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リアクション
第2章 牛の刻〜おれたちがでかけていたあいだのことだ。
*12時00分*
「今日の日替わり定食、美味しかったのう」
「えぇ、お刺身がとても新鮮でしたね」
昼食を終え、ハイナと房姫が食堂から戻ってきた。
応接室の戸の前で立ち止まると、頭上へ一言。
「お茶でも飲むかのう?」
「いいですね」
ハイナと房姫の言葉を合図に、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が屋根の上から姿を見せた。
「ライザ、エリー!
ジョーを連れてきてくれないかしら?」
「ふむ、どうやら休憩のようだの。
エリー、妾達も行くとしよう」
「うゅ……」
ローザマリアの声を聴き、まず現れたのはグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)。
続いてエリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)もローザマリアの前へ。
2人は静かにうなずくと、昇降口へと走る。
「お呼びですか、ローザ?」
再度の集合時には、飾り物の鎧、もといエシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)も揃った。
エシクは、普段からパワードスーツを思わせる全身鎧を身につけているのである。
「お招きいただき感謝するわ、ハイナ」
ローザマリアをはじめ、4名は応接室の下座に腰を下ろした。
実は、ローザマリア達は葦原明倫館の生徒から選ばれたハイナと房姫の護衛である。
各人の都合によりシフトを組んでいるのだが、今日がその当番だったというわけ。
まぁローザマリアにいたっては、授業のない時間帯は常時、ハイナの護衛をしているのだが。
「ふふ……実はね、今朝クッキーを焼いてきたの。
カントリーでクラシカルな、古きよきアメリカの味よ。
お口に合えば幸いだわ」
「はわ、クッキーがいっぱい、だね。
2人は、どんな味のクッキーがすき、なの?」
「妾はのう……チョコチップでありんす」
「私は果物全般、特にと言われればみかんと苺でしょうかね」
どこからともなく、ローザマリアは籠いっぱいのアメリカンクッキーをとりだした。
バラエティーに富んだ色とりどりのクッキーに、すぐエリシュカが反応する。
向かいに座るハイナと房姫に、好みを訊ねてみた。
「英国人たる者これは欠かせぬよ。
実は妾もスコーンを持って来たのだが、一緒にどうかの?」
グロリアーナの持参品も、さまざまな味があるよう。
オーソドックスなプレーンや果物、チョコなどに加えて、野菜味や胡麻を練りこんだスコーンもあるのだとか。
「休憩中なのだから、頭だけでもとったら?」
「……」
ローザマリアの斜めうしろに腰をおろしていたエシクは、ローザマリアに言われて鎧の頭部のみを外す。
だがその下には、顔を隙間なくおおう仮面が。
「どうやって食べたり飲んだりするのよ」
「必要なときに、最低限必要なものは摂取していますので」
あきれて苦笑するローザマリアに、エクスはいたってまじめに答える。
丁寧で穏やかながら、はきはきとかったつに喋るそのさまは、場にいる者達に好印象を与えた。
ところで、もうお分かりだろうか。
警備時のエシクの定位置は、校長室最寄りの昇降口。
飾り物の鎧に偽装し、校長室とその周辺へと眼を光らせているのである。
「アメリカ人が多い……ここは本当にステイツとなんら変わらないわね。
すごく、伸び伸びできて最高!」
「最近は同胞も増えておるし、妾も嬉しいでありんす」
仕切り直して、ローザマリアは軽く背伸びをした。
同じく南部アメリカ出身のハイナと、故郷の話で盛り上がる。
「テキサス、広くていいわね。
ハイナ、いつか、私も案内してくれないかな?」
「うむ、次に帰る際には、連れていってやろうぞ」
そんな約束をかわす2人は、立場こそ違えどとても近しい関係といえるだろう。
ローザマリアのいれたコーヒーに、まったりとしたづつみを打つ。
「あら、チョコが……動かないでくださいね」
「うゅ……」
「ほら、綺麗になりました」
「ありがとう、なの」
チョコチップクッキーを食べていたエリシュカだが、手の熱ゆえかチョコがとけてしまった。
その手で口の周りをぬぐったものだから、茶色いすじが描かれて。
てぬぐいで顔をふいてもらい、エリシュカはたどたどしくも房姫にお辞儀をした。
「紅茶も、飲んでみれば存外美味ぞ?」
「では試してみましょうか」
みずからがいれた紅茶を、房姫に勧めるグロリアーナ。
まずはカップの半分くらい、お試しにそそいでみたのだが。
「……ふむ、少し、しぶいですね」
「そうかのう……では、次はアップルティーでも持ってくるとしよう。
レモンティーでもよいが、甘いぞ?」
グロリアーナはストレートティー、房姫は緑茶を飲みながら、スコーンを口に運んだ。
ほんのり甘い味と香りがふわっと口のなかで広がって、気分を落ち着かせてくれる。
「ふぅ……」
「そなたはどこかありし日の妾に似ておるのだ……なにごとも、1人で背負わずともよかろうて」
湯呑みから口を離すと、房姫は無意識にため息をもらした。
心配したグロリアーナが、視線は紅茶のままで言葉を紡ぐ。
「ハイナや妾達は、そなたの力になるためにここにいるのだからな」
「えぇ、ありがとうございます」
にっと笑み、房姫を元気づけるグロリアーナ。
つられて、房姫もにっこり笑顔を返したのである。
「はわ……エリシュカも、力になる、なの」
「そうか、頼りにしておるぞ、エリー」
小さな手で拳をつくるエリシュカの頭を、くしゃくしゃっとなでたグロリアーナ。
姉妹のようで、なんとも微笑ましい光景である。
ところでエリシュカとグロリアーナの2人は、校長室階下に造られている警護室で待機していた。
護衛における一挙手一投足が、隠密ならではの警護の真髄を極めるための実践学習でもあるそうな。
「ハイナ、万が一離れ離れになっても、私はアメリカ人よ。
いつでも貴方に協力するわ。
だから、なにかあったら遠慮なく呼んで?
どこにいようと、すぐに、そして絶対に駆けつけるから」
「うむ、心強い言葉じゃ。
そうならぬことを願うが、もしものときはよろしく頼むでありんす」
座布団の上で姿勢を正すと、ハイナの眼をまっすぐに見つめるローザマリア。
同胞意識が強く、少しでも同じアメリカ人であるハイナの力になれればと転校してきたのだ。
ハイナが苦境に立たされるようなことがあれば絶対に助けてみせると、心に、そしてハイナに誓う。
1時間ほどの休憩を楽しみ、ハイナと房姫は校務へ、ローザマリア達4名は警備へと、散ったのであった。
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