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踊り子の願い・星の願い

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リアクション



【1・疾走中のふたり】

「はぁ、はぁ、はぁ」
「はっ、はっ、は」
 ふたりの激しい息遣いが、昼もかなり過ぎた頃合の空京の下に響いていた。
 両者は息を切らしながら後ろを振り返り、そこに人影がないのを確認する。
 そして深く息をつき、『空京商店街へようこそ』と書かれた立て看板にもたれかかった。
「はぁ、はぁ……本当にごめんなさい、ホイップさん。すっかり巻き込んでしまって」
「はっ、は、あ、いえ。それはもういいんですってば。誰だっていつも籠の鳥じゃ、息がつまっちゃいますもんね」
 小休止の最中に言葉をかけあうシリウスことミルザム・ツァンダ(みるざむ・つぁんだ)と、ホイップ・ノーン(ほいっぷ・のーん)
 その、女王候補と十二星華という取り合わせに、行き交う人達は自然とそちらへ視線を向けていた。
 それを特に気にしないまま、シリウスは大勢の人前であればもう大丈夫だろうかと淡い期待をするも、すぐにそれは打ち砕かれる。
「いたぞ、こっちだ!」「逃がしてたまるか!」
「いけない。鏖殺寺院の方々は、街中でもお構いなしのようですね」
「ああ、もう。どうして私の人生ってばこうも休みを与えてくれないのかなぁ!?」
 早くも追っ手に見つかったふたりは、再び商店街の中を駆けて逃走を再開させる。
 そんな、追いかけっこと呼ぶにはかなり鬼気迫る様子の彼女らを、買い物をしていた御凪 真人(みなぎ・まこと)セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は目撃する。
「なんでしょうか。また何か事件ですかね?」
「あれホイップじゃない、どうしたのかな。ただごとじゃなさそうな雰囲気だけど」
 真人はセルファの言葉で不審者に追われ中のホイップを確認し、そして隣の人物を見て両の目を見開かせる。
(一緒に居るのはミルザムさん? なぜ空京に居るのでしょうか? それも、要人が護衛も付けずに。変ですね)
 真人が思考を巡らす一方、セルファは追跡者達に殺気看破を使用する。
 すると即座に頭の中に連中のただならぬ殺意が飛び込んできた。それを確認するや否や、
「助けるわよ。真人!」
「え? ちょっ、待」
 セルファは真人の袖を引っ張りながら、有無を言わせず疾走を開始し。
 半ば道連れ気味に首を突っ込まされた真人も、このまま放置するのも忍びないとして、自分の足で後を追うことにした。
 こうして追跡者を更に別の追跡者が追う形となった。
 その先頭に位置する逃走中のシリウス達。彼女らは背後を気にしつつ、前方の買い物客達にぶつからないよう配慮して足を動かしていた。
 が、そこへなんともお約束な感じで、スーパーから丁度出てくる人物が。
「……少し買い過ぎたか……」
「今日は特売だったから、ボクも気合入れすぎちゃって、たくさん買い込んじゃったよ」
 それは頭の上で笹を食べるティーカップパンダのレンファを乗っけたアシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)と、両の手にレジ袋を提げた御陰 繭螺(みかげ・まゆら)、更にその傍にはスーパーの紙袋を背に乗っけた巨大甲虫のザイフォンがいた。
 そんな珍妙ペット連れの人がいきなり現れたことで、驚きのホイップは避けるのが遅れた。
「きゃっ!」「わ!?」
 そうなれば必然的に衝突し、尻餅をつかされるホイップ。ぶつかった相手である繭螺もレジ袋の中身を派手に飛び散らせながら転倒する。
 しかし野菜や果物、パック卵に至るまで、すべてアシャンテとザイフォンがひょいひょいひょいと空中で確保していた。勿論自分の荷物も落とさず、卵も割っていない。見事だ。
「ホイップさん、大丈夫ですか!? 早く立って!」
「う、うん! あの、すみませんでしたっ!」
 ホイップは軽く頭を下げ、再びシリウスと共にその場を後にする。
 残されたふたりと二匹はそのまましばし沈黙していたが、
「あいたたたぁ、なによもう」
「……今のは……ホイップか? それと、もうひとりは……」
「え? それって十二星華の?」
「……あ、それより繭螺……」
 起き上がった繭螺はアシャンテの言葉を最後まで聞く前に、背後から襲ってきた寺院達の波にのまれた。
「女、邪魔だ!」「とっとどけ!」
 十数人もの黒や茶色服の連中が動くさまは、まるで本当に濁流のようだった。
「……危ない……と、言っても遅いか……」
「はらほろひれはれ〜」
 繭螺はそのまま、目は元より身体もくるくるとギャグマンガのように回転させられた。
 それはもうバレリーナもびっくりの回転であった。
「そんなとこで踊ってると危ないわよっ!」
「いや、好きでやってるんじゃないと思うけど」
 数秒遅れてセルファと真人がその脇を駆け抜け、ようやく波が去った繭螺は、ばったりと地面に倒れ伏した。
「……大丈夫……じゃないな」
 アシャンテは目を回して完全に気絶している相方を抱き上げると、甲虫の背にゆっくり静かに乗せ、ほかの荷物も角にひっかける。
「……ザイフォン、繭螺を連れて先に帰っていてくれ」
 簡潔な言葉だったが、甲虫はこくりと頭と角を上下させると、のしのしと歩みを進めていった。そして残ったアシャンテは、
「……さて、と。やれやれ、退屈しない事だな……」
 それだけを小さく呟き、後を追い始めた。
 厄介事に巻き込まれた以上は見過ごせないと思ったのか、それともパートナーに対して無礼な態度をしてくれたお礼をするためか。それともその両方か。
 ともかく彼の左目は金色に輝き、前方の連中を確実に見据えていた。そんな気の昂ぶりに、頭の上のレンファは軽く身震いする。
 こうしてまたも追跡者が増える形となった。

 そんな追跡に次ぐ追跡が行なわれている一方。
 空京商店街ビルのひとつ、その屋上にひとり佇むクルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)はフェンス越しに周囲を眺め、超感覚で鏖殺寺院の情報を集めていた。
(……連中がまた不穏な動きを見せているな……)
 研ぎ澄ませた五感に、そこかしこからかなりの数の殺気だった気配を感じるクルード。
 ここまでわかりやすい悪意に、もはや溜め息も出なかった。
 そんな彼の耳に喧騒が飛び込んできた。それは聞き覚えのある女性と、忌むべき敵の声。
 直後には、足はもう動いていた。

 シリウスとホイップは、足を止めていた。
 だがそれは逃げ切れたからではなく。その逆だった。
 追っ手とは別の鏖殺寺院が三人、正面に陣取ってきたのである。
「こいつは驚いたゼ。一緒にいンの、牡牛座の十二星華じゃねえかヨ」
「だがミルザムと共にいるのを見るに、彼女に協力する一派のようですな」
「それじゃあ決まりでござんすね。もろともに殺ってしまうのが得策でござんすよ」
 ひくっ、と息を呑むホイップ。
 自分達の凶行を衆目があるにも関わらずまるで隠そうとしないその物言いに、ただでさえ物騒な鏖殺寺院の中でも、連中は更なる過激派らしいとシリウスは悟った。
「よし。取り囲め!」「くくく、年貢の納め時だぜっ」
 そうこうしている間に、背後から迫ってきた追跡者達が、これ以上逃げられないようにふたりを取り囲むように人の輪を作っていく。
 そんな彼らの動きにシリウスは心の中で舌を打つ。連中はただ暴虐なだけでなく、それなりに冷静さと連携の力も兼ね備えているらしかった。
 逃げ場を失い互いを背にして身構えるふたりと、ニタニタと余裕の笑みを浮かべる寺院連中。まさに四面楚歌という状況であったが、
「はあああああっ!」
 高らかな叫び声と共に、一角が突如崩れた。
 それは追いついたセルファがその勢いを利用したまま、寺院のひとりを思いっ切り蹴り飛ばしたからである。蹴られた男は綺麗に放物線を描いて、近くの壁に激突して気絶した。
「なっ……テ、テメェ! いきなりナニしやがる!」
「ん、細かいことは知らないけどね? ひとつだけ確かなのは、女の子追い回すヤツに良いヤツは居ないわよ、っていうことっ!」
 そう言ったセルファは、くるりと身体を軽く回転させつつの裏拳を掴みかかってきた男に叩き込む。
 めきゃり、という小気味良い音と共に男の鼻から血が噴出し。男は情けなく泣き叫びながらのたうち回ることとなった。
「こっ、このアマァ! 死に急ぎたいんなら、まとめて始末してやらぁ!」
 それを見て別の男が殴りかかるべく拳を振り上げ。触発されるように、他の連中も動き出そうとしたが、
「やれやれです。揉め事は嫌いですけど、女性に手を上げるのは関心しませんね」
 その前に、真人が放ったライトニングブラストによって、拳を振り上げた男は身体を貫かれて昏倒させられた。
 更に真人はシリウスとホイップに襲い掛かろうとした奴らにも、同様の雷をくれてやる。
「さあ早く! 逃げてください!」
 放たれた真人の叫びに、シリウスは一瞬迷う仕草を見せる。
 いっそ自分も戦うべきかとも考えたが、仮にも女王候補が鏖殺寺院相手に不用意に戦ったりすれば余計な争いの火種になりかねない、という己の立場を自覚し踏み込めなかった。
 となればここに留まっていた方が、彼らに余計な手間を取らせるだけだとして、ホイップの手をとって再び走りだそうとするシリウス。
 彼女は真人とすれ違いざまに尋ねる。
「ありがとう、でも、どうして助けてくれるんですか?」
 それを聞いて真人としても少し答えに詰まった。
 シリウスの正体は知っているが、別に見返りを求めてやっているのではない。
 彼女が何か目的を持って行動しているとわかったので、深い追求は無用として助けることに決めただけだ。
 だから改めて理由を聞かれると困る。
「ま、別にただのお節介ですよ」
 ゆえに簡潔にそれだけを呟いておいた。
 シリウスはその言葉に、もう一度ありがとうと返して、走り去っていった。
 そんな彼女達を真人と共に見送っていたセルファは、
「ところで、さっきの人、誰?」
 今更ながらの質問をしていた。シリウスがミルザムだと言うことに気がつかなかったらしい。
「セルファ。日ごろから新聞くらい読みましょうね」
「?」
「それよりも。この大人数相手に、街中で派手に戦うのは危険です! 迅速に、かつ効率的に追い払いますよ!」
「ん、オッケーッ!」
 そしてふたりは追いかけようとする連中の前に立ちはだかった。
「邪魔をするなら、全員死ねばいいんですな」
 彼らに対しているひとりが、抜き身で持っていた剣をおおきく振りかぶった。
「……そうだな。死ねばいい……お前達がな」
 が、それが振り下ろされる前に男の剣はあさっての方向へ飛んでいた。
「へ?」
 男がその意味を理解する頃には、駆けつけたクルードが自身の刀、月閃華と陽閃華を抜き放っていた。
 いつの間に目の前に現れたのか、どっちの刀で自分の剣が弾かれたのか、なにも男にはわからなかった。
 そして間髪すれず突撃してきたクルードに、反射的に手甲でのガードを行なう男。
 それは対応としては間違いではなかったが、正解とも言えなかった。
 クルードは右の月閃華でそのガードを上げさせ、バンザイ状態になった男を左の陽閃華で斬り裂いていた。
 容赦なく左胸を裂かれた男は悲鳴すらあげられぬまま、ばたりと仰向けに気絶した。
 即効で瀕死となった男にまだ息があるのを見て、とどめを刺そうとするクルードだったが、
「くっ……」
 そこへ襲ってきた頭痛に思わず顔をしかめてしまう。
 実はクルードは、いわくある出生の影響で、鏖殺寺院に逆らうと酷い頭痛が起きてしまうのである。
「この野郎っ!」「よくもやりやがったな!」
 その隙を逃さず左右から別の男たちが襲い掛かった。
 しかしそれに対しクルードは、すい、と両の刀を水平に伸ばした。
 たったそれだけの行為だったが、勢いよく迫ってきた両側の男達は、自分の速度のせいで胸元を貫かれる間抜けを晒して倒れる形となった。
「これで三人……」
 自分の厄介な体質から、圧倒的不利を強いられることは覚悟している彼だが。やはり辛いものは辛かった。
 そんな中での唯一の救いは、
(……この連中、数は多く連携もそれなりだが……)
 個々の実力自体はたいしたことがないという点だった。
(レベルに換算すれば、せいぜい10〜15程度……そうか。こいつらは『そういう連中』が結束した一派……といったところか)
 それなら十分太刀打ちできそうだと認識したところで、別の男が真っ向から飛び込んでくる。彼は刀を掴む手に力を込めた。
 が、それが振られる前に男は、どう、と前のめりになって気絶した。
「……だいじょうぶか、クルード」
 そして男の壁が払われた先にいたのは、ようやっと追いついたアシャンテの姿だった。
「……アシャンテ」
 クルードは、現れてくれた相棒の姿に、喜ぶどころか思わず顔をしかめてしまった。
 なぜなら彼としては、この状況で一番来て欲しくない相手が来てしまったからである。
『目の前にいる奴を殺せ』
 精神に刷り込まれた命令が頭に響き、更なる頭痛を呼び起こさせる。
「……気を、抜くな……死ぬぞ」
 だがクルードは、絶対にそれを悟られまいと彼女に背を向けて、別の戦うべき敵へと向き直った。
「……こっちは私に任せろ」
 アシャンテが自分の言葉をどう受け止めたのか、クルードにはわからなかったが。
 彼女はただ彼と背中合わせに陣取っていた。
 その姿は、まさに相棒と呼ぶにふさわしかった。
「く、なにしてるでござんす! さっさと片付けてしまうでござんすよ!」
「……やれやれ、退屈しないことだな」
 アシャンテは溜め息交じりに言いながら、向かってきた男に対して、きゅるりと右から左へ身体を回し。その勢いを利用しての回し蹴りを腹部へもろに叩き込んだ。
 くの字に身体を折り曲げながら数メートル吹っ飛ぶ男だったが、吹っ飛ばした方はそちらに目もくれないまま、肝心の追われていたふたりはどこかと首を巡らせた。
 そして既に遠目にやっと見えるくらいまで逃げ切っているのを確認し、安堵の息をつく。
 ふたりの保護はクイーン・ヴァンガードが動いているだろうと考え、後は寺院の連中を撃退すればいいと踏んだアシャンテは改めて本気を出していくことにした。
 その彼女の頭上のレンファがぴょんとジャンプしたかと思うと、そのまま空中でボールのように体を丸めていく。
「あン? なんのパフォーマンスだヨ」
 それを小馬鹿にしつつ、突っ込んできた男に対しアシャンテは、
 タッ、と地面を軽く蹴るや、今度は上下への回転を披露させた。
 男はそのパフォーマンスの意味を、オーバーヘッドキックによって蹴り飛ばされたレンファが顎に激突してから理解した。
 いくら小柄で毛に覆われているとはいえ、それなりに体重のある動物が勢いよくぶつかれば当然痛いわけで。
 喰らった男は顎を押さえながら苦悶の表情を浮かべ、うずくまりながら自分自身の油断を呪うこととなった。
 そうして瞬く間に同士が次々と倒されていき、劣勢を悟った連中は、
「くっ、しかたないでござんすね。皆の衆、ここは一旦退くでござんすよ!」
 ひとりの男がそう叫んだのをきっかけに、ばらばらに散っていった。
 傷ついた者にはしっかり肩を貸しながら逃げる彼らを見ながら、
「意外ですね。彼らは怪我をした奴なんて、見捨てて行くかと思ったんですけど」
「ま、寺院の連中にも一応仲間意識のあるのはいたってことでしょ」
 真人やセルファは元々追い払うだけのつもりだったので、深追いはしなかった。
 クルードとアシャンテとしては、追いかけて殲滅してもよかったが。互いに互いのことを気にして、結局追いかけることはしなかった。