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ヴァイシャリー観光マップ

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第6章 真心プレゼント


 はばたき広場を西に抜けてしばらく歩くと、道の先に、男性の彫像が顔を出す。右手にナイフ、左手に物差しを持った彼の名は、ヴァイシャリーの職人なら誰もが一度は耳にしたことがあるだろう。騎士の橋を始めとした、代表的なヴァイシャリー建築や彫刻の幾つかを遺したピエトロ・ナンニーニ、神の指先を持つと称えられた石工であり建築家であり彫刻家である。
 残念ながらこの彫刻は後世の人間が彼の功績を伝えるためにつくったものだが、彫像のある円形の広場を囲むように作られた建築物はピエトロの作品である。彼の作品の特徴である躍動感はなく質実剛健といった趣の煉瓦造りの建物だが、よく見れば扉や柱のそこかしこに、物差しやノミ、糸と鋏といった道具の彫刻が施されているのが分かるだろう。
 彼は私財を投げうってこの建物を建設し、当時お世辞にも待遇が良いとは言えなかった職人達を集めた。それが職人達の意見と技術を交換し、商品の価格を維持するなどを目的とした相互扶助組織──ギルドの始まりである。今でも建物は、石工、皮細工、宝石細工、織物などの協会の本部が入っている。
 そしてギルドができたため、この広場周辺には職人が次々と集うようになり、今ではこの周辺は職人街と呼ばれている。
 広場から放射状に走る道の両側には、小さな店がずらりと並ぶ。
 工房を兼ねている店から、少し奥まったところにある工場から運ばれてくるものもある。品質もピンキリ。しかし個性豊かな商品が多い。
 特にアクセサリーなどは制作者の個性が表れた一点物も多く、クラーク 波音(くらーく・はのん)は目を皿のようにショーケースを見つめていた。
「真剣ですね……? 何かお目当てのものがあるんですか?」
 二、三歩下がった位置で、幻時 想(げんじ・そう)が控えめに訊ねる。
「うん! もう決めてるんだ」
 アクセサリーショップをはしごしてもう五件目になる。
 想は、女の子はやっぱりこういうのが好きなんだなぁと、微笑ましく見ていた。
「どうだいお嬢ちゃんも?」
 そんな想に、職人が笑顔でハートのネックレスを掲げてみせるが、首を横に振る。男装の麗人といった風に見えるが、男だったから。それに今日はマップ作りと荷物持ちに徹するつもりだった。あえてするなら、波音へのアドバイスだ。今日は粗悪品を掴まされないよう、装飾品については事前に勉強してある。
 この店は大丈夫そうだな……と波音を眺めていると、彼の首に背後から鎖が巻き付けられた。さっきのネックレスだ。
「遠慮することないのに〜。似合ってますよぉ?」
「うわっ! ……先輩、驚かせないでくださいっ」
 ショーケースに映る自分の顔。その横に、両手にネックレスを付けてみせたプレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)の顔が覗く。気になる女の子ににほっぺたを接近されて、彼の頬はほんのり赤く染まった。
「ぼ、僕はマップ作りに来たんですよ。……仲良しのお二人に混ぜてもらうだけでも……充分なんですから」
「だから、遠慮しないでください〜。ええと、プレナ達だってマップ……そう、観光マップ作りにきたんですよ! 遊んでるように見えるかもしれないけど、これはあくまでついで、ですからねぇ」
「……そうですか……」
「だから幻ちゃんも……あ、あれいいですねぇ」
 プレナはネックレスを外すと、今度は店の片隅にあったカチューシャ──バネが付いていて、その上に何故かバラの花が付いている──を想に被せてみせる。
「な、何ですかコレ」
「昔流行ったらしいですよぉー。幻ちゃんはピンク、プレナは赤でお揃いですね。はい、はのんちゃんにも黄色!」
 波音にかぽっとカチューシャを嵌めて、プレナはにこにこ笑っている。それから次々と、可愛らしいリングやブレスレットやツノや髭や……何だか訳が分からないものをかぶったり付けたりして遊ぶ。
「もうプレナったら、真面目にヴァイシャリーの為にねぇ……」
 試着が終わったそれらは、ぶつぶつ言いながら、彼女のパートナーマグ・アップルトン(まぐ・あっぷるとん)に回収されている。回収された変なものは、元の棚に戻されつつ、変なものが集まった棚を眺めているうちに腕がぷるぷる震えて我慢できなくなったマグに、
「真面目に……マップ……を……うう、なんだかわからないけどララちゃん勝負だっ!」
 再び取り出されて、波音の真似っこをして意味無く真剣な顔でアクセサリーを見ているララ・シュピリ(らら・しゅぴり)の元へ持って行かれた。
「ララちゃん見て見て、えっへん、これすごいでしょっ」
 勿論マグの物ではないが、彼女は胸を張って自慢した。カラフルな箱の取っ手をくるくる回すと、猿が飛び出てぷーぷーラッパを吹くオモチャだ。しかし、ララが逆に胸を張る。
「ふっふーん。今日のララはぁ、お買い物の遊び中だからぁ、競争の遊びはお休みなんだよぅ」
「ええ〜」
「今日のララはオトナなんだよぉ。はい、プレゼント」
 ララはマグに近づくと、胸元に、金色にぴかぴか光るブローチをつけた。八分音符を象った物だ。
「マグちゃんはお歌だいすきだから、おんがくの形のプレゼントだよ。えへへ〜音楽は胸の奥にあるこころで感じるからぁ♪」
「ララちゃんありがとう。あのね、マグからもプレゼントがあるんだよぉ」
 マグがポケットを探ると、さっき密かに買った缶バッジを掌に乗せた。ポップな絵柄で楽器が描かれている。
「マグとお揃いなんだぁ」

