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【金鷲党事件 一】 ~『絆』を結ぶ晩餐会~ (第2回/全2回)

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【金鷲党事件 一】 ~『絆』を結ぶ晩餐会~ (第2回/全2回)

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第三章 金冠岳要塞

「白姫岳要塞の包囲、完了しました。今の所、要塞に動きはありません」
「ご苦労。包囲部隊にはそのまま監視を続けるよう言ってくれ」
「了解」
オペレーターとの短いやり取りの後、宅美浩靖はフーッと大きく息を吐いた。
「見事な采配でありんした」
「恐縮です」
上機嫌で笑いかけるハイナに、軽く頭を下げる宅美。
「姉島攻略部隊の編成は、どうなっている?」
地図を見つめたまま、傍らの副官に問いかける。
「現在、編成作業は約70パーセントが終了しております」
「まだ7割か?」
「我が軍も、ズタズタなのです。特に先鋒隊の受けた被害が甚大で……」
「それは分かっている。作業を急がせろ」
「はっ」
「日没まで、あまり間がない。暗くなってからの戦は、地の利のある敵が有利だ」
「了解です」
「救出部隊には、何時でも出られようにしておけと伝えろ。場合によっては、日没前の突入もあり得るとな」
「はっ」
敬礼して、立ち去る副官。
「白姫岳の敵でありんすが、出て来ると思いんすか?」
「恐らくは。白姫岳に円華嬢がいるのならばともかく、ああしていても意味がない」
「機を伺っていると?」
ハイナの眼が、スッと細められる。
「上手くすれば、姉島と妹島の戦力で、我が軍を挟み撃ちにすることも可能です。今の内に、増援部隊の選抜も終えておいた方が良いでしょう。とにかく、作戦はこれからが本番です。気を締めてかかりませんと」
「朗報を、期待しておりますえ」
ハイナは、一層艶やかな笑みを浮かべた。



日没前に始まった姉島攻略部隊と東部守備隊の攻防は、日没後も一進一退が続いていた。
攻略部隊は数で勝るものの、敵が地峡部の出口で待ち受けているために数の有利を生かし切れ無い。そして何より、切り込み隊や先鋒隊に参加した契約者の多くが未だダメージを回復し切れず、戦線に復帰出来ていない事が痛い。
そんな攻略部隊の中で、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)は単身、気を吐いていた。
エッツェルは、これまでの戦いで斃れた敵の死体をアンデッド化し、守備隊を襲わせたのである。
かつての仲間、それも苦悶の表情を浮かべた死体を相手にして、平静でいられる人は少ない。
それでも気力を振り絞って攻撃を加えてくる敵もいたが、何せ、代わりの死体には事欠かない。たとえ1体やられても、すぐに新しいアンデッドを創りだす事が出来る。
無尽蔵に現れる敵を前に、守備隊の士気は見る見る瓦解していった。
「どぉしました?噂に聞く葦原の侍とは、この程度なのですか?」
二の足を踏む敵の一団を炎の嵐でなぶり殺しにしながら、エッツェルは高笑いを上げた。

