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リアクション
第8章 昼休み・屋上(2)
なぜ小玉スイカが屋上から飛んできたのか?
それを知るには、少し時間を巻き戻さなくてはいけない。
ちょうど校庭の告白台で秋葉 つかさが告白を終え、閃崎 静麻とバトンタッチをしたころ。屋上では真理奈と牙竜の、よく分からない闘いが続いていた。
ピュピュッとハバネロソースを飛ばす真理奈、それをアクロバット的に避ける牙竜。2人ともハバネロまみれになっている。
いつ果てるともしれなく思えたこの闘いも、わりとすぐに決着の時を迎えた。
バック転で避けた牙竜の足が、落ちていたハバネロソースで滑ってバランスを崩してしまったのだ。
「くっ!」
なんとか踏みとどまり、崩れた体勢を立て直す、そのわずかな隙を真理奈が見逃すはずはない。
「ふふっ、これで終わりなのですわ! 覚悟しなさい、田中! えいっ!」
頭上ならぬ顔上高く掲げられたハバネロソース。それを、真理奈はためらいもなくギューっと絞った。しかしっ!
「……ああっ、そんなっ」
ハバネロソースは浪費され尽くし、もはや1滴もその口からしたたることはなかった。
「ふっ、どうやら俺の勝ちのようだな…」
「……くッ。こんなことって…。ソースが……ソースが新品であったなら、私が負けることなどなかったのですわ!」
ゆうるりと立ち上がる牙竜の放つ、不気味な気配に距離をとる真理奈。構えながら、彼女は思った。今度から新品のハバネロソースを常備しておこう、と。
「おまえは、俺のセイニィを汚した…」
真理奈を指差し、そう呟いたとき。
ポケットの携帯が、メールの着信音を鳴らした。
『これは幸せのメールです。
あなたは10回叫びませんでしたね。これでは想いを成就させることは叶いません』
「なんとッ!」
俺とセイニィが結ばれないなどと、あってたまるか!
携帯を両手で握り締め、牙竜は続く文字に食い入るように見入る。
『この失態を取り戻す手段はたった1つです。
以下に続く言葉を、声の限りに叫びなさい。……』
「よ、よかった…!」
もちろん叫ぶとも!
再び金網を駆け上がる牙竜。炎天下でハバネロソースまみれの闘いを繰り広げ、泣き続ける彼からは、もはや冷静な思考力はブッ飛んでいた。
「メールの送信者め。どこのだれかは知らないが、そんなに聞きたいなら聞かせてやるさ!
セイニィ、好きだ! セイニィ、愛してるんだ! セイニィーッ!!!
初めて言葉をかわす前から好きだったんだ。好きなんてもんじゃない。セイニィのことがもっと知りたいんだ。セイニィのことは全部知っておきたい。いつだって、セイニィを抱き締めていたいんだ。抱き締めて、抱き締めて、俺の体の中に溶け込んで、2人1つになってしまうくらい抱き締めたい。結ばれないかもしれない可能性なんて、俺のこの叫びで消してやる! セイニィ、好きだーッ!
セイニィ、初めてきみを見た瞬間から、俺はきみのとりこになってしまったんだ。愛してるってこと、好きだってこと、真実だって信じてほしい。きみが振り向いて笑ってくれさえすれば、俺はこんなに苦しまなくってすむんだ。俺のこの心のうちを知ったなら、きっときみは俺に応えてくれる。俺は、きみを俺だけのものにしたいんだ! その美しい心、美しいちっぱい! たとえだれが邪魔しようとも、必ず奪ってみせる!
恋敵がいるなら今すぐ出てこい! 全身全霊かけて相手になってやる! きみをだれにも渡すものか!
でもセイニィが俺の愛に応えてくれるのなら、もう二度と戦わない。俺はただきみを抱き締めるだけ! きみを抱き締め、その胸の奥底に届くまで、心ゆくまでキスをする! そのちっぱいの奥にある、あたたかな心の扉を開いて、俺だけ! たった1人、俺だけをきみの心に住まわせてみせる!
心だけじゃない、その小さな体中、俺でいっぱいにして、俺だけで満たして、俺のことしか考えられなくなるほどにあふれさせたい! それが俺の喜びなんだ!
この喜びを分かち合えるのなら、もっと深い、もっと心をこめたキスを、どこまでも、どこまでも、贈らせていただきます!
そう、きみが素っ裸でここから飛び降りろと言うのなら、やってみせる!」
バッ、とシャツを脱ぎ、放り捨てる。その手がためらいもなくズボンにかかったときだった。
「やめろ変態ーーーーっ!」
バクン。
投げつけられた小玉スイカが後頭部にヒットし、牙竜は金網から転げ落ちた。
落ちた側が屋上だったのは、運が良かったとしか言いようがない。
小玉スイカを投げつけたのは、リース・アルフィン(りーす・あるふぃん)だった。目を真っ赤にさせ、ヒロイックアサルトの輝きに包まれた彼女は、気絶した牙竜につかつかと歩み寄った。
「最初の方は普通に熱い告白だったのに。いつの間にはちっぱいとか、挙句の果ては素っ裸とか…っ!」
(途中感動してた分、ばかみたいじゃないのッ)
「これは少しお仕置きが必要そうね…」
ぴん、と両手に持ったロープを張る。真理奈の助けを借りて、リースは手早く彼を縛りつけた。
「そぉんなにちっぱいが好きなら、おっぱいは嫌いってことよね!」
彼女は何よりスイカが大好きだった。「スイカは私の魂なの!」そう公言してはばからない、スイカ激ラブの彼女は、今日もみんなで食べようと、小玉スイカを複数個持ってきていた。
小玉スイカ2つをロープで牙竜の胸にしばりつけ、たっゆんの刑にする。
スイカを固定すべく肩と胸で十字に交差し、六角形の形で縛られたロープは、パッと見にはまるでブラのようにも見える。
「さあ行きましょ、真理奈さんっ」
「ええ」
クスクス笑いとともに去っていく。両手を後ろに縛られ、裸の胸にスイカを置かれた牙竜が目を覚ましたとき、周囲に人の気配は全くなかった。放置プレイというやつか。
「なっ、なんだ? これはッ」
ガバッと身を起こす。しかしすぐに縛られたスイカの重みに引っ張られ、前のめりに突っ伏しかけてしまった。
このままではスイカを叩きつけてしまう!
