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第4章 壊れし操り人形 2

 それはまるで本物の狐のような動きだった。
 白い狐のような耳と尻尾を生やしたハツネが、椎堂紗月へと飛び掛ってきたのだ。それを避けようと、彼は瞬時に後退する。だが、そのとき見えたハツネのニタァとした笑みは、彼女の目論見を語っていた。
「しまっ……!」
「……!」
 仕掛けれていた落とし穴に落ちそうになった紗月の腕を、ガウルがむんずと掴み上げた。
「た、助かったぁ……ありがとう、ガウル」
「どうということはない。…………っ!」
 紗月を助けた直後、ガウルの影をハツネのダガーが裂いた。かろうじて避けた彼と紗月はハツネと対峙するが、ハツネの容赦ない追撃が起こった。投擲されるダガーがガウルたちへと突き刺さらんとする。
「…………っ!」
 だが、ガウルが反応するよりも早く、そこには手甲でダガーを弾いたルカの姿があった。
「ルカちゃん……!?」
「まったく、無茶しないでよ、二人とも」
 ガウルたちを守るように構え、ルカは戦闘体勢をとる。しかし、ハツネのニタァとした笑みは崩れていなかった。そして、ルカは自然と背後に迫った気配に気づく。気づいたとしても、それに反応することはできなかった。
 鍬次郎の巨大な打刀が、荒々しくルカを切り捨てる――。
「セット!」
 気合の入った鮮烈な掛け声と同時に、横合いからファイアストームがなだれ込んだ。青みがかった炎のファイアストームは鍬次郎を巻き込んで焔のうねりを上げる。
「援護は任せとけ!」
 ファイアストームのを放った術師――陣は、ルカたちに呼びかけた。
「……ルカちゃん、無茶はしないでよって」
「うるさーい! ほら、紗月ちゃんもガウルも、油断は禁物よ!」
 紗月の指摘に少しばかり赤くなったルカは、再び真面目な顔で敵と対峙した。
 二度も奇襲を避けられたハツネはまるで拗ねた子供のように不満げな顔であり、鍬次郎はガウルたちに慎重な眼差しを向けていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
 その後ろで泣きじゃくるような声で謝罪を繰り返す葛葉が、なんとも痛々しい。
 いずれにしても、状況は逼迫していた。ハツネと鍬次郎だけでも厳しい状況だというのに、マッシュと迫という二人も加わっている。まして、彼らの人を人とも思わないような邪悪さは、卑怯で忌々しい方法へと繋がっているのだ。
 どうするべきか。ガウルたちが思考を巡らせていたとき、突如その声は聞こえてきた。
「うさぎの耳はなぜ長い?」
「それは、小さな祈りも聞き逃さない為!」
「愛のピンチに勝手に駆けつける希望の三連星!」
 三つの謳い文句が頭上から降り注ぎ、トウ! という掛け声と同時に声と同じ三つの影が降り立った。
「バニー☆スリー! ただいま参上!」
 キラーン!――いかにも正義の味方といった登場ポーズを取る三人の後ろで、せっせと働くカリギュラ・ネベンテス(かりぎゅら・ねぺんてす)が効果音を鳴らした。気苦労が耐えなさそうな顔をしながらも、どこか嬉しそうにギターを担ぐ。
「話は聞かせてもらったわ! 両親の思いでの花を見たい少女と、それをかなえようとする獣人。……いい話じゃないの! そんな純粋でひたむきな思いを邪魔しようなんて、私たちが許さないわ!」
 先頭にいる自称バニー☆スリーのリーダー霧島 春美(きりしま・はるみ)が、堂々とした声で悪人と思しき者たちに告げた。なにを言ってるんだこいつは……といったぽかーんとした視線が、春美へと集中している。
 だが、そんな視線はなんのその。
「ピクブラック、前衛は任せるわ。正義の剣で悪をなぎ払って!」
「任せといて!」
 得意の剣から轟雷閃を放ち、ピクシコラ・ドロセラ(ぴくしこら・どろせら)は飛び出した。
「ディオイエロー、恐れの歌で敵の魔法防御力を下げて! それと怪我人の手当もお願いね!」
「了解だよ! はるホワイト」
 元気に春美へ返事を返して、ディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)は恐れの歌を歌い始める。
「ずんたた、ずんた、うさぎだよ〜♪ オソーレみーよーとぴよんぴょこぴょん☆ 耳をぴこぴこ、おーおーおー♪ ソーレ、突撃だ〜♪」
「よーし、バニー☆スリー、いくわよっ!」
 三人はそれぞれの役割を担って、陣形を展開した。いわばこれからが盛り上がりどころ。カリギュラは可愛い妹たちの懸命な姿を応援するべくギターで曲を演奏し、コマーシャルが入るであろう正義のヒーローたちの戦いが始まった。
「可愛い女の子たちだな〜、あれ、石にして飾りたいよね」
「邪魔な……人形……」
