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【2020七夕】七夜月七日のめぐりあい

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【2020七夕】七夜月七日のめぐりあい

リアクション



●浴衣(もしくはそれぞれの衣装)に着替えて、七夕の始まり

「わー、ミーミルさんお似合いですー」
「ほ、本当ですか? 豊美さんにそう言っていただけて嬉しいです。ありがとうございます、お父さん♪」
 アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)の用意した浴衣に袖を通したミーミル・ワルプルギス(みーみる・わるぷるぎす)が、同じく浴衣姿の飛鳥 豊美(あすかの・とよみ)に褒められて笑顔を見せる。
「似合っているよ、ミーミル。……では、お父さんはヴィオラとネラにも浴衣を届けてくる。時間になったら迎えに来るから、お友達とゆっくり遊んで来なさい」
「はい♪」
 笑顔で頷いて振り返るミーミルを見送ったアルツールは、同様に向かおうとする豊美ちゃんを呼び止め、表情を正して口を開く。
「豊美様、ミーミルのことくれぐれも、く・れ・ぐ・れ・も、宜しくお願いいたします。百合園の校風からしてそう間違いは起こらぬかと思いますが、しかし、もし万が一ミーミルが教育上よろしくないことに巻き込まれようものなら、私はその相手を地の果てまでも追いかけて、生まれてきた事を後悔させてやらねばなりません」
「わわわ、分かりましたー、ですからそんな怖い顔しないでくださいー」
 眉間に皺を寄せ、わなわなと拳を震わせるアルツールに、豊美ちゃんがこくこくと頷く。
「では、私はこれで」
 何かあった時のために、とアルツールが使い魔のカラスを残してその場を去っていく。校舎屋根に陣取ったカラスが見下ろした、飾り付けられた笹の周りには、少しずつ人が集まり始めていた。
「手伝ってくれてありがとうメイベル、瀬蓮一人じゃきっと無理だったよ」
「慣れてしまえば瀬蓮さんも一人で着れるようになります。……あっ、ミーミルも浴衣に着替えたんですね」
 設けられたテーブルの一つを囲んで談笑していた高原 瀬蓮(たかはら・せれん)メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)を見つけて、ミーミルが寄って来る。白、銀、黒の3対の羽がふわり、と舞った。
「瀬蓮さんもメイベルさんも、浴衣がとても似合ってます」
「ミーミルもその浴衣、とっても似合ってるよ! あっ、はいこれ、ミーミルの分だよ」
 そう言って瀬蓮が、メイベルから配られた団扇を手渡す。
「? これは何ですか?」
「ミーミル、これは『団扇』といって、こうして扇いで涼を取るものなの」
 メイベルが浴衣の柄と同じ朝顔が描かれた団扇を扇いで、ミーミルに手本を見せる。
「……えっと、こう、でしょうか」
 見よう見まねで団扇を扇いでみるミーミル、瀬蓮とメイベルの手ほどきもあって、少し経つ頃には上手く団扇を扇げるようになっていた。
「はい、お待たせっ! 浴衣で涼を楽しむのもいいけど、こんな楽しみもあるんだよ?」
 そんな三人の前に、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が作り立てのかき氷を持ってやって来る。
「イチゴにメロン、レモン、ブルーハワイ、宇治金時。シンプルにスイも、贅沢に白くまも用意できるよ!」
「うーん、いっぱいあって悩んじゃうなー。じゃあね、瀬蓮はこれ!」
「えっと、私はこれで。この色、お母さんの髪の色とおんなじです♪」
「あっ、ミーミルも? えへへ、瀬蓮もアイリスの髪の色で選んじゃった♪」
 瀬蓮がレモンを、ミーミルがブルーハワイを選び、スイを選んだメイベルと共に、三つの色とりどりのかき氷がそれぞれの前に並ぶ。
「いただきまーす! ……うーん、冷たーい! でもとっても美味しーい!」
「ふわふわして、口の中ですっ、と溶けていきます。何だか不思議な感じがしますね」
 かき氷に舌鼓を打ちながら、瀬蓮とミーミル、メイベルの楽しげな会話が交わされる。
「さ、どんどん振る舞っちゃうよ! 大盛りもできるけど、食べ過ぎには気をつけてね!」
「ではわたくしは、セシリアさんのお手伝いをいたしますわ。……あら、あちらで頭を抱えていらっしゃるのは、ヘリシャさんでしょうか」
 セシリアとフィリッパが向かった先では、浴衣姿のヘリシャ・ヴォルテール(へりしゃ・う゛ぉるてーる)が大分少なくなったイチゴ味のかき氷を片手に、もう片方の手で頭を抱えて呻いていた。
「あうぅ、頭が締め付けられるように痛いですぅ」
「あらあら、急いで食べてしまわれるからですわ」
「でもさ、これがあるとカキ氷を食べているって気になるから不思議だよね。ヘリシャ、おかわりする?」
 セシリアの問いに、ヘリシャがううん、と首を横に振る。
「また頭痛くなりそうですし、私だけ食べてばっかりなのも悪いですので、お手伝いしますぅ」
「ふふ、ではヘリシャさんには給仕をお願いしますわ。わたくしは氷を運んでまいります」
 そうして、百合園を訪れた生徒に振る舞われたかき氷は、一時の涼と一瞬の頭痛をもたらしたのであった。