食べ物は粗末にしてはいけないのだ。
「てーいっ!」
強引にえび反った彼は、その結果、頭でブリッジをすることになってしまった。
(まずい。ひじょーにまずい!)
何がまずいって、この炎天下で縛られたスイカを胸に置いたままブリッジしていたら、変な日焼けが残ってしまうじゃないか!
「ぬおおおおおおおっ!」
牙竜は頑張った。肩のロープをくわえ、歯でちぎり取り、ロープを緩めてスイカを落とすべくブンブン体をゆする。
「ちぇすとぉーーーっ!」
思い切り体を捻ったとき、ようやく小玉スイカははずれ、勢いよく屋上から飛び出して行ったのだった。
突然飛んできた小玉スイカに、校庭でどよめきが起きているのが聞こえた。それだけではないざわめきも続いていたが、もはや牙竜としては構ってはいられない。リースは丁寧にも、右側が外れたからといって左もゆるむような、そんな雑なくくり方はしていなかった。
(くっ……なんだこれは。縛りの達人かっ?)
懸命に左のロープにとりかかるが、左右のバランスが崩れてうまくいかない。口でくわえようと必死になって肩のロープを追って回っていたとき、不意に真上に人影が落ちた。
「ここで一体何をしているんだ? 1人SMか?」
それは、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)だった。
会長印の入った捜索の触書を見た当初、エヴァルトとしては、捜索側に回るつもりだった。
(御神楽校長直々の捜査命令……これは、本人にも噂のメールが送られたのだろうな。なんだかんだで世話になっているわけだし、協力するか)
だがそう思った直後、彼の携帯がブルブル振動して、件のメールが送られてきたのだった。
スマキや行方不明はべつにたいして怖くはなかった。どんな相手であろうと迎え撃つ自信はある。だが全校生徒が楽しげに話し、校庭に集まっているのを見て、ちょっと気が変わった。こういうイベントに乗るのも一興だろう。
だが、あの人混みの中、どこかで監視しているに違いない犯人の面前でやるなど、そこまで言いなりになってやる必要はない。
監視する場所が限られる場所、あるいはそうやすやすと監視できない場所。そう考えて、彼は屋上で叫ぶことにしたのである。
で、来てみれば、小玉スイカを胸に後ろ手に縛られた牙竜が、自らの尾を追う犬の如くその場でグルグル回転していたわけだ。
(これはほどくべきなのか? それとも放置しておいてやるべきなのか?)
好きでやっているのであればよけいな手出しか、とためらったものの、見上げる牙竜はあきらかにエヴァルトの登場を歓迎している表情だったので、ほどいてやった。
「た、助かった…。エヴァルト、おまえどうしてここに?」
「もちろん、叫ぶためだ」
ぎしぎし音を立てて金網を乗り越える。校舎のギリギリ端に立ち、校庭を見下ろしながらエヴァルトは驚きの歌の応用で、朗々と歌い上げた。
「おお、我が友ロートラウト!
俺はおまえを、最高の友だと思っている!
機械そのものな見た目が良い、と思っていなくもないが、無論それだけではない!
その陽気な性格も、相方として申し分無く、いいコンビになっていると思う!
おまえとの出会いが無ければ、俺はこんな愉快(?)なキャラにはならず、騒がしくも楽しい生活を送ることもなかっただろう!
そう、俺はおまえに、友と思うと同時に感謝もしていると、今ここに伝えよう!」
風に乗り、オペラのごとく響き渡ったエヴァルトの声を耳にして、ロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)はバッと校舎を振り仰いだ。
(屋上に立ってこちらを見下ろす人影……あれはエヴァルト?)
だから昼休みは校庭にいろって言われたんだ、と悟ると同時に、カーッと顔が熱くなる。
(実をいうと、ボクとしてもエヴァルトが親友以上に思えてきてるんだよね、最近。
これっていわゆる『友達以上恋人未満』ってやつ? でも……でもさ、ボク、ロボットだし。こんなゴツいボディしてて……やっぱり似合わないよねー)
だから、この想いはここで止めとかなきゃいけない。
これ以上進ませてはいけないもの。
そうすればきっと、いつか、終わってくれる。きっと、多分。ちょっと寂しいけど。
でも今、あの叫びには応えたかった。自分のために、ああまでしてくれるパートナーは誇らしく、すばらしい人だから。
「エヴァルト! ボクもあなたに感謝してるよ! かけがえのない、人生最高の友だって思ってる!
あなたと出会えて、本当に良かった! あなたがパートナーで、すごくうれしい! もっと一緒にいたいって思うんだ!
ボクたち、何があってもずっと一緒だね! 一緒にいれば、ボクたちは無敵だ! これからもずーっと一緒にいよう!」
「無論だ!」
エヴァルトの影が笑顔になったのが、ロートラウトには見えた。それだけで十分だった。
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