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第10章 昼休み・校庭(2)

 エヴァルト、ロートラウトのやりとりの間に、スイカまみれになった壇上の掃除が手早く行われる。そして、冥利と数人の生徒の手で担ぎ出される煙とすれ違うように壇上に上がったのは、美しい赤褐色の髪とすらりとした長身が印象的なヴァルキリーの少女だった。
「あ、あたしは…」
 壇上の自分に注目する人の数に気圧され、喉がふさがったように言葉を失う。数度のためらいののち、大きく息を吸って、彼女は告げた。
「あたしは、ほんとは好きになるつもりなんか全然なかった。だって、彼は地球人だし、ここの人間じゃない。立派な家の人で、いつかは帰る人だもの。
 あたしはここが好きだし、ここがあたしの居場所だって思ってる。地球に居場所なんかないの。だから絶対好きになんかならない……ううん、好きだけど友達の好きで、パートナーとしての好きで、全然そんなじゃないって…。ずっと、そう言い聞かせてた。彼のことは好きにならない。絶対好きなんかじゃないって。だから、あたし……ああ! あたし、今、グチャグチャなの。ごめんなさい」
 ごめんなさい。
 ぽろぽろと、涙がこぼれた。彼女の静かな告白に、ざわめきが徐々に収まり、しんとなる。
 やがて1人の青年が人の間を縫うようにして、壇の前に進み出た。
「それで?」
 少し冷淡にも聞こえる感情の欠落した声で、青年が壇上の彼女に問いかける。
「それできみは何が望みなんだ? 僕に何を望む? 言わないと分からないだろ」
「……そばに、いて…?」
 細い糸のような言葉を、胸から搾り出す。
 青年は、両手を広げた。
「今もいるじゃないか、こうして。僕は気に入らない人間をそばに置いたりしないんだ。とっくに知っていることだろう」
 少女はぽろぽろ涙をこぼしながら、青年の広げた腕に飛び込んでいった。

「……うーーんっ、いいなーっ」
 静かに話し合える所へ場を移す2人を見送りながら、壇上のミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)がかみ締めるように言った。
「そうだよねっ! これはあたしたちの道なんだから、あたしたちで決めればいいんだよ!」
(なんかさ、思いのたけを叫べ〜って言われても、ちょっと恥ずかしいなー、ってずっと思ってたんだけどさ。ああいうのっていいよね!
 あー、なんだかあたしもああいう人、ちょっと欲しくなっちゃいそーだなぁ)
 というわけで。
「あたしも相手が欲しいぞーっ! そんで、もっともっとあたしを弄ってよ〜!」
 小さな体で元気よく叫ぶ彼女に、どっと笑い声が上がる。
 歓声と拍手に見送られて壇上を下りながら、結構面白いじゃん、とミルディアは思った。

 次に壇上に上がったのは、玖瀬 まや(くぜ・まや)だった。百合園の彼女はメールは貰っていない、自発的参加の1人である。エリアス・テスタロッサ(えりあす・てすたろっさ)お手製のダンボールお立ち台の上に乗り、やはりこちらもお手製の、ハートがたくさん入ったメガホンを持って、やる気満々だ。
 しかしチラリと下を見て、たくさんの人が自分を見ていることで、ババババッと一気に緊張が高まってしまった。
「ひゃああ注目されてる…!」
「まや、気を付けてくださいね」
 動揺してグラグラ揺れた彼女に添え手をして支えるエリアス。彼女がそばにいることに勇気付けられたまやは、メガホンを握り直し、胸を張った。
「可憐ちゃん大好きーっ! これからもずっとずっと一緒にいたいーっ! ときどき変なお料理出てくるけど……そっ、それも大好きーっ!!」
「ひゅーひゅーっ」
「かわいーっ!」
「まーやーちゃーんっ!」
「がんばれーっ」
 彼女の気持ちを応援するような温かい声援が返ってきたことに、まやもだんだんうれしくなってくる。
「えへへーっ♪」
(アイドルっぽく手とか振ってみちゃったりして♪ ……って、なんでここに可憐ちゃんご本人がいるのーっ!?)
 人混みからちょっと離れた校舎寄りに葉月 可憐(はづき・かれん)アリス・テスタイン(ありす・てすたいん)の姿を見つけた瞬間、かちーんとまやはフリーズしてしまった。
(ヴァイシャリーにいるから大丈夫だと思って全力で叫んだのにっ!)
「あら、お2人もいらっしゃってたんですのね」
 2人に向かって手を振るエリアスに、まやのフリーズがどうにか溶けだす。
「わ……わーい、可憐ちゃーん♪」
 何気ないフリを装って手を振ってみせるが、内心ばっくんばっくんのどっきどきだった。