「おねにーちゃん、どや? きらきらしててきれーやろー」
「うんそうだね、でもそう使うものじゃないから外した方がいいと思うな?」
 細長く切り揃えた紙を腰に貼りつけ、本人曰く「せくちーぽーず」を取るバシュモ・バハレイヤ(ばしゅも・ばはれいや)に苦笑を浮かべつつ、ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)がくす玉を彩る折花造りに勤しんでいた。細かい作業は好きらしく、見事な造りの青や水色、白の折花が次々とくす玉に飾り付けられていく。
「うん、できた。あとはこれにバシュモが用意した紙を貼り付けて……」
 作業を終えたケイラが玉の先端を持つと、吹き抜けた風に細長い紙が舞うようになびく。
「本当にきれいやわー。うし! うちの短冊くっつけとこー。ねがいごとかなうかもしれんつー短冊やでー、たのしみやわー」
 バシュモが自らしたためた短冊を紙と一緒に貼り付け、後は飾るだけ……だったのだが、付近に足場が見当たらない。背の高い方であるケイラだが、人の背では飾れる高さに限りがある。
(うーん、もっと背の高い人か、いっそ空とか飛べる人にお願いしてみようかな?)
 そうケイラが思ったところへ、持っているものに興味を惹かれたらしいミーミルがやって来た。
「ケイラさん、それは何ですか?」
「あ、ミーミルさん。これは吹き流しって言ってね、七夕の飾り付けに使われるものなんだ。高いところに吊るした方が綺麗なんだけど、自分じゃ届かなくて」
「そうでしたか。分かりました、これを吊るせばいいんですね?」
 言ってミーミルがケイラから吹き流しを受け取り、飛び上がって笹の空いている場所へ吹き流しを吊るす。
「この辺りでいいですか?」
「うん、ありがとう、ミーミルさん。……自画自賛だけど、綺麗にできたかな」
 ミーミルに礼を言ったケイラが、たなびく吹き流しを見上げて満足気な表情を見せる。
「うちの努力のたまものっつーやっちゃな」
「そうだね、お疲れさま、バシュモ。……そうそう、はい、これ」
 隣にやって来たバシュモへ、ケイラがある物を手渡す。それは、星の形をしたバレッタだった。
「今日はバシュモの誕生日だよね。せくちーになりたいっていうバシュモに合わせてちょっと大人っぽいデザインにしてみたけど、気に入ってくれると嬉しいな」
「わー、ありがとなー。これでうちのみりょくばいぞうやで!」
 早速、長く伸びる髪をそれで束ねたバシュモが、くるりと振り返って『せくちーぽーず』を決める。
「これからもずっと仲良くしてね。バシュモがいると暗い気持ちになりそうな時も明るくなれる気がするんだ。……だけど、もうちょっと落ち着いてくれると嬉しいな――」
「どやどや? これ可愛いやろー」
「……って、言ってる傍から!? もー、こらまてー!!」
 満面の笑みであちこち駆け回るバシュモを追いかけるケイラ、そして二人で作った吹き流しに付けられたバシュモの短冊には、

