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リアクション
709号室の普通の部屋に九鬼 剛志(くき・つよし)とシルフィーナ・フィルエスト(しるふぃーな・ふぃるえすと)に案内されてやってきたのはエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)だ。
この部屋、この階の一番端になっており、階段やエレベーターから遠く、人の往来が少ない静かな部屋となっている。
「ありがとう、荷物はその辺の適当なところに置いてくれ」
「は、はい」
エヴァルトに言われ、剛志は荷物を部屋の入り口付近に下ろす。
「そ、それじゃあ、何か御用がございましたら――」
剛志が退室の為に最後の言葉を言おうとした瞬間だった。
(なんでわらわが、なんでわらわが――!)
「なんでわらわが下男や下女達の取りまとめをやらせてもらえないんじゃーーっ!」
ずっと溜まっていたのかもしれない。
シルフィーナは突然叫んだのだ。
話しとしては、こうだ。
シルフィーナに『ふふん、剛志、「人」という字は「人と人が支え合って出来ている」というじゃろう? つまり、「相手を支えることが出来てこそ一人前の人間」なのじゃ! そんなわけで、度胸を付けるのも兼ねて、相手を支える術を学んでくるのじゃ!』とか言われて働こうとタノベさんを訪れた際、シルフィーナは現場監督をタノベさんに申し入れたのだ。
しかし、何故か話している最中に調度品を触りまくり、落としまくり(剛志がサイコキネシスを使ってナイスキャッチをしており、被害はなし)等をやったため、タノベさんからオッケーが出なかったのだ。
それに対してかなり不服なご様子。
働いている現在もまだご機嫌は良くないというわけだ。
剛志とエヴァルトは大声を聞いてぎょっとした。
叫んだときに手の振りもあったため、シルフィーナの近くにあった机の上の花瓶に手が触れ傾いた。
「危ない……です!」
慌てて剛志がサイコキネシスを使い、しばらく花瓶の動きを止めたところをエヴァルトがキャッチしたのだった。
「だ、誰じゃ! こんな所にこんなモノを置いたのは!」
シルフィーナが逆切れをした。
「えっと……すみませんです。何か御用が御座いましたらそちらの電話よりどうぞです」
本当に申し訳なさそうに剛志が頭を下げる。
そのまま、まだ逆切れしているシルフィーナを連れて部屋を出たのだった。
「あいつも大変なんだな」
部屋の中に残されたエヴァルトはそう呟いた。
「そうだ、食事の事を伝えねば――」
そう思い、電話をしようとした時、ドアをノックする音が聞こえてきた。
すぐに、返事をし、開けるとそこにはホイップと剛志の姿があった。
どうやら荷物の1つが落ちてしまっていたのをホイップが届けに来たらしい。
「こちら、お客様のものですよね?」
差し出されたのは改造パワードスーツの籠手の部分だった。
「ああ、俺のだ。いつもはこのアタッシュケースに入れているのだが、こっちの荷物に入りこんでしまっていたのだろう」
エヴァルトが指差した先にはアタッシュケースと口の開いた鞄があった。
「では、こちらお渡ししますね」
「ありがとう」
ホイップから籠手を受け取る。
「す、すみませんでした! 俺が荷物を運んでいたのに……気がつかなくて……」
「何、気にすることはないさ。こうして無事に俺の元に帰って来ているしな」
剛志は涙目になりながら、必死に頭を下げたが、それをエヴァルトが押しとどめた。
「あ、そうだ。夕飯は何か質素なものを部屋に頼む」
「えっと……でしたら、椿油の入ったうどんなんてどうでしょう? 地獄だきと呼ばれる、大鍋に入ったうどんをそのまま食べるのがお勧めです。確か……アゴ出汁と呼ばれる飛び魚の出汁がなかなか美味しいらしいのです」
「じゃあ、それで」
2人は畏まりましたと、部屋を退室したのだった。
シルフィーナの姿はなかったが……またどこかでドジっ子を発揮しているのかもしれない。
「そういえば、さっきの人……噂の、借金地獄な人だよな。……ヒーローショー、出演してみたかったな。俺の見た目なら、ナチュラルに悪役務まるだろうし。それに今なら、いつもアタッシュケースに入れて持ち運んでいる改造パワードスーツで出演できるし。……まぁ、今日はそんな日じゃないか」
エヴァルトは1人呟くと、ホテルでのまったりを満喫しだしたのだった。
■□■□■□■□■
スイートルーム1507号室の中では時禰 凜(ときね・りん)がふかふかのベッドに夢中になっている様を優しく見守っている星渡 智宏(ほしわたり・ともひろ)の姿があった。
(……ふかふかのベッドに夢中か。彼女が楽しそうなら、まあいいか)
「ルームサービスで冷たいソフトドリンクとか頼むが……どうする?」
智宏の言葉に凛はベッドの上から目をキラキラさせてこちらを見る。
「ではホテル特製もちもちパンナコッタを」
「了解。……あ、すみません。ルームサービスなんですが、アイスジャスミンティー1つと、アイスアップルティーが1つ、それからホテル特製もちもちパンナコッタを1つ……以上で。はい、お願いします」
