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【金鷲党事件 一】 ~『絆』を結ぶ晩餐会~ (第2回/全2回)

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【金鷲党事件 一】 ~『絆』を結ぶ晩餐会~ (第2回/全2回)

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第五章 救出

始め、姉島目指して降下していた東郷は、金冠岳を取り巻く気流に流され、最終的に地峡部に墜落、爆発炎上した。
地峡部は今、両軍が激戦を繰り広げている場所である。
もし誤って味方陣地に墜落するような事があれば、味方を巻き込む大惨事を引き起こす所だったが、館長の巧みな操艦によって、東郷は敵陣へと墜落。結果として敵軍に大損害を与えることに成功した。
そして、脱出したハイナ達はその恐ろしいまでの強運によって、奇跡的に味方陣地内へと降下。その後、味方によって救出された。
ハイナを狙った金鷲党の乾坤一擲の策は、ハイナの思い付きと強運とによって、水泡に帰したのである。



「この戦も、これまでだな」
「まぁ、よくやった方であろうな」
三道 六黒と羽皇 冴王は、地峡部を見下ろす高台に立ち、燃え盛る東郷を見つめていた。
「正直、“あるいはハイナの首が取れるのでは”と思ったのだがな」
「あんな無茶苦茶なコトするヤツに、策なんか通用しねぇって」
「ほぅ、お主にそこまで言わせるとはのう」
感心したようにいう六黒。
「まぁでも、これでまた楽しみが一つ増えたぜ」
「まぁ、先の楽しみは置いておくとして、まずは悪路と合流せんことには」
「そうだな。“首魁”様がどうなさるのか、ご高説を賜りに行かねぇとな」
クックック、とさも楽しげに笑う冴王。
金鷲党の侍達が、なおも絶望的な戦いを続ける戦場に向かってツバを吐きかけ、2人は密林の闇に姿を消した。



姉島東岸、地峡部を臨む高台に設けられた本陣で、外代沖也(としろおきや)は、次々と届く報告を、瞑目して聞いていた。
その全てが、戦況の不利を伝えている。
元より、兵力に圧倒的な差がある。士気の高さや各人の力量、それに地の利を加えても、到底勝ちは覚束無い戦だった。
それでも、夜明けまでは善戦していたのである。
それが、だ。
あの船が落ちて来たことにより、戦況は一変した。
自軍のど真ん中に落ちてきたあの船によって陣はズタズタに引き裂かれ、相互の連絡は不通となった。そしてバラバラになった各軍は敵によって各個撃破されたのである。
「もうよい」
外代は、溜め込んでいたものを吐き出すように行った。
「これ以上は、もうよい」
腹心の将達が、動きを止める。
「我が軍はこれより、金冠岳要塞に撤退する」
「殿!」
「これ以上の交戦は損害が増すばかりだ。一時要塞に引き、軍を立て直す」
「しかし!」
「先の奇襲によって、既に要塞はもぬけの殻だ。戦いはこれで終わりではない。我々は、何としても、堂円様をお守りせねばならん」
その場が、静まり返った。すすり泣きの声だけが、辺りに響く。
「各軍に、陣払いの触れを出せ」
「かしこまりました」
なおも悔しさを押え切れないのか、俯いたまま復命する腹心。
『パァーン!』
そこに、銃声が鳴り響いた。
腹心が、銃弾の直撃を受け倒れる。
「敵だ!」
続け様に響く銃撃の音。侍達が、次々と倒れて行く。
「おのれぃ!」
傍らの刀を掴み、陣の外に出る外代。
そこに、パワードスーツに身を包んだ男が立っていた。
「アンタが、外代か?」
「……名を、名乗れ」
「俺はシャンバラ教導団戦闘兵科所属、三船 敬一(みふね・けいいち)。外代沖也、アンタの首、貰い受ける」
「フッ。もうこんな所まで、入り込まれているとはな。よかろう。冥途の土産だ」
ゆっくりと刀を抜く外代。
「話が早くて助かるぜ」
三船は、肩に担いだライフルを、両手に構えた。三船は、ライフル格闘術の使い手である。
「淋。悪いが、しばらくの間、誰も近づかないよう見張っててくれ」
三船は無線で、パートナーの白河 淋(しらかわ・りん)に呼びかけた。姿が見えない所を見ると、何処か高い所から、三船のことを見守っているに違いない。
「了解です。くれぐれも、お気をつけて」
「おぅ。いいか、絶対に手を出すなよ」
「分かっています」
互いを信頼し合った者同士の、短いやりとりが続く。
「どうした。こないのならば、こちらから行くぞ」
「ちょっと人払いをしてたんでね。アンタも、一騎打ちの最中に、邪魔されたくはないだろう?」
口元に笑みを浮かべる外代。
「いくぜぇぇぇ!」
昨日から続いた戦を締めくくる闘いが、今ここに始まりを告げた。