「やっと見付けた!」
 別の店をはしごすることまた数件。
 波音がその小さな小さな店からほくほく顔で出てくるのを、プレナ達が迎える。
「何を探してたんですかぁ?」
「えへへ、二人にプレゼントだよ」
 波音はプレナに向き直ると、小箱からシルバーペンダントを取り出した。
「プレナお姉ちゃんにはこれね。えとね、スイートピーって“優しい思い出”って花言葉があるんだって! これからも思い出を作ろうね」
 楕円を囲むようにスイートピーがあしらわれていて、可愛らしい。プレナの胸元に花が咲いた。
「似合ってますよ……」
「想ちゃんには、これね」
 波音は、プレナに見とれてため息をつく想の胸元にも手を伸ばす。想のクロスに羽がついたシルバーのネクタイピンだ。
「いつもネクタイ付けてるから、どうかなって思って」
「……ありがとうございます。嬉しいです」
 微笑んでお礼を言う想。その姿を少し離れたところから見つめる者がいる。
「セプティさん、ありがとうございます。これは私からのプレゼントです」
 セプティ・ヴォルテール(せぷてぃ・う゛ぉるてーる)の二つに結った赤い髪に、アンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)が髪飾りを付ける。百合園の影響でできた和風小物の店で買った髪飾りは、クローバーの蒔絵が入った、雫型の琥珀といった手の込んだものだ。精霊ながら着物を愛用するセプティによく似合う。
「……あ、ありがとう」
 返事がどこか上の空なのに気付いて、アンナは視線を追った。
 その先には想がいる。そして手には根付がもうひとつ──ひとつは花模様で、既にアンナがもらったものだ──それも、セプティが今日買ったかんざしと同じ色柄のもの。今日一緒に過ごして彼女がそわそわしながら選んでいたのを知っている。
「いっていらっしゃい」
「……あ……」
 母親のように言うと、セプティはぺこりと頭を下げて想の元に走っていた。
「あのっ、これ、想ちゃんに」
 彼女はお互い人付き合いが苦手だと言うことに、不思議な親近感を持っていた。それは二人ともかつての故郷で虐められ居場所をなくしたから、だということにまだ気づいてはいなかったけれど。
「みんなでずるいですよぉ。プレナだってプレゼントがあるんですから!」
 想が根付を受け取ったのを見届けてから、プレナが抗議する。
 そうして、蛍石のストラップが全員の携帯電話に付けられることになった。
 それから──彼女たちは一応覚えていたらしい。
 夕方になって百合園女学院に戻ったときには、職人街の一角は、可愛らしいイラストが満載の観光マップになった。