った。ミレーヌも茨を斬る。三人で背中合わせになるような格好で対応していく。
「あれ、そう言えばシルヴィアどこ行ったんだろ?」
「おかしいな。ボクもミアの姿見てないんだよね」
 ミレーヌとレキが辺りを見回すと同時に、
「うのっ!? あそこ誰か倒れてる!?」
 ミルディアが叫んだ。ミルディアの視線の先には、シルヴィア・テイラー(しるう゛ぃあ・ていらー)ミア・マハ(みあ・まは)が居て、シルヴィアが倒れていた。
「シルヴィア!? うそー……捕まっちゃったの?」
「大丈夫じゃ!」
 あちゃー、といった顔でシルヴィアに駆け寄ろうとしたミレーヌを、ミアが止めた。
「そなたのパートナーは、この妾が護ろうぞ!」
 眠ってしまったシルヴィアを細く小さな腕で抱いて、ミアは言う。
 正直不安だ。ミアの外見は明らかに幼女だ。人を外見で判断してはいけないと、わかっていても不安になるその見た目。
 大丈夫なの? と、助けを求めるようにレキを見た。
「ミアは強いよ。――ただ」
 レキは茨を撃ち、その視線に対し答える。しかしミアの方は見なかった。なんとなく、嫌な予感。ミレーヌはミアを見た。絶句した。
「ふっ、ふふふ。良いのぉ、可愛くて胸が大きい娘が無防備に眠っている様は、なんとも言えないエロスが満ちておる。ふふふ、ふっふふふふふ……♪」
「………………」
 なんと言えばいいのかわからず、ミレーヌは黙ってレキを見つめる。今度は何も言ってもらえなかった。
 不安に思うが、襲われそうなミルディアを真っ先に助けに走るようなレキのパートナーだ。悪い子ではないのだと、思う。だからきっと大丈夫だと自分に言い聞かせ、寮の前に蔓延る茨を斬り伏せた。
「きりがないなぁ……」
「もう少し突っ込んでいったほうがいいのかも。本当の王子様が茨に斬り裂かれてボロボロの格好でお姫様のところに辿り着く、っていうのも絵にならないし」
「うのっ、それは大変! お姫様だってびっくりしちゃうよね! よしっ、あたしもっと頑張る!」
「待って待って、ミルディアちゃんはメイド服なんだからあんまり前に突っ込んじゃダメ!」
「そうだね、防具らしい防具がないし、ボクも危ないと思う。前衛はボクとミレーヌに任せてくれない?」
「……うん。お願いします。百合園の寮は、あたしの帰る場所なの」
「任せてよ」
「ボクにとっても百合園の寮は帰る場所だから。全力で行くよ!」
「妾も手助けするぞ?」
 ミアの声が聞こえて、後方からアシッドミストの魔法が飛んできた。
「眠り姫は、良い。エロスじゃ。じゃがな、妾は眠っている者にどうこうするよりも、起きている者とどうこうしたいのじゃ。早く夢から覚めてもらわねばの!」
 枯れた茨は復活しなかった。この調子で行けば、とモチベーションが上がる。
 さらに、別のところから銃声が聞こえた。弾丸は茨を撃ち抜き邪魔をする。
「これは、丈夫そうな茨ですね?」
 神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)が、銃を構えて立っていた。
「なんだ? この茨……森じゃねえか? あ〜……すげ、やりづらいぞ、これ」
 翡翠の後方で、レイス・アデレイド(れいす・あでれいど)が唸る。
「やり辛いですか?」
「俺より翡翠がな。茨に触ると、あの子みたいに眠っちまうみてえだから気をつけて、でも全力で行ってこい」
「眠ったらどうなりますかね。記憶なくなります?」
「知らねえよ。骨も拾ってやるし、遺言も聞いておいてやるぞ?」
 レイスが冗談交じりに笑って言うと、翡翠は思いのほか真面目に考え込んでしまったから頬を掻いた。
「嘘だよ。だからそうならないようにサポしてやる。面倒だけどな」
「ありがとうございます。では、前で戦ってきますので」
「ん。……そこの子、ヒールとか試してみたか?」
「む? まだじゃ」
 ミルディアたちの手助けに走って行った翡翠を見送り、レイスはミアに尋ねる。
「そもそも妾は癒しの魔法は使えんでな」
「俺が使える。キュアポイゾンも」
「ほう。なかなか頼りになるではないか」
「眠りの魔法だから、効果があるかはわかんねえけど」
「試す価値はあろう」
 そう結論を出して、ヒールをかける。キュアポイゾンも試す。目が覚める気配は、ない。
「やっぱり無理だった」
「むう。寝ている者にキスしても面白くないしのぉ……そもそも妾が王子認定されるかもわからぬ。こんなにも女の魅力溢れる妾だし、の」
 それでも試しに、と頬に軽く触れるだけのキスをしてみた。

