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リアクション
第3章 穴蔵と思惑(後編)
「まあ飲んでくれ。ああ、安心してくれ、ただの水だ。飲んだら落ち着くだろ――って、無理か」
鉄格子の前にしゃがみ込んだ緋山 政敏(ひやま・まさとし)は、水の入ったコップを手に少しうなだれて見せた。
「じっくり話を聞くつもりだったんだがな」
牢が並ぶ通路になだれ込んだ生徒達は、ただでさえ狭い通路をさらに狭くし、それぞれの口から発せられた言葉が喧噪となって空間を埋め尽くしている。
「ま、まあ仕方ないわ。テティスさんの力になりたいってここまで来たわけだし」
政敏の横で、ギュウギュウと格子に向かって押しつけられたカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)が、やはり窮屈そうに苦笑する。
「臨機応変ってやつか」
政敏は――それすらも窮屈そうに――首を振る。
「じゃあもう単刀直入に要点を聞くぞ。倒れる前に、何か音を聞かなかったか? もしくは何かの揺れを感じなかったか」
「……音……揺れ……」
「あるいは、記憶が跳んでたりしないか?」
政敏はテティスの瞳を覗き込む。
「音と揺れは、聞いたような気がするわ……。記憶は、と、跳んでると言えば警備隊の人が私を起こすところまでは跳んでる。それ以外は大丈夫……だと、思う」
少し前、剣の花嫁が操られた事件を思い出し、何かの可能性に思い至ったのか。テティスは一瞬顔を蒼ざめさせ、すぐに俯いて首を横に振った。
スッと。
カチェアが鉄格子の間から手を伸ばし、力づけるようにテティスの肩を叩いた。
「じゃあえーと、後は……いててて」
眉間に皺を寄せて次の質問をひねる政敏だったが、後ろからの圧力はぐいぐい格子の前の二人を押し流そうとする。
政敏はため息をひとつ。
「仕方ない。カチェア、今の話、クイーン・ヴァンガードの情報網で流しておいてくれよ」
「了解! 『テティスさんが体を張って手に入れた情報。無駄にするな!』って、添えとくわっ!」
政敏の言葉に、カチェアはグッと腕を構えてみせた。
「いやいや、大人気じゃねーか、キミ」
通路で大人数が揉み返しているせいで、むしろ広々とした印象となった牢内。
テティスのちょうど向かい側から声が上がった。
「ん? ああ、オレか? オレは訳あってツァンダへの護送待ちの真っ最中。キミと同じ囚われの身って訳だ」
テティスの真正面の牢。
日比谷 皐月(ひびや・さつき)は怪訝そうな顔のテティスに、少し自虐混じりの笑みを投げてから、自分の前の格子に身を寄せた。
「ちょっと耳貸しなよ」
いくら寄せたところで会話が漏れ出るのは防げない状況に、テティスは戸惑いを浮かべる。
「……まぁ雰囲気だ。大事だろ? そういうの」
皐月の言葉に、テティスは素直に格子に身体を押しつけた。
「いいか? オレは大人しく護送されてやるつもりはない。ま、脱獄って訳だ。ものはついでで、キミもそうするってんなら――手を貸すが」
皐月は試すような調子でいったん言葉を切った。
「座して待つか、自ら掴むか二つに一つだ。さぁ、どうする?」
驚いたような表情を浮かべた後で、テティスは黙って顔を伏せた。
「あーいや、冗談冗談。信じてるんだな、パートナーの事。ま、牢屋の鍵はついでに開けていくから――精々脱獄未遂の罪状を追加されないように――」
「おいおい、バカ言えよ。この千載一遇のチャンスになに渋ってんだあんたっ」
テティスを脱獄させようとタイミングを見計らっていた篠宮 悠(しのみや・ゆう)は光学迷彩を解いて、思わず会話に割り込んだ。