「なんだぁ?苦戦してるっていうから来てみれば、ただの死体じゃねぇか?」
じりじりと後退する守備隊を押しのけるようにして、巨漢が2人、姿を現した。
「あー、悪いけどな、アンタ。そういうの、オレ達には通用しないぜ。何せ、赤の他人だらかな」
一体何が面白かったのか、突然ゲラゲラと笑い出す。
一見して、他の侍や傭兵達とは異なる、全身に悪意を身にまとったような男だった。
「取りあえず、そんなオモチャは捨てちまえよ。どうせ返り血浴びるんなら、真っ赤なヤツがいい」
アンデッド目掛けて銃を乱射する羽皇 冴王(うおう・さおう)。銃撃を受けたアンデッドの1体が、「ボガンッ!」と派手な音を立ててはじけ飛んだ。続いて、他のアンデッドや死体が次々と誘爆を起こす。
「ヒャヒャヒャ、驚いたか?驚いたろう?そこら辺に転がってる死体には、オレ様が地雷を仕掛けておいたからな!何故か死体に罠が仕掛けてあるとは思わないらしくてな、結構みんな引っかかるんだぜ、お前みたいにな!!」
下卑た笑みを浮かべ、さらにゲラゲラと笑う冴王。
「きっさまぁ!」
爆発に巻き込まれ、少なからぬダメージを受けたエッツェルは、怒りに任せて処刑人の剣を振るった。その刀身から、禍々しい瘴気が放たれる。
それまで、ニヤニヤしながら2人のやり取りを見守っていた三道 六黒(みどう・むくろ)が「パチン!」と指を鳴らす。
すると、どこからとも無く巨大なギロチンの刃が現れたかと思うと、今まさに冴王を貫こうとしていた瘴気をスパッと両断した。
「くっ……」
続けて呪文を唱えようとするエッツェル。
「遅いわ!」
六黒は一声吠えると、エッツェルに飛びかかった。一瞬で身体が2倍ほども大きくなり、悪鬼の如き形相になる。六黒は驚くべき速さでエッツェルの喉笛を引っつかむと、片手で宙吊りにした。
「死ね」
中空に、先程のギロチンの刃が現れる。
真っ逆さまに落下するギロチンが、エッツェルの首を刎ねたかに見えたその時。
エッツェルの姿が、溶けるように消えた。
エッツェルが、自分を闇に同化したのである。
六黒と冴王は頻りに辺りを見回すが、エッツェルを見つける事はできなかった。
「ちっ、逃がしたか」
「まぁ、よいわ。この埋め合わせはあやつ等にしてもらうとしよう。楽しい“宴”の始まりじゃ」
六黒は、耳まで裂けた口をさらに大きく開いて、さも楽し気に敵を見やった。その眼は、獲物を狙う肉食獣のそれだった。



「間違いありません。姉島東岸での戦闘を確認しました」
「よし、これより我々は、姉島に上陸する!今更、言うべきことは、何も無い!上陸後は個々の判断で行動せよ。目指すは金冠岳最頂部、そこに円華嬢はいる!上陸部隊は任務をやり遂げた。今度は、貴様らの番だ!我々救出部隊の名誉にかけて、何としても救出して見せろ!以上だ!!」
部隊長の号令一下、一斉に姉島の岸壁を登り始める救出部隊。
闇に紛れて姉島へと接近した救出部隊は、散開して姉島の下部(本来は姉島の地下に埋没している部分。現在の姉島は浮島となっているため、その水平面より下は円錐を逆さまにしたようになっている)に取り付き、作戦開始の合図を待っていたのである。
月明かりの中、巧みにオーバーハングを登り切った救出部隊は、次々と密林の闇の中へと消えて行った。



レイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)の2人は、常に一定の間隔を維持しながら、密林を進んでいた。
レイディスが光学迷彩で身を隠しながら先行し、進路を確保する。
一方、追随するレイディスは進路を記録すると共に、定期的に目印となるものを残して行く。
ブリーフィングで脱出経路について確認した所によると、もし金冠岳の突風が収まっていれば、航空部隊が救助に来るが、そうでない場合には、円華嬢を連れ、来た道を戻らなくてはならないと言う事だった。
そのため小夜子は、特に念入りに退路の確保を行なっていた。