 ぱちり、とシルヴィアの目が開く。

「……あら?」
 寝惚けたような、とろんとした瞳をミアに、レイスに向けて、シルヴィアはきょろきょろと辺りを見回した。
「いつの間にか、ミレーヌがあんな遠いところに。なんでかしら……」
「そなたは茨に絡まれて眠っておったのじゃ」
「え、じゃあどうして私は目が覚めたの? 瀬蓮の眠りが覚めたから?」
「いや……妾が冗談半分でキスをしてみたのじゃ。すると、妾が王子認定されてしまったようでな、そなたの目が覚めた」
「キスを?」
「唇ではないぞ。ほっぺたじゃ」
 ミアが自分の頬を指差し、唇を奪っていないことを主張した。
 するとシルヴィアは少し考えるように目を伏せて、ミアに近付いて、

 ちゅ、

 と頬にキスをした。
「これでおあいこね」
 嫣然と微笑むシルヴィアを見て、顔が赤くなる。ミアは俯いた。それを見てまたシルヴィアが笑う。
 レイスが、「俺もこの場に居るんだけどな……」と居心地悪そうに呟いたが、聞こえないふりをするのだった。


*...***...*


 一方、寮の中。
 どの部屋も茨に侵食されていて、神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)の部屋も例外なく茨で埋め尽くされていた。
 部屋にあるベッドに横たわり、眠っている。
 眠り姫。
 有栖も、物語に囚われてしまっていた。
 そしてその部屋に入ってくる人物が一人。
「お嬢様、遅くなってしまって申し訳ございません」
 ミルディアたちが斬り開いてくれた入口から入り、絡みつこうとしてくる茨を斬り捨て、ミルフィ・ガレット(みるふぃ・がれっと)は走りに走ってきた。
 全ては有栖のため。
 ベッドの横に膝をつき、頭を撫で、次いで白い頬を撫でる。安らかな顔の有栖。何か夢を見ているのだろう、長いまつげが時折揺れた。
 右手を有栖の手に絡め、額が、鼻が、触れ合うほどに近付いて。
 規則正しい寝息を立てるその桜色の唇に、自分の唇をそっと重ねた。
「ん、ん……」
 ぱち、と有栖の目が開く。すぐ近くにミルフィが居て、有栖は顔を真っ赤にさせた。絡めた右手に力が込められる。
 それを至近距離で見てからミルフィは離れた。
「ん、ミルフィ」
「おはようございます、お嬢様」
「来てくれたんですね」
「遅くなってしまって申し訳ございません」
「いいえ。こうして来てくださったんですもの……嬉しい」
 言って、有栖がミルフィの首に両手を絡めた。抱きつく。
「夢の中でも、ミルフィが助けに来てくれたんです」
「私の夢を見ていたのですか?」
「はい。けど、夢だってわかっていたから、なんだか悲しくって。……でもこうして本物のミルフィが助けに来てくれて、なんだか、安心して。嬉しくて」
「お嬢様。私は、お嬢様のためとあらばどこへでも行きますわ。不安にならないで」
「……はい」
 その時、有栖のおなかが小さく鳴って、しがみつくように抱きついていた手に力がこもった。
 ああ、きっとまた顔を赤くさせているのだろう。
 ミルフィは微笑む。
「目覚めのお食事に致しましょうか」
 そしてそのまま有栖をお姫様抱っこし、優雅に部屋を出て行くのだった。