「……かみ……せい。……上先生!御上先生!!」
身体を激しく揺さぶられて、御上は意識を取り戻した。
目の前に、キルティス・フェリーノの心配そうな顔がある。
身体を起こそうとして、体中がひどく痛むのに気づいた。
見ると、身体のそこここに手当の跡がある。
「ここは……?」
「金冠岳の八合目辺りだよ。突風にあおられて、ここに落下したんだよ」
東雲 秋日子が答えた。
八合目、と言われて、御上は背後を振り返った。
手を伸ばせば届きそうな所に、金冠岳の山頂がある。だが、円華のいるという塔は、ここから見える位置には無かった。ちょうど、反対側なのかもしれない。
「しかしあの勢いで叩き付けられて、この程度の傷で済むなんて、僕達、ホント運がよかったですよ」
「もしかしたら、円華さんが守ってくれたのかもしれませんね」
キルティスが呟く。
『円華』と言われて、御上は懐から鏡を取り出した。試しに念を込めてみるが、鏡には何の変化もない。
「やっぱり……ダメですか」
ブルタが鏡を覗き込む。
御上は、頭を振った。
「とにかく、行ってみましょうよ。こうしてもいても、埒があかないし」
嫌やムードを断ち切るように、秋日子が言った。
「行きましょう。先生。円華さんが、待ってますよ」
御上はうなずくと、痛みをこらえながら歩き出した。



部屋の外の物音で、五十鈴宮円華は目を覚ました。
疲れて、いつの間にか眠ってしまったらしい。
彼女が今いるのは、ベッドと小さな机が1つあるきりの、殺風景な部屋だ。
目隠しをされて連れてこられたので正確な場所はよくわからないが、金冠岳のだいぶ奥まった場所にある部屋だと言うことだけは、円華にもわかった。
ギィという音を立てて、ドアが開く。
その向こうから、身の丈が優に3メートルはありそうな大男が、姿を現した。
身体のそこここに、べっとりと血糊が付いている。
「五十鈴宮円華だな」
「……あなたは?」
円華は、気丈に聞き返した。その手には鏡がギュッと握られている。
「オレは、ジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)。お前を助けに来た」
「私を……?」
“助けに来た”という言葉に若干気を緩める円華。だが、完全に警戒を解きはしない。
「そうだ。ただし、条件がある」
ジャジラッドは、淡々と続けた。
「五十鈴宮円華。お前は、金鷲党のリーダーになる気はあるか?」
「リーダー……?」
鸚鵡返しに繰り返す円華。
「新しい金鷲党のリーダーになる気はあるか、と聞いている」
ジャジラッドは、辛抱強く繰り返した。
「何故私が、金鷲党のリーダーにならねばならないのです?」
彼女には、ジャジラッドが何を言っているのか、まるで理解出来ない。
「今回の戦、金鷲党は負けた。しかも、決定的な負け戦だ。落ち延びようにも、ここは絶海の孤島だ。ほとんどのヤツは、逃げ出すことも出来ないだろう」
ジャジラッドは続ける。
「だが、今の総奉行のやり方に不満を持つヤツらは、まだまだ大勢いる。もう一度兵を集めて再起を図ることだって、不可能じゃない。だがそれには、旗印が必要だ」
「旗印……?」
「その旗印が、五十鈴宮円華、お前だ」
「五十鈴宮家は、マホロバ開闢と同じ位古い歴史を持つ家だと聞いている。その五十鈴宮家の次期当主であるお前が呼びかければ、必ず人は集まる」
ジャジラッドの話に、じっと耳を傾ける円華。
「今回の戦では、葦原藩の行方を案じる多くの人々の血が流れた。あなたは彼らの『思い』を繋ぐ義務がある」
「……そうですね。確かに、私には皆さんの『思い』を繋ぐ義務があります」
「そうだ。俺と共に来い。五十鈴宮円華」
ジャジラッドは、最後に一際強く、円華の名前を呼んだ。
ふーっ、と大きく息を吐く円華。
「お断りします」
「何?」
円華の答えに、眉を吊り上げるジャジラッド。
「確かに、私には『思い』を繋ぐ義務があります。でも私が繋ぐべきなのは、葦原藩とシャンバラの共通の未来のため、全ての人々の友好と繁栄のために命を捧げた方々の思いです。金鷲党の旗の元に集った方々の思いではありません」
円華は、きっぱりと言った。
「クックック。だから言ったでしょう?あなたの見込み違いだと。金鷲党の新たな首魁となるべきは、そのお嬢様ではない。その女は、安っぽい理想主義にかぶれた、“ただのお嬢様”なのです」
左右非対称な外見をしたその男は、全身から禍々しい気を放っていた。
両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)か」
ジャジラッドは、忌々しげに男の名を呼んだ。
「さて、茶番はここまでにしましょうか」
ゆっくりと、部屋に足を踏み入れる悪路。
「これまで、あなたのその安っぽい理想主義に踊らされ、多くの血が流れた。それはいい。彼らは、自分の選択に命をかけ、そして死んだのだから。例え、それが誤った選択だとしても」
「しかし、あなたは違う。あなたはその言葉で、その行動で多くの人々の命を弄んでおきながら、しかも自分は何も失っていない。終始安全な所で、ただ事の成り行きを見守っているだけで、その身を危険にすら晒してはいない。なんと罪深い、そしてなんと恐ろしい人だろう」
「虫も殺せぬような優しげで、美しい外見をしていながら、その心の中では何のためらいもなく数百、数千の人の命を秤にかけ、平然としていられる。そう、数々の悪事に加担してきたこの私をも上回る、とてつもなく恐ろしい女性なのですよ、貴方は」
熱に浮かされたように語り続けながら、悪路は、一歩、また一歩と円華に近づいていく。
「そんな恐ろしい人に生きていられては、迷惑なのですよ」
悪路は銃を抜くと、その銃口を円華に向けた。
「死んで下さい、五十鈴宮円華。私のために」
狂気に満ちた笑みを浮かべ、悪路は引き金を引いた。