「あれは一体…?」
 可憐の「散歩に行きましょう」という唐突な思いつきにつき合わされ、蒼空学園まで踏破するハメになったアリスは、ようやく立ち止まった可憐の横で、ぜいぜい息を切らしていた。
 一体どんな体をしているのか、底抜けの体力で息ひとつ乱さず、可憐は笑顔で一点を見ている。その視線を追ったアリスは、校庭に設置されたピンクの壇上に見知った2人の姿を見つけた。よくよく見ようと背を正す。
「まやさん、とエリアス? どうして蒼空学園に?」
 不思議がるアリスの前で、まやの告白が始まった。それは、第三者のアリスの方が赤面してしまうくらい初々しくて、ストレートな思いだった。
「おぉー…まやちゃん、すごいですっ!」
 どこか他人事のようにパチパチ手を叩いている可憐。
「あ、まやちゃんがこっちに気が付いた。やっほー♪ ほら、エリアスさんも手を振ってますよ。アリスも手を振り返してあげないとっ」
 昼休みに、こんなに校庭に人が集まって……一体これは何のイベントなのか。
 まだ衝撃から立ち直りきれないでいるアリスは、可憐に促されるまま、とりあえず壇上の2人に手を振り返す。
「何がなんだかさっぱりですが、あの言葉には可憐もきちんと答えてあげないと…」
「そうですね。では」
「って、私はべつに今ここでって意味で言ったんじゃないんですけどーっ」
 ずい、と前に出る可憐にあわててアリスが止めに入ったのだが。
「まやちゃーん。私もまやちゃんのこと、大好きですよー♪」
 口に手をあて、大きな声での返答に、あああああ……とアリスはガックリ肩を落とす。
 口々にはやし立てる生徒たち。
 ほんとにこれは何のイベントですかぁ?
 しくしく、しくしく。
 4人の中では(多分)一番の常識人・アリスが心の内で嘆いていたら。
「エリアスさんがアリスのこと、見つめてますよ? 告白を期待されているんじゃないですか? ほらほら、アリスもまやちゃんに負けていられないですよっ♪」
「……勘弁してください…」
 アリスは手で顔を覆った。

 人それぞれ、さまざまな葛藤を持って壇上に上がり、心の内を告白してきた。
 幸せのメールと名乗る命令メールを送りつけられたのは腹立たしい。
 だれだって全裸スマキや数日間行方不明になるのは避けたいし、それくらいならまだこっちの方がマシ、という究極選択をしてきたのかといえば――――それは違っていたりする。
 アルメリア・アーミテージ(あるめりあ・あーみてーじ)も、そう考えたうちの1人だった。
(要するに、自分の好きな物や好きなことについて叫んでもいいのよね? それだって真実の嗜好だもの。それだったら難しく考える必要なんかないじゃない)
 ポジティブシンキング。何が起きようと、いろんな角度で吟味して、その出来事を楽しむ術が見出せた者勝ちなのだ。
(これっていい機会だから、あらためてみんなに知ってもらいましょ。もしかしたらこれを聞いて、今まで以上にたくさんの可愛い子たちが来てくれるかもしれないし♪)
 アルメリアは嬉々としてマイクを取った。
「みんな、聞いてちょうだい。ワタシは可愛いものが大好きよ、でも可愛い子はもっともっと大好き♪
 世界中の可愛い子は、みーんな私のものなの。
 もっともっとたくさんの可愛い子たちと知り合って、とーっても仲良くなりたいわ。
 いつでもきてちょうだい。大歓迎よ」
「ああ、おねえさま…」
 胸の前でぎゅっと手を握りしめた女生徒数人が、うっとりとした目で壇上のアルメリアに進み出る。アルメリアと仲良くなったときのことを思い出しているのだろう。
「安心してちょうだい。もちろん、今仲がいい子たちとももっともっと仲良くしたいと思っているのだから」
 そっと顎に手をあて、上を向かせる。
 女生徒はうれしそうに輝く笑顔でアルメリアに頷いた。