それまで順調に進んでいたレイディスが、急に立ち止まった。
「着いたぞ、小夜子、金冠岳だ」
言われて顔を上げた小夜子の眼前に、黒々とした山影がそびえ立っている。そこここに灯る明かりの数から、相当厳重な警備が行われている事が見て取れる。
「隠れろ、敵だ」
緊張感に満ちたレイディスの声に身を伏せる。
「11時の方角。4人だ」
言われた方角に眼をやると、向こうから幾つかの明かりが近づいて来る。
「パトロールみたいですが……こちらに来るでしょうか」
「分からん。出来れば、やり過ごしたい所だが……」
その場でひたすら息を潜める2人。
しばらくすると、右手の方からさらにもう1人やって来た。4人と何事か話している。
さらにじっと待つ。
結局、敵は二手に別れる事にしたらしい。後から1人が2人を連れてもと来た方へと戻って行き、残った2人は再びパトロールを始めた。
「増援を呼びに来たのでしょうか?」
「かもな。誰か、見つかったのかもしれない」
さっきから風に乗って、かすかに銃撃の音が聞こえている。その可能性は高いだろう。
「何にせよ、人数が減ったのは好都合だ。俺と小夜子で1人ずつ、いけるな?」
「やってみます」
「頼むぜ」
今一つ自信なさ気な小夜子のいらえにやや不安なモノを感じつつ、レイディスは行動を開始した。
レイディスは、光学迷彩を起動したまま慎重に迂回路を取り、こちらに向かってくる2人背後に出た。
一方、小夜子は隠形の術を使い身を隠す。
敵に気づかれた様子はない。
レイディスは、石を一つ拾いあげると、それを放り投げた。
音に気がついた2人が、同時に振り向く。
そこに、小夜子の棒手裏剣が飛んだ。
手裏剣は過たず、1人の首に突き刺さった。
男が首を押さえて蹲る。
「ん?お、おい、どうした?」
もう一人が、慌てて仲間を抱き起こそうとした所に、走り寄るレイディス。
一瞬で懐に入り込むと、柄頭で鳩尾を突き、気絶させた。

「なんだ、上手いじゃないか」
気絶させた男を武装解除させながら、意外そうにレイディスが言った。
「自信ないのかと思ったけどな」
「自信は、ありません」
「どうして?」
疑問が、思わず口を衝いて出た。
「……ちょっと、色々ありまして」
言いにくそうに目を逸らす小夜子。
「あ、あぁ。ゴメン。余計な事聞いちゃって……」
あたふたと謝るレイディス。『失敗した!』と顔に書いてある。
「と、とにかく、次もこの調子で頼むぜ。頼りにしてるから、な?」
そう言って、レイディスは小夜子の肩を“ポンッ”と叩いた。
「い、いえ。コチラこそ、よろしくお願いします」
小夜子は、ペコリと頭を下げる。その顔は、何故か赤く染まっていた。



3人の見張りの兵士が向かった先では、激しい戦いが繰り広げられていた。
守備隊の仕掛けておいたセンサーに、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)秦野 菫(はだの・すみれ)九条 イチル(くじょう・いちる)をリーダーとする3グループが、まとめて引っかかってしまったのである。
この3グループはみな、“戦闘が行われている東岸の反対側の西岸ならば、一番敵の兵力が少ないだろう”と考えて、姉島の西岸に上陸したのだが、それが失敗だった。
確かに彼らの読み通り、西岸に配置された兵力は一番少なかった。
だがそれを補うため西岸には、侵入者を感知するセンサーが幾重にも張り巡らされていた。
彼らは、そのセンサー網に引っかかったのだった。
金冠岳からの砲撃によって自分達が発見された事を知ったイチルは、ハイエル・アルカンジェリ(はいえる・あるかんじぇり)の手を取ると、すぐ側の岩陰に引きずり込んだ。
たちまち、砲弾の雨が降り注ぐ。
「おおきに、イチル」
「うん。でも、こうもあっさりと見つかるとはね」
「他にも、見つかったヤツおるやろか」
「うん、他の場所にも攻撃してるみたいだから、きっといるんじゃないかな」
「なら、俺らが囮になって……」
「みんなを逃がそう」
2人は頷き合うと、同時に岩陰から飛び出した。