智宏は言われていないが、凛の分までドリンクを頼んだ。
「これで、よし。明日は1日空いてるから、チェックアウトまでのんびりしたら空京を観光しよう。仕事でなかなか海京を離れることが出来ないからな。どこか行きたい所があればピックアップしておいてくれ、連れてってやるから」
そう言うと、自分の荷物から本を取り出すとベッドにいる凛に手渡した。
そこには『空京ガイドブック! これ1冊であなたも空京通!』と書かれていた。
手渡すと、智宏は部屋に備え付けてあるお風呂へと向かった。
こうも暑くてはここに到着するまでに汗でべとべとになってしまったのだ。
智宏が行ってしまうと、凛はベッドの上にキチンと座りなおし、ガイドブックを開いた。
(智宏さんがいればどこだって良いのですが……)
そんな事を思いながらも、手はガイドブックのページをめくる。
「色々あるんですねぇ……どこが良いんでしょうか?」
沢山ある観光スポットに悶々としてしまっている。
「失礼します。ルームサービスを持ってきました」
そんな時、ドアをノックする音が聞こえ、凛はすぐに扉を開けた。
「どうぞ入って下さい。お疲れ様です」
ルームサービスを持ってきたのはホイップとシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)、リーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)だ。
ドリンクを2つ、デザートを1つ頼んだだけなのに、持ってきた人が多いとかは……気にしない。
3人は部屋の中へと入ると、テーブルの上へと持ってきたものを置いて行く。
「あ、あの……明日空京観光をしたいんですけど、どこへ行けば良いか分からなくて……」
凛は思い切って声を掛けた。
「ああ、それは迷いますものね」
「オレ達に任せろ!」
頼られてリーブラとシリウスは楽しそうだ。
ホイップは2人の言葉に頷く。
「どういったところが良いんですの?」
「男性の方と楽しめる場所だと良いのですが……あ、でも智宏さん騒がしい場所が好きじゃないから、落ち着ける場所で……」
メイドの制服がよく似合っているリーブラの質問に真面目に答える凛。
「うんうん……それじゃあ、ここなんてどうだ?」
メイド服がいつもと違う感じはするが、似合っているシリウスが指差したのは空京浪漫公園だ。
「そこって、まだ行ったことないけど、確か……野外ステージとかあったり、巨大ダコが住む池があったりするかなり広い公園だよね!」
ホイップがそう付け足す。
「そうなんですか? それは……落ち着けるんでしょうか?」
「大丈夫ですわ。散歩コースでは小鳥のさえずりと澄んだ空気を楽しめるスポットがありますもの。ベンチも沢山設置してあって、疲れてもちゃんと休めますわ」
リーブラが補足をすると、目を輝かせながら空京浪漫公園のページの端を折った。
「そうだ! 琥珀亭もお勧めだよ! あそこのマスター良い人だし、種類豊富なメニューで珍しいものもあるからランチに行ってみたらどうかな? 最近、美食家のドロウさんと仲が良いみたいで、面白い食材が手に入ったって言ってたし。あ、ガイドには載ってないね」
ホイップの話しを聞いて凛はガイドブックから琥珀亭を探したが、見つからなかった。
なので、あとでホイップが地図を書いて渡すこととなった。
「へぇ! オレ等はそこにまだ行った事ないが……面白そうだな。よし、今度一緒に行ってみるか!」
「ええ、そうしましょう」
シリウスとリーブラも近いうちに琥珀亭へと寄るようだ。
「空京水族館と空京動物園も見ものですわよね」
「それならここのジャズバーも良いぜ? 生演奏してる人はロックがメインで活動してる人なんだけど、ジャズもやっちまう凄い人なんだ!」
リーブラが言うと、シリウスも負けじと提案をする。
プラス、ホイップもところどころで言葉を挟む。
楽しく時間が過ぎていく。
「どうだ凜、目ぼしい場所は……あぁ、君がホイップさんですね、お疲れ様」
お風呂から上がって、髪の毛をタオルで拭きながら智宏が現れた。
ホイップと、それからシリウス、リーブラに頭を下げる。
「で、行きたい場所はあった?」
「はい! 智宏さん! ここに行きましょう!」
凛は目を輝かせて、沢山折れページがあるガイドブックを差し出した。
「わかった、あとでゆっくりとコースを練ろう」
「はい!」
智宏は楽しそうに返事をする凛を優しく見つめる。
「凛が世話になったみたいですね、ありがとう。借金返せると良いな」
そう言って、智宏はホイップ達にチップを渡そうとするが、やんわりとホイップに断られてしまった。
「このホテルではチップは禁止なの。お客様がそんな事を気にせずに楽しめるように、って」
ホイップが言うと、3人は退室した。
(ぬかった、ルームサービス頼んでたのに風呂に行ってしまった……温くなってるじゃないか)
テーブルの上の飲み物を見て、がくりと肩が落ちた智宏だった。
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