鉄格子を揺さぶってテティスに言葉をかける。
「ここで燻ってるのも面倒なだけだろ……意地通せよ。自分の無実は自分で晴らせばいいだろ」
「そうです。こんなところで座り込んでいられては私にとっては不都合というもの。あなたには、動き回ってもらわねばデータが取れません」
悠の横に立った真理奈・スターチス(まりな・すたーちす)が、テティスを焚きつけるようにまくしたてる。
「私はね色々と知りたいのですよ。なに、今回の事件の真相などどうでも良いのです。興味があるのは『十二星華のテティス・レジャ』。教えてもらいたいものです、十二星華のこと。それから、星槍コーラルリーフの詳細……なぜ私たちの光条兵器を超えて優秀な性能を有するのか」
真理奈の言葉の後半には、貪欲な好奇心と、どこか歪んだ羨望がのぞいた。
「……ええと、いや、こいつはこう言ってるけど誤解するなよ? もちろん事件解決には協力する。無事に解決した暁にはって意味だぜ?」
パートナーの言葉に、慌てた調子の悠がフォローを入れる。
「ただで教えてくれると言うことであれば歓迎しますが」
「……ちょーっとだまっといてもらえるか?」
悠は半眼で真理奈を睨んだ。
「と、とにかくこのタイミングを逃す手はないぞ。脱獄でも何でもしてさっさと鳴動館に向かってだな――」
「脱獄上等。その意見には大賛成なんだっけどね」
まるで人波に乗っかるように、横から姿を現した如月 夜空(きさらぎ・よぞら)は、腕を組んで唇を尖らせた。
「あっ、夜空! なに堂々とそんなとこにいるんだよっ!」
牢の中から夜空の姿を認めた皐月が、焦った声を上げた。
「ああん? こんだけ人がいたら堂々とするしかないでしょーが」
ふんっとばかりに夜空は胸を張ってみせる。
「脱獄は準備は? キミ頼みなんだけど」
「そんな鍵なら二秒で開けてあげるけどね。こんだけの人混み縫って鮮やかに脱獄してみる勇気あんの? きっと前代未聞、あんたヒーローよ。きっとあたしも」
そこで、夜空は楽しそうに笑みを浮かべる。
「それとも――ここら辺の人の頭、片っ端からポカスカ引っぱたいて気絶させて、あそこの壁にどっかーんと大穴ブチ開けて逃げるっていうなら全力でやるけど」
「ちょ、ちょっと待て! ダメだ、ダメっ! 誰かが痛い思いをするのは禁止!」
皐月は今度こそ真剣に焦った声を上げた。
「だったらぐじぐじこまけぇこと言ってないで、ナイスな脱獄の算段考えな。その頭、飾りじゃないんでしょ?」
夜空の言葉にあぐらをかいて腕組みを始めた皐月。
そこへ――
「そいつぁどうだろうな」
テティスの前に、ヒーローマスクに神父風の衣服という傍目にも異相のコーディネートをした武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が立った。
「さらに罪を重ねるつもりか?」
「私はまだ何も――」
牙竜の言葉に反論しかけたテティスの声を、さらに牙竜が遮る。
「『何もしてない』? 突然イルミンスールに乗り込んでいって大騒ぎ。その後の混乱は結局、一般の生徒が後始末しながら解決することになってのにか?」
「それは……」
そこで、牙竜は【その身を蝕む妄執】を発動。
少し前の事件の犠牲者や迷惑を受けた人の怨嗟や怒声の幻覚をテティスに送り込む。
同時に、さっきから背後で血煙爪と日曜大工セットで何やら作業をしていたリリィ・シャーロック(りりぃ・しゃーろっく)がトンと、完成品を取り出した。
丸太から切り出した小さな木像。テティスと彼方が手をつないでいる。
と――
ギュルルルルルル!
