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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-1/3

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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-1/3

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chapter.9 7日目(2)・空賊狩りは二度風になる 


 日が沈みきり、夜を迎えたばかりのカシウナの街。
 時間は少し遡り、空賊たちが襲撃せんとここを訪れる数日前の話である。シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)は、パートナーの霧雪 六花(きりゆき・りっか)呂布 奉先(りょふ・ほうせん)らと共にこの街に訪れていた。
「やっぱりそう簡単には見つからないみたいね」
 シャーロットの上着のポケットにすっぽりと収まっている六花が、上を見上げてそう漏らした。
「どうにか、他の方よりも先に探し出せれば良いんですけど」
 そのシャーロットは、六花のメモリープロジェクターに記録されたセイニィの姿をプリントアウトし、彼女の足取りを追っていた。
「早く見つけ出さないと、セイニィが心配だな。雲の谷での怪我だって癒えていないだろう」
 呂布は、先の戦いで傷を負ったセイニィを心配していた。そう、彼女らは、セイニィの手助けをするべく、ここカシウナで捜索をしていたのである。
「他の方たちが先に見つけてしまうことのないよう、今から手を打っておく必要がありますね」
 シャーロットは口元に手を当てながら、ううんと考え出した。やがて彼女は、一計を案じるに至る。
「せっかく情報を集めるためあちこちを歩き回っているのです、同じように情報を集めてる方がいた時のため、ダミー情報を流布しておきましょう」
すると早速彼女は、現時点で収穫した情報をまとめる作業に移った。
「ここまでは調査したので、おそらくこの街にいるとしたら、こっちのエリア……」
 地図を見ながら、シャーロットは現状を確認する。あらかたその把握が済むと、彼女たちは再びカシウナの街を歩き始めた。偽の情報をばら撒きながら。
「目撃されている女性は、郊外に向かった模様」
「目撃された女性は金髪ではなく、白銀の髪で全身真っ白な衣装を着ていた」
「目撃された女性は金髪ではなく、前髪を綺麗に切り揃えた紫色の髪をしていた」

「うまいこと考えたな」
「これで、方向が惑わされたり、他の十二星華と勘違いしてくれれば良いんですが」
 にやりとした表情で呂布が言った言葉に答えると、シャーロットは作戦の成功を祈りつつ捜索を続行した。
 彼女たちの捜査がどのような結果となったのか、それが分かるのは少し先のことである。



 8隻の飛空艇が、カシウナに近付いていた。
 襲撃せんとロスヴァイセ家を目指す、空賊たちの船だ。もうすぐ日暮れに差し掛かろうという頃、その船団はカシウナ上空に姿を現した。カシウナ住民の驚く声を浴びながら、その船たちはロスヴァイセ家へと進路をとり始める。空は、徐々にその色を変え始めていた。
 船団の最後尾には、『歯肉炎』の異名を持つデンタル空賊団の船がある。他の飛空艇と比べるとやや小さく、その規模があまり多くはないことが見てとれた。それを知ってか知らずか、そこに狙いを定めたのはこの船団を蜜楽酒家から追いかけてきた美羽とベアトリーチェだった。
「ベアトリーチェ、こっそりだよこっそり!」
「はい……美羽さん、それを大きな声で言ってしまってはあまり意味がなさそうですけれど……」
 ふたりは小型飛空艇をその船に密着させると、バレないよう忍び込んでいた。しかし目立ちたがり屋の美羽が隠密行動を取るには、性格的にやや不向きであった。美羽は盛夏の骨気をその身につけて体内により闘気をこもらせると、既に戦う気満々といった様子で目を輝かせていた。
「さー出てこい空賊っ! どんとこい!」
「……歯痛ぇ」
 そんな声が、不意に聞こえた。それは、船内をうろついていたデンタル空賊団の船長、デンタルだった。彼はその頬を押さえ、口内の痛みを誰に訴えるでもなく呟いていた。
「……あれ、この船の船長かな? んー、さすがにそんなわけないよね! うん! でもいいや、とりあえずとーうっ!」
 バーストダッシュで勢いをつけ、問答無用で飛び蹴りを食らわせる美羽。デンタルは突然の不意打ちに体を吹き飛ばされ、運悪く近くにあった窓からガシャンと落ちていった。それを発見した船員たちは、驚きの声を上げる。
「船長!」
「デンタル船長!」
 船長でした。
 デンタル空賊団、あえなくここで襲撃から離脱。
「よーっし、この調子でどんどん他の船も……あれ?」
 意気込む美羽だったが、彼女らが乗り込んだデンタルの船は船団から離れ、蜜楽酒家へと進路をとっていた。
「え? え?」
 船長が落ちてしまった以上、襲撃に参戦は出来ないという判断を下したのだろう。船は美羽たちを乗せたまま、カシウナから離れていった。こうして、美羽の空賊狩りは、不完全燃焼に終わったのである。