『位置を敵に知られている以上、いつまでもここに隠れているのは危険だ』
そう判断したメイベルは、パートナーのセシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)に、すぐにその場を離れるよう指示をだした。
アヴェーヌの返事を待たず、メイベルはふわりと宙に浮くと、敵めがけて突撃を開始した。
高速で移動しながら、自分の幻影を幾つも創りだすメイベル。
敵も盛んに銃撃を加えるものの、メイベルの本体にはまるで当たらない。
メイベルは、正面の陣地に敵の姿を認めると、愛用のウォーハンマーを一閃した。その頭から、稲妻が走り、敵の陣地を破壊する。
稲妻が破壊したその穴に、一直線に飛び込むメイベル。
銃を刀に持ち替え、斬り込んでくる侍達を、メイベルは叩き、砕き、肉塊に変えていく。グズグズしていては、すぐに新手がやって来る。メイベルに、躊躇っている暇はなかった。



「これでも喰らえ!」
イチルの創りだした閃光が、辺りを目映く照らす。
突然視力を奪われ、もがき苦しむ敵の喉笛を、背後から忍び寄った菫の鉤爪が切り裂く。頚動脈を切断され、大量の血を吹き上げながら、侍は倒れた。
「イチル、こっちも頼むわ!」
振り向くと、侍に肉薄されたハイエルがなんとか距離を取ろうと、必死に敵の攻撃を躱している所だった。
2度、3度と攻撃を躱すハイエル。
すかさず、梅小路 仁美(うめこうじ・ひとみ)李 広(り・こう)が間に割って入った。
イチルは相手の足元の地面に念を凝らした。たちまち、その辺りの地面が凍りつく。
突然現れた氷に足を滑らせた侍を、仁美と李広が切って捨てる。
体勢を立て直したハイエルが、2人の後ろから斬りかかろうとする侍を、銃撃で薙ぎ払う。
2つのグループは、巧みに連携しながら、敵と戦っていた。
見つかった以上、せいぜい派手に暴れまわって、少しでも多くの敵を引きつけるしかない。
彼らの思いは、一つだった。



隠形の術で気配を消しつつ、金冠岳要塞の防壁に走り寄ったローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、辺りに人がいないのを確認すると、手招きで御剣 紫音(みつるぎ・しおん)を呼び寄せた。
空中を滑るように移動する紫音。
彼女はローザマリアの隣まで来ると、そのまま防壁沿いに上昇を始めた。
その脇を、ローザマリアが軽々と登って行く。
誰にも気付かれること無く防壁を登り切った2人は、そこで二手に別れると、風下に向かって痺れ薬を撒き始めた。
風に乗って流れる痺れ薬が、1人、また1人と見張りを眠らせて行く。

見張りが動けなくなったのを確認したローザマリアは、背後の扉に近づくと、そっとノブを回した。
“開いてる!”
すかさず身体を滑り込ませるローザマリア。
扉の先は、下り階段が続いていた。防壁に沿って続く階段を降りて行くと、また小さな扉がある。位置から判断するに、要塞の外に続く隠し扉に違いない。
ローザマリアは手早く扉に爆薬を仕掛けると、扉を開けて外に出た。

紫音は、辺りを見下ろす位置にある櫓を占拠すると、敵の陣地目掛けて痺れ薬をばら蒔いた。バタバタと倒れていく敵兵。
綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)は、何の抵抗も受けずに陣地を奪取することに成功した。
ハールカリッツァ・ビェルナツカ(はーるかりっつぁ・びぇるなつか)エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)も別の陣地を確保する。
そこに、エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)から連絡が入った。
「ローザが、要塞内部への侵入路を確保しました。これから友軍を誘導しますから、私が戻るまで、何としても持ち堪えて下さい」
「はわ……スゴイです、ローザ!わかったです、頑張るですよ!」
「やってみせます」
そう短く答えると、ハールカリッツァは紫音達に連絡を取った。無線の向こうから、歓声があがる。
「任せろ。必ず持ち堪えてみせる」
紫音から、力強い声が帰ってきた。