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魂の欠片の行方2~選択~

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魂の欠片の行方2~選択~

リアクション

 ファーシーが製造所を巨大機晶姫と化したことで主をなくした跡地は分かりやすく陥没していた。合体時に崩落した瓦礫やその他諸々だけを受け止めて、静かに砂に埋もれるのを待っている。
 その諸々の中にあった一体の少女型機晶姫を前に、和原 樹(なぎはら・いつき)は機晶技術のマニュアルを読んでいた。プリーストである為か、なかなか内容が頭に入ってこない。
「……なぁ、セーフェル。誰か身近な人が死ぬのって、どんな感じ?」
 目の前の機体には、機晶石が入っていなかった。内部には空洞も多い。恐らく、製造途中のものだったのだろう。それでも、そうとは思えない何かが否応なく想起される。巨大機晶姫から脱出した時の、嬉しそうな声を思い出す。
「酷い質問だとは思うけど、俺たちの中だとお前が一番…………機晶姫に近いから……さ」
 樹の左隣で機体を点検していた魔道書のセーフェル・ラジエール(せーふぇる・らじえーる)は、彼を見てしばらくきょとんとし――それから苦笑しだ。
「ああ、なるほど。遠慮しなくていいですよ」
 少し考えるように機体に目を向けて、そのままの体勢で話し出す。
「死については……正直、私もよく分かりません。人だって、死について統一された意識を持っている訳ではないでしょう? ですが、誰かの死に伴う喪失感は理解できます。知らずに済むなら、その方が良いと考える気持ちも多少は。……でも、マスター」
 セーフェルは顔を上げる。
「いつでも、その人にとっての真実はその人の中にあるものです。もしそれが、誤った情報に基づいて構成されたものだとしたら……」
 風が吹き、むき出しになった機晶姫のパーツがかたかたと鳴った。
 離れて作業している生徒達の声が微かに聞こえる。
「……あなたも、そう思っているのではないですか?」
 静かに微笑むセーフェル。その笑顔と言葉で、樹は自分の中の答えを知った。
「……そう、だよな。知らないってのは、怖いことだ。自分で嘘を選んだならいいけど……知らないまま、嘘を信じたままで自分の往く道を選んでしまうのは、本当に怖い」
 跡地を見回す。調べている機体こそ造りかけだが、中心には技師や機晶姫の亡骸が集められていた。
「ファーシーさんは今、生きてる。これからも生き続けるかどうか、決めるのは彼女自身だ。その判断をする時に、彼女の中の真実に俺たちが嘘を混ぜるのは駄目だと思う。ファーシーさんもたぶん薄々気付いてるはずだ。パートナーの彼女を、どうして戦いに連れて行かなかったのか。…………どうして、銅版を預けていったのか。
死を理解しなくても、その理由は変わらない」
 一度言葉を切って、彼は続ける。
「戦争がなくてもいつかは死に別れることが分かってて、それでもきっと……気持ちは傍にあるって伝えたかった。ルヴィさんは、ファーシーさんに生きて欲しいって、思ったんだ」
「全ての生が永遠ではない以上、別れは必ず来るものだ。だが……喪失の痛みは、その存在が確かに自身の中に残っている証でもある。人はそうして近しい者の死を乗り越えてゆくのではないか?」
 フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)の言葉に、樹は頷く。フォルクスは、内心でこう付け足した。
 ……樹。我はお前と共に生きて共に死ぬ。
 何があろうと独りにはしない。独りになるつもりもない。
 絵空事かもしれんが、今はそれで良いだろう。
 ――我らはまだ、生きているのだから。

「誰にも知られず、誰にも祈られず、朽ちていくのはあまりに哀し過ぎるな」
 技術者や機晶姫の遺体を埋葬しながら、レン・オズワルド(れん・おずわるど)は言う。パートナーのメティス・ボルト(めてぃす・ぼると)は、瓦礫をどかして残された遺留品を調べていた。
「私の生まれた所もきっとこんな場所だったのでしょう。覚えてはいませんが。私の記憶にあるのは風雨に晒され、朽ちていく刻をただ待つのみであった50年間の記憶と、レンに助けられてからの記憶のみです。レン、死というものはなんなのでしょう。上手く言葉に出来ません」
 淡々というメティスに、レンはただ一言、言った。
「ただ、感じればいい」
 首を傾げるメティス。
「言葉にしようとするから難しくなる」
「…………」
 思考状態に入ったメティスを見ながら、レンはファーシーのことを考える。
 助けて欲しい、とファーシーは言った。自分はその求めに冒険屋を名乗ることで応じた。
 ファーシーの過去は哀しみの記憶。手掛かりはを託された銅版と5000年前の廃墟のみ。彼女のパートナーが銅版にどんな想いを託したかは判らない。だが、製造所跡地を調べることで、ルヴィがどの戦地に向かったかを知ることは出来るかもしれない。
 自分がルヴィの立場なら、残していく者に何を託すだろう。
 あの銅版が半分に欠けていた理由。
 もしあれがメッセージを残す記憶媒体であるなら、それを2つに合わせることでルヴィの想いを届けることが出来るのではないだろうか。半月形の銅板。それは、もう半分がどこかにあることを示しているような気がする。そう、合わせるとレコードのような円形になるように。
 戦争中、しかも人間と機晶姫のパートナーであれば、ルヴィが自分の死を強く意識していたとしても不思議ではない。
 死者には何も出来ない。
 生きている人間に頑張れと背中を押すことも出来はしない。
 だから、生きている内に何かを残してやろうと考える。
 どこかに必ず、ファーシーへ遺したものがある。それを見せれば、ファーシーは救われるかもしれない。そうであってほしい。
「…………」
 メティスは、感じるという意味を考えたがよくわからなかった。それでも、その彼女にも、1つだけ理解出来る事があった。
誰かを救うつもりなら、その人の過去を知らなければならないということ。
その人の痛みと苦しみを分かちあう為に、過去を知らなければならないということ。
 それだけは、確かなもののように思えた。

「ファーシーはあそこで消えるべきだったんだ。助かっても、問題は何も解決しない。いや、助かったからこそややこしいことになった。この村に来るのも本当は気が進まなかったんだ。今更、マスターの死を教えて何になる? 救いはどこにも無い。代わりに生まれるのは底無しの喪失感だけだ。それならいっそ、村のしきたりを利用して消してしまっても良いと思った」
「じゃあ……本当の本気で鍋にするつもりだったんだね?」
「まあな」
 ケイラが確認すると、ラスは乾いた声で肯定した。これまで黙っていた響子が、そこでぽつぽつと話し出す。
「死とは…………具体的に……体の機能がすべて止まってしまう事…………だそうです。死んだ人とはお話…………出来ないそうです」
 短い沈黙の後、ケイラは言った。
「御神楽校長とルミーナさんが、ファーシーさんを機晶姫に戻そうとしているのは知ってるかな。体を修理して、銅板に入った彼女をまた石に移そうといろいろ考えてる」
「そんな事出来るわけないだろ。石の状態でいるならともかく……」
 ラスが機体を運び出そうとしたのは埋葬のためだ。
「ファーシーさんに体は与えた方が良いんじゃないかと思う。その上で、ルヴィさんの『死』も伝えるべきじゃないかな。知る事で深い悲しみに陥ってしまうかもしれない……でも、すぐに乗り越えられなくても、ファーシーさんの周りには段々に親身になってくれる人が集まってる。その人たちとルヴィさんを失ってしまった悲しみを共有した上で、前に進む事ができるんじゃないかな」
「…………」
「大切な人を失って……色んな人に支えられて生きるっていうのは、その、今の自分の生き方そのものだし否定されたくないっていうのもあるかもしれない……い、いや会った事もない女装とかしちゃってる自分と一緒にされるのも嫌かもしれないけど」
「は? 女装?」
 ラスは一瞬きょとんとして、走りながらもケイラの全身をまじまじと見る。そういえば、胸がない。その視線に気付かないのか、ケイラは話し続けた。
「想うだけ、考えてるだけで具体的な案が出てこない自分がもどかしくもあるんだけども……何か出来たら良いなあ」
「……僕はあまり人と話すのは得意じゃありませんが、最近友達が出来ました。……ファーシー様も友達になれるかもしれないです。友達になれるかもしれない人の機能が止まってしまうのは……悲しいと思います」
 響子がそう言ったところで、彼等は真菜華達に追いついた。
 起き上がった村長がやっとのことで距離を取って、マナカ☆アタックを回避したのだ。
「こ、これはわしのモンじゃ! オトスという村名通り、ここに落ちた以上は村の資源! 絶対に渡さん!」
「拾ったものは自分のものですと! その理論がまかり通るとゆーのなら、つまるところ、その銅板はマナちゃんの所有物ですよーっ! 返せっ!」
「何言ってんだおまえ……」
 真菜華はラスを振り返る。
「見つけたのはあんただけど、実際拾ったのはマナカだもんね!」
「そうなの? ありがとう!」
「いいから大首領様を返してくれ!」
「あ、あの携帯なら、さっき勢いで吹っ飛んでったよー!」
「そういやそうじゃな」
「わたしも見たわ」
「何っ!? じゃあ拾ったら俺のものだな! 大首領様ーーーー!」
 悪徒は慌てて引き返していく。
「なんだかんだで良い人よねあれ。世界征服とか言ってるけど……きゃあ!」