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魂の欠片の行方2~選択~

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魂の欠片の行方2~選択~

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「あのように慕われる科学者でありたいと思います」
廃墟の居住区を歩いている島村 幸(しまむら・さち)メタモーフィック・ウイルスデータ(めたもーふぃっく・ういるすでーた)に言った。道中で環菜に話を聞いた幸は、ルヴィに尊敬の念を抱いていた。ファーシーに一途に慕われているルヴィは、同じ作り手として羨ましく、敬意を表すべき人物だ。
「私もいつか、彼のようになれるでしょうか」
 籠手型HCのインターネット接続機能を利用し、2人はルミーナ達とも連絡を取っていた。メタモーフィックがその情報と地図を照らし合わせる。
「えっと、あっちからここまではもう探索終えたみたいだから……今度はここだね!」
 ルヴィも徴収される前までこの近くに住んでいたはずだ。
「ファーシーさんへのメッセージ……いえ言葉でなくても、せめてこれからを生きる彼女の糧になるものが見つかれば良いのですが……」
「えへへ、任せて、ママ! 僕がすぐ見つけてあげるよ」
 メタモーフィックは楽しそうに言って、無邪気な素振りで住居へと消えていく。これまでの探索によって彼が揺らいでいることに、幸はまだ気付いていなかった。中に入って全体を見渡す。机と椅子が転がり、砂の中に遺体が埋もれている。2人分のそれは、向き合っているように感じられた。
「…………?」
 そっと近付いて砂をどける。2人の真ん中にはもう1人、子供の遺体が横たわっていた。
「あれ? どうしたの?」
 メタモーフィックが歩みよってくる。
「狙撃されたようですね。子供を守ろうとしたけれど、それすらも叶わなかった……後で埋葬して差し上げましょう。フィック、何か見つかりましたか?」
 遺体を見つめていたメタモーフィックは、弾かれたように顔を上げて、笑う。
「あ、うん。日記があったよ! ファーシーについての記述はなかったから持ってこなかったけど……途中から白紙だったのはなんでだろう。面倒臭くなったのかな?」
「フィック、それは……」
 襲撃に遭った日から止まっているのでしょう。そう言おうとした幸は、メタモーフィックが泣きそうな顔をしていることに気がついた。同時に、彼が白紙の意味を知っていることも。
「僕わからないよ、ママ。壊すことはいけないことなの?」
 記憶破壊データである自分の存在意義は、破壊をすることだ。それが悪いと思ったことは1度もない。呼吸をするのと同じくらい、普通のことだったから。
 それに疑問を持ったら、彼は――
「ファーシーねーねーはますたーが壊れたから悲しいだって。壊すために生まれてきた僕は……」
 そこで、考えがぐるぐるする。答えが出なくて泣きそうになる。破壊の否定は、自分の否定だ。それに繋がる気がして、頭がストッパーをかけて思考を邪魔する。
「壊れるって、そんなにいけないことなの?」
「フィック……」
 幸は彼を優しく抱いた。
「壊れることはいけないことではないのですよ。壊れることで、人は新しい何かを作り出せることもあるのですから」
「新しい、何か……?」
「そうです。破壊しなければ生まれないものもたくさんあります。哀しみだけではなく、強さも生みます。破壊は世の中に、必要不可欠なものなのですよ。あなたもきっと、分かる時が来ます。いつか貴方が……破壊以外で自己を見出せるときが来ると、私は信じていますよ」
「…………」
「ファーシーさんもそうです。壊れるという選択肢も、彼女にはあります。ルヴィさんが生きていると信じたまま壊れるのは、彼女に安らかな眠りを生むでしょう。それでも、私も、みんなも……彼女に生きてほしいと思います。ルヴィさんも彼女が死ぬことなど望まないはずですから……」
 抱きしめる腕に力を込めて話す。亡羊とした表情をしたまま、メタモーフィックは言った。
「ママ、僕が壊れたら泣いてくれる?」
「――もちろんです。愛してますよ、フィック」
 彼の目から1粒だけ、涙がこぼれた。

「ふむ、当時の生活風景や技術を調べる機会に巡り合えるとは何たる幸運! 興味深い事限りなしじゃの!」
 伯益著 『山海経』(はくえきちょ・せんがいきょう)が言う。風森 望(かぜもり・のぞみ)と共に住居地区をまわっていたが、特技の捜索を利用して歩いている内にいつの間にか墓所へと到着していた。少し離れた位置に、三角屋根の建物がある。上部が消失した塔が中央にあり、入口前にはささやかな階段が設けられている。多分、礼拝堂であろう。
「遠い遠い昔にここで暮らしていた人達がいて、その子孫の方々はどこかに居るのでしょうか? 忘れられてしまったのでしょうか?」
 望はその建物を前に、かつて生きていた住人へ思いを馳せる。
「もしも、誰かの後世へと伝えたい思いや技術があるのであれば、見つけ出したいですね」
 楽しそうな山海経に比して、彼女は真面目だった。礼拝堂は、人々の想いを集める場所。人々が何かを願う場所。導かれるようにここへ来た以上、中には何かがあるのだろう。
 早速そちらへ足を向けようとした望だったが、山海経が墓に好奇の視線を送っているのを見て踵を返した。
「どうされました?」
「ふむ、副葬品に何か手がかりがあるかも知れん。墓の中も調べてみようと思ってな」
 そして山海経は、墓石を蹴飛ばそうとした。
「いけません」
 強い口調で、望は言った。
「何故じゃ? 主らしくもない」
「どうしても、です」
 頑なな彼女を見上げることしばし。山海経は何かを感じ取ったのか、つまらなそうにしながらも了承した。
「ふ……ん、まぁ、墓石にも何かしら手がかりがあるかもしれんしの。丁寧に暴いていくとしよう」
 墓にそっと手を掛ける山海経。通常よりも大きなサイズで、何故だかとんでもなく重い。望にも手伝ってほしかったが、彼女は決して手を出そうとしなかった。それでも、がたがたと少しずつ上にずれていく墓石。同時に、周囲の砂が吸い込まれるように穴に落ちていく。墓石と石棺は完全な別々ではなく、墓石自体が一部、蓋の役目をしているらしい。
 砂の勢いも止まり、石をずらし終えたところで山海経は穴を覗き込んだ。日の光で、中がうっすらと見える。深さは1メートルくらいだろうか。
「ほう、中も以外と広いの。人が2人……いや、これは壊れた機晶姫じゃな。あとはミイラか。それに、遺品じゃな。器や書物……ん? 何か砂の中に見えるの……金属……銅か?」
「私にも見せてください」
 金属という言葉に反応して、望も穴を覗き込む。瞬間、彼女は足を滑らせた。
「主!」
「きゃあっ!」
 棺の中に落ちて腰を打つ。遺体に手を合わせてから、望は穴からの光を頼りに件の金属を探した。砂に手を入れ、微かに覗いている板を取り出す。
「これは……」
 ルミーナが持っていた銅板に似ていた。それが2枚合わさり、円型になっている。
「やはり、2枚で1組だったんじゃな。しかし一体、何の意味があるのか……」
 降りてきた山海経が考えながら記録をする。メモを取っていた手元が、突然陰った。
「なんじゃ?」
 不安定な砂土の上に置かれた墓石が倒れてくる。空が石に隠され、石棺の中は真っ暗になった。
「あわわわ、灯り灯りーっ!」
 暗所恐怖症の望はパニックになり、墓石を押し上げようとする。
「やだ……いや……出してっ! ここから出して!」
「落ち着くのじゃ主」
 山海経は光精の指輪から精霊を出して棺内を照らすと、涙目の望の背中をさすってやる。
「わらわの力でずらせたのじゃ。2人で力を合わせれば脱出も出来よう」

 ソルダの家のダイニングテーブルに集った9人は、話を聞いて三種三様の想いを抱え、沈黙していた。どうしようもなく痛い気持ちと、救われたような気持ち。光明が見えたようでもあり、絶望が見えたようでもあり。
「それじゃあ、ファーシーちゃんは……」
 ロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)の言葉を、橘 舞(たちばな・まい)が引き取る。
「ルヴィさんに愛されていたんですね……」
「あんた、ルヴィじゃなかったのね」
「あたりまえじゃアホブリ」
 ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)に、金 仙姫(きむ・そに)が呆れた目を向ける。
「今すぐでは無理があっても、真実を知ってもらうべきだ。知らない方が幸せだとしても、いつかは悟るだろうし……何より、関わり、話もした以上、知らぬ存ぜぬではいられん」
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が言う。
「……しかし、先祖の血縁者であるルヴィさんから、一族に通して伝えられている何かがあるのかとは思っていたが、そんな現象が起こっていたとはな」
「ただの御伽噺として、誰も本気にしていませんでした。ただ、僕はどうしても気になって、調べたんです。そのうちに歴史学者と呼ばれるようになってしまって……でも、僕も今日までは信じていませんでした。アストレアまで行ってこれを手に入れても、正直、肩透かしをくった気分だった。僕が馬鹿でした。あの時にやる気をなくさずに製造所まで行っていれば、ファーシーさんを苦しめることもなかったでしょう」
「でも、1人でアトラスの傷跡まで行くのは危険だから……」
「アストレアまでの行程で気力を使い果たしたというのもありますが、結局は、僕に覚悟が足りなかっただけです。まさか、ファーシーさんが乗り移ってしゃべるなんて……」
 ロートラウトに応えると、ソルダは項垂れて頭を抱えた。
「ファーシーさんには時間をかけて、『死』と『壊れる』の違いや、機晶姫とそれ以外の違いを知り、真実を知る覚悟が出来てから教える……それが最善だろう。……まぁ、えてして、一番知られたくないタイミングでこそ、不意に知ってしまう可能性が劇的に高まってしまうのだが」
「ごちゃごちゃ言ってるけど、それ、そんな重要な事かぁ?」
 興味無さそうに、フリードリヒ・デア・グレーセ(ふりーどりひ・であぐれーせ)は頬杖をついている。
「……いつかは知らなきゃいけない事だからね?」
 ティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)が言う。
「ちゃんと言ってあげるべきだと思う。ショックだろうけど……それを乗り越えるかどうかは、ファーシーさん次第だと思う」
「……そう、ですね。確かに避けては通れない話題ではあります」
 スヴェン・ミュラー(すう゛ぇん・みゅらー)は、以前の恋人を思い出してしんみりとしていた。どうしても、ファーシーに自分を重ねてしまう。
「でも彼女は一人じゃない。乗り越えるための手助けは出来るはず……!」
「剣の花嫁の私もですが……寿命……耐久年数の違うモノ同士、いつかは別れる時がくるんです」
「運命なら仕方ないだろ?」
「フリッツ……」
「そんなお気楽なものじゃないでしょう」
 志位 大地(しい・だいち)は、ファーシーに向けてのメッセージが何らかの形で残っているかもしれないと思っていた。そして、実際のものを見て、光明が見えたような気がしていた。それを見せて感じさせることによって、ファーシーが救われるかもしれない。ティエリーティアが泣かなくてすむような結末になるかもしれない、と。
「出会いがある以上別れは必ず来るよ。それは、寿命が違う種族だけじゃない、同じ種族同士にだって起こりえる事なんだから」
 ティエリーティアは、パートナーと別れたファーシーの事、離れなければならなかったルヴィの事、そして、スヴェン達との将来を考えた。自然と伏し目がちになってしまう。フリードリヒが立ち上がってテーブルを叩く。
「だーかーら、大事なのはそこじゃねーって! 一緒にいられる時間は限られてんのは種族云々関係ねーだろ!? いつ来るか知れん別離に怯えて今っつー時間を無駄にするのは馬鹿の所業だっつってんの!」
 ティエリーティアとスヴェンは、驚いてフリードリヒをまじまじと見た。2人だけでなく、全員の視線が集まってくる。
「……まあ、一回死んでるからこそ出てくる意見かもしれねーけどな」
 ふてくされたように座り直すフリードリヒ。微かに笑って、スヴェンは言う。
「伝えないよりは伝えたほうがいい。知らないのと知っているのとでは大違いだ……私は、そう、思います」
「……うん……そうだね」
「タイミングだけは見誤らないように、お願いしますねティティ」
 そこで室内の電話が鳴った。受話器を取ったソルダの表情が、安堵のものに変わる。
「そうですか、ヒラニプラの技師さんが協力してくださると……。ありがとうございます。大丈夫、安心してください。彼女を鍋にはさせません」
 ソルダが電話を切ると、それを待っていたかのように村内放送が流れた。耳鳴りのような音と共に聞こえてくるのは、村長の悲鳴。
『た、助けてくれ! 鍋にされる!』