「パァン!」
銃声と共に、悪路の手から拳銃がはじけ飛んだ。
驚いて顔を上げた悪路の視線の先、そこに、一組の男女の姿があった。
「我は“帝王”ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)!五十鈴宮円華、そなたを未来の帝王と見込み、助けに来た!」
「円華さん、こっちです!早く!」
対イコン用爆弾弓の狙いをつけたまま、火村 加夜(ひむら・かや)が叫んだ。
2人のいる窓辺へと走り寄る円華。
「ふ、ふざけたマネを!」
悪路は床に転がった銃を拾いあげると、逃げる円華の背中に向かって乱射する。
「させるか!」
2人の間に飛び込むゴライオン。手にした盾で、全ての銃弾を受け止める。
「ここは俺にまかせて、早く行け!」
「わかりました、すみません!」
加夜が、円華の身体を引き上げる。
「……有難う」
「礼なら、帰ったらゆっくり聞かせてもらう」
最後にゴライオンを一瞥して、円華は窓の外に消えた。
「さぁ来い、このゴライオンの目の黒いウチは、円華嬢の跡は追わせぬぞ!!」
ゴライオンは、大音声で呼ばわった。



円華の手を引き、必死に走り続ける加夜。その足が、不意に止まった。
「何処に行く、女?」
「おいおい、自分だけトンズラこくたぁ、頂けねぇなぁ、オイ?」
三道 六黒と羽皇 冴王が、2人の行く手を阻んでいた。
加夜が、円華をかばうようにして一歩前に出る。
「ここは私に任せて、円華さんは早く!」
「は、はいっ!」
「逃がすかよっ!」
逃げる円華に追いすがる冴王。
「円華さんっ!」
「よそ見をするとは、ナメられたものだな」
六黒の拳が、加夜の鳩尾に決まる。
「この程度の腕で我れに挑んでくるとは、笑止」
うずくまる加夜の首を、さらに六黒が締め上げる。酸素を求め、必死にあえぐ加夜。
「安心しろ。あの女も、すぐにお前の元に送ってやる」
六黒は腕に力を込めた。

「どうしたぁ、もう鬼ごっこはおしまいかぁ?」
足をひねり歩くことの出来ない円華に、一歩一歩迫る冴王。
「お前みたいなのに生きてられると、目障りなんだよ」
残忍な笑みを浮かべ、手にしたナイフを振り上げる冴王。
だが、突然、その両目が驚愕に見開かれた。
冴王の両手が切り裂かれ、そこから血が吹き出している。
「な、なんじゃこりゃあ!!」
「我が刃は正邪を別つ。我が刀は神を狩り、我が刀は魔のみを討つ。神狩討魔、推参」
「討魔!」
「遅くなりました。お嬢様」

「貴様、いつの間に……」
六黒は、握っていた木偶人形を投げ捨てると、目の前のくノ一を憎々しげに睨みつけた。
「おっさんが、この子の鳩尾にパンチを喰らわすちょっと前」
事も無げに答えるなずな。その手には、加夜が抱かれている。

「円華さーん!」
「円華ちゃーん!」
さらに、遠くから円華を呼ぶ声が近づいて来る。
「どうやら、潮時のようだな」
「クソッ、てめぇのツラは忘れねぇぞ!」
捨て台詞を吐き、手にした爆薬に点火する冴王。
爆風が収まった後に、2人の姿は無かった。



「御上先生!」
円華は泣きながら、御上の胸に飛び込んだ。
「遅れてすまなった」
「せんせぇ……」
「よく頑張ったね、円華君」
優しく、円華の頭をなでる御上。
「お嬢様、そろそろ、先を急ぎませんと。また、追っ手がかからぬとも限りません」
厳しい表情で、神狩が言う。
「麓へ通じる抜け道は、あっちです」
なずなが指差す。
「ちょっと、待って下さい」
「私には、まだ、行かないといけない所があります」
円華が、思いつめた表情で言った。
「行かないといけない所?」
「遊佐 堂円(ゆさ どうえん)の所ですね?」
御上の言葉に、円華は頷いた。
「私は、あの方に逢うためにここにきたのですから」
円華は、決意に満ちた目で言った。