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ネコミミ師匠とお弟子さん(第3回/全3回)

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ネコミミ師匠とお弟子さん(第3回/全3回)

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7章 取られたら、取り戻せばいい


 6回表。目の怪我は大事を取った方がいいと、キャッチャーは久から魅世瑠に交代された。肉球側のピッチャーは引き続き葵が務めている。ゴビニャーは加点の結果を喜んでいるが、年甲斐もなくはしゃぐのは申し訳ないといった様子だ。まだ引きずっているのだろうか……。
「もふも、ふ……むにゃ」
 神代 明日香(かみしろ・あすか)ははしゃぎ疲れて眠ってしまったノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)を膝に乗せ、日陰でゆっくりと試合観戦をしていた。ゴビニャーのふかふかした頭にしがみついていたノルニルだったが、ウトウトし始めたので明日香が日笠のある場所まで連れてきたのだった。
「ゴビニャー監督、毛並みが乱れてますよ。整えていいですか?」
「あ、ああ。よろしくですにゃ」
 ノルニルにモフモフされた結果、ゴビニャーの頭は毛が集まってソフトモヒカンのようになっている。これはこれで可愛いのだが、伝令係としての仕事がなかったクロス・クロノス(くろす・くろのす)は象牙の櫛で、ゆっくりと監督の毛並みを整え始めた。
「……ふかふかです」
「何か言いましたかにゃ?」
「いえ何も」
 ぽってりした、狸似のしましましっぽを掴みたくなった……。
 クロス、明日香は試験の内容を事前に聞いていた。そのため並木がもしこちら側に来るようなら、お互いのパートナーの写真を撮らせて種族の知識も与えようと考えている。
「ノルンちゃんの場合は、この『運命の書』が本体なんですよ〜」
 明日香はノルニルがゴビニャーを見るなり本体を放り出して走って行ってしまったので、ぽんとほこりを払って大事に持ってあげていた。スカートが短めのメイド服に、赤い大きなリボンが可愛らしい。
 並木は勝負が終わるまでは敵陣に足を踏み入れないつもりらしい。集合写真の話は知っているので心配はしていないが、なんとなく明日香とクロスお互いのパートナーの紹介をしている。
「普段はもっと大人しいんですよ。……普段は〜」
「いえ、わかります。うずうずしますよね」
 おさげを揺らしてノルニルを肯定するクロスを見ながら、吸血鬼のカイン・セフィト(かいん・せふぃと)は試合の流れに注意を忘れなかった。クロスに流れ弾でも当たろうものなら……。
「なんでもありかよこの野球」
「釘バットを使う人がほぼ0なのが意外ですね」
「……向こうの監督、ゆる族か」
 カインはゆる族が苦手だ……。クロスもそれを知っているようで、失礼のない範囲でさりげなく距離をとっている。右の肉球をノルニルが握っているため、どさくさに紛れて左の肉球をプニプニしていた。ぷにぷに。
「ノルンちゃーん。そろそろ監督の手を、はなそーねー」
「うりゅぅ……」
 そっと手を離すと、ノルンは深い眠りに落ちていく。
 一方、カインは久がぼろぼろになるのを見てクロスが参加するのはなるべく止めようと考えた。吸血鬼は血を吸った相手との相性がいいと、相手に心酔して契約を結ぶケースが多い。
「……クロスを傷つける奴は、許さない」
 左手の甲を指でなぞりながら、若い吸血鬼は金の眼を細めた。
 ……しかし、クロス。あの虎猫の獣人にくっつきすぎじゃないか?
「ノルニル君は、眠ってしまったですにゃ?」
「ぐっすりですよ〜。……ところで、監督。ミスは誰にでもありますし、もっと笑顔を見せてください♪」
「はうっ……。すみませんですにゃ……」
 普段ミスの少ないゴビニャーは、こういう時に長く落ち込みやすい。大きめの猫耳をピコッと後ろにそらせ、ますます申し訳なさそうにしていた。
「おい、あれ……」
 ぶっきらぼうにカインが指さしたのはチアガールたちと、ファンクラブの面々だった。にゃんくまが1点入れたことにより盛り上がっている。そして、彼らを誘ったのはゴビニャーなのだ。
 チームドクターの緒方 章(おがた・あきら)が『来て来て!』とクロスを手招きしている。樹、ジーナが守備を担当するためパワーブレスとエンデュアをかけてほしいということだった。
「監督。伝言があれば、伝えておきますが」
「……全力で戦ってほしい、とお伝えくださいにゃ!!」
「では、そのように」
 ベンチから腰を上げたクロスは、軽く頷いてマウンドに向かった。他のメンバーにも補助魔法をかけ、6回裏への準備が整った。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 6回裏、1−1。
 林田 樹はセカンドの守備をしている。多少のラフプレーはヒールでしのいでいるが、もっと攻撃的な守備をしてもいいかな……とキャッチャーのジーナに目で尋ねてみる。
(パラ実流に、やってみるか?)
(もし相手がホームインしようものなら、返り討ちにします!)
 同じタイミングでにやりと笑うと、小走りで持ち場についた。
「じにゃや、すかしゃはしゃんが、けがしたら、こたがなおすお!」
「うんうん、スカサハさんも頑張ってるねー。もう1人は象が踏んでも大丈夫でしょ」
「ねーたん、ねこしゃんのみみ、かあいーね」
 スコアラーを担当している林田 コタロー(はやしだ・こたろう)は情報作戦諸科に所属しているだけあり、見た目のファンシーさからは想像しがたいが機械の扱いに長けていた。章は守備のため前かがみになった樹を意識し、鉄分を多く含んだサプリメントを飲みはじめている。
「……僕、チームドクターなんだけど」