 春美たちを観察したマッシュは、『さざれ石の短剣』を両手に構えて応酬し、ハツネは鍬次郎とともに素早い動きでルカたちを翻弄した。人形遊びと称した干し首――いわば人の首を狩る「壊し」作業をしようと、ハツネの暗い光を帯びた目が一心に狙ってくる。
 マッシュは体のあちこちに短剣を忍ばせており、敵の死角から斬りつけようとしてくる。石になるのは勘弁だ。短剣をかろうじて避けながら、まともな攻撃が出来ないでいると――敵の動きを封じようと、はるホワイトならぬ春美の氷術が放たれた。
「く、動きが……」
「くらえっ! 轟雷閃!」
 陽気な声も焦りを含み、その隙を突いてピクシコラの轟雷に包まれた剣が敵を斬り裂いた。
 マッシュは肩口から流れた血を振り払い、ニヤリと唇を歪める。
「やるじゃーん……でも、それだから石にしてやるかいがあるってもんだよね」
 一進一退の攻防が続き、ガウルたちは決定的な切り口を見つけられないでいた。
 すると、戦いに気を取られていたガウルに、少女のはつらつとした声がかかった。
「なあ、そこのガウルとかいうあんた。あたし、魄喰迫ってんだ」
「…………」
 ガウルは言葉を発しない代わりに、視線だけを彼女に向けた。
「あんた強いんだろ? いっちょ、手合わせ願ってもいいか?」
 ガウルが迫と向き合っている間に、ハツネたちと仲間は戦闘を開始していた。陣の後方援助を受けながら、彼のパートナーであるリーズがバーストダッシュで敵へと突撃している。間合いを詰めた彼女の斬撃が、相手を圧倒していた。
「あっちも楽しそうだけど、あんたと戦いたいんだ」
 ザッ――と土埃を上げて、迫は構えた。ハツネやマッシュとは違った、正々堂々な佇まい。ガウルは彼女を見据えた上で、同じように構えを取った。血が騒ぐ……とはこのことか。ガウルはかつて英雄となった親友と修行を重ねていたときのことを思い出していた。
「ハアアァッ!」
 軽身攻で身軽に動く迫は、鬼人の如き荒々しさでガウルに迫った。
「…………」
 身軽なのはガウルとて同じこと。鮮烈な二人の力が、直撃をかわして何度も交錯した。片方が懐に入れば、もう片方は掌打を受け止めてその反動で距離をとる。方や一方が烈風を刻む手刀を叩き込もうとすれば、それを紙一重で巧みに避けるのだ。
 だが、決定的な違いがあるとすれば、それはガウルが汗一つ掻いていないことであった。桁違いの耐久力と持久力。そして――邪気にも似た炎のような気が放たれたとき、勝負は終わっていた。
「…………っ!」
 言葉すらなく、迫は地に叩き伏せられた。胸板を衝撃が走り、負けたということがはっきりと実感される。
「つよい……な」
 最後まで、ガウルは彼女に声を返すことがなかった。しかし、それは決して拒絶ではない。最後に彼女を見下ろしていた視線は、またの再戦を告げる意思だ。敵ではない場所で、また戦うことを願う。
 迫は彼の強さの中に、どことなく自分の過去と似ている昏い力を感じていた。そんな奴が、誰かのためになにかを成し遂げようとしている。それだけでもきっと、助けるには十分な理由のはずだ。
 ――春美の背後から一筋の剣線を飛んできた。かろうじてそれを避けると、その隙を突くのは楽しげに笑うマッシュだ。
「そうそう、そうやってにげて、怯えた顔で石に……あっ、ふあぁ、ふにゃぁ……」
「ほら、行くぞ」
 尻尾を掴まれたマッシュは、猫のような不思議な声を出してふにゃふにゃと力が抜けた。彼の尻尾を掴む迫は、そのままずるずると彼を引きずってゆく。
「は、はく……なんでえぇ……」
「あんたはいいけど、あたしはあいつらの邪魔するのが嫌なんだよ。お遊びはおしまい。さっさと戻るぜ」
「ふあぁぁいぃ……」
 迫に引きずられていくマッシュに呆然としながら、春美たちは形勢逆転とばかりにハツネたちと対峙した。とはいえ――彼らも馬鹿ではない。力の差も、分もわきまえている。
「チッ……これだとこっちの身があぶねぇな。いくぞ、ハツネ」
「足りない……」
 ハツネはもっと遊びたいといった不満そうな顔だが、鍬次郎はそんな彼女をなだめた。
「なに、てめえはよくやったよ。……ヘッ、これで終わったと思うなよ。また会ったときには最高の殺し合いをしようぜ」
 鍬次郎は捨て台詞を残し、ハツネと葛葉を連れて去っていった。
 大げさに敵を倒すことにはならなかったが、勝利! には、きっと違いないだろう。
「えーと……とにかく大勝利! バニー☆スリーにかかれば、巨大な悪だって逃げちゃうのよ!」
「わーい、どんどんぱふぱふー」
 カリギュラのギターがクライマックスの終わりを告げ、春美たちは勝利のポーズをとった。ディオネアは曲の終わりに口ですごさを演出している。
「…………」
 そして、ハツネとマッシュを退けたその先――ガウルは一際大きな拠点を見つめていた。