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●再会

「へぇ…これが新しいオペラハウスか…」
 如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は言った。
 以前、ソルヴェーク・ヤルル・ヴュイヤールの言った言葉が気になっていた。
 タシガンの貴族が云々という話を聞いたのが妙に耳に残こる。
 さて、あの時彼は何と言ったのか。ゴシップの話だったのを覚えている。
 噂が好きな人間など地球にもいるものだが、タシガン貴族も例に漏れず――しかし、そんなのは何処の世界でも同じだ。
 良い気分とは言えない。
 だが、地球とパラミタと、この二つの世界に属する自分たちはその世情の中を生きていかなければならないのだ。
 美しいホールに響き渡る生徒の声。貴族たちのさんざめく波のような声。その二つを聞きながら、如月は歩を進めた。
 これから先ダンガンで活動する機会があるかもしれないし、貴賓の人らの雰囲気を見れば少しはその時に対策が浮かぶかもしれない。オペラを見に来た理由はそれだ。
 如月は貴族たちの様子を見た。
 貴族たちはさすがに一緒に並ぶのを嫌がったりしてはいない。ただ、不穏な空気が流れることもあって情勢が良いわけでもないのがわかる。
 通り過ぎた貴族の子供は無邪気にはしゃいでいる。諌める両親の様子は少しよそよそしい。地球人に触れられたくない。でも……。そんな雰囲気だ。
 学生たちの楽しげに過ぎていく姿を見ていた吸血鬼たちは、身なりからするとそれほど大きな家の人間ではなさそうだ。たぶん、血統だけで、家自体にはそれほど力は無いのかもしれない。ただ、それも如月の憶測でしかなかった。
「あ、いたいた…」
 如月はソルヴェーグを発見した。
「ソルヴェーグ!」
「あぁ、君か…おはよう。ここに来るとは…珍しいね」
「そうか? パーティーから会ってなかったしな…気になってさ」
「おや、僕の心配? それともルシェールの?」
「どっちも…と言いたいところだけどな。俺が一番気にしてるのは」
「「情勢」」
「だね」
「だな」
「僕も気にならないわけじゃないからね…暗殺とか」
「きな臭さ過ぎる…まあ、気にしたところでどうしようもないさ」
「一人の力ではね」
「まあ、前々から吸血鬼の地球人に対する思いが良いものではないのは知ってたけどな…最近はどうなんだ?」
「相変わらずだね。受け入れたくない者はいるさ…それは個人の自由だよ…あぁ、ルシェール」
 ソルヴェーグがパートナーの名を呼ぶ。
 走ってきたのは、白く長い髪を一本の三つ編みにした少年だ。
「よう、ルシェール!」
「あ、如月さんだ。おはようございまーす♪ オペラ見に来たの?」
「それしか用事が無いだろう」
「まあね…あ、そうだ。椿ちゃんも来るって」
「そうなのか」
「うん。…あ、来た来た。椿ちゃーーーん♪」
「ルシェール!」
 手を振りながら走ってきたのは、パラ実の泉 椿(いずみ・つばき)だ。
 着てくる服が無かったのか、髪の毛をまとめ、晒を厚めに巻いて薔薇学の制服を着ている。受付で借りたのかもしれない。
「あー、緊張するぜ」
 椿は襟を指で引っ張りながら言った。
「この制服…トゲトゲが痛いな」
「うん。だから、俺は着ないの。痛いもん」
「そうだなぁ…まあ、薔薇学気分を楽しめるから良いさ」
「あはは♪ そうだね」
「オペラって難しそうじゃん…あたしはバンドならやるけどな。ルシェールも出るのか?」
「出ないよぉ〜」
「なんだ、残念だなあ」
 四人で話し込んでいると、ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)キリカ・キリルク(きりか・きりるく)がやってきた。
 ヴァルはタシガンの貴族とも芸術を通じ、交流を深めたいと思って来たのだった。
 昨今の世界情勢は、狭い所で固まっているだけでは解決できない状況になっている。
 シャンバラが一枚岩となるためには、地域・種族を越え積極的な交流を持つ必要があると見ていた。そのためには社交界にて情報を集め、交流する必要がある、と。
 だが、今日は芸術の日。あくまで交流目的であり、世相のような野暮は聞かれない限りは喋らないつもりでいた。
「ルシェール!」
 ヴァルがルシェールに声をかけてきた。
「ライオンお兄ちゃん!」
 ルシェールは嬉しそうに手を振って言った。
 キリカを見ると少し緊張したような表情を浮かべたが、また笑顔に戻って頭を下げる。
「キリカさん、おはようございます」
「おはようございます、ルシェール君。この間はキツくあたってしまって…すみませんでした」
 ずっと、素直に謝りたいと思っていたキリカは頭を下げる。
「あ、うん…いいの。俺も悪いし」
「いいえ、こちらこそ…」
「キリカさん」
「はい?」
 ルシェールはキリカに耳打ちして言った。
「ライオンお兄ちゃん…好き?」
「へ?」
「…なのかなぁって…違ってたらごめんなさい」
「そ、それは」
 キリカの頭は混乱していた。
(あれがボクの嫉妬だなんて、そんな不遜は認めません。認められません絶対に。えぇ、ボクは帝王の家臣。だから…)

 ぷしゅぅ〜〜〜

 キリカの思考は停止した。
 そんな臣下の動揺にも気が付かず、ヴァルはソルヴェーグたちと話し込んでいる。
 一同は一緒に見ようかと移動しかけたところ、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)を発見し声をかけた。
「コハク! 美羽ちゃんは〜?」
「あ、美羽は…警護するって言ってたよ」
「なぁんだ…残念」
「まあ、こっちも劇場内の警護するって名目で、オペラ見りゃいいじゃん」
 椿はそう言って笑った。
「パーティーはじまったら、差し入れに行こうね」
「名案だね」
 コハクは笑う。
「じゃぁ、行こうか」
「うん」
 コハクを連れ、皆は歌劇場の中へ入っていった。
 その後ろを歩いてきたのは、久しぶりに母校にやってきたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)
 二人は蒼学に転校し、オペラ鑑賞とやってきていたのであった。
 彼らはディレクタース・スーツを着ていた。エース的には朝からタキシードを着るのはNGなのである。これはこだわりだ。
 実はメシエの方が、蒼空学園の日本大衆文化に辟易した様子で、その疲れを癒すためにやってきた部分もあった。
 エースの方はメシエに気を使っているところが大いにあるのだが、タシガン出身の吸血鬼であるメシエは出自の事もあり基本的に上位としての心情的態度を取ってる節があった。
 地球人が短期間でパラミタに入ってきた事にあまり良い感情を持っていない一人である。
「近頃騒々しい地球人文化に晒される事が多かったからね。こういう品位ある催しなら大歓迎だよ、エース」
「そうかい?」
 エースは苦笑して返した。
 自分自身、この雰囲気に少し安堵している自分に気がついて少し戸惑いを覚えている。
 薔薇学の雰囲気が好きだった…という事なのだが、蒼空学園とはそんなに違うのかと、肌で感じて溜息を吐いた。
 俺自身がその居心地の良さを感じているせいかもしれない。新しい生活にはストレスが付き物。
 エースは「今日だけ少し休憩、という事にしておこう」と心の中で思った。