『漢のロマンに直撃ラブハート大作戦』

 これは、ジーナがこの日のために練りに練った作戦である。ユニフォームづくりに立候補した彼女は、だぶだぶとした大きめシャツを全員に配った。ネコミミも正悟の意見を取り入れ、希望者にヘルメットにつけやすい加工をしたものを配っている。
 ……波羅実男子のハートとアレを狙いうちなのです! ってねぇ。でも、中身は見えないんだよね。アンダースコートって、罪……。
「こた、かめらつかって、きろくするおー」
「こた君、あとでこっそり焼き増ししてくれる?」
「らいじょーぶれす!」
「カラクリ娘には内緒ね?」
「う?」
 ネコミミ、ネコシッポ、上着だけユニフォームを着た樹が活躍するたびに血の雨が降る。彼がたくさん血を流してくれるおかげで、肉球メンバーはこの季節にも関わらず誰も蚊に刺されなかった。男性の場合、体重の約8%が血液らしい。また、20%が無くなると意識障害を起こし、30%を失うと死の可能性がある。体重が76キロの章は
「ぶっふぉぉぉぉぉ!!! 撮った!? 今の撮った!?」
「ゆ、ゆらさないれほしいらおー」
 約6リットルが血液、つまり1,2リットル流すと意識障害。2リットル流すと
「サプリメント飲めばまだ大丈夫! 最近のサプリメントすごいから!! はぁはぁ!!!」
「こ、こわいおー。ねーたーん」
 はい、試合が始まるよ!!


 現在、2アウト。
 エヴァルトの持ち場はショート。今回はゴビニャーのファンではなく、並木の成長を確認するために参加している。『一度笹塚さんと手合わせしてみたが、中々筋が良かった』そう伝えると、ゴビニャーは嬉しそうに礼を言っていた。
「アクションスター志望なら『魅せる』のが第一だが……」
 まぁ、ムエタイの選手がスタントをする映画も多いことだし、実用性度外視でも問題はないのかもしれないな。
「しかし、あの選手。1球、2球は見逃しか」
 打席に立っている武尊は打順がない回は常にビデオを回し、球威・球速・コースを研究。タイタンズの中では打率が1番安定していた。
「見切った!!」
 今回もレフト前ヒットを飛ばし、余裕を残して1塁に進んでいる。最後の切り札としてSPを調整し、サイコキネシスを保存しているようだが……。


 セカンドの樹と目が合う。
 次の打者は竜司だ!! 気張っていこう!!
「女どもをメロメロにさせてやるぜェ」
 竜司は野球のバットをぶーんと振り回し、キャッチャーのジーナにモーションを掛けている。流し眼だ。あっ、無視されてる。でもくじけない。むしろ気付かない。
「……〜♪」
「あぁん、どうした?」
 ジーナはこっそりと子守歌を歌い、竜司の眠気を誘って1ストライクを奪う。異変に気付いたアインは鬼眼を使って竜司にプレッシャーをかけた。
「なにをやっておる!!!」
「雑魚は黙っていろっ……ジーナ、そのままでいい!」
 が、突如耳元を鋭い音がして注意をそらしてしまう。樹がアインの頭部をかすめるようにしてスナイプで狙撃をし、アインの頭に軽い禿ができる。
「おぉう!? い、今のは!?」
「むにゃむにゃ……下駄箱に、またラブレターだぜぇ。ぐへへ。……むにゃむにゃ……調理実習のクッキー、ぐへへ」
 子守唄の効果により竜司はアウトを取られ、代わりに並木が入った。3アウトチェンジ。
 樹はジーナから濡れタオルをもらい、ほこりっぽくなった顔をぬぐいながら自陣に戻る。
「樹様、凛々しいお姿です!! ……あんころ餅は失血死寸前ですね」
「あいつは何がしたいんだ……」
 誰も気づいたものはいないが、この状態を空から眺めると章の血でハートマークができている。愛は奇跡を起こすのだ。気づかれないだけで。


 7回は打順が回って来なそうなので、エヴァルトはミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)の様子を見に行くことにした。彼女は『救護戦車ローランダー』と共に、涼介の補佐をしている。最初は肉球側の手伝いをしていたのだが、あまりにけが人が多いため駆り出されていたのだ。
「「あっ」」
 途中、並木とすれ違って軽く挨拶をした。竜司と交代と聞いた、急いだ方がいいだろう。
「負けませんよ!」
「ああ」
 短いやり取りだが、それで十分な気もした。

 救護テントではパートナーたちが忙しそうに動いている。エヴァルトはドラゴンアーツを活かしたパワフルな選手だったが、今のところ2塁まで進む選手が少ないためまだSPに余力があった。
「お兄ちゃん! あのね、さっきお姉ちゃんとお写真撮ったの」
「笑顔は難しいでありますよー」
 うちわで自身を仰ぎながら話を聞くと、この2人の写真で試験は無事にクリアしたらしい。そうか、と顔がほころぶ。
「瞑須暴流、自分もやってみたいでありますが、人型でないこの身では不可。しかし選手だけが試合を作るわけではないであります!!」
 ヘッドライトで感情の高ぶりを現すローランダーに同意するように、ミュリエルも控え目に頷いている。泥だらけのエヴァルトが怪我をしていないことを確認し、彼がいない間に起きたことを話した。
「タイタンズの人、聞いていたよりいい人でした。あと、ヴァーナーさんにおにぎりもらったんです!」
「そうか、あとでお礼言わなきゃな」
「言いましたよ〜♪」
 自分もおにぎりを1つもらい、口に放り込んでみる。
 ……。
 違和感を感じ、かじったあとの中身を確かめてみる。……これ、金平糖じゃないか。