血煙爪を起動させたリリィは、木像を真っ二つに斬ると、に二つの首をはね飛ばす。
「っっっっっ……」
リリィは、その血煙爪アートのできばえに、どこか焦点の合わない瞳で、満足そうに肩を震わせた。
幻覚とその光景が何やら奇妙にシンクロして、テティスは顔を蒼ざめさせる。
「今の状態が一般生徒が味わった心情だぜ?」
牙竜が、テティスに小声で告げる。
「今しなければいけないのは懺悔じゃねーのか、テティス? このままなら、ティセラを支持する奴は増え続ける。クイーン・ヴァンガードは、どんどん動きにくくなるぜ?」
「まぁクイーン・ヴァンガードの独善的な行動に関しての意見には概ね賛成だが……そのくらいでいいだろう。彼女は言葉が理解できる」
アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)は鉄格子の前でどっかと腰を下ろすと、未だ青い顔をしているテティスと目線を合わせた。
「大丈夫かね?」
ライヘンベルガーの言葉に、テティスは頷いてみせる。
「では続けるが――君が今ここにいるのは、甘さや、あるいは他者を舐めた考えの積み重ねが原因なのだと、わかっているかね?」
テティスはライヘンベルガーの真意を探るように、その目を見返した。
「先日のイルミンスールでの狼藉の件は、口頭で落度を認めた事は聞いている。だが、だ。君達は自組織の名前を掲げた上で、教員や校長の許可無く校内へ進入し狼藉を働いたのだ。クィーンヴァンガードと言う『権威』が魔法学校の『権威」に対して唾を吐いた、そういったレベルの行為をそれだけで済ますとは、何事であるかっ! 子供の喧嘩とは訳が違うぞ! 本来なら教員か校長に対して謝罪を行うべきであるし、後に現場責任者の首を飛ばした上で、最高責任者から公式の謝罪があって然るべきだがそんな話は一切聞かん」
ゆっくりとだが、蕩々と積み上がるライヘンベルガーの言葉に、徐々にテティスは顔を伏せる。
「何か、返答はあるかね」
「『ごめんなさい』はすぐここまで来ています」
テティスは胸の辺りを押さえた。
「でも、たぶんそれはふさわしい言葉じゃなくて、きっと簡単な言葉だから。だから――ありません」
「ふむ」
ライヘンベルガーは少しだけ興味深そうな表情を浮かべ、さらに口を開いた。
「本件についても、警備隊の方々に話を通し筋を通してから調査を行えばこんなことにはならなかった筈だ。君達が掲げているのは『大人』の世界のものだ。それを、自覚したまえよ」
小さく頷きかけたテティスは、次のライヘンベルガーの言葉で、弾かれたように顔を上げた。
「さて、では君を弁護しようか。警備員はどこだ」
「あ、あの……」
「勘違いしてくれるなよ、ただ糾弾することになど意味はない。いつだって進歩を求めるだけだ。君たち生徒にも、自分自身にもな。それに、君の賢しさ――気を悪くしてほしくないのだが、君の小賢しさはね、このように自分が犯人だとひけらかすような真似はしまいよ」
ライヘンベルガーは辺りを見渡し警備員の姿を探す。
と、その時。
「なっ! どうなってんだこりゃ!?」
休憩室から帰ってきた老警備員が、驚愕の悲鳴を上げた。
「ん? ちょうどいいな」
目の前の風景に、理解が追いついていない老警備員に向かって、レン・オズワルド(れん・おずわるど)が声をかけた。
「身柄拘束までは仕方がないとはいえ……状況証拠だけで逮捕というのははたして妥当な扱いなのか。被害者は誰だ? 被害届けは?」
「君は、君たちはなんだ?」
「……たぶん一概には言えない気がするが、そこの囚人の釈放を目指して来た。正面入り口から入ったぞ」
「正面からって……」
老警備員は頭痛を堪えるように、ひたひたと額を叩いた。
それから、ため息をついて口を開く。
「被害者に周辺の家屋への破壊被害……痕跡はくっきりだったけど。現場写真ではね」
「しかし、彼女がそれを行ったという明確な証拠はない。まさか暴れたかもしれないという理由だけでここまで拘束するのが、妥当とも思えないんだが」
老警備員はその言葉にむっとした表情を浮かべる。
「立て続けにおっかない事件ばっかり起きてるんだ。別にそこのお嬢ちゃんがそうだって決めつけるわけではないけどね、剣の花嫁ってだけで警戒する住民は増えてるし、その剣の花嫁が牢の中ってだけで安心する輩が多いのも事実なんだよ」
「なるほど。ま、不安は怯えに……やがては疑心暗鬼に化けるからな」
レンは少し納得したようにコクリとひとつうなずいた。
「現況、いくら『逮捕』の根拠が薄弱だったとしても、俺にも彼女が犯人かどうか、無実かどうかを証明する手段はない」