『うちゅうでいちばんうちがせくちー!! ばしゅも』

 と書かれていたのが、風が吹いて裏返る。

『つぎも たのしいたなばた ばしゅも』


「飛鳥豊美よ!
 貴様だけが魔法少女を任命できるわけではない!」


 一方豊美ちゃんは、ミーミルと瀬蓮とに追い付こうとした矢先、桐生 円(きりゅう・まどか)七瀬 歩(ななせ・あゆむ)の魔法少女な名乗りを受けていた。

「舐めた幻想世界に仁義を垂れる! 不意討ちだまし討ちなんでもござれ! 鉛玉と暴力で手早く解決! 魔法少女☆まどまど!」
 
「ゴミ屋敷を見つけたら住み込み掃除! 夜泣きが酷い子には子守唄! 世の中の悩める主婦たちの味方、魔法少女あゆむん参上! 皆さんの心まできれいにしちゃいますよー」

 それぞれポーズを決める二人、しかしふわりと捲れたスカートの中は、何故か褌だった。
「ど、どうして『ふんどし』なんですかー!? ……ま、まさかそれが今の流行りだったりします? 私がやっとぱんつを履き始めたというのに、既に魔法少女の間ではふんどしが主流になっていたのでしょうか……」
「豊美ねーちゃん、真に受けなくていいよ! こんな格好なのは歩ねーちゃんと円ねーちゃんだけだから!」
 歩に半ば強引に同じ格好をさせられた七瀬 巡(ななせ・めぐる)が、捲れそうなスカートを慌てて押さえながら叫ぶ。
「どうしよう、勢いで出てきたけど、何も考えてなかったよ。どうする?」
「やっぱり魔法少女なんだから、皆を幸せにしてこそだと思うよ。ほら、今日は七夕なんだし、ここは短冊の願い叶え勝負なんてどうかな? 大丈夫、こういうのは気持ちが大事だもん! 結果はその次だよー」
「なるほど、願い事を叶える、ね。確かに魔法少女らしくていいんじゃないかな?」
 何やらひそひそ話が交わされた後、円が豊美ちゃんを指差して宣言する。
「飛鳥豊美! 短冊の願い事をどれだけ叶えられるか、勝負だ! ちなみにボクはこの銃と暴力でしか解決する気はない!」
「あたしは応援が得意ですよー。……君なら大丈夫、勇気出して言っちゃおー!」
「きょ、強敵ですー。……分かりました、例えアウェーでも、魔法少女として勝負を挑まれたのであれば、退くわけにはいきません! その勝負、受けて立ちましょう!」
 今日は桃色のぱんつを覗かせながら、豊美ちゃんが二人の魔法少女の挑戦を受ける。
(うわー、歩ねーちゃんはともかく、円ねーちゃんは恥を知ってる人だと思ったのにー。それに豊美ねーちゃんは何かオーラ出てるかも……例えるならメジャーリーガーの4番と高校球児の4番くらいの違い?)
 一人傍観する巡は、先程短冊に書いた『将来すごい野球選手になる!』という願い事を笹に提げるかどうか悩んだ挙句、結局結び付けておくことにした。
 