*...***...*


 時を同じくして、如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)は寮の中を歩き回っていた。
 超感覚を頼りに、茨を避け鎖ではじき、ただ一人を探していた。
「千百合ちゃん……」
 パートナーの冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)を。
 逃げ遅れて、眠り姫になってしまった彼女を。
「私が……起こしてあげるから、ね……」
 そう。私が。
 他の誰かになんて、起こさせない。そんなこと、考えただけで鳥肌が立つ。
「だめ……千百合ちゃんは、私のもの……なんだから……」
 早く行こう。
 千百合の無事を確認したい。千百合に会いたい。
 頭の中が千百合の事でいっぱいになって、走り出した。千百合の部屋を目指す。
「千百合、ちゃんっ……!」
 ドアに絡まっていた茨を斬り裂いて、乱暴にドアを開く。
 居た。
 日奈々が選んだ、日奈々と色違いでお揃いのパジャマに見を包んで眠っている千百合が。
 外で起こっていた戦いや、今も瀬蓮を助けようと走り回る人々の声や足音も全く意に介さず、すやすやと。
 眠ってしまえば必要以上には攻撃してこないのか、茨もベッド周りに絡むだけである。
 誰かが部屋に入った形跡が無いことと、千百合の無事を確認して日奈々は安堵する。
「千百合、ちゃん。今、起こしてあげる……」
 その行動を止めるように茨が伸びてきたが、斬り伏せる。斬り捨てた茨が千百合のほうへ飛んでいかないように、と配慮をしつつベッド周りの茨を殲滅し、日奈々はベッドの上に乗った。
 千百合の上に馬乗りになった状態。
 頭の両脇に手をついて、そのまま身体を落とす。
 触れるだけのキスをして、顔を離した。
 静寂。
 千百合はあまり寝起きが良くない。それまでの睡眠を引きずってしまうせいだ。
 だから、日奈々は声をかけた。
「千百合ちゃん……、起きて……」
「ん〜……」
「朝、だよ」
「ん〜〜……」
「起きないと、キス、しちゃうよ……」
「えぇっ!?」
 その言葉に驚いて飛び起きようとした。本当はもうしているのだけど、と思いながら発した言葉は存外効果があったようだ。
 しかし、起きようにも日奈々がのしかかっていたため起ききれず、勢い余って日奈々の額にぶつかった。
「いたたっ……うぅ、日奈々? もう、朝ぁ?」
「もう……、お昼です、千百合ちゃん……」
「えっ。学校遅刻しちゃうよ!」
「たぶん、それは……大丈夫、だから……」
「?? そういえば、どうして日奈々、あたしの上に乗ってるの? 起きられないよ」
「ん……ごめんなさい。でも、よかった、ですぅ……」
 少し身体をずらして、千百合が起きられるようにする。上半身を起こした千百合に、日奈々は抱きついた。
「ほんとうに……よかった、です……」
 千百合はよくわかっていないながらも、抱きついてきた日奈々を抱きしめ返した。


*...***...*


「瀬蓮ちゃんの部屋はどこやろなー……っと」
 日下部 社(くさかべ・やしろ)高原 瀬蓮(たかはら・せれん)の部屋を探していた。
 他校生である自分は、瀬蓮の部屋がわからない。誰か知り合いに会ったら訊けばいい。そう思って入ったのだが、思惑が外れた。誰にも会わない。
「あゆむんや真希ちゃんに会えると思ったんやけど……まあええわ。あ、そこの人ー!」
 別の誰かに訊こう。そう思い、丁度その時近くに居た鬼崎 朔(きざき・さく)に声をかけた。
「すんません、あんさん瀬蓮ちゃんの部屋がどこか知らん? 起こしに来たんやけど部屋がわからんくて」
 そう問いかけた。
 問いかけただけだったのだが、睨まれた。
「……あの?」
「……この部屋だ」
 朔は、自らが背にしていた扉を示す。
「あ、なんや。俺、知らんうちに瀬蓮ちゃんのところまで来てたんやな。はっ、もしかしてこれは俺が王子様に選ばれてるからとちゃう!? なぁなぁ、あんさんどう思う?」
「…………」
「……えーと」
 軽口も無視されてしまっては意味が無い。
「そこ。通ってもええ?」
 社は尋ねた。朔が立ちはだかるようにして瀬蓮の部屋の前に立っているので、通りたくても通れないのだ。
「嫌だ、と言ったら?」
「……そら、困りますわ」
 沈黙。
「なんで通してくれへんの?」
「何もしないでただ幸せを待つ。そんな彼女が愚かしいと思っているからだ」
「何もしない、ってか……できひんのとちゃう? 知らぬ間に『眠り姫』にされてしもたんやろ? だったら……それは、幸せを待つのとはちょーっとちゃうんやないかなぁ?」
「…………」
「そんな状態じゃ、幸せになる努力もできひんと思うよ。俺は」
「……あの子は」
「うん?」
「あの子は、幸せになる努力をすると思うか?」
「うん。思う」
 だって瀬蓮はいつも笑っている。社にとって、笑顔というものは幸せになる、あるいはなろうとするための行為だ。だから自分もいつも笑っているし、また、笑っている人たち、あるいは笑わない人たちをもっと笑わせたいとも思う。
 もちろんそれは、今目の前に居る朔も。
「な、笑ってみ? 笑うと少し、幸せになれる気がするんよ」
「笑う? 楽しくもないのに?」
「せや。楽しくなくても、笑う。したらな、楽しくなんねん。気が向いたら試してみて」
「…………」
 朔は笑いもしなかったし、何も言わなかった。
 けれど、通れ、とでも言うように少し扉の傍から離れた。
「おおきに」
 社は礼を言って扉を開けて、部屋に入って行く。
 それを見送ってから、朔は指で自分の口角をほんの少し上げてみた。
 笑顔を作るように。
「うぎゃっ!?」
 直後に部屋の中から、ガコーンッ、と何事か音がして、社の悲鳴が聞こえた。一拍置いて、そういえばドア付近にブービートラップを仕掛けていたんだった、と思い出す。
 心の中で詫びて、それから少しだけ自然に微笑んだ。