 美羽たちがデンタル空賊団を撤退させた頃、空賊たちよりも一足先にロスヴァイセ家へと辿り着いた一機の小型飛空艇があった。 如月 玲奈(きさらぎ・れいな)とパートナー、ジャック・フォース(じゃっく・ふぉーす)の乗った飛空艇である。しかしその飛空艇の様子が、どこかおかしい。どこか、というより明らかにおかしい。玲奈たちの乗ったその飛空艇は、燃えていた。魂がとかそういうことではなく、機体が炎に包まれていたのである。もっともこれはアクシデントなどではなく、玲奈たちによる作戦であった。ジャックの爆炎波で着火させた、いわば自作自演である。これにはきちんと理由があった。玲奈たちは空賊たちの襲撃に合わせ、ロスヴァイセ家に乗り込んでどさくさに紛れて女王器を手に入れようとしていたのだ。そしてそれをヨサークに渡し、これまで受けた恩を返そうと思っていた。機体が燃えている状態なら、襲撃者には見られない……むしろ、襲撃された者として映るだろうという思惑からの行動である。
「無事女王器手に入れたら、ヨサークに渡してその時前のお礼も言おうね、ジャック!」
「ああ、きちんとした礼はまだ言ってなかったからな。良い機会だ」
 次第に燃え広がる炎を見て、ジャックは玲奈を抱え飛び降りる準備を始めた。もうロスヴァイセ家はすぐ真下である。
 しかし、ここで彼女らにとって不運な事実が発覚する。それは襲撃情報がリークされていたことによりロスヴァイセ家の警備を固めていた生徒たちの中に、以前雲の谷で一戦交えた人物がいたことであった。その場合に備え、玲奈は「人違いだよ」というちゃっちい良い訳を一応用意していたが、ふたつ目の不運はその人物が問答無用で飛空艇に攻撃をしてきたという点である。
 ぼごっ、と鈍い音が、玲奈の正面から聞こえた。否、それは、前に乗っているジャックから聞こえた音だった。がくんと首を後ろに傾けたジャックの頭には、何やら白い塊がめり込んでいた。
「ジャック!」
 燃え盛る飛空艇の上で、操縦士を失った機体は高度を見る見る下げていった。ここだけ見れば、さながらハリウッド映画のワンシーンである。が、もちろん当の玲奈にそんな想像をする余裕はない。
「お、落ちるーっ!」
 言うが早いか、玲奈はロスヴァイセ家の近くに墜落した。美羽に続き玲奈の作戦もまた、不完全燃焼に終わった。完全に燃えたのは彼女の飛空艇だけである。



 そんな小さな攻防には目もくれず、ロスヴァイセ家を前にした空賊連合はずらりとその家を取り囲んでいた。
「……さて、計画通りにいきましょう、皆さん」
 無線から、『青龍刀』のチーホウの声が各船に伝わる。その直後、各空賊船から小型飛空艇が何機も飛び立った。空賊たちからすれば圧倒的な戦力での奇襲のつもりだったが、それは事前に情報を受け取っていた生徒たちによって阻まれる。ロスヴァイセ家を訪れていた多くの生徒たちが、フリューネやロスヴァイセを守ろうと迎撃戦を繰り広げ始めたのだ。生徒たちの勇姿にも後押しされたのか、フリューネとユーフォリアも逃げずに戦うことを選んだようだった。そしてその力は、小型飛空艇を駆る下っ端空賊たちのそれよりも遥かに格上だ。フリューネやユーフォリア、そして警備や防衛に当たっていた生徒たちが、次々に小型飛空艇を撃墜させていく。このまま襲撃は失敗に終わり、ロスヴァイセ家は無事守られるかに思われた……が、空賊たちもそうあっさり引き下がりはしなかった。

「さて……そこまでだ」
 ユーフォリアに『血まみれ』のスピネッロが呼びかける。彼の乗る大型飛空艇はカシウナの街の上に陣取っており、甲板には組織を構成する空賊が並んでいた。その手にはトミーガンが握られ、銃口は近隣の住民達に向けられている。この騒ぎから逃げ遅れた者たちだった。それを見たユーフォリアの表情が強張る。
「俺たちがこうするとは思わなかったのかぁ? 義賊だのなんだのって善人ぶってるおめぇなら、こうすれば何も出来なくなるよなぁ? その女王器を俺たちに渡せ。さもなけりゃ、俺の異名にふさわしい仕事をしなくちゃならなくなる」
 彼の言葉通り、ユーフォリアはその瞬間から戦う術を失ってしまった。その手にはめていた女王器を外し、空賊へとそれを差し出さざるを得なくなったユーフォリア。船からすっと降りてきたチーホウはそれを手にすると、本物であること確認するようにゆっくりと撫で回した。
 トレードというのは、約束を守って初めて成り立つものである。人質の解放を迫ったユーフォリアとの約束通り、住民に向けた銃口を下ろしたスピネッロ配下の空賊たちは、住民を解放するとそのまま飛空艇を上昇させる。それを見て一瞬の安堵感を覚えたフリューネとユーフォリアを、チーホウ配下の空賊たちが瞬く間に取り囲んだ。
「なんの真似よ……!」
「ワタシは約束は守る男です。確か、女王器と交換するのは住民の命だけ……ですよね? 良い機会です。ワタシ達の障害となる義賊サンにはここでご退場願いましょう。さようなら……フリューネサン」
 チーホウの無情な言葉を合図に、空賊たちが一斉に飛びかかる。しかしその毒牙は、彼女たちに届かなかった。最初に飛びかかった何人かの空賊たちが、その体から血を滴らせ甲板を滑り落ちていく。
「な……なんだ?」
 彼女らの前に現れ一瞬にして空賊たちを切り裂いたのは、なんとあの十二星華のセイニィであった。その青白い爪を見て、空賊たちは戦慄する。
「あの爪……まさか」
「空賊狩りだ、まだ空賊狩りはいたんだ!」
 セイニィの背中を見つめ、フリューネは困惑の表情を浮かべる。つい少し前まで、隣にいるユーフォリアをめぐって戦っていた相手が目の前で自分たちを助けているのだ。当然である。セイニィはフリューネと軽く言葉を交わした後、こともなげにこう呟いた。
「女王器を持ってないあんた達に興味なんかないわよ」
 セイニィの本意は、その言葉からだけでは読み取れない。単純に利害の面から考えれば、せっかく突き止めたユーフォリアの住み処――ひいては女王器の在り処が、空賊たちによって女王器を奪われたのではまた分からなくなってしまう。それを避けるため、もしくはこの場で女王器を手に入れるため、姿を現した。そんなところだろうか。それならば、セイニィがこのカシウナに潜伏していたことも辻褄は合う。無論、それらはあくまで推測に過ぎないが。
 セイニィの周りで囁かれだした空賊狩りの声に、彼女は自分の優位を悟ったのか、爪を鳴らして軽く威嚇を行った。その仕草を見てよりたじろぎを見せる空賊たちを、チーホウがけしかける。
「……何をしてるんです。チーホウ空賊団の看板に泥を塗る気ですか? まさか女一人に本気で怯えてるわけではないでしょうね。敵前逃亡は勝手ですが、その時はワタシがアナタ達を殺しますよ?」
 チーホウは腰に差した青龍刀を引き抜いて、凍てついた刃を配下の空賊に見せつけた。
「う、うわああああ!!」
 目の前の恐怖に煽られセイニィへと襲いかかった空賊たち。
「馬鹿な奴ら……!」
 セイニィは舌打ちし、一陣の風となって空賊たちをなぎ払う。その速さは、彼女の持つ光条兵器「グレートキャッツ」が恐るべき武器であることを存分に示していた。
「ば……馬鹿な……っ!」
 チーホウはその細い目を見開いて、眼前に広がる景色に驚愕する。切りつけられ、倒れたまま起き上がらなくなった空賊たちの姿がそこにあった。チーホウはしかし、このまま引き下がるわけにはいかないと気を取り直し、同盟を組んでいる他の空賊船を呼び寄せた。すると続々と船が集まりだし、それぞれの船を率いている頭たちもその姿を露にした。



「カシウナに入ったじゃ〜ん」
 一方ヨサークの船は、襲撃が起こっているまさにその真っ最中、カシウナへと到着していた。オペレーターをナガンに命ぜられたクラウンが、おどけた口調でその旨を船内へ伝えた。
「みっ……みみっ、みみみ右っ、ここここここからみみ右っ! みみみ右方向おおおおおおおお!」
 強烈などもり声で狂ったように進路を指し示したのは、同じくオペレーターとして周囲に目を向けていたナガンのパートナー、サイコロだった。
「ふ、ふふふふふ船! たたたた、たた沢山の船ええええええええ!」
 その目は、空に浮かぶ何隻かの大型飛空艇と周辺を囲んでいる数多の小型飛空艇を映していた。つまり、そこにロスヴァイセ家があるということだ。
「着陸の準備始めるじゃ〜ん」
 クラウンとサイコロの言葉を、ナガンズ最後の一人ビスクが咀嚼して再度船内へと伝達する。
「カシウナに先ほどとーちゃく! ここから2時の方向にひくーてい発見! 総員、戦闘配置だー!」
 慌しくなる船内、そして操縦室で、船の操舵をヨサークに願い出たナガンは荒々しい運転で、ロスヴァイセ家へと急行する。
「半端な覚悟で団員になったんじゃねェ! それを今から見せてやるぜ! ひゃあッ!!」
 ぐん、とスピードを上げた船は、その勢いのままロスヴァイセ家の敷地へと強引に着陸した。大きく機体が揺れる。小型飛空艇で中から飛び出たヨサークがそこで見たのは、あのセイニィと蜜楽酒家でも有力な空賊たちが空を駆け回り、戦っている景色だった。
「……あの金髪メス! なんでここにいるのかは知らねえが、空賊のヤツらよりもまずあいつを追っ払う方が先になっちまったな! よし行くぞおめえら!!」
 ヨサークの威勢の良い声に引っ張られるように、次々とヨサークの船から飛空艇が飛び出してきた。