 こうして、魔法少女たちの仁義なき戦いが、密かに執り行なわれようとしていた――。
 
「ほう、これが魔法少女というものか……不思議だ、何故か心が踊るように軽い」
「恥ずかしいわ……菫、これが魔法少女というものなの?」
「わー、フリフリしてて綺麗〜! ねえねえ、これで瀬蓮も空を飛んで織姫様と彦星様に会いに行けるかな!?」
「はー、何や結局うちも魔法少女させられてもうたわー。ま、うちだけやらんちゅうのも空気読めっちゅう話やしなー、しゃあないかー」
 それぞれ『お試し魔法少女』な衣装に――豊美ちゃんのデザインをベースに、それぞれのイメージに合ったカラーリングを施したもの――身を包んだヴィオラアナタリア、瀬蓮、ネラが、服の感触を確かめたりしながら感想を漏らす。
「あくまで今日限りのお試し、ですからねー。なりたいと思う心が魔法少女にとって一番大切な物ですからー」
 『ヒノ』を仕舞った豊美ちゃん、何故このようなことになったのかといえば、彼女たちと話をしていた茅野 菫(ちの・すみれ)のお願いが発端であった。豊美ちゃんも勝負を受けた手前、『願い事』を叶えてあげることで優位に立とうという目論見があってのことだった。
「みんな、魔法少女になれてよかったわね。せっかくだから向こうで記念撮影でもしない?」
 自らも【魔法少女 ぶらっどスミレ】に変身した菫が、皆を連れて笹飾りの下へと向かっていく。一行からは七夕に際してどんな願い事をしたかといった会話が聞こえていた。
「この前は、私情に駆られて失態を晒してしまったわ。お詫びというのもおかしな話だけど、私も魔法少女になろうと思うの。いいかしら?」
「いえいえ、とりあえずは済んだ話ですしー。はい、なっていただくのは結構ですよー」
 菅原 道真(すがわらの・みちざね)に魔法少女になることを提案されて頷く豊美ちゃんが、話を聞いた上で頷いて『ヒノ』を道真へと向ける。光が放たれ、同時にどこからか囁くような声が聞こえてきた。

「……ごく普通のふたりは、ごく普通の恋をし、ごく普通の結婚をしました。
 でも、ただひとつ違っていたのは、奥さまは魔法少女だったのです――」

 
「……うーん、これ大丈夫ですよね? 私、ちょっと不安になってきましたー」
 首をかしげつつ、妙にやる気満々な道真を豊美ちゃんが見守っているところへ、やはり【魔法少女 エターナルタタリン】に変身した相馬 小次郎(そうま・こじろう)のどこか挑発的な視線が豊美ちゃんを射抜く。振り向いた豊美ちゃんの視線に、小次郎が持っている短冊の内容が飛び込んできた。

『菫殿、ネラ殿、ミーミル殿、瀬蓮殿、豊美殿の    が大きくなりますように』

「……おお、これは失礼。豊美殿には未来がないから無理であったな」
 そんなことを呟きながら、筆を持った小次郎が豊美ちゃんの部分だけ縦線を引っ張ったところで、とん、と背中に何かが当たる感触を得る。
「おや、何かな豊美殿。七夕は本来健康を祈るもの、皆の成長を願うことは悪いことではあるまい?」
「…………」
 『ヒノ』を押し当てた豊美ちゃん、しかし小次郎の言うことは正しい。それに、勝負のこともある。
「……分かりました。ですが、今日だけですからね? 恒久的になっても問題ですし」
 表情を消して、豊美ちゃんが『ヒノ』を掲げると、菫とネラ、ミーミルと瀬蓮が光に包まれ、その光が晴れた後には、それぞれの胸部が相応に大きくなっていた。
「おぉ? ねねねーさん、うちの胸が大きゅうなっとる! これも魔法少女のおかげやろかー」
「……ふぅん、これが胸が大きいっていう感覚なの……ちょっといいかも……
「えっへん、これでアイリスにも負けないぞー!」
「な、何だか動きにくいです……」
 突然の事態に驚きつつも、魔法少女の副産物ということで納得して楽しむ一行を横目に、結局一人だけボリュームアップしなかった豊美ちゃんがくるり、と背中を向ける。
(私……私、負けません! これも魔法少女としての試練、勝負に勝つため……ですよね?)
 見上げた夜空にキラリ、と流れ星が一筋の光跡を残して消えた――。