レンの言葉に、老警備員は満足そうに頷く。
「が――本来、刑事事件において裁判で罪が確定するまで被疑者は推定無罪、だ。そこで――」
レンは懐からゴルダの入った袋を取り出し、老警備員に手渡した。
「こいつで、彼女に一時の自由を与えてやってくれ」
「俺も乗らせてもらうぞ。俺の分と――」
レン後ろから、スッと手を伸ばした風祭 隼人(かざまつり・はやと)が一つ袋を重ね、
「もうひとつ、兄から借りてきて分だ」
重さで、老警備員の腕が下がる。
「まだ不足なようなら環菜校長に用意してくれるように何とか頼んでみる。どれくらいあれば、彼女の拘留を解ける?」
御神楽 環菜(みかぐら・かんな)の名前まで出し、隼人は真剣な表情を浮かべた。
「……」
老警備員はそんな隼人の眼と、手元の袋に、代わる代わる視線を送る。
「これ……賄賂?」
瞬間、眼に捕らえられないほどの速度で動いた隼人の腕が、老警備員の手元からゴルドの袋を奪い返していた。
「そ、それが警備隊の言うことかっ! 保釈金に決まってるだろ! 保釈金! こっちは極貧生活覚悟の全財産賭けて話してんだ! 真面目に聞いてくれ、真面目にっ!」
「よし、まだ不安だってんなら、こっちはさらにもうひとつ条件をつけよう」
常にはあらず、やや取り乱してみせる隼人を、落ち着かせて前に出たのはエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)。
ピシッとしたスーツ姿で、かけていたサングラスを少しずらして老警備員に視線を送る。
「警備員さん。事件現場の破壊の痕跡ってのはどんなもんなんだ?」
「写真を見た限りじゃ……どっちかつっと衝突痕かねぇ」
「このレジャさんは光条兵器使えるのに?」
「自分が疑われないようにあえてってこともある」
「あり得る話だな。ただ、今回例えば鋭利な切断面が残ってるようなことがあったなら――警備隊はそれこそこぞってレジャさんを犯人って決めつけるような気がするんだけどな。鋭利って言うなら、例えば光周波ブレードは空京大学の公購買にだって売っているわけで――要するに、誰だって出来ることかも知れないのに」
グッと警備員が言葉を詰まらせる。
「だったら、誰にでも出来るなら尚更、そこの嬢ちゃんが現場に倒れていたのは何よりの証拠じゃないのかね?」
老警備員の言葉に、エヴァルトは肩をすくめた。
「確かにな。だったらこの状況証拠は結構な決め手だ。それに、空京の治安維持を考えたら――特にここ最近の空京での剣の花嫁が起こした事件を見たら俺だって強いことは言えない。『もうこのまま外に出してなるものか』って警備員さんの気持ちも良くわかる。ただ、学友としては状況証拠だけでブタ箱入りってのはあんまりじゃないかって思ってる。もちろん学友だからって無条件にレジャさんが犯人じゃないなんてことを言うつもりはないから、勘違いしないでくれよ?」
エヴァルトは人差し指を伸ばす。
「だから、もうひとつの条件だ。もしレジャさんが逃亡でもはかるようなら……その時はこっちだって蒼空学園の評判を下げられたんじゃたまらないからな」
そう言って、エヴァルトは鎖十手を取り出して見せた。
「安心してくれ。俺がきっちり、捕まえて、ふん縛ってみせる――これでどうだ?」
「そう言われてもねぇ……」
老警備員はポリポリと頭をかいた。
「それを決めるだけの権限なんて……保釈金預けてもらったところで……それを決める権限、私にはないしなぁ」
「い、いまさらそれはなしだろっ!? どうにかしてくれよ!」
「無茶を言え!」
「え、えと……あの、皆さん、少し落ち着いて――」
レン、隼人を巻き込んで、老警備員と言い争いを始めたエヴァルト。
思わず遠慮がちに発せられたテティスの声を、
「テティスは気にしなくていーの」
アイナ・クラリアス(あいな・くらりあす)が遮った。
「え、で、でも。あなたのパートナーさんも全財産とか言ってるし……保釈金とは言え。私のことで皆さんにそんな迷惑かけるわけにはいかないわ」
「いいの。まあ他の人のことはさすがに私も請け負えないけど……隼人のことならぜんっぜん気にしなくていいんだから。徹底的にコキ使ってあげて。それよりも――」
格子のすぐ側に寄ったテティスの鼻先に、アイナは人差し指を突きつける。
「テティス。あなたは、彼方とどうなりたいの?」
ポッと。
テティスの顔に朱がのぼる。
「そそそ、そんなこと、今関係ないじゃない!」
「じゅーぶん関係あるよ。私はその願望に添うようにしたいと思って、サポートしにきたんだから」
「ど、どうもなりたくないわっ! 彼方となんてっ!」
フイッとテティスは顔を背ける。
ツツツっと、ミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)がそちらの方向に回り込んだ。
「でもでも! 彼方さんは鳴動館に向かいましたよ?」
その言葉で、テティスはハッと顔を上げた。
「彼方が?」
「はぁい」
「ウソ?」
「ウソなんてつかないですよ」
プウッとミュリエルは頬を膨らませる。
「本当はお兄ちゃんに、警備員さんを説得してくれって頼まれてたんですけど……これは、テティスさんが先ですね」
ちらりと、エヴァルト達のやりとりを確認してから、ミュリエルは、テティスの眼をのぞき込んだ。
「私、もう少し大きくなったらクイーン・ヴァンガードに入りたいって思ってます。だから先輩、意地はって答えるのとか、無しですよ?」
「……」
「今回捕まってしまったのは、きっと何かの間違いだって思います。だから、私、テティスさんが望むなら、釈放してくれるように警備隊の人たちに精一杯お願いしてきます。テティスさん――今、どうしたいですか?」
「……」
ミュリエルの真剣な顔に、テティスは言葉を詰まらせ、頭を抱えた。
「頭回したいときには糖分だぜ。ほれ、饅頭」
ミュリエルの横から、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)はテティスに格子越しに饅頭を手渡した。
「いやぁ、警備員のご機嫌とって面会させてもらうつもりで持ってきたんだけどな。なんかどさくさで入れちまったからな。ほらまだ食うか?」
呆気にとられるテティスの手にさらに一個、二個。
「それ食って落ち着けば気持ちもハッキリするだろ。彼方が鳴動館向かったって聞いて、ちょっと嬉しいだろ?」
「う、嬉しくなんかないわ。彼方はきっと女の子なら誰でも助けに行くもの」
「小谷 愛美(こたに・まなみ)と親しそうにしてたの、まだ気にしてんのか? 絶対に誤解なんだから、そんなに気にしなくてもいいんじゃない? ヤキモチだよ、あんたのヤキモチ」
「や、ヤキモチなんか焼いてないっ!」
「あんたも大概頑固だな」
トライブはやれやれと肩をすくめた。
「んじゃ、想像してみろよ」
言って、トライブは真正面からテティスを見据えた。
「彼方がテティスに『実は、会わせたい女の子が居るんだ』っても平気か?」
一瞬、テティスの顔から表情が消えた。
「満面の笑みで『俺が好きな人だから、テティスも好きになってくれるよな』って言われても受け入れんのか?」
トライブの視線を受けたテティスの眼が落ち着きなく動き、少しためらいがちに唇が開きかける。
「う、うけい――」
「おいおい、意地っ張りは無しって、そっちのちっちゃい嬢ちゃんが言ってなかったか? 未来のクイーン・ヴァンガード隊員の前で、嘘はつかないよな?」
トライブの言葉にテティスは両拳をグッと胸の前で結び、
「うー! うー!」
歯を食いしばってうめき声をあげた。
その目の端には、うっすらと涙がにじんでいる。
「ま、決まりだな」
トライブはテティスの表情に、ニヤリと満足そうに笑った。
それから、留置スペースの中央に向き直って大きく息を吸い込む。
「よーしみんな聞いてくれ! 特にそこの警備員のオッサンはよく聞いてくれ! ここにいるテティスは今回の事件の犯人じゃない。真犯人は別に居る!」
部屋の中に、怪訝そうなささやきと、好奇のざわめきが満ちる。
「いいか、よく聞けっ! 真犯人は――俺だっ!」
「なっ!」
突然の真犯人宣言に、老警備員は言葉を詰まらせた。
「はぁ」
そのすぐ脇。
グッと自分の胸に親指を突きつけた相棒、トライブの姿を見てジョウ・パプリチェンコ(じょう・ぱぷりちぇんこ)はため息をつき、「トライブのお人好しにも困ったもんだね」と独りごちた。
それからふるふると首を振って振って表情を引き締めると、
「ああーっ! ボ、ボクあの人が暴れているのを見たことありますっ! あ、あれは空京郊外の……そう、まさに鳴動館ですっ! 鳴動館の近くでしたっ!」
大仰な叫び声をあげてみせた。
『なっ!』
部屋の中の気配が色めき立ち、一瞬でトライブに集中する。
その瞬間を見逃さず、ジョウはさらに警備員の耳元でポツリと囁いた。
「知ってた? あの牢の中の女の子、十二星華だよ。女王候補をいつまでも牢に入れておくのは問題なんじゃないかなあ? まして、こうやって真犯人がでてきて、誤認逮捕だってなったら――尚